15-5 帝国内旅行・殿下との邂逅
「まさか…本当に昴之宮殿下なのですか!?」
シアラは驚きのあまり、手元の剣を思わず落としそうになってしまった。
「ああ、ここにいる余は仮想体でも仮身体でもない本物じゃぞ?
というか、昔のようにアルウィオネと呼ばんか」
目の前にいる少女は、
やれやれといった体で首をすくめながらシアラに注文をつけた。
「えっ…あっ、お、お久しぶりです…アルウィオネ様」
シアラは、アルウィオネと呼ぶ少女に向かって深々と一礼した。
「しかしアルウィオネ様、今は皇宮に居られるはずでは...?」
「ん?皇宮じゃと?
...はん!今は息抜きの旅じゃ!息抜き!!」
「い、息抜き...ですか」
「へ?で、殿下って?」
「こちらの方は、シアラさんのお友達なのかしら?」
土砂に埋まっていた竜司や東雲も自身で這い出して戻ってきていたが
新たに現れた少女の存在に気づいて次々にシアラに訊いてくる。
その時点で、目の前の少女が21世紀地球日本語を普通に喋っている事にようやくシアラも気づく。
シアラは剣を鞘に収め、それから改まって直立の姿勢を取りつつ竜司達に告げた。
「あっ…ええと…ごほん!
こちらにおわすお方はな、この”日系人類銀河帝国”を統べる
銀河帝国現皇帝:ラ・リァヴール=レルフェンストラス17世陛下の
第四皇女たる、昴之宮公アルウィオネ殿下であらせられる。
皆、頭を下げよ!」
「は…!?」
「ぎ、銀河帝国皇帝?…第四皇女って?」
急に改まった口調になったシアラと、その言葉の内容に、
全員どう受け止めていいのか分からず固まったままになる。
「いいから頭を下げろ!銀河帝国第四皇女の御前であるぞ!!」
「は、はぁ?ってイテテテ!」
何を言っているんだと言いたげな竜司の頭を
シアラが無理やり押さえつけて下げようとした。
「あーあーもう止めい止めい!!
全くもうそんな堅っ苦しい事なぞウンザリじゃ!!」
目の前の少女は、盛大にため息をついて手を振りながらシアラを制止した。
「皆もそう固まっておらんで、もっと気を楽にすると良いからの」
「は、はあ」
シアラの手を払いのけた竜司は改めてまじまじとその少女の顔を見た。
確かにショートの輝くような銀髪を持つ、抜けるような白い肌と時折ルビーのように鋭く光る紅い瞳の少女は、どことなく厳かで高貴な雰囲気があり、銀河帝国の皇女と言われればそんな感じがする。
しかしそのあどけない顔立ちと気負いのない表情のお陰で、
まるで竜司達と同じ年頃の高校生と言っても通じそうだ。
「大変失礼致しました、昴之宮公アルウィオネ殿下。
なにぶん、このような事となりますのは初めてですので、
何卒ご無礼をお許し下さい」
いち早く落ち着きを取り戻した神崎が、恭しく少女に一礼した。
「だからのう、そういう堅っ苦しい挨拶は無しじゃと言うとろうが。
シアラも皆も、余の事はアルウィオネと呼ぶが良い」
「アルウィオネ…殿下?」
「アルウィオネじゃ。殿下は要らぬ」
アルウィオネが碎けた雰囲気で言うも、神崎が再び改まって一礼する。
「自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。
私達は、こちらのシアラさんの友人で、地球日本から参りました。
神崎由宇と申します」
「ああ、神崎さんじゃな。宜しくの」
「お会い出来て、大変光栄に思いますわ」
すっとアルウィオネが手を差し出し、
神崎もほぼ同時に手を上げて彼女の手を取り握手をした。
「俺は赤羽竜司です、同じく日本から来ました。
えーと、初めまして、宜しくお願いします!」
少しばかり敬語に苦慮しながらも、竜司もアルウィオネに頭を下げた。
「同じく!東雲順一郎です!自分も殿下にお会い出来て光栄であります!!」
東雲は拡張現実体であるロボットの腕を外して自身の手を差し出して挨拶する。
「はい!花の女子高生17歳!山科詩緒里でーす!宜しくね!」
山科は彼女を前にしても臆さず、いつも通りお調子者らしく接する。
しかしアルウィオネは、まるで昔からの友人に対するような
親しげな雰囲気で全員と握手した。
「うんうん、みな宜しくの」
「しかし、アルウィオネ…殿下。
なぜこんな所におられるのでしょうか?
先ほどは息抜きとおっしゃられましたが」
全員と挨拶をし終えた頃合いを見て、シアラが尋ねた。
「おう、そうじゃな。
もちろん当然のことながら偶然ではないぞ、
余はシアラに会いに来たに決まっておろうが」
「え!?」
それからアルウィオネは、この貨客船に乗るまでの顛末をすらすらと語った。
ここ最近、彼女は”帝国”の帝都であるイザミアに自身曰く『軟禁状態』に置かれていたらしいのだが、
監視の目を盗んで惑星イザミアを脱し、それから追っ手を撒くためにあちこちの星域やら異次元やらに寄り道をした後にようやく先日になってアラマキ-7115市に辿り着いたとの事だった。
「…それでじゃの、アラマキ-7115市に着いた時には
もう標準時もとっぷりと深夜時間となっておったわけじゃ」
「はあ…アルウィオネ様…つまりは逃げて来たわけですね。
そのように冒険譚調で語られても困りますが…」
シアラは頭を抱えて深くため息をついた。
「あぁ全く…何となくアルウィオネ様のご近況の事は噂で聞いておりましたが
まさかこんな事になるとは…」
「何を言うシアラ。こんな事になったのも全てお主のお陰じゃぞ」
「はぁ!?っな、何でですかぁ!?」
「そりゃもう、シアラがついに”起源世界線”を見つけたと聞いたからの、余はもう居てもたってもおられんかったのじゃぞ。
であるならば、余としては何としてもまずお主に会うて、それから”起源世界線”をたっぷりと視察しようと心得た次第よ」
「いやいや、アルウィオネ様…
私が聞く限りでは、ここ最近の貴方のスケジュールは帝都での御公務で一杯になってたのでは無かったですか?
それを全部すっぽかすと、後が大変な事になるのではないかと…?」
「ふん、なぁにが”御公務”じゃ。
まったく”御公務”などと聞こえは良いが、ようは余が好き勝手な事をさせないようにする為の枷のようなものじゃったからの。
公務で忙しくしておれば、余が時空探査局や軍と結託して世界線探訪をする暇も無くなるだろうと、皇宮管理局が小ざかしくも画策したのじゃろう。
もっとも余はそんな小細工には乗らんからの。
あやつら、余が見つからなくて好きなだけ困れば良いのじゃ」
くっくっくと笑うアルウィオネに、シアラはほとほと困り果てた顔をした。
「…でも、私を追っかける必要はなかったのでは無いですか?
確かアラマキ-7115市には、うちのオクウミ支部長もここ最近ずっと滞在していたはずですし、
アルウィオネ様なら支部長の案内で通商結節体のイヴァゥト-86なり”起源世界線”の地球日本なりをたっぷりと自由に視察する事も出来たはずですが?」
「いやいや、それは今は無理じゃ」
「え、どうしてでしょうか?」
「そりゃもうな、皇宮管理局とて流石に馬鹿ばかりではないからの。
あやつらは余が”起源世界線”を視察したがっている事をよーく心得ているからして、今頃は先回りされてアラマキ-7115市もイヴァゥト-86も追っ手のエージェントだらけになっておるじゃろうて」
やれやれとばかりに、両手を上げて首をすくめるアルウィオネに
シアラは苦笑するしかない。
「つまり、ほとぼりが冷めるまでは、
アルウィオネ様は私と同行しようと言うわけですね…」
「その通りじゃ。何しろアラマキ-7115市でお主の消息を調べた所、
お主は友人と共に実家の方に帰郷すると聞いたからの。
それならば、余も友人諸君と混ざって
しばらくシアラの実家に参ろうと思った次第よ」
「いや、いいですけど…こっから先はまだまだ道のりがありますし、
ですが、くれぐれも面倒な事に巻き込まれないようにして、
大人しくしていて下さいね」
「はっはっは、大丈夫大丈夫、余を信じるが良いぞ」
朗らかに笑うアルウィオネに、シアラがジト目を向ける。
「さて、以前に二人旅をした折に、”宙生態環族”の”青年旅団”と”宙泳族”の”遠渡り派”との抗争にわざと巻き込まれに行ったのは、どこの誰でしたっけ?」
「はっはっは…えーと何じゃったかの」
「あれ、結局は航宙保安庁や宙域軍まで巻き込んで大騒ぎになりましたし、それどころか内緒の二人旅だった事が皇宮管理局にバレてアルウィオネ様も私も大目玉を食らったじゃ無いですか…」
「あー…嫌な事件だったのう…」
「ですから、もうちょっとアルウィオネ様も大人しくしていて下さいよ。
殿下ももう青年皇族であらせられるわけですからね」
「なんじゃとぅ?
はーっ!ついにシアラも余の爺やみたいな事を言い出したわい、何と嘆かわしい事か!
それを言うならお主も、その二人旅の時に未開種族のガラガンゾ人どもの星間移民船にちょっかいを仕掛けていたでは無いか!
あの後で星間司法調停機構の場においてガラガンゾ人の心証を取り成したのは余のお陰じゃぞ!」
「あーっ!またそんな大昔の事を持ち出して!もう時効ですよ!」
「大昔の事を言い出したのはお主が先では無いか!」
「ちょ、ちょっとあの二人大丈夫かな」
「ちょっとやべぇなこれ、止めた方が良いんじゃねーか…?」
二人の口論がどんどんヒートアップしてきているのだが
竜司達はどうしたら良いか分からず、オロオロしながら見ている他はない。
パン!!パン!!
と突然手を叩く音が洞窟中に鳴り響いた。
アルウィオネとシアラがハッとして言い合いを止め、
その音が鳴った方に振り向く。
「アルウィオネ様、それにシアラさん、少々宜しいでしょうか?」
神崎の、凜としてよく響きつつもその底に極超低温めいたものを感じる声に
二人がビクッとした。
「お二人とも、ここは私達に免じて矛を収めて頂けますでしょうか。
恐らくお二人は久し振りにお会いして、積もる話もあるかと存じます。
しかし、私達はお二人の間柄というものをよく存じ上げません。
従って、このような言い合いとなってしまっては場を同じくする私達としても途方にくれるより他にありません。
それに、何しろここは仮想現実ゲームの中ですし、ゲームステージはまだ続いているはずですので、まずはゲームを続行するか引き返すかを決めて頂いた方が良いかと存じます」
畳み掛けるように語る神崎に、二人ともしゅんとした面持ちになった。
「む…そういえばそうじゃったの」
「…ええ、そうでしたね」
お互いに冷静になり、気まずい表情になって一旦黙った二人は、
お互いに見合ってから苦笑した。
「ま、余も言い過ぎた所があるのよな」
「私も、少し感情的になってしまいました…
ご無礼を働いてしまい、大変申し訳ありません」
「いやいや、気にするな。余の方こそ謝ろうぞ」
「いえいえ、私の方こそ非があります故、ここは私が謝ります」
「相変わらず強情だのうシアラ、ここは余が謝るといっておろうが」
「アルウィオネ様こそ頑固ではないですか!
ここは身分の低い私が謝るべきです!」
「またお主は身分の話をするか!お主もいい加減にせい!」
「何ですって!?いい加減にするのは貴方の方では!」
パンパン!!
とまたしても洞窟中に響く音がして
再び言い合いに発展していた二人はまたしてもビクッと身をすくめた。
二人とも、恐る恐る神崎の方に振り向く。
「…殿下、シアラさん。
宜しいですよね?」
にっこりと微笑む神崎だが、目が笑っていない。
「う...うむ」
「は…はい」
それから二人は、再び洞窟内を奥に向かって歩き出した竜司達の後ろに付き、
すごすごと揃って歩き始めた。
「な、なぁシアラよ」
「はい、何でしょうアルウィオネ様」
二人が、竜司達から少し離れた所を歩きつつコソコソと話しだす。
「あの、神崎とか申す者は一体何者じゃ…?
あのような迫力というか凄みを持つ者なぞ皇宮内でもそうは居らんぞ」
「いやアルウィオネ様…まああの四人の中で実質的なリーダーと言いますか、
実際誰も彼女に頭が上がらないというか…
彼女達が通う学校でも、1年目にして生徒会副委員長という学内ナンバー2の地位に就いた事からも、
もともと彼女は周囲の人間を恐怖にて従わせる異能持ちなのではないかと疑っている所でして…」
「何をこそこそとお話しされているのでしょうか?」
「ッヒィイィッ!?」
神崎が二人の方に振り向き、にっこりと笑い掛けた。
しかし洞窟の薄暗がりの中では
さながら吸血鬼が今にも首筋に襲い掛からんとしているようにしか見えない。
「な、何でもないぞ、何でもな…」
「は、はいその通りです、うんうん」
二人して首をブンブンと振りつつ、冷や汗がどっと出るのを感じていた。
「う、うむ…今後はなるべく彼女を怒らせないようにせねばな…」
「ええ、そうですね…」




