12-2 少女の決断
「ん…誰?」
桜木が目を覚ました時、彼女のベッドの周りにはオクウミや竜司、神崎などが集まっていた。
「ココは…!?」
「通商結節体、第一中央市の医療局にある病室だ」
「…何それ、意味分かんないんだけど」
「気分はどうかね?」
「もう、最悪よ…」
顔をしかめつつ頭を少し上げて周りを見回した桜木は、心配そうに彼女を見る竜司と目が合った。
「…何よ。
何でアンタ達がココに居るのよ?」
「あ、いや…俺達は、桜木の事が心配だったんだ」
「ふん、私を笑いに来たの?良いわよ…好きなだけ笑うが良いわ」
卑屈気味にクックッと笑う桜木に、竜司は真っ直ぐな目で問いかけた。
「桜木の、お父さんが病気なんだってな」
「…!!
な、何ですって!?もしかして私の頭の中を覗きでもしたの!?何て嫌らしい!こんな屈辱…ひどい!!」
頭を抱えて竜司を睨みつけ、それから毛布を頭から被ってうずくまる彼女に対し、竜司は彼女の言葉を否定する。
「いや、君の素性については別ルートで”機関”をハックしながら調べていったんだ」
その言葉は嘘ではない。とはいっても、オクウミの指示で医療局の検査官が深層意識探査していた事も事実である。だが、それらの詳細は竜司達には伝えられていない。
「そう…なの?」
「ああ。それで…君のお父さんの居場所については”機関”からは聞いているのかい?」
「いいえ。彼らはそういった事柄については、一切教えてくれなかったわ。全ては、任務が成功した暁の報酬として開示されるはずだったの」
「まあ普通は教えてもらえないだろうな」
病室の壁に背中を預けているオクウミが素っ気なく言った。
「な、何ですって!?」
「そりゃそうだろう。”機関”に限らず、こういった組織にありがちな話さ。反抗心がありそうな手下を従順にさせる為の、目の前にぶら下げられたニンジンだよ」
「くっ…やっぱり、そうなのかな…」
「君は、案外純真なんだな」
「な、何よ!?アンタも私の事をバカにして…!!」
「いや、違うさ。”機関”に身も心も売り渡すより、そっちの方がよっぽど良いと思っただけさ」
竜司が諭すように言うと、桜木は下唇を噛んだままうつむいた。
「でも…どうしようも無かったのよ…
父さんの難病を完治させられる施設へ入院させる代わりに、与えられた任務を遂行しろって…逆らったら、父さんを殺すって…だから…」
しばらくうつむいたまま、大粒の涙をポロポロと零す彼女だったが、いきなり何かに気づいたらしく、バッとその涙でぐしゃぐしゃになった顔を竜司に向けた。
「って!さっきの言葉はどういう意味!?
も、もしかして…父さんの居場所を知ってたりするの!?」
「ああ」
「ほ、本当なの!?
それで…と、父さんはまだ生きてるの!?」
「ああ」
竜司のその一言だけで、桜木の顔はまた大粒の涙でぐちゃぐちゃになった。
「よかった…本当に良かった…まだ間に合う…」
そして、涙をゴシゴシと荒っぽく手で拭いた桜木は
その次の瞬間には竜司に飛びついてガシッと彼の肩を勢いよく掴んだ。
「教えて!!父さんの居場所を!!」
「ウヲッ!?」
「良いから教えてよ!!私、父さんに会いたいの!!
会いに行って…いえ、助けに行かなきゃ!!」
竜司の顔から数センチの距離まで顔を迫らせて睨みつけるその瞳に、三たび涙が溢れそうになるのを見てとった竜司は何とかして彼女を引き剥がしながら諭した。
「わ、わかった、分かったから落ち着けって」
「助けに行くと言ったけど、一体どうやって助け出すつもりなのかしら。
貴方のお父さんの居場所は、”機関”直轄の地下都市の中よ。貴方では助け出すどころか、地下に侵入する事すら不可能ではないかしら」
先程から竜司に迫る桜木をなぜか気が気でなさそうな表情で見ていた神崎が、自らを落ち着かせるかのように腕を組み直しながら言った。
「地下…都市!?」
「ええ、貴方も知っているはずだけれど。アメリカ南西部の地下には秘密基地やら地下都市やらがアリの巣のように縦横無尽に広がっているのよ」
「そういえば…私の能力研修先も地下基地みたいな所だったけど…
それで!父さんはそのどこにいるのよ!?」
「まーまー焦らない焦らない。
じゃ、ちょーっとこちらをご覧あれー」
と、山科が使い方を教わったばかりのホログラム端末を操作し、空間に映像を投影する。
「…これは!?」
「そ。これが、さっき神崎さんが言ってたアメリカでの秘密基地群の全貌だよー」
桜木は目の前の空間に広がる北米大陸の地図に目を見張った。
確かに、南西部にあるネヴァダ州やアリゾナ州、ニューメキシコ州などを中心として様々な秘密基地や地下都市の表記があり、それらは何らかの特殊な交通機関で方々に繋がり、あるいは地上にある既知の米軍基地や公共設備に接続されているようだ。
「これはね、ついさっき私が極秘通信用アプリをハッキングしてね、”機関”のネットワークから拾って来た奴だよー。だから見つけたてホヤホヤ」
「すごい…って、え!?つ、通信用アプリって…」
何かに気づいて両手で頭をさする桜木に、オクウミが表面上は申し訳なさそうに言った。
「ああ、すまんな。実は君の頭の中にあるチップを取り出させてもらった。何、手術はごく簡単だったし、君の体や脳には一切の負担は無いと保証しよう」
「え、ええー!?
何よ!!やっぱり覗いてたんじゃないの!!」
「いや、それは違うよ。ただチップの中身を調べれば、思ってた以上に色々と分かったというか…」
「それでも酷いよ!!バカ!!」
「ボブッフ!!」
慌てて否定しようとする竜司に桜木が投げつけた枕が、竜司の顔にクリーンヒットした。
「おいおい、そうやっていちいち反抗するのも良いんだが…
いつまでもそうやっていると話が進まないし、何より君の本来の目的と反するのは無いかね?」
「うっ…」
オクウミの冷静な指摘に、桜木は黙り込んだ。
「それに、君の頭から取り出したチップだがね。
よく調べると、そのチップは爆弾としての機能も持っている事が分かったのだ」
「…え!?」
「つまりだ、君がもし命令に反した行動を取り続けた場合には、そのチップが爆発するようになっていたのだろうな。
つまり君は、お父上だけではなく自身をも人質に取られていたわけだ」
「…くっ…」
うつむいたままの桜木に、オクウミが畳み掛けるように言う。
「つまり、それを取り出した我々は、少なくとも君にとっての命の恩人であるはずなんだがね。
それに対して、君は何か言うべき事があるんじゃ無いのかね?」
「うぅっ…
あ、ぁあ、ありがとう、ございます…」
顔を真っ赤にさせて、眉を思い切り歪めながらも何とかポツポツと感謝の言葉を述べる桜木にオクウミはニヤリと笑みを返した。
「なー、なんかオクウミさん悪い顔してんなー」
「ああ、何でも桜木さんをここに収容する時に、えらく暴れたらしいな。オクウミさんにも相当酷く罵詈雑言を投げつけたとか」
「ウヘェ、そりゃヤリ込めたくなるのも分かるけどなぁ」
竜司と東雲がヒソヒソ話をしているのを尻目に
コホン、と山科が咳払いした。
「えーと、続けても構わないかにゃー?」
「…つまり、ここに父さんが入院してるって事?」
「そうだねー、私のハッキング能力でもこの病院の患者管理システムの台帳に桜木さんのお父さんの名前が書いてあるってのが分かる程度なんだよー。
もし登録上はこの病院だけど頻繁に転院してるとかだったらもう手に負えないんだよねー」
「分かった…でも多分、この病院にいると思う」
「なぜそう思うのかね?」
「だって、父さんは私と違って、何の能力が無いのは分かってるし…
それに父さんの病気は、日が経つごとにどんどん悪くなってって歩けないどころか、多分もうほとんど手を動かす事も喋る事も出来なくなってると思う…
さすがに”機関”だって、意味もないのにそんな父さんをあちこち連れ回すなんて事しないと思うし」
「ふむ、まあそうだろうな」
「よし、決まりだな」
ぴしゃりと手を叩いてオクウミが言った。
「それでは、桜木のお父上である桜木浩太郎氏を救助する事としよう」
「えっ…!?」
桜木は、オクウミの言葉に一瞬理解が追いつかなかった。
「な、何でアンタ達が…父さんを助けてくれるの…?」
「ふん、まあイゴルと山科くんとの話が無ければ、私としては見捨てても良かったんだがな」
「な、何の事よ?」
「まあ、それは無事お父上を救助してからのお楽しみだ。
要は我々が君たちを助ける代わりに、君達には我々のためにやって欲しい事が出来たと言う事さ。
なーに、別にまたスパイまがいの事をしてもらう訳でもないし、ましてや脅すような事はしないから安心しろ」
オクウミは片目を瞑って微笑んだ。
「何よそれ…意味分かんないんだけど…
って言うか、そもそも一体ココは何処なのよ?それに、アンタ達は一体何者なのよ?
さっきのホログラムにしても、窓の外の景色にしても、こんなの見た事ないわよ!!多分”機関”にもこんな技術ないだろうし、一体アンタ達は何処から来たのよ!?
やっぱり宇宙人なんじゃないの!?」
「うぇえ!?
いや、俺達はごく普通の地球人っつーか日本人だけどさ…」
竜司は慌てて手を横に振った。
「ふむ、それでは我々の事については、君にも簡単に説明しておこうかね」
オクウミはそう言うとホログラム端末の操作を山科から交代して、桜木に”日系人類銀河帝国”と時空探査局の概略について説明を始めた。
「あぁ…何それ…凄すぎるんだけど…」
”帝国”について、簡単ではあるがホログラムのビジュアルを用いた説明を受けた桜木は、その圧倒されるような世界に開いた口が塞がらないようだ。
「こんな文明があるなんて…
これじゃ確かに”機関”どころか地球なんてあっという間に吹き飛んじゃいそうね…」
「逆だよそれは。我々はこの地球が吹き飛ばないようにするためにこの21世紀地球日本に来ているのだ」
「それで、私達に何をして欲しいのよ」
「だからまぁ、さっきも言った通り、君達には君達にしか出来ない事をやってもらいたいのだ。
既にここにいる赤羽くん達には色々と手伝ってもらっている。もちろん、無理も強制もさせるつもりはないので気楽にして欲しい」
「ふ、ふぅん…それなら良いんだけど。
…ま、まあ…こっちとしては有り難いし…恩はちゃんと返すつもりだし…」
桜木はツインテールの髪を指でいじいじしながら小さい声で呟いた。
「ふふん、そうか。
よし、じゃあ早速明日にでもこの地下都市の病院に潜入して、桜木浩太郎氏の救助を行う作戦を立てよう。
各自準備をしておくように。
桜木くんはそのままこの病室で待機して、朗報を待っていてもらいたい」
「ちょ、ちょっと待って!!」
部屋を出て行こうとするオクウミに対し、桜木が制止した。
「何だ?まだ何かあるのかね?」
「ううん、そうじゃなくて…
私も!私もその作戦に参加させて!!私もその病院に連れてって欲しいの!!」
「え?本気か?」
「Yes!We Canの精神!素晴らしいですな!」
「古っ」
「ちょっと待ってちょうだい…
一体貴方に、何ができると言うのかしら?」
神崎にたしなめられた桜木は、それでも抗うように言った。
「父さんは言っちゃああれだけど、相当な頑固者よ。
多分だけど、ただでさえ訳の分からない人達に囲まれて病院で軟禁状態にさせられてるんだから、また新たに知らない人達がやって来て、助けますよって言われたって信じないと思う。
私がその場に居れば、父さんはきっと納得してくれるわ」
「まあ言われてみれば確かにそうだ。
面通しの意味も含めて、彼女を連れて行った方が良いだろう」
そう言ってオクウミが頷いた。
「でも、桜木さんは精神操作系の能力しか持ってないのですが、誰が彼女をサポートするのですか?」
神崎の訴えに、オクウミがニヤリとする。
「ふふん、それはもう君達がやってくれ給えよ。
君達は既にある程度経験はあるだろうし、それに自己防衛の為の訓練はしているんだろう?これも経験値UPの為と思えば問題なかろう」
「ええぇ!?」
「もちろん、我々としてもちゃんとした装備とサポート体制を君達に供給するつもりだから安心し給え。だが、この程度で”機関”ごときにやられるようでは、今後が思いやられるぞ?」
「は、はぁ…」
「せ、精神操作ってそんな馬鹿にするみたいだけど、実際はもっと役に立つんだからね!!
現場でそれを実証して見せるわ!!」
と桜木は神崎に指を差して睨みつけながら言った。
「わ、分かったわ…ぜひそうして頂戴」と神崎は額に手を当てて嘆息する。
ここで、部屋の隅にいて先ほどまで一切発言していなかったシアラが初めて口を開いた。
「この件については、私がこの作戦のリーダーとして陣頭指揮を執ります。
宜しいでしょうか?」




