13-4 カミングアウト (第2章・完)
「…今から、私達の出身について大事な話をします…
私達は実は、21世紀の地球、それも”大災厄”前の日本から、この世界にやって来たのです!!」
”帝国”国内での初ライブからたった1ヶ月余りで瞬く間に各地で猛烈な人気を集めて、”帝国”どころか”宇宙日系人類文明体”全体でも注目の的となっていた『テーチ』の二人だったが、
”ヤマトクニ”首府の”黎明京”で行われた2度目の大規模ライブの途中でMC中に行われたこの突然の告白に、文字通り銀河中があっという間に大騒ぎとなった。
しかも、それとほぼ同時に”帝国”直轄組織である時空探査局の公式声明を発し、
時空探査局がこれまで無数の時空連続体の中から”起源世界線”にごく近似の世界線を多く発見していて、その内の幾つかと既に交易を開始している事を全銀河に向けて発表した。
そして時空管理局がプロデュースしている『テーチ』がやって来た世界線は、まさに”起源世界線”である可能性が非常に高い事も同時に伝えた。
今後は”帝国”皇宮にある”正倉院”にて世界線の厳密な照合作業を、皇族である天津風之宮殿下の名の下に行われるという。
更には、その直後に”実体星間監察事業団”の外交特使であるホーフホーヒ・ジェイ=ヌーヴァス卿も公式声明として『テーチ』のファンである事とともに、今後は彼女らを強力に支持し協賛していくと発表した。
この一連のニュースにより、一介の音楽ユニットである『テーチ』の身分は、”帝国”直轄の時空管理局のみならず、”帝国”皇宮及び”監察団”の駐”帝国”大使館の三者によって確実に保証され支持される事が公に示された格好となった。
この事に、まず銀河中の一般層が電脳空間網を中心として、このホットトピックに大騒然となった。
『あの『テーチ』が”起源世界線”からやって来たって本当なのか!?』
『間違いないぞ!!何しろ皇宮も”監察団”も認めてるからな!!』
『凄いわ!確かにあの『テーチ』の演奏は私達の遺伝子や知識伝達子どころか、根底の”氏族無意識”を超えた”民族無意識”を揺さぶる波動だったし、間違いないわ!!』
『だいたい、『テーチ』の奏でる奄美音楽は銀河文明では完全に失われた文化だった筈だ。それをあんな風に再現できるのは、”起源世界線”出身である証左でもあるわけだ!!』
ネットワークの”お喋り”層では、『テーチ』や”起源世界線”についてのトピックが無数に生まれ、そのフィールド上でそれこそ何兆人もの参加者が、仮想体または実体画面上からのアクセスでコメントミーティングに加わり、その加速された仮想世界で累計何百万時間も白熱した議論に費やされた。
ちなみに”帝国”や”宇宙日本人類文明体”内での電脳空間網は何万種類もあり、それぞれ互換性を持たせてはいるが、それぞれ独自性のある世界を構築している。
その中には、”起源世界線”時代の日本(有史前の縄文期から近代日本まで)をそれぞれシミュレートした空間もあり、参加者は仮想体にて当時の日本人になりきって生活するというレジャーが定番となっていた。
もちろんそこには”帝国”の人々のみならず、他の子政体の人々も加わる事が可能で、実際に何兆人もの人達がこうした世界に常駐して楽しんでいたのだ。
しかし、ここに来て本物の”起源世界線”が発見されたというので、仮想空間上の考古学的情報を元に構築されたフェイクなどではなくリアルな地球日本に対する望郷の念が、様々な形で発露された。
『”起源世界線”が見つかったと言う事だよな?
という事は、我々もその世界線に仮想空間ではなく実際に行けるという事か?』
『ああ、なんて素晴らしい事かしら!
私もぜひ”起源世界線”を仮想上ではなく実体の目で見てみたいものだわ!!』
『”起源世界線”へのツアーは組めないのか?
募集してるのか!?それはどこで??時空探査局に問い合わせればいいのか??』
『なぜ時空探査局はこの事を今まで隠していたんだ!?
時空探査局だけじゃない、それを管理する中央政府や帝国多重議会にも責任がある!!
情報の独占は許されざる事だ!今すぐ”起源世界線”や近傍の世界線へのゲートを一般に解放すべきだ!!』
実際には時空探査局は、過去に近傍世界線についての情報はある程度公表され、世界線との交易についても一部関係筋である幾つかの組織が認可されていた。
しかし、ここに来て交易を全面的に認めるべきだとの運動が、電脳空間網のみならず実体世界においても大々的に展開されるようになったのだ。
こうした一連の動きに、実は一番慌てたのが
帝国多重議会内における時空探査局の活動に反対する一派だった。
彼らは元々、行政府内における皇宮の影響力を減じさせ、代わりに自らの影響力を拡大させたいという意図があった。
そこで、かねてから時空探査局で活動を行なっている昴之宮殿下に目を付けていた。
そして彼女による各世界線でのスタンドプレーを激しく非難し、また皇宮管理局内のシンパを通じて彼女の行動を監視し続けていて、彼女が更に何か問題行動を起こそうものなら徹底的に責任を追及し、あわよくば時空探査局の廃止を通じて皇宮の政治影響力排除を図ろうとしていたのだ。
だがここに来て、まず彼らの意表をつくタイミングで『テーチ』のカミングアウトが行われた。
そもそも『テーチ』がまさか時空探査局の紐付きだったとは、彼らも予想していなかった。
せいぜいが電脳空間網の古代日本シミュレータからやってきた、そこそこ出来の良いパフォーマー程度にしか思っていなかったのだ。
一番狼狽させたのは、『テーチ』について”実体星間監察事業団”の実質的な外交特使トップが強力な支持を表明した事である。
これにより、もし”帝国”政府が『テーチ』を排外するような事態となれば、”監察団”がすかさず『テーチ』を保護しつつ”帝国”を公的に非難する用意がある事を示した。
すなわち、”監察団”は”帝国”に対する強力なカードを有するに至ったわけである。
そして、”帝国”内の一般層が『テーチ』を熱烈に支持し、また”起源世界線”の情報を秘匿していた時空探査局にではなく、その管理主体たる中央政府や帝国多重議会に非難の矛先を向けるようになった状況は、完全に彼らの目論見から外れていた。
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「これより、”赤紫の季”における臨時多重議会を開催する」
帝国多重議会議長が厳かに議場内に向けて宣言した。
この議会が行われる議場は、
アンクヴォール星系第四惑星イザミアを周回する第一衛星イザギアに座している。
皇宮が置かれているイザミアに対し、イザギアには中央統政府の各種機関本拠が置かれており、この実質的な双子惑星を有するアンクヴォール星系自体が、”帝国”の事実上の中心と言える。
議場には、”帝国”中のほぼ全域から召集された、次元院・星間院・天体院の各議員およそ54万名が集結していた。
原則的には実体での出席が課せられていたが、間に合わない場合は仮身体や仮想体での出席でも構わないとされている。
今回も、議員の大半が仮身体や仮想体での出席だった。
「まず、緊急動議として、
”帝国”内で現在活動している『テーチ』についての管理及び責任の所在を追及し議会としての公的対応を発議したい。
これについて、まず発議者の意見を伺いたいと思う」
「コヴァーダ=ミゴットーゼン天体院議員」
「はっ」
”アラヤシマノクニ”出身らしく、横方向に長く尖らせた耳に装飾品を付けた議員が、その豊かなマリンブルーの長髪を左右に振りながら浮遊席を議場中央へと滑らせた。
「それでは申し上げます。
まず、先日より”帝国”内外を賑わせている騒動、そのきっかけとなった『テーチ』の発言をご覧頂きましょう」
そしてミゴットーゼン議員の頭上で先般のライブ映像が3D投影されると、その動画の途中で議員が言った。
「この二人の発言を聞いて、我々の中では多くの疑問が浮かび上がって来ますわ。
そこでまず、局長にお伺いします。
この二人は本当に”起源世界線”の出身なのでしょうか?
そしてなぜ、彼女らが我々”帝国”でライブ活動を行なっているのか?その目的は何でしょうか?」
彼女のソプラノボイスが議場内によく響いた。
「マァリパポイトス局長」
「はい」
おっとりとした穏やかな顔つきの女性が前に進み出た。
「我々時空探査局の確認しますところによりますと、確かに『テーチ』の二人は”起源世界線”出身である可能性が高いと言わざるを得ません。
現在我々は、その”起源世界線”かどうかを精査するために、皇族の方々のお力を賜りまして”正倉院”にて照合作業を進める予定としております。
ちなみに、『テーチ』の二人の希望によってこの”帝国”領域内でライブ活動を行う事を認めております。
彼女達はライブを通じて、自らの文化や音楽を”帝国”や銀河中に届けたいと純粋に考えているようですね」
「ハサカルマーダ星間院議員」
「はっ!」
体の半分が銀色の機械で覆われたような、”ヤマトクニ”宙域軍出身者特有の厳つい雰囲気の議員が手を挙げた。
「更に重大な疑念は、この時空探査局による各世界線への干渉が、”日系人類銀河帝国憲章”の中の”原始文明干渉規約”及びに、その原典たるいわゆる『マーハガルハイト=エヴェッサ条約』に違反しているのではないかという事です。
皆さんもご存知な通り、この条約は”星間種族連合”において有力種族の誓約により相互に締結した強力な条約であり、これが遵守されないという事になれば、銀河文明内の秩序に重大な亀裂を生じさせる懸念もあります!」
「ボジャック中央第一司政官」
「はい」
裾が長い液体金属のコートをまとった背が高く細身で禿頭の人物が、出張中の”ミズホクニ”から電送した仮想体姿で答えた。
「その点につきましては、我々統合司法機関にて既に調査が済んでおります。
結果としては、通常実体空間内の事象ではなく、また我々日系人類の祖先係累である事を鑑みると『マーハガルハイト=エヴェッサ条約』の効力範囲からは外れていると解釈する事が出来ます」
「ケィレル次元院議員」
「はっ!」
鹿のような大きな角とフサフサした縦耳を生やした”トヨアシハラクニ”出身の頑健そうな議員が大声で怒鳴るように言った。
「そもそも!!
”起源世界線”や他の世界線を見つけてまで、時空探査局は何を成そうとしているのか!?
時空探査局はこの件について何かを隠しているんじゃないですか!?
局長の返答如何によっては、我々としても何らかの措置が必要かと存じます!!」
「マァリパポイトス局長」
「はい」
時空探査局局長は、再び議場の中心へと進み出た。
「まず申し上げるべきは、我々は既に多くの世界線を発見して、そこに暮らす人達と少なからず交流を持って参りました…
それで感じ得た事とは、すなわち我々の係累であり祖先である古代日本人とは、どういう経緯であれ苦難に直面しているのであれば血の繋がりのある同胞として助けなければならないのではないか、という事です」
局長のはりのある声に、議場内がしんとした。
「これは、我々が有する遺伝子や知識伝達子を超えて、我々の魂の裡からの声とでも言うべきでしょうか。
例えば単に進化途上にある種族を保護し育成するのとでは、全く意味が異なるものなのです」
「つまり、”起源世界線”であるか否かに関わらず、古代日本人が存在する全ての世界線を助け出すと?
そういう事でしょうか?」
エンバライヨ天体院議員が、その豊かな眉毛を顰めさせながら問うた。
「そうだ!全世界線に救援を送るだけのリソースは流石に我が”帝国”にも無いぞ!!」
「救助する世界線を選ぶとしてもどういう基準で選ぶんだ!?恣意的となるのではないか!?」
「もしその世界線で地球日本が侵略戦争を仕掛けていたらどうするつもりだ!?」
「逆に古代日本人が敵国によって全員奴隷化している世界線だってあるだろう!
その時は地球上の敵国を全て滅ぼすつもりか!?」
様々なクラスの議員達から、次々に罵声に近い詰問や非難の声が発せられて議場内が騒然となる。
「皆さん、落ち着いて下さい。
まず、そもそも我々が世界線を探査する目的の一つに、”起源世界線”を発見するという学究的な目標があったからです。
そして”起源世界線”は見つかりました。恐らくこれは間違いないでしょう。
我々は、この”起源世界線”である事が確定し次第、該探査計画については終了する予定です」
局長の宣言に、議場ではおおっという声が上がった。
「本当に終了するのか?」
「じゃあそれからは時空探査局は何をしていくんだ」
「その後時空探査局は、本来の目的である”様々な並行世界可能性の探求”という探査計画にリソースをシフトする事となります。
当然、そこでは異なる並行世界の地球日本をわざわざ探し出して救助支援する事はしないでしょう。
従って、議員諸氏の懸念するような事態には成り得ませんのでご安心頂きたい」
そして局長は、一呼吸置いてから議場を見回して言った。
「皆さんは、『テーチ』の演奏をちゃんとお聞きなさいましたでしょうか?
『テーチ』の音楽は、我々の予想をはるかに超えて”帝国”中の人達の心に届きました。一般層の多くは既に『テーチ』の虜となり、熱烈に支持しています。
議員の皆様にはどうか一般層の声を無視することなく、『テーチ』に対しても何卒寛大な眼差しを向けて頂きたいと思います!」
「もう一つ懸念があるが、宜しいか?」
議場の上の方から、和服を着た仙人のような風貌の議員が手を挙げた。
「ツァーズバラッタスム議長」
「ほっほ」
議長を乗せた浮遊席が、水の上を進むように滑らかにマァリパポイトス局長の居る空間へ向かった。
「その”起源世界線”であるが…もし、我々”帝国”がその世界線へと救助支援目的で干渉してしまったならば、その世界線は我々の”起源”と成り得ないのではないかの?
すなわち、我々が今いる世界線との連続性が断たれてしまうと思うのじゃが」
「は…その点については、ご心配には及びません」
「ほう、つまり?」
「既にそれは解決済みの問題であるからです。
実を言うと、世界線発見時において、時空探査局局員による世界への干渉が行われてしまったのです。それによって、”起源世界線”は厳密に言って本来の”起源”では無くなったのです。
ああ、ご心配なく。我々の研究によれば、平行宇宙は干渉が発生した時点より分岐し、我々が見つけた世界線は本来の”起源世界線”より別の軌道を取るようになったのです。
これは既に予測されていた事です。
すなわち、”起源世界線”は厳密にはそのものではありませんが、学究目的には適合しております。
そしてその世界線にて地球日本を救助支援するのも、全く問題がないと言う事になります」
「ほーっほっほ、なるほど。よく分かりましたわい」
議長は彼女の言葉を聞いて頷くと、ゆっくりと壇上から引き下がった。
「それでは、本動議としての結論は
『テーチ』及び”起源世界線”に関して議会としては時空管理局に一任し、時空管理局は一切の責任を負って当計画を全うする事を了解するものとする。
以上で評決を採りたいと思います」
議事進行の声に、議場にいる各議員は浮遊席にある評決用の立体文様表示を操作した。
「結論に反対の方、11.45%。保留及び棄権、2.12%。賛成の方、86.43%。
以上をもって本結論は採択されました」
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議会が終了した直後、議長が局長の元にやってきた。
「ほっほほ。色々と面倒ごとに巻き込まれて大変ですのう」
「ええ、でもお陰で中々に刺激的な人生を送っておりますわ」
「そう、刺激的と言えば…あの『テーチ』の演奏や音楽そのものも、また中々見事で刺激的ですわい」
「ありがとうございます。そう言って頂けると、あの二人も嬉しいでしょうね」
「そう言えば、先日の貴局内における査問会の一件じゃが…」
「議長はご存知でしたか。
私が不在にしていた故に不慮の事態が生じてしまいまして…
危うい所を天津風之宮殿下に助けて頂きましたが」
「その時、私もたまたま殿下のお側におりましてな」
「あら、そうだったんですか?
という事はもしかして…」
「ええ、殿下にお口添え致しましたわい」
「そうだったのですね!?
その節は、ありがとうございます」
「いやいや、感謝すべきは殿下にですわい。
殿下も快く引き受けて下さりましたからの」
「それより、老爺心ながら注意させて頂くとしますがの。
まだ貴局内では反対派の勢力が根を張っておるようじゃからのう、今後も十分気をおつけなされ」
「はい、重々承知しております」
「議会内の反対派は何とか儂の方で押さえつける事も出来るのじゃがの、議会外となると、からきしでのう」
「いえ、議長のご威光は十分届いております故、こちらも大変助かっておりますわ」
「ほっほっほ。
しかしそれに、敵となるは”帝国”内だけではありませぬからのう」
「はい…ホーフホーヒ卿の動向には、今後も目を光らせておくつもりです」
「うむうむ、ほっほ。
それでは…『テーチ』のお二人にくれぐれも宜しくお伝え下され」
(やはりオクウミ達と、この件の対処について打ち合わせる必要がありそうね…)
マァリパポイトス局長はそう考えつつ、御齢1万歳以上とも言われるツァーズバラッタスム議長が議場を去りゆく姿をいつまでも見つめていた。




