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12-4 地下都市からの脱出

「コホン…再会を喜んでいるところ大変申し訳ないのだけれど、時間がないわ」




慎重に頃合いを図って咳払いした神崎が、桜木親子を促した。


「あ、そうそう!この人達がね、ここからの脱出を手伝ってくれてるの!紹介するね」

「あ、ども。赤羽竜司って言います」

「神崎由宇です。

 本来ならちゃんと自己紹介すべきでしょうけど、今はあまり悠長に話している暇はないので、とりあえずベッドから出てからこのマントとベルトを身に付けて頂けますか?」


桜木の父親は、言われるがままに病院着のまま腰にベルトを付け、それから桜木の補助でマントを羽織った。

「それじゃ、このスイッチを入れて。こうすれば、体を浮かせたまま移動できますから」


彼は病気によってほとんど腰から下が動かせない状態だったが

ベルトの重力制御装置によって、横になったままフワリと宙に浮いた。

「お…おおお!?凄いぞこれ」


父親はマントを体に巻きつけつつ俯せで宙に浮いているので、まるで横になったミノムシが飛んでいるようだ。

マントの一端にあるタグのようなものを摩ると、彼の体ごとマントが不可視化した。

「それじゃ、脱出しましょう」




病室を出ると、いきなり病棟の電灯が全てフッと消えた。

「停電か?」

「いえ…ついにこの病院でも反乱が起こったようね」


耳を澄ませると、確かに遠くの方で大人数の足音や何かを壊す音、それに怒号が聞こえてきた。

「するってぇと、あっちの方に行けば確実に騒動に巻き込まれちまうな」

竜司は元々来た廊下の方を見つめながら言った。


「なら、こっちね。確か山科さんがくれたフロアの地図だとこちらからでも外に出られるはずよ」

神崎は、目の前の空間に地図のホログラムを投影させた。

「大丈夫だろうな!?」

「まあ、山科さんのナビを信じましょう」




4人はなるべく音を出さないようにしながら急いで廊下を進んでいった。

もっとも桜木の父親は宙に浮いたままなので、桜木に手を繋がれながらまるで風船のようにフワフワと引っ張られながら移動している。


ドゴォン、ドゴォンという爆発音が病院内の各所から聞こえて来た。

その度にヒビの入ったコンクリートの天井から埃やら破片やらがパラパラと落ちてくる。

「おい、これはマズイんじゃないか?」

「そうね、一刻も早くこの建物から出るべきでしょうね」


すると、廊下の向こう側からザワザワと大人数がやってくる音が聞こえて来た。

「ヤベェぞ!もしかして」

「その予感は的中よ」


果たせるかな、やって来たのは病院内の警備員だった。

それだけではなく、兵士らしい男達も引き連れている。

「マントを被っているから大丈夫のはずよ。

 みんな、壁によって息を潜めて…」


神崎が小声で指示を出し、全員とも壁に寄ってから息を止めた。




「…」

ズカズカと数人の兵士が、竜司達のいる辺りまで小走りに進んでいく。

しかし、その内の一人が暗視スコープのようなものを装着していたのが気になった。


「…?」

そのスコープを付けた兵士が、何かに気づいたのか歩きながらスコープのスイッチを弄った。

そして他の兵士達に立ち止まるよう指示を出し、それからゆっくりとスコープで辺りを見回す。


(…まさか?)

竜司の予感が的中した。

竜司達とそのスコープの兵士の目が合ったかと思った瞬間、

「Enemy(敵だ)!!」と兵士が銃を竜司達に向けて構えたのだ。


「やっべえ!!」

竜司は反射的に手を兵士達に向けて構えつつ念じると、兵士の一人が後ろに吹き飛ばされた。




「Fire(撃て)!!」

竜司に吹き飛ばされなかった兵士が、銃で竜司達に向けて次々と銃を撃ち始めた。


「わっ!!わっわわわわわ!!」

竜司は手をかざし、こちらに向かってくる銃弾を念動力で何とかして全て弾き続ける。

神崎達は桜木の父親を抱えて地面に身を伏せ、必死に息を潜めていた。

「ヤバイヤバイヤバイ!!」

「だ、大丈夫よ!!このマントは銃弾を跳ね返す機能が付いてるって…」

しかし言っているそばから、竜司が弾き損ねた銃弾の1発が竜司のマントに当たる。

銃弾は竜司の体に当たりこそしなかったが、マントの一箇所に穴を開けた。


「何てこった!マントの効き目が無ぇえええ!!しかもあのスコープで俺達の姿が見えちまってたし!!」

「これはクレーム案件ね…無事に脱出できたら、サーミアさんに申し立てないと」


「おい神崎!お前のゲート能力で何とか出来ねーのかよ!?こっちぁ銃弾を弾くだけで精一杯だ!!」

「うっ…分かったわよ!」


神崎が手をかざすと、目の前の空間に光る輪が顕現した。

それは廊下いっぱいまで大きくなり、そこに吸い込まれた銃弾は竜司達の後ろ側にある廊下の空間に出来たもう一つの光る輪から出ていく。


「神崎ありがとよ!!でやぁっ!!」

竜司の叫び声と同時に、兵士達が全員数十m後方に吹き飛ばされた。


「よしっ!!この隙に廊下の先まで走るぞ!!」



再び駆け出した竜司達だったが、廊下の先で不意に桜木が転倒してしまった。

「お、おい!?どうした!?」

「い、イテテ…私、足を挫いちゃったみたい…」


そういえば、度重なる爆発の振動で天井からのコンクリート片が廊下の床じゅうに転がっていた。

「すまん…ちゃんと俺が注意しなかったから」

「ううん、私が注意してなかったのが悪いの」

「立てるか」

「うっツツ…」


桜木の左足を見ると、足首が若干腫れてきているようだ。

「このまま歩くのは無理そうね」

神崎も駆け寄ってきて、素早く神崎の足首にハンカチを巻きつけた。

「とりあえず気休めだけど」

「ありがとう…」


「おい、大丈夫か?」

桜木の父親が、心配そうに空中から声を掛けた。

「はい、大丈夫っす。

 桜木は俺が背負っていくんで、神崎は親父さんを引っ張ってくれ」

「分かったわ」


いつの間にか廊下の後ろ側で、兵士達が再びやってくる音が聞こえてきた。

「やばい、追いつかれちまう。急いで行くぞ!!」




竜司は桜木を背負って廊下を駆け始める。

「桜木、後ろの兵士が銃でも構え始めたら言ってくれ!」

「う、うん…分かった!」


神崎は、やや顔を赤くしながら竜司の背中で頷く桜木を、チラチラと見ながらも一方でホログラムの地図を確認しながら先導して行った。


「赤羽くん!!兵士がまた銃を構えたよ!!」

桜木の叫び声が竜司の背中に響いた。


「よっしゃ!!」

と、竜司は振り向いて兵士達に相対したかと思うと「ハァッ!!」と大声を投げかけた。


兵士達は一瞬にして、またしても後方に吹き飛んで行く。

「手を翳さずに念力を掛けるなんて…やるわね赤羽くん」

神崎が珍しく褒める。

「ふふん、今思いついた技だけど上手くいったぜ。無詠唱での魔法行使みてーなもんかな」

「ちょっと何を言っているのか分からないわ」


すると、今度は前方から兵士がやってくる足音が聞こえてきた。

「クッソ!!今度は前からかよ!?」

「まさに前門の狼、後門の虎というやつかしら。運が悪いわ。

 赤羽くんの普段の心掛けが悪いせいかしらね」

「ちょっと何を言っているか分からねー」


そう言いながらも、竜司は再び前方に向かって念を放った。

兵士が吹き飛ばされて行くが、その方向は竜司達が向かおうとしている所でもある。

「ちょっと、そちらに吹き飛ばしても意味ないでしょう?」

「ええ…じゃあどうすれば良いんだよ」


「ここは、私に任せて頂戴」

と今度は神崎が、前方の空間に光る輪を作り出した。

その光る輪が、転ばされて再び立ち上がろうとする兵士達の方に向かって移動して行く。

「Oh!?」

兵士達は、何が起こったか分からぬままその光る輪の中に吸い込まれていった。


「ほー、そういう使い方もあるのか。

 ってかもっと最初からそれを使ってくれよ…」

「あら、私も今この使い方を思いついたのよ」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




病院から外に出ると、通りは既に自我を取り戻した「部品」の人達で溢れかえっていた。


「俺達を解放しろ!!」

「家に帰してくれ!!」

「責任者出てこい!!」


「こりゃ大変な事になっちまったな…」

「ええ、もはや収拾が付けられないような状況みたいね」

竜司と神崎は、服の中に隠れている『ゼロ』や『ケーシー』の翻訳機能を使って彼らの英語での会話を傍受してみていた。


人々は、あちこちのビルで暴動や破壊行為を引き起こしていて大混乱状態となっていた。

”機関”側の警備員やMP(憲兵)達にも状況を制御する事が全く出来ていない。

それどころか、彼らが利用している通信システム自体が深刻なダメージを食らっているらしい。

一部では、元「部品」の反乱に警備員やMPまでもが混ざって参加しているようだ。


「つまり、それほどまでにあの人達の間で不満が溜まってたって事なのかね」

「そうらしいわね。確かに、洗脳で人々をコントロールするようなディストピアは最終的に崩壊するのがお約束だものね」


「赤羽くん!!病院が…」

桜木の言葉で振り向いた竜司達は、病院のあちこちで煙が吹き上がっているのを見た。

「もう完全に火事になっちまったな」

火災は、病院全体を煙と炎で取り巻いて飲み込みつつあった。

「桜木の親父さんを助け出せてよかったぜ」

「急ぎましょう。またあのスコープで探知されないとも限らないわ」




通りを更に進むと、いきなり銃撃戦の場に出くわしてしまった。


ダダダダダダ!!と兵士達による銃撃が通りを埋め尽くす反乱者達、そしてその中に入り込んでしまった竜司達に襲いかかった。

銃撃によって、周囲にいる人々が次々と倒れて行く。


「ヤベェクソッ!!俺が能力を使おうとしてもこれじゃ周りの人達まで巻き込んじまう!!」

「私もよ。ゲートの入り口を顕現させられるのは私の周囲10m以内までだし…」


地面に伏せながら途方に暮れる竜司達だったが、ここで桜木が口を開いた。

「私の能力なら、何m先であっても関係ないわ!

 視界の範囲内であれば、行使できると思う…」


そう言いながら挫いた足を押さえつつ慎重に立ち上がった桜木は、その大きな両目を兵士の方にしっかりと向けた。


「…!」

桜木の両目がほのかに光ったように感じられた次の瞬間、彼女に見据えられた兵士の一人が前方への銃撃を止めた。

そして今度は隣にいて銃撃を続ける兵士に向き合い、その頭に発砲した。

「ウガァッ!?」

銃弾は兵士のヘルメットに当たって跳ね返ったので致命傷にはならなかったようだが、同僚にフレンドリーファイアを食らった兵士は一瞬ためらった後に、その撃ってきた兵士に反撃した。

それがまた別の兵士に当たり、更に反撃を行い…と瞬く間に目の前で同士討ち戦闘が始まった。


「おお、すげぇ!やるな桜木!!」

「でしょ。私の”魅了”能力だって役に立つのよ」


やや得意げに微笑んだ桜木は、さらに前へと足を引きづりながら進み始めた。

「おい、もういいから行こう」

「もうちょっとやってみる、後ろの方の兵士達はまだ統制が取れてるみたいだし」




すると、混乱する兵士達のさらに後ろ側から、迫撃砲のようなものが発射された。

迫撃砲の弾は、煙を吹き上げながら反乱者達の頭上に降り注ぎ、彼らを次々と吹き飛ばしていった。

しかし周囲の反乱者達は、迫撃砲の爆撃を食いながらも果敢に前へ前へ突撃して行く。


桜木もその周囲の熱に侵されたのか、反乱者達の群に混ざって前に進みながら再び目を光らせた。


「お、おい!待てよ桜木!!もう良いから止めろ!!」

一歩出遅れた竜司は、前に突っ込んで行く人々の波に飲まれて桜木の腕を掴み損ねてしまった。


再び迫撃砲が発射された。しかし、今度はコントロールが取れていないのか撃ち放つ方向がバラバラだ。

そして、その内の一発が道路脇に建てられている街灯に直撃した。


竜司は、その街灯が爆発の衝撃で燃えながら根元から折れ、そのまま桜木の方に倒れて行くのが見えた。

竜司の感覚が急に絞られたようになり、その街灯がスローモーションで倒れつつあるように感じられる。


「桜木!!」

「桜木さん!!」

「亜美!!」

桜木の父親も含めた三人が叫び、それと同時に竜司が弾かれたバネのように桜木の方へと突っ込んだ。




桜木は、一瞬目の前が真っ暗になったのを感じた。

「ひゃっ!?」

彼女は反射的に頭を抱えてしゃがみ込み、目をぎゅっと閉じる。


そして、もう一度ゆっくりと目を開くと、彼女は自身が誰かの腕に抱かれているのが分かった。


「あ…赤羽、くん!?」

彼女が顔をゆっくりと竜司の方に向ける。

一方の腕で彼女をしっかり掴んだ竜司が、もう一方の腕で炎が付いたままの街灯を掴んでいた。




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




「赤羽くん!!」

「赤羽くん!!」

今度は、桜木と神崎の両方が同時に叫ぶ。


「くっ…これくらい…どおって事ねぇよ!」

顔を苦痛で歪めながらも、精一杯強がってみせる。


「赤羽くん!!もう良いから離して!!」

「赤羽くん!!その柱を私に寄越して頂戴!!」

「ダメだ!まだ熱い…」


竜司は、思い切り顔をしかめながらもその片腕で持っていた街灯をさらに持ち上げ、それからゆっくりと地面に下ろした。

街灯はガランと大きな音を立てながら地面に転がった。


「赤羽くん!大丈夫!?」

「赤羽くん…ああ、何て事…」

桜木が目を大きく開けて涙をポロポロ零している脇で、神崎が憔悴しながらも焼けただれた竜司の片腕にハンカチを巻きつけた。

竜司の片腕は、掌から手首、下腕部の尺骨側から肘にかけて広い範囲が焼け爛れている。

「あー、大丈夫大丈夫、これくらいツバつけときゃ治るって」

「バカ!!そんなわけ無いじゃない…」


「ごめんなさい…ごめんなさい!!本当に、ごめんなさい…私が余計な事をしたから…」

今なお竜司のもう片腕に抱かれながら、桜木が泣きじゃくる。

「あーあー、気にすんなそんなの」


地面に横たわっていた桜木の父親も、両腕で何とか体を起こしつつ竜司を労った。

「すまん赤羽くん、娘を助けてくれて…」

「あ、いえいえお気遣いなく。これ位大した事ないんでホント」




そうこうしている内に、騒ぎの中心は竜司達のいる辺りから遠ざかり、通りの向こう側に移りつつあるようだ。


「とにかく、一刻も早くここを出ないと…これ以上怪我人を出すわけにもいかないし」

そう言って神崎は竜司をちらりと睨んで、竜司はハハハと苦笑いを浮かべた。

「でも俺達がやってきた方向で今まさに暴動真っ盛りだしなぁ」

どうやら、兵士達が陣を立て直している辺りが、帰りに竜司達が東雲達陽動班と待ち合わせる予定の出入り口らしい。

「そうすると、困ったわね…暴動が落ち着くまで待っているわけにもいかないし」


すると、どこからか「おーい」と日本語で呼びかける声が聞こえた。

竜司達は周りをキョロキョロしてみるも、こちらに向かってくるような人影は見当たらない。


『あっ、通信をオフにしてたわ。

 こっちこっちー!!上、上を見て!!』

頭の中に響く山科の声に従って真上を向くと、そこに山科と東雲が浮かんでいるのが見えた。




空からフワリと着地した山科と東雲は、竜司達の腕を掴むと言った。

「待ち合わせ用の出入り口が反乱のお陰で塞がっちゃってるから、こっちから出向いてきたんだー」

「案外、分かりやすい所に居てくれたから良かったぜ」


「すまんな、こっちは負傷者だらけで」

「どうせ反乱が起きちゃってるし、地上を歩くのは危険でしょ?

 だったら飛べば良いんじゃない?」

「えぇ…まるでパンが無かったらケーキ食べれば良いんじゃない的に言われても」


「でぇじょうぶだ赤羽。俺が保証する」

「いや、最も保証できなさそうな人に言われても」

胸を張る東雲に竜司がジト目を向けた。

「つーか、もうみんな揃ったんだから、後は神崎のワープで上まで戻れば良くね?」


「言われてみればそうね。では急いで入り口までワープしましょう」

神崎の言に従って、一同はそれぞれ腕を掴みながら一箇所に固まった。

竜司は火傷した片腕を、山科の持ってきたスカーフで体に固定する。


「それじゃ、行くわよ」

神崎が全員を見渡して、それから目を瞑った。

今度は一度行った場所が目的地のため、行きの時よりは簡単だ。


すると一瞬だけ6人全員の体がフワッと浮かび、その次には全員が光る輪の中に飲み込まれていった。




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




レーニア山は既に、朝日の陽光ですっかりと黄色く染まっていた。


「ほう、赤羽のやつがそんな英雄的な行為を、ね」

竜司を見てニヤリとするシアラに、竜司が苦笑する。


「そんな大したもんじゃねーってマジで」


「ううんそんな事無いよ!!

 私、赤羽くん、いいえ竜司くんに命を救われたのは本当の事だから…もう本当に、感謝してもし尽くしきれないくらいだし…」

潤んだ目で真っ直ぐに竜司を見つめる桜木に、竜司が顔を赤くしながら目を何とかして逸らした。


「え、あ、ええと、いや、ほんと、気にしなくて良いって…イッテエ!!滲みる滲みる!!」

「全くもって英雄的行為とは、そうやっていやらしい目を向ける事を言うらしいわね」

シアラが船内から持ってきた医療キットを使って神崎は竜司の火傷部分に薬を塗りながら皮肉を言う。

「い、いやらしい目でなんて見てねーぞ」


「桜木さんも気をつけたほうが良いわよ。

 男性というものは大概、人に何かしようとする時は下心が付き物なんだから。

 この男も例外では無いわね!」

言いながら神崎は患部にガーゼを当てて、包帯でギュッと強く縛り上げる。

「イタタタタ!!っちょっちょっと神崎さん、もっとお優しくして…」

「ふん!」ぴしゃりと包帯をした腕を叩き、竜司はその衝撃で飛び上がってしまう。


「まあ、どうせ後で春乃ちゃんに診て貰えば一瞬で治るでしょう。

 この処置はそれまでの一時的なものだし」

竜司の妹の一人である春乃は、治癒能力を持っているので竜司の火傷程度なら治してしまえる。

「イツツ…あー、まあな」

とは言ったものの、確か日本時間ではもう夜の11時を回った頃では無いだろうか。


竜司は目の前に広がる、朝日に照らされたレーニア山の威容を見上げた。

「こりゃ、春乃に診てもらうのは明日の朝になっちまうだろうな」




「シアラちゃーん。桜木さんのお父さんをシートに寝かしつけてきたよー」

山科が東雲とともに、『フィムカ』号の出入口から顔を覗かせた。


「うむ、分かった。

 それでは出発しようか。

 それと、ちゃん付けは止めてくれと言っただろうが…」




竜司達はもう一度レーニア山と、そして周囲の針葉樹林を見回してから『フィムカ』号の船内に入っていった。

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