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13-2 査問会

「支部長!オクウミ支部長!

 これを見て下さい!!」




執務室に駆け込んで来たイゴルに、オクウミは片眉を上げた。


「何だ何だ…全く騒々しい」

「いや、これを見て頂ければ…」


イゴルの報告用パッドから執務室の大画面に転送された『仮想友人帳』のリンクリストがずらっと表示される。

その全てが、『テーチ』のファン達からのものだった。


そして、そのリスト中にある名義にオクウミもハッと気づいた。


「こいつは…」

「いや、こいつなんて言っちゃマズいですよ。

 この人は、”実体星間監察事業団”の外交特使であるホーフホーヒ・ジェイ=ヌーヴァス卿ですよ!!」




”実体星間監察事業団”というのは、日系人で構成される銀河文明を取りまとめる”宇宙日系人類文明体”の中で最大勢力を誇る子政体である。これに比べると”日系人類銀河帝国”は8割程度の規模でしかない。

そして、この外交特使となると”帝国”皇帝にすらアポ無しで謁見が可能であるとすら言われている。

ホーフホーヒ氏は、その中でも最上級の、いわゆる”帝国”駐在大使館のトップとも言える存在だった。


「これはこれは…私はまあ帝国多重議会にいる議員の一人くらいは演奏を気に入ってくれれば良い程度に考えて居たのだが…

 これは一足跳びにとんだ人物が引っ掛かってしまったものだな」

「一足跳びなんてもんじゃないですよこれ…海老で鯛を釣る以上の大金星です!」

イゴルは興奮するあまり手をバタバタさせた。


「いや、まだそう判断するのは早いぞ。

 何しろ相手は”実体星間監察事業団”の駐”帝国”特使であり、元々魑魅魍魎達が蠢く政治界で外交部門の上位にまで上り詰めた人物だ。当然我々よりも遥かに権謀術数に長けているだろう。

 そんな奴が、”帝国”内の、それもこんな風変わりな音楽を素直に褒めるわけがあるか?絶対に何か裏があるに決まっている」

「えぇ…そ、そうなんでしょうか…」

「まあ実際には、直接会うなり何なりしないと何も分からんだろうし、それでも理解出来ない場合も多々あるだろうな」




と、そんな会話を中断するように執務席上の3Dディスプレイに通信表示が灯った。


「おや?時空探査局上層部会からの親展通信だ…何だろう」

「親展ですか?それでは、私は一旦席を外しますが」

「いいや…それには及ばないぞ。

 どうせ今まさに話していた内容の事についてだろうさ」


そう言いながら、オクウミは親展の暗号を解除して中身を読んだ。


「ふん、やはりな。地球日本風に言えば、ビンゴって奴だ。

 曰く”オクウミ支部長とイゴル副官は直ちに、自身がプロデュースする『テーチ』の二人を連れて、時空探査局本部へ至急出頭せよ”だとさ」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




時空探査局本部は、”ヤマトクニ”首府である”黎明京アマルテミシア”の第三扇区に存在している。


この”黎明京アマルテミシア”は、アッシャール星系で5番目に周回する巨大ガス惑星ホタス=ガンナの衛星軌道を赤道沿いに完全に取り巻く巨大な人工のリングそのものであり、その最外縁までの直径は実に150万kmに及ぶ。

そのリングには、実体オリジナル仮身体アバターの人間、人工知性体等を含め1兆人余が住まう都市機能の他に”宇宙日本人類文明体”の防衛を専担する”ヤマトクニ”直衛軍の本拠に相応しく、軍務省と軍司令部の施設群及び数千億もの軍用艦艇を収容する巨大な宇宙軍港がリングの外周をぐるっと取り巻いている。

そういう意味においては、”黎明京アマルテミシア”は超巨大な宇宙軍基地であると言い換えても良いだろう。


時空探査局本部の施設群は、その宇宙軍港からほど近いエリアにそれなりの体積を占めて座している。

オクウミ達は、その内の中央管理棟で行われる査問会に召喚されていた。




「全く…君達のスタンドプレーにも本当に困ったものだよ」

上層部会を構成する幹部の一人、ニビルガイマクル将軍が言い放った。


「まあ一歩譲って君達のアイデアを認めたとしてもだ…

 それがどういう影響をもたらすかをちゃんと想定し考慮して行動しているのか?甚だ疑問だ」

同じく幹部の一人であるチャシク=ヤレン技術主幹も、モノクルのような人工片眼をオクウミへ向けて光らせる。


他にもこの卵型の査問室には数名の幹部が浮遊席に座り、文字通り宙に漂いながら、空間の反対側にて起立姿勢のままのオクウミを睥睨していた。


「ですが、今回の件においても”帝国”憲章の”原始文明干渉規約”及び”時空探査局規約”に何ら違反しているわけではありません。

 むしろ、時空探査局設立時に策定された基本理念に沿った計画であるはずです」

オクウミが冷静な口調で反駁した。


「まあ確かにそうとは言えるかも知れないよ。

 だがね、例の17=5-47-664-33-8.69-4世界への干渉方針設定にしても皇族からの働き掛け、そして中央政府ならびに帝国多重議会への十二分な根回しがあってこそ何とか成り立ったわけだよ。

 さらに言えば、17=5-47-664-95=7.81世界への干渉に関しては皇族への批判すら出始めたのは君達も知っている筈だろう?

 その火消しに我々も随分と骨を折らされている。

 もうあんな面倒な事は二度と御免だ」

ニビルガイマクル将軍が畳み掛けるように言う。


「我々はなお一層の事、目立たず密かに慎重に業務を営む必要があった、なのにだ!

 あのような音楽を”帝国”じゅうに大っぴらにバラ撒き、わざと世間の注目を思いっきり浴びるようにしただと!?

 お陰で議会や中央政府の連中どころか、とうとうホーフホーヒ卿の関心すら惹いてしまったではないか!」

将軍は、言葉だけでなく周囲の立体文様表示ホログラムピクトを使ってまでその不快感を表現する。


その言を聞いてオクウミは、将軍も結局は組織の歯車でしかないのだなぁと心の中で嘆息した。


そもそも、ニビルガイマクル将軍は元々の役職では直衛軍第6参謀部付で、異次元方面防衛を主管としていた。

当然のことながら、軍隊では秩序の維持が最優先に扱われる。秩序は軍隊内だけでなく行政府でも必須の栄養素であるので、ニビルガイマクルのような組織統率の技量と経験を有する人材は行政府中枢に簡単に取り入られるのである。

しかし、所詮は軍隊流の秩序維持であり、他の組織ではすぐに硬直化しかねない。それに現状維持を尊ぶ姿勢は、組織力学に絡め取られていいように操られる道具にしかならないのだ。

結局のところ、将軍も更に上層に位置するどこかの誰かに唯々諾々と従わねばならないという事だろう。




「そもそも、私達がこの17=5-47-664-27-3=15世界への干渉を決めたのも、この世界がいわゆる『起源世界線』であるという可能性が高いという報告が上がっていたからです。

 それも、その世界で発見された我々の自動機械群を調査して『スーサ』であるかどうかを確認するまでの間という限定的なものであったはずですよ?」

幹部の一人、身体中に金属の蔦を絡ませた格好のハラカミヤ高等管理官が指摘した。


「そうだ、その調査報告はどうなった?」

「まさか、その世界へ思い入れ過ぎたせいで、不利になる結果を隠蔽しようとしてはおらんだろうな?」

「調査期間は60標準日が限度だったはずだ。その報告が未だ上がっていないというのも十分問題ではないか!?」

各幹部が次々にオクウミへ疑念を投げつける。


「報告の件については申し訳ありません。

 こちらとしては調査結果に誤りがないかどうか慎重を期して入念に確認作業を行っておりまして、結果をまとめるのに思いのほか時間が掛かってしまったものでして」

「ごたくはいい、その調査結果報告はまだ出てこないのか?」


「いえ、本査問会に合わせて、急ぎまとめて参りました。

 それでは、こちらをご覧下さい」

オクウミは、自身の手のひらからデータを査問会室の立体大画面ホログラムに転送投影した。




「…うむむ」

ニビルガイマクル将軍が、報告書を読みながら唸った。


「これは…事実であると確認されたのですか?」

ハラカミヤ高等管理官も目をパチクリさせながらオクウミに問うた。


「ええ、先ほども申し上げました通り、何度も確認作業を行いました。

 結果として、『キホ-壱拾八番 須佐ノ男』号を中核とする自動機械群の固有識別連番が目標世界線、すなわち起源世界線のそれと完全に一致している事は明らかです。

 つまり、量子=記述子符号・魔力子分布表マギクスパターン原意識子配列マインドナンバー・その他連番において全てです。

 また、その他にも当世界にて観測された事象のほぼ全てが、私達が確認する限りでは起源世界線にて記録されていた歴史事象と一致している事も確認しております」


「いやいや、これはまだ確実じゃないだろう…」

「その通りです。

 より確実であるかどうかを判定するためには、皇宮にある”正倉院”の情報に直接アクセスして精密な照合を行う必要があるでしょう」


「”正倉院”だと!?」


オクウミが述べた”正倉院”とは、地球日本の奈良東大寺にある正倉院の事ではない。

アンクヴォール星系第四惑星イザミアにある”帝国”皇宮に設置された、古代の遺物を納めた宝物庫の事である。

その遺物というのは”帝国”が成立するより遥か前、宇宙日本人類の始祖である日本人達が古代地球に降り立って文明の再建を始めた時に持参していた、諸々の生活用品や書物や媒体類の事を指している。

そしてそれは、始祖日本人が起源世界線から逃げ延びてきた貴重な証拠でもあった。当然、その中には起源世界線の歴史書も含まれている。

確かにそこへアクセスすれば、竜司達の住まう世界が本当に起源世界線でもあるのかどうかが、文字通り瞬時に判明するだろう。


「しかしだな…

 ”正倉院”へは皇族か、尊位第二級以上の爵位で無ければアクセスする事は出来んのだぞ…

 我々ですら、それを有しているわけではない」

「では、昴之宮殿下へのご依頼を奏上されては如何でしょうか」

「ダメだ!昴之宮殿下はここだけの話、帝国多重議会でもその活動が問題視されているのは知っているだろう。

 現在彼女の動きは仮身体アバター仮想体バーチャルですら皇宮管理局にマークされているとも噂されている。

 彼女への依頼はかえって我々の立場を危うくするだけだ!」

「ですが、目下のところ他に証明手段はありません」




「あら、それでしたら余が代わりにアクセスしましょうか?」


突然、査問会室の虚空に透き通るような声が響いた。




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




「天津風之宮…殿下!?」




虚空から滲み出るように顕現したその姿は、光り輝きながら白く薄く透き通るようなドレスを纏っており、正に天女のようないでたちだった。


「えぇ!?」

「で、殿下!?」

突如として査問室内に顕現した彼女に対し、上層部会の幹部達が一瞬狼狽して互いに目を見合わせた。


「こ、これはこれは…このようなせせこましい査問会に顕現あそばされるとは、一体どのような御心でありましょうか」

ニビルガイマクル将軍も額に汗をかいたような面持ちで奏上した。


「なに、この数日はこちらの”黎明京アマルテミシア”に少しばかり用がありましてね、用を済ませてしばらく揺蕩たゆたっていたら、たまたま”正倉院”の話題が上がっている座標を見出しましたので。

 それで興味を引いてこちらに顔を出してみた次第なのです。

 何しろ、”黎明京アマルテミシア”でも”正倉院”の話をする人間など限られましょうし」 


「は、はぁ」


「オクウミ」

「はい、天津風之宮殿下」

「そんなに固くならずとも良いですよ、昔みたいにリュミリアと呼んで下さい」

「は…リュミリア様。

 何ぶんにも、そのお名前でお呼びするのはおよそ1000年以上ぶりですので」


オクウミはそう奏上しながら、昔の事を少しばかり思い出していた。

何しろこの天津風之宮公リュミリアとは、遥か昔のまだオクウミが”ヤマトクニ”直衛軍士官学校生の頃から先輩後輩の間柄であったのだ。

現皇帝陛下の第二皇女であるリュミリアは、妹の昴之宮公アルウィオネと同じく若い時分に兵役を済ませる必要があり、従って”ヤマトクニ”軍のいずれかに入隊するか士官学校にて学ぶ事になっていた。

士官学校当時のオクウミはややすれた所があり、風紀から常にはみ出したような彼女は、既に最上級位の首席として後輩達を監督する立場にあったリュミリアによく目を付けられていたのである。


「しかしながら、このような所にまで仮身体アバターをお寄越しになられるとは、誠に畏れ多い事にございます」

畏れ多さを微塵も感じさせないような飄々とした口ぶりでオクウミが頭を下げた。

「ふふ、これは仮身体アバターではありませんよ。

 幽体エンティティーです」

「なんと、幽体…ですか?」


オクウミはどこかの噂で、皇族の一部が自らを高次元に”相転移”する為の前段階として、自身の肉体を半分高次元へと身を置かせて幽体エンティティー化するらしい、と聞いたことがある。

すると、目の前でリュミリアが行なっているのは正にそれなのだろう。

しかしそのような事は、確かにこの”宇宙日本人類文明体”においては珍しい事ではあるが未知の現象でも何でもない、既に現代銀河文明の超科学で解明済みの自然現象の一種なのである。

それは竜司達が時空酔い止めの副作用で超能力を獲得し、オクウミ達がすかさずそれを利用している事からもよく分かる。


「とすると…リュミリア様が”相転移”をお迎えになられる時期もほど近い、という事でしょうか」

「いえ、いえ…まだまだ余は現世にて精進せねばなりませぬゆえ、あと1000標準年はこのような形でオクウミとも気軽に会話致しましょう」


リュミリアはオクウミに頷いた後、査問会室の一方側に固まって身を潜めている上層部会の面々へと振り返った。


「ニビルガイマクル将軍」

「はっ」

「貴方が、余の妹について心配する気持ちも理解できます…

 迷惑をお掛けしましたね」

「いえ、滅相もございません!」

「アルウィオネについては、余にお任せ頂けますか…?

 決して今後は事を荒立てぬよう注意させますゆえ」

「は…御意にございます」


「それと、”正倉院”へのアクセス許可についても承認致します。

 一時的なアクセス権限を、オクウミに与えるという事で宜しいでしょうか?」

「し、しかし、宜しいのですか?

 特にこの最近では皇宮における殿下のお立場も…」

「構いません。その程度で崩れるような立場など、余にとっては不要です」

リュミリアはそう言うとにっこりと微笑んだ。


「…その御心、感服仕りました。

 全ては天津風之宮殿下の仰せのままに」




平伏するニビルガイマクル将軍に対し、頷き返したリュミリアは全員を見回した後に改めて口を開いた。




「それと、ホーフホーヒ卿に『テーチ』の演奏をお聞かせする件ですが、それもつつがなくお願い致しますね」

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