11-3 魅了の秘密
「さぁ、赤羽くん…
一緒に気持ち良くなろっか…」
ベッドの上で、裸身の桜木に跨られたままの竜司は、急速に混濁する意識を何とかして保とうとした。
(クソッ、こんな事で意識を飛ばしてたまるかよ…っ)
しかし、ただでさえ仰向けになった竜司の上に、白い肌を存分に晒した桜木がのしかかってくる上に、今やショーツしか履いていない彼女から漂う甘い匂いと部屋中を満たす麻薬成分入りの香りで竜司の精神はもはや崖っぷちだった。
「あ…ふふっ、これじゃまだ何も出来ないよね…
恥ずかしいけど、下も脱いじゃうね…」
そう言うと桜木は、少し腰を浮かせてから、今や身につけている唯一の衣類であるショーツに指を掛けた。
「わ…わわわわわ、だだ、だだだダメだ桜木さん!っちょ、ちょっと落ち着いて…!」
必死に彼女の手を掴んで押しとどめようとする竜司だったが、腕に力が全く入らず思うように上がらない。
そして、片足づつショーツを下ろして脱ぎ捨てた彼女は、今や完全に生まれたままの姿を竜司に晒した。
そのまま再び、ゆっくりと竜司の体に覆い被さってくる。
「いや…マジで待ってくれよ…」
竜司は残る力を振り絞ってギュッと目を閉じ、そっぽを向こうとしてもがいた。
しかし、先ほどよりもどんどん体の力が抜けていく。
「はぁ…だんだん本当に私も気持ち良くなってきちゃった…薬の効果は抜群だね…!
赤羽くんには聞きたい事があるんだけどぉ、その前にまず、このままでしちゃおっか…」
「ほ、ほんとに…ちょっと…待ってくれ…」
「ダメだよぉ赤羽くん…寸止めなんて君の体にも良くないよぉ…
だって、ほら、君の体はこんなに正直だよ…」
そう言いながら、彼女は竜司の股間をズボンの上から撫で回した。
「はうっ!!」
痙攣したようにブルブルと震える竜司のシャツに手を掛けてボタンを外し終わった彼女は、シャツがはだけて露わになった竜司の胸をまたも撫でさすった。
「あ、あぁぅ…」
そして、竜司の顔を両手で押さえた桜木は、そのまま自身の顔をゆっくりと近づけた。
「それじゃ…頂きます…」
彼女の桜色をした綺麗な唇が近づき、意識が薄れゆく竜司は最早これまでと、覚悟を決めた。
その次の瞬間。
「はい、それまでだ」
竜司は、桜木とは異なる女性の声を聞いた途端に、意識を完全に失った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「おい、大丈夫か」
竜司が次に目が覚めた時、目の前のシアラが心配そうな顔をして竜司の顔を覗き込んでいた。
「おわっ!?あ、何だシアラか…」
「起き上がれるか?」
「ん、ああ、大丈夫そうだ…ァイツツッ」
シアラの介助で、何だかズキズキする頭を抱えながらベッドから起き上がった竜司は、部屋の真ん中にオクウミが立っている事に気づいた。
その隣には、下着姿で後ろ手に縛られて座っている桜木もいる。
舌を噛み切らないように猿轡もされていたが、それでも彼女は歯を剥き出しにしてオクウミを睨みつけていた。
「ふん、起きたか。
どうだ赤羽、ハニートラップに引っかかった気分は。気持ち良かったか?」
せせら笑うオクウミに、竜司がため息をつきながら答えた。
「んなわけ無いでしょう…なんか頭痛いし」
「アロマに含まれている麻薬成分の後遺症だろう、しばらくすれば治るはずだ」
「ま、麻薬ぅ!?」
「そうだ。我々も以前この部屋を調べていながら掴めていなかった事だが、コイツの所持している化粧品や日用薬に、ある種の麻薬の原料がごく微量づつ含まれていてな。
それを3、4種類ほど、ある一定のやり方で混ぜ合わせるとあら不思議、麻薬の出来上がりと言うわけだ。しかし原料自体は、割とありふれた成分だから我々も気付けなかった。
こうして合成してくれたので我々も確証が得られたというわけだよ」
「…クッ」
オクウミの話に、桜木が悔しそうにうつむく。
やっぱり桜木は”機関”からのスパイだったのか…と竜司は少し残念に思ったが、次いでに昼休みに桜木と別れた後の事を思い出した。
* * * * *
竜司が自分のクラスに戻ってから、お腹がクゥウと鳴った事で、今更ながら昼ご飯を食べそびれた事に気づいた。
「あれ…ヤッベェ…昼飯食ってねぇじゃん俺…5時限目持つかな…」
何だかぼうっとする意識の中でそう呟く。
その時、竜司の前に東雲と山科が心配そうな顔でやって来た。
「おい、昼休みは部室に来なかったが、何かあったのか?」
「そーだそーだ、何やってたー?」
「お、おう…あれ…俺、一体何で飯食ってないんだっけ…」
「は?おいおい赤羽、マジで大丈夫か?」
「えー?だいじょーぶ?頭痛いの?」
「あいや、頭痛とかは無えけど…」
バチッ!!と思い切り何かが弾ける音と共に、竜司は前方に跳ね飛んだ。
「ぁいたぁああ!!」
すかさず竜司は手で首の後ろを押さえつつ、後ろを振り向いた。
「誰だよ!いきなり首に電撃食らわせた奴は!!って、あれ?誰も居ねぇ」
「赤羽、お前催眠に掛けられてたぞ」
「うわぁあっっとお!!」
いつの間にか竜司の背後に回っていたシアラが竜司の耳元で呟いたので、竜司は勢いよくのけぞった。
「何をそんなに吃驚しているのだ…普段から警戒心がないからだぞ。気をつけるべきだ。まあ、たった今これで催眠を解いてやったのだがな」
電撃を放つらしいペンのような小道具を手にしながら、シアラがため息をついた。
「っていうかシアラちゃん、さっき催眠っつってたよね?それ本当なの?」山科が首を傾げる。
「ちゃん付けは止めろ…ああ本当だ」
「え…マジで!?誰に!?」
竜司が愕然とするが、そこへいつの間にか竜司の頭の上に乗った『ゼロ』が話し掛けた。
「はい=竜司様=シアラ様のおっしゃった事は本当です=私が一部始終を記録しておりました=」
「ええ!?どこで?誰にだよ??」
「竜司様=お昼休みは美術準備室に行かれた後に=音楽教室へ立ち寄られた事は覚えておいででしょうか=」
「え?あれ??そういえば…
えええ??俺、今まで何してたっけ!?」
と、竜司は頭を抱えてさっきまでの記憶を思い出そうとした、が全く思い出せない。
「竜司様=貴方はそこで桜木亜美と遭遇し=彼女に催眠術を掛けられたのです=」
『ゼロ』が事も無げに言った。
ちなみに『ゼロ』は教室内では不可視モードになっていて、その声は竜司達にしか聞こえないようになっている。
「どういう事だ?何でだよ!?」
「竜司様は=桜木亜美の奏でる奄美三線の曲に興味をお持ちになり=それにアクシデントもあって=桜木亜美と会話をする事になったのです=」
「その一部始終の情報は、私の方とオクウミ支部長とで既に共有済みだ」
「げげっ、マジかよ…」
「えっ?でもシアラちゃん、昼休みは普通に私達とご飯食べて会話してたじゃん。いつ知ったの?」
「ついさっきだ。しかしオクウミ支部長は『ラライ・システム』経由でリアルタイムで把握していたがね」
「何で助けに来てくれなかったんだよ…」
竜司が恨めしそうに言ったが、シアラが手を振ってそれを否定した。
「この事はオクウミ支部長の判断によるものだ。
赤羽は桜木亜美と、今日の放課後に彼女の家を訪問する事を約束させられたのだが」
「うえっ!?」
「確かに、赤羽にとって危機的状況かも知れないが、これは我々にとっては好機とも言える。何しろ、彼女のアジトに入り、そこで”機関”の情報を仕入れられるかも知れないからな」
「い、いやいやいや、ちょっと待てオイ」
「我々は彼女が”機関”関係の工作員かどうか、いまいち証拠を掴みかねていた。
実際、我々は『ラライ・システム』を使って彼女の自宅に潜入する事は出来ており、部屋の中にあるノートパソコン類は一通り調べてあるのだが、何重ものセキュリティが仕掛けてある割には、中身のデータは殆ど無いに等しかった。あとは一見何の変哲も無いようなSNSアプリが入っていただけだ」
「あー、そういえば私もそれ手伝ったかも」
「山科さんに調べてもらったのは、彼女の家のノートパソコンをそっくりそのままコピーした奴だ。もちろんデータも全て同一である筈だ」
「でも、確かに何にも出て来なかったよね」
「つまり我々の結論としては、PCにしてもその他の家財道具にしても、工作員の証拠となるものは一切置いてはおらず、”機関”と連絡するためのアプリは彼女の頭の中にあるのでは無いかという事だ」
「つまりさ、桜木さんが”機関”と連絡する度にいちいち交信用プログラム組んでるって事?」
「その通りだ」
「すげえなそれ…つまり桜木は山科と同じレベルのプログラマーって事になるのか?」
「いいや、そうとも言い切れまい。
”機関”の学習システムがどの程度かは分からんが、プログラミングの一部程度なら催眠学習などで暗記できるだろう」
「まあそれにしても凄いんだけどな」
「とにかく、我々としても容易に尻尾を掴む事が出来なかったのだが…良かったな赤羽。お前の活躍でようやく桜木の尻尾を掴めそうだ」
嬉しそうな顔でシアラがいった。
「いや、全然嬉しくねぇんだけど…それって完全に囮になれって事じゃねーかよ」
「とにかく早速だが放課後に行ってきてくれ。
その中で何があっても、我々が骨を拾ってやる」
* * * * *
それから竜司はわざわざ催眠術にかかったままの演技をしながら、放課後を経てここにやって来たのだった。
しかしここまで強硬な手段を桜木が取ってくると知っていたなら、外で恥ずかしい思いをしながら演技をし続ける事もなかったなぁと嘆息した。
「ふっ、赤羽の演技もなかなか板についたものだったぞ?バス停を降りる所とかな」
竜司の考えている事を悟ったのか、シアラが口角を上げてニヤッとする。
「おいマジか、一部始終を見てたのかよ…」
竜司はがっくりとうなだれる。
しかしそれもつかの間、竜司は桜木の方に改まって顔を向けた。
「桜木は、やっぱり”機関”からの工作員だったのか?」
問い掛ける竜司に対して、桜木はそっぽを向く。
「もう証拠は上がっているんだ、いい加減諦めろ」
オクウミの問い掛けにも、彼女は無視を決め込んでいる。
「ふん、これでは口を割りそうに無いな」
額に手を当ててため息をついたオクウミは、部屋の真上に向かって呼びかけた。
「おい、ラライ。コイツを『ラライ・システム』の留置部屋にぶち込んでやれ」
「承知しました=オクウミ様=」
すると、部屋の天井の方からにじみ出てくるようにして半透明のチューブが出現した。
桜木は、初めて見る幽霊のような物体に恐怖で目を見開いてガタガタ震える。
首をブンブンと横に振りながら後ろ手に縛った紐を解こうと必死にもがくのだが、それを一切お構い無しとばかりに、そのチューブの先端が桜木をすっぽりと包み込んだ。
そしてシュボッと勢い良い音をさせて、彼女の体が完全に吸い込まれて消えてしまった。
「はぁ…桜木が工作員だったなんてな。
出来れば信じたくなかったんだが」
ため息をつく竜司に、オクウミが言った。
「ほう、赤羽は何か彼女に、含むところでもあったのかね?」
「え!?ああいや、そんなんじゃなくて…
桜木とお昼にちょっと話していたのを思い出したんですけど、なんて言うか…音楽や楽器の話をしていた時の彼女は、スパイとか工作員活動とか関係なく純粋に楽しげだったと言うか…ええと島唄を弾いていた時なんか、凄く聞き惚れちゃったし…」
「それは、彼女の”魅了”能力とかでは無いのかね」
「いや、そんな感じは無かった気がします。まず単純に演奏がとても上手かったし、歌い方も感情がこもっていて、まるでプロの演奏みたいでしたから」
「ふーむ…」
オクウミは、しばらく顎に手をやって考えていた。
「まあ、とりあえず上で事情聴取を行ってからでないと何とも言えまい」
と、オクウミは部屋を今一度見渡すと
「おいラライ、桜木が最後に”機関”と交信したのはいつだったか分かるか?」
「申し訳ありません=オクウミ様=私が検知する限りでは=この1ヶ月間=一度もそのような交信を外部と取った形跡はありませんでした=」
「ふむぅ…?」
「恐らく=私がこの部屋の監視を開始する前のほんの少しの期間に=1度だけ交信した可能性はありますが=」
「じゃあ、桜木はこの1ヶ月間、誰ともやり取りぜずにこんな事を計画して実行したって事ですか?」
竜司が訝しげに言った。
「まあ、この地球世界でだって各国政府の諜報員だの工作員だのは、それこそ数十年単位で誰とも接触せずに任務を遂行するなんて言う事例は枚挙にいとまが無いだろう」
「確かにそうかも知れませんが…」
「まあ赤羽の言う事も分からんでもない。
今まで我々の側が、例の”機関”に対してやって来た事を鑑みるに、”機関”側が我々に対する調査を最優先レベルで行っている筈だろう」
「そう言えば、両親にも最近色々と圧力が掛かって来つつあるとか、前に言ってましたけど…」
「あの二人なら心配はいるまい。組織からの圧力だの妨害だのに対しては豊富な経験とスキルがあるからな。それにもちろん我々も、あの二人に対しては様々な形で支援しているしな」
「あー、まぁそうですかね」
どことなく老獪な感じがする自分の両親を思い起こして、竜司は頷かざるを得ない。
「とにかく、確かにこのまま交信が一切途切れるというのも良くないな。
彼女から交信のタイミングとその手段を無理矢理にでも聞き出すしかない」
「えっ、拷問でもするんですか!?」
驚く竜司に対して、オクウミは首を横に振った。
「そんな原始的な事はしない。
ただ、ちょっと彼女の深層意識を覗かせてもらうだけだ」




