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11-2 ハニートラップ

「まさか…桜木がやってるのか!?」




戸の隙間から音楽教室の中を覗き込んだ竜司は、

その教室の真ん中で和楽器を弾き語りしている人物が竜司にとっての要注意人物である桜木亜美だった事を知り、とても驚いた。


「すげぇ…こういう民謡みたいなのが何なのか、俺にはさっぱり分かんねぇんだけど、それでもずっと聞いていたいような演奏と歌声だな…」


桜木の声は透き通るようにして教室の隅々にまで行き渡るようで、それが恐らくは沖縄か奄美あたりで使われる三味線の奏でる音と相まって南国の雰囲気を慎ましく、しかし少し物悲しいような曲調を醸し出している。

いわゆるこれが島唄と言うのだろうか、と竜司は思った。




そうして数分の間、戸に張り付いて桜木の弾き語りに聞き入っていた竜司だったが、

はたと自分の置かれている状況に気づいた。

「ヤッベェ…俺が覗いている事が桜木にバレたりなんかしたら、絶対に弱みを握られる…!!」


確かに桜木の演奏を聴いているだけとは言え、戸の隙間から窃視まがいの行為をしていると知られれば、後で何を言われたり要求されるか分かったものじゃないだろう。


竜司は、その場からゆっくりと後ずさりして、それからきびすを返してその場から一刻も早く去ろうと考えたのだが、中腰の姿勢で長くいたお陰で足が若干痺れたようになっていたらしい。

後ろに1、2歩踏んだ瞬間、足がもつれてしまった。


「うわっしまっ…た!イッテェ!」

足がもつれたはずみで、竜司は思い切り廊下の床に尻餅をついてしまう。

リノリウムの床は、竜司が転けた瞬間に思い切りよく響いた。


「あっ、うわヤベェ」

と、竜司が体勢を立て直そうとする暇もなく

音楽教室の戸がガラガラと勢い良く開いた。




「あ、ハハ……

 ど、どうも…こんにちわっす……」

何とも様にならない挨拶だったが、とりあえず苦笑いを浮かべて竜司が言った。

しかし、桜木の方はほんの僅かな間、無表情で竜司を見つめ返している。


「あ、えっと…さ、桜木さん、だっけ…?

 いやこれは、あの決して覗こうとしたわけでじゃなくて」

竜司を真っ直ぐ見つめている桜木に対して、竜司はアタフタと言い訳を探した。


だが、次の瞬間に桜木が突然、ぱあっと花が咲いたような笑顔になった。

「赤羽くんだよね?オカルト研の。

 良かったぁ、また変な人に覗かれてたのかと思ったから、

 私ちょっと怖かったの!」


「へ!?」

「あ、びっくりしちゃった?ごめんなさい!

 私って最近、ストーカーに付きまとわれているみたいなの!」

「す、ストーカー!?」

いきなり何を言い出すのだろうと竜司は思った。

だいたい、ストーカーをしているのは彼女の方では無いのか。


しかし、目が点になる竜司をよそに、桜木が立て板に水とばかりに話し続けた。

「でも赤羽くんはそんな人じゃないって分かってるから大丈夫だよ!だってとても優しくて人が良さそうだもの!

 それにオカルト研の部長をやっている人がそんな事をするはずが無いと思うし!

 それで、ここには何をしに来たの?」


桜木の早口に呆然としていた竜司だったが、ここで質問をされている事にようやく気付いて答えた。

「あ、ああ、俺は、さっきまで美術の授業で使ってたイーゼルを返しに来たところだったんだ。それで、えーと、教室に戻ろうとしたらさ、なんか音楽が聞こえて来て、それで…」

まさか盗み見てましたとは言えず、少し口ごもったところで桜木が少し申し訳なさそうな表情になった。

「あー、廊下にまで聞こえてたんだ。

 ごめんなさい!迷惑だったよね」


「え!?あ、いやそんな事は無いって。だいたい昼休みにこんな所にいる奴なんか居ないから、気にしなくても良いと思うしさ。

 ただ綺麗な演奏と歌だったから、なんか素敵だなぁって思って…」

そこまで言うと、竜司は何だか顔が熱くなるのに気づいた。

何だかまるで告白でもしているみたいでは無いか。


「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいな!」

と、桜木がまた満開の笑顔を浮かべる。

それを見て、竜司は胸が少しドキッとした。まるで彼女に一目惚れしたみたいな気がする。


しかし次の瞬間、竜司はある事を思い出した。

(あっ!!そう言えば神崎が、彼女の能力は洗脳か人心掌握だとか言ってなかったっけか!?

 ヤッベェ、危うく魅了される所だった!!)


竜司は内心で精神をしっかり保とうと気を引き締めた。

それに気づいたかどうか、桜木は一瞬眉をひそめたように見えたが、すぐに笑顔に戻って更には竜司の腕を掴んだ。

「大丈夫?立てるかな?」

そう言えばコケてからずっと尻餅をついた格好だった事に気づいた竜司は、桜木に腕を掴まれたまま、素直に立ち上がった。




「ねえ、こっちに来てくれる?

 赤羽くんにもっと聞かせてあげたい音楽があるの!」

「え?」

「さっき歌ってたのはね、島唄の一種なんだけどね。

 でも沖縄の島唄じゃなくて、奄美大島に古くから伝わる島唄なんだよ」


「やっぱり島唄だったんだ。でも沖縄の島唄と奄美大島の島唄って違うの?」

「違うも何も、大違いだよ!!

 そもそも沖縄の音楽っていうのはね、琉球王朝の宮廷音楽から来てるんだよ。だけど島唄っていうのは、琉球から離れた奄美群島を始めとしてそれぞれの島々で歌われた民謡の事を指すの。だから琉球民謡を島唄っていうのは本土の人達の勘違いだからね!」

「そ、そうなんだ…」

まさか島唄の由来をこんなところで聞く事になるとはと思い、竜司は驚きを隠せなかった。

それにしても桜木にこんな一面があるとは思わなかった。

もし彼女に洗脳だか魅了だかの能力が無かったとしても、竜司は彼女に惹かれてしまうかも知れない。


彼女は、教室の真ん中にポツンと一つだけある椅子の上に置かれた弦楽器を手にした。

「これが奄美三線ね。どう?綺麗でしょ」


奄美三線と彼女が言ったその楽器は、表面に蛇革が張ってあって中々独特な雰囲気だ。

「表面にはニシキヘビの皮が張ってあるんだけど、沖縄のよりも強めにテンション掛けて張ってあるんだ。それに、弦だって違うんだよ。沖縄のはやや太めで低音が出やすいんだけど、奄美の弦はもっと高音域が出やすくて、こう、澄んだ音が出るの」

と言いながら、彼女は義甲を嵌めた指で弦を軽く弾いた。

確かに少し高音気味だが、穏やかで透き通るような感じだ。


「へえぇ…」

ひとしきり竜司が感心していると、桜木が急にその綺麗な顔を竜司の方に近づけた。


「ぅわぁっっとぁお!!」

「ふふっ、赤羽くん。

 もっと奄美の音楽を聴きたくない?聴きたいでしょ!」

そう言いながら、その大きな目で竜司を見つめる。

思わず竜司もその目と自らの目を合わせてしまった。




(あっ…ヤバイこれは…)

と思った次の瞬間、竜司は急に頭がぼうっと霞が掛かったようになり、それからもう何も考えられなくなった。


「ふふっ、やっぱりそうだよね」

目の焦点が合わなくなってきた竜司に向かって、桜木が微笑む。

「じゃ、さ。

 今日の放課後、私の家に来ない?

 今からだともうお昼休みが終わっちゃうからね」

「ああ…そう、だ…ね」


「じゃあLIMEやってる?アドレス交換しよっ!」

「わか…った」

竜司は、言われるがままにズボンのポケットからスマホを取り出した。

「ちょっと貸してねー。えっと…これでよしっ」

スマホを竜司からひったくった桜木は、自身のスマホと合わせて手慣れた指遣いでスマホのLIMEアドレスを瞬く間に交換した。


「これでオッケー!はいっ、返すね!」

「ありが…とう…」

「それじゃまた、放課後ね!」

と言いながら彼女は、竜司の背中を押しながら音楽教室から出た。


そのタイミングでキーンコーンカーンコーンと、昼休みが終わる予鈴が鳴り始める。

「あれっ!?もう予鈴鳴ってんじゃん!」

竜司は、目が覚めたかのように目をパチクリさせた後、全身をブルっと震わせてから叫んだ。

「そだよー、じゃあ教室戻ろっか」

隣には、相変わらずニコニコと笑みを浮かべる桜木が立っていて竜司の背中を軽く叩いた。


「あ…ああ、分かった…」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




自身のクラスに戻って来た桜木亜美は、

次の授業の準備をしながらも頭の中で放課後の計画を綿密に立てていた。


(彼をまず音楽と香りと、私の体で気持ちよくさせて…眠らせてから…彼の深層意識の奥底までを覗き込んで…)




何しろ、この機会は彼女にとって僥倖とも言えるものだった。


そもそも、彼女が昼休みに音楽教室で一人になって三線を弾いていたのは、最初から竜司を誘い込むつもりは無く、ただ単に自身の精神状態を維持するためのものだったのだ。


彼女はその能力の性質から、常に自己加重精神誘導セルフマインドコントロールを必要としていたわけだが、それを最も効果的に行う手段として、彼女が元々得意としていた奄美三線の演奏を用いる事で精神統一と自己誘導を一緒にやってのけていた。

しかし、これは数日に一回は必ずやらなければならず、怠ると洗脳の副作用でアイデンティティクライシスに陥る危険性があった。

だが、彼女の自宅で行おうとすると、鉄骨造でも意外によく響くマンションでは近所迷惑になってしまう。

不慮のトラブルを避けねばならない彼女にとっては、自宅での演奏は控えるべきだった。


その点、学校での演奏は彼女にとっても制御しやすい注目を集める手段にもなる。

適度に頃合いを図ってからクラスの同級生達にも披露し、ゆくゆくは学校全体をコントロールするツールにしようと考えていた所だった。


だがこの突発的な出来事は、彼女にとってはエビを狙っていきなり鯛が釣れたようなものだ。

この機会を最大限に利用し、任務を一気に果たそうと考えるのは自然な事だった。


幸い、桜木が竜司に掛けた催眠術の効果は抜群で、このままなら今日1日は充分に保つだろう。




(赤羽くん…待っててね。

 絶対に君の秘密を、君が接触しているはずの宇宙人の情報を、全て吐き出させてみせるからね)




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




放課後になった。

梅雨らしく今なおシトシトと雨が降り続く中、竜司はぼうっとした表情で聖蹟桜ヶ丘行きのバスに乗っていた。


(住所は…一ノ宮XX-XX番地…)

うつむきながら何事かをぶつぶつと呟いている竜司の姿は、バスに乗り合わせた周囲の人々に白い目で見られていた。

竜司が手にしているスマホには、先ほど桜木からLIMEで伝えられた住所が表示されている。


指定されたバスの停留所に着くと、竜司はあたかもゾンビのような歩き方でふらふらと降り、そのまま吸い込まれるように停留所のすぐ近くにある新し目のマンションへと入っていった。




「いらっしゃい赤羽くん!待ってたよ」


まだ制服姿のままの桜木がドアを開けて出迎えた。


「さ、赤羽くん、入って入って」

「あ…ああ」


今もぼうっとした表情のままの竜司は、素直に部屋の中へ入っていった。




部屋の中は、以前に”パレス”と交信した時から何も変わらず殺風景なままだったが、その代わりに部屋中をある香りが漂っている。

机の上には香炉が置いてあって、そこから緩やかな煙が立っている事から桜木はある種のアロマを焚いているようだ。

また、部屋の隅に置かれたスピーカーからはオルゴールのような音楽も流れていた。


「さあ、ここに座って。

 今、お茶を出すからちょっと待っててね」

そう言って桜木は、キッチンのある方へ向かっていった。


言われるがままにベッドの端に座っていた竜司は、焦点の合わない目のままに周囲を見渡す。

学校での桜木の雰囲気とは異なり、全く飾り気のない内装だった。什器の類も、材質こそ木材だったが非常にシンプルで機能的なデザインをしている。

しかし彼女が”機関”の工作員やスパイだという証もまた、一見したところでは全く見当たらない。




そうしているうちに、彼女がティーセットを乗せたトレイを持ってきた。


「…!!

 さ、桜木…さん!?その格好は!?」


何と、エプロンを付けた桜木は、その下に何も身に付けていなかった。

いや、正確には下着だけを身に付けていたが、竜司にとってはほぼ真っ裸に等しい。

女性の裸を見慣れていない高校生の竜司にとっては刺激が強すぎる格好だ。


「あらぁ?驚いたから催眠が解けちゃったのかな!?

 でもまぁいいわ、また気持ち良いのを掛けてあげるから…」


そう言うと彼女は、ティーセットをテーブルに置くとスルスルとエプロンを取り外した。


そして下着だけの桜木が、その白い肌を存分に竜司に見せつけてくる。


「え!?あ!?っちょ、ちょっと待って!!前を隠してくれ桜木さん!!」

必死に手で自身の目を覆い隠そうとした竜司だったが、その腕を桜木に掴まれた。


「だ、ダメだよ赤羽くん…ちゃんと私を見て…

 これでも私…こんな事するのは初めてなんだよ…」

そう言いながらも桜木は竜司にのしかかり、そのまま竜司をベッドに押し倒した。


「Oh…!!」

「さぁ赤羽くん…もう一度掛けるからね、ちゃんと私を見て…

 一緒に気持ちよくなりましょ…」

彼女は竜司の上に跨り、そのまま今度はブラジャーのホックをゆっくり外してその綺麗な胸を竜司に見せつけた。


「ま、待て待て待て!!まだ俺には…!!」

竜司は必死に彼女の体を押しやろうとするが、しかしなぜか竜司は体が弛緩したようになっていて、腕や足に力を入れる事が出来ない。


「あら、ダメだよぉ赤羽くん…抵抗しても無駄だよ。

 そろそろ香りの効果が出てきた事だろうし、薬入りのお茶を飲むまでも無かったね…」

そして無抵抗の竜司が身につけている、シャツのボタンを一つづつ外し始めた。




「う…うぅっ」

竜司はなすすべも無く、まるで着せ替え人形のように彼女のされるままになり

そして顔を押さえつけられた竜司は、段々と薄れていく意識の中で、彼女の桜色をした唇がゆっくりと近づいてくるのを感じていた。

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