10-4 アプリケーション
「…え!?
ちょ、ちょっと待って下さい…?」
オクウミの言葉に、久福木は一瞬理解が追いつかなかった。
「その、MaaSとAmazonesみたいな通販システムを、一体化させたシステムの、構築ですか?」
「まあ荒削りな言い方をしてしまいましたが、そのような理解で良いと思います」
「ううむ……
確かに、それはとても素晴らしいアイデアだと思いますが、同時にとてつもなく巨大なプロジェクトに成り得ると思うんですが…
それを…弊社に依頼したいと?」
「はい。その通りです」
久福木は、腕を組んでしばらく考え込んだ。
「ううむ…ちょっと考える時間を下さい。
何しろ、今ちょっと聞いただけではありますが、相当なコストと開発期間、それに人材リソースも必要になってきますね…」
「難しい、ですか?」
「いや、今すぐに出来る出来ないの判断はしずらい、と言う話です。
実を言うと、僕も以前アメリカのIT企業で、似たようなシステムの開発を手掛けた事があるのですが、あの時は僕以外にも数百人前後のエリート級人材と莫大なコストを掛けて、それでもプロジェクトが結局頓挫してしまったんですよ。それでも大手IT企業だったんで、経常損失的には何とかなったんですけどね。
つまり、それを弊社だけでやるのは相当な賭けだと言う事です」
「例えば多少スペックを落として、シンプルな形でまず試験的に運用してみると言うのはどうでしょう」
シスケウナが提案した。
「あらあら、それでも難しい事には変わらないと思いますよ。
最終的には全世界仕向けのシステムを構築しなければならないので、最初にミニマムなフレームを組んでしまうと、往々にして後で次世代版を製作した時に最初のベータ版との互換性が取れなくなってしまうのです。だから結局は、最初から互換性を担保できるような仕様で構築して、後で改修パッチを当てていく方がリソース的にも安上がりになりますわ」
「さすがサーミアさん、よくご存知ですね」
「あらあらまあ、嬉しいですわ。
時間があれば21世紀地球のシステムアーキテクトとフレーム構築の歴史について、とくと語り明かしたいところですがねぇ」
サーミアの言葉に久福木が苦笑した。
「うーん、でも皆さんは、わざわざ僕達の所まで尋ねて来て下さったわけですからね。
僕も出来るだけ、そのご期待に沿いたいと思いますが…」
久福木は頭を傾けてひとしきり悩み、それから何か思いついたように言った。
「えっとですね、もう1人皆さんにご紹介したい奴が居るんですが、宜しいですか?」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「どうも、高坂です。
よろしくお願いしまっス」
会議室へ入ってきた高坂は、愛用のキャップを脱いで軽く頭を下げた。
「ええと、彼はシステム構築のスペシャリストです。
ちょっとチャラチャラしてるように見えますが、こう見てもプリンストン高等研究所の数学部門に在籍していた事もある天才なんですよ。それに口も固くて、信頼に足ります。
僕がアメリカから帰る時に、彼をプリンストンからスカウトしたんです」
確かに彼の姿は、その辺のストリートを練り歩くヤンキーかカラーギャングかという雰囲気のファッションに身を包み、金属のアクセをジャラジャラと身に付けている。
「ウイっす。俺、チャラそうでチャらくないンで。
そこんトコ、よろしくでっス」
どう考えてもその言動がチャラく感じるので、明日香は苦笑するしかない。
しかしサーミアなどは、わざわざ立ち上がって高坂に握手を求めるばかりか「ふむふむ」とか「ほほー」と言いながら、彼のファッションやアクセサリーを舐めるように見回していた。
「えっと、俺、どーしたらいいンすか?」
得体の知れない女性に見つめられて、さすがに少し戸惑った高坂は久福木に訊いた。
「ああ、じゃあその辺に座ってくれ。
この人達の紹介をしよう」
「…マジっすか!?」
高坂も、オクウミ達の正体を聞かされて心底驚いたようだ。
「え?え?って事は…ウワォすげぇ!マジこれって未知との遭遇じゃね?Yeah!!ヤッベーマジスッゲーわコレ」
高坂は感嘆詞すらもパリピとかマイルドヤンキーみたいな言葉を使うのか…と明日香はさすがに頭が痛くなってくる。
「いやぁ、驚いちゃってスンマセンマジで。
で、俺はまあさっき久福木さンの方からも説明あったンすけど、システム構築とかやってるンで。皆さんの要望とか希望とか、ガンガン応えるんで何でも俺に言ってくれればいいっス」
「じゃあ僕の方から今回の案件について説明すると、こんな感じなんだ」
久福木は高坂に、オクウミからの依頼内容について説明した。
「ああ、なるほどね…イヤ大丈夫っスよ。
それくらいならイケますよマジで、楽勝とまでは行かないっスけど、でも俺ン所に全リソースぶっ込んでもらえるンなら問題ないっス」
「それは本当ですか?」
オクウミが訊いた。
「ウイっス」
高坂はオクウミに向かって、額に二指を当てる敬礼のポーズを取った。
明日香は高坂の態度が気になって仕方ないのだが、オクウミは全く動じていないようだ。
「そうですか、であれば是非お願いしたいと思います」
「あざっス。
つーかむしろ?本来ならウチらが自発的にこンなプロジェクトやるべきだと思ってましたし?超やる気満々っス」
彼の発言に、明日香だけでなく久福木も頭を掻いて苦笑した。
「しかし、何でそのようなアプリケーションを、皆さんがご提案されるんですか?
確かにこのプロジェクトが上手く行ったら、いわゆるGAFAと呼ばれるような世界的IT企業に伍する事も夢じゃないとは思いますが…」
「ええ、実は私達は、アプリそのものが目的ではなくて、アプリのサービスを利用して、我々の”帝国”とこちらの21世紀日本との間に、いわゆる二国間貿易を行いたいと考えているのです」
「二国間貿易、ですか!?」
「その通りです。これが円滑に進むようになれば、いずれは膨大な取引が交易圏内で行われる事になるでしょう。しかし我々としては、その都度個別の企業と交渉の機会を設けるといった手間を掛けずに一元化されたインフラの上で取引が出来るようになればと考えているのです」
オクウミに続いてシスケウナが言った。
「確かに、このサービスが完成すれば、流通も小売も含めて販路を全て一括管理が出来るようになりますね」
「それを期待しています。我々としては、まずインフラ内交易高の目標を年間1兆円程度と考えています」
「い、1兆円!?」
「そうですね、ゆくゆくは10兆円以上に膨らませる事も出来ると思いますが」
「Wow!そんなに行けそうなンすか」
「とにかく、Amazones的なサービスを独自に確保して行きたいというのですね?でもなんでAmazonesに直接掛け合わないのでしょうか?そっちなら既にインフラが整っていると思うのですが」
「正にそれは、先ほど明日香さんの方でお話しされていた事が関わってくるのです。つまりAmazonesも”機関”の息が掛かっていると考えるべきです」
「Oh…マジっすか」
「ふぅむ…という事はもしかして、国内には他にも大きなIT企業はあるのですが、それより先に僕の方にやってきたのもそれが理由ですか?」
「その通りです」
「確かに日本には楽土とかソフトパンクとかあるのだけど、こちらの事前の調査だとやはり”機関”の息が掛かってるか情報が筒抜けになってるかのどちらかのよ」
そう言いながら明日香は嘆息して首を横に振った。
「そうなのか…なんて事だ」
「あと、MaaSサービスも複合させたアプリって言ってたじゃないスか。それって何かやる価値っつーか意味?ってあるンすか?」
高坂が割と率直な言い回しで質問した。
「はい、これについては我々の”帝国”側から観光客を21世紀日本へ招いた時に、交通機関や地理上の案内をする為に必要だからです」
「えっ!?そちらから観光客をお招きするんですか?」
「ええ、実際に”帝国”の中には、この21世紀日本を実際に観光したいという方達が増えると思われます。
そうした人達は当然、この日本においては色々不案内でしょうし、そうした観光客全員にツアーコンダクターを付けるのも手間となるでしょう。ですので、こうしたサービスのアプリがあるととても便利になります」
「なるほど、確かに」
「さらには、この日本での購買などを行いたい場合は、同一プラットフォーム上で先ほどの商取引サービスも行えれば更に利便性が良くなるでしょう。
つまり、このアプリを使えば誰もが、不案内な土地においても最も効率的なルートで観光から購買・商取引までシームレスに行えるようにするというのが目的なのです」
「そう言われるとスゲェイメージしやすいっスね」
「しかし、観光客の方々って大体どの程度来られそうなんですかね?」
「はい、それについても我々としては大体で年間1000万人程度の訪日を目標と考えています」
「えぇ!?年間1000万人って…確か去年の訪日外国人観光客が年間で2000万人程度だったはずだから、その半分くらいの人が来るって事ですか!?」
「そうですね、もちろんゆくゆくは年間5000万〜1億人程度が訪日する可能性もあり得るでしょう。つまり、それだけのニーズがこの21世紀日本観光にあるという事です」
「い、1億人ですって!?」
「ふーん、いやマジスゲェと思うんですけど、実際今だって日本に結構外国人観光客来てると思うンすけど、実際観光地がどんどん荒れ放題になってるっツーか、ゴミとか落書きとか酷ぇ状態になってるって聞いてるンすけど、そーゆー問題って大丈夫なんスかね」
「当然ですが、訪日して頂く観光客の方々には、事前に現地の法規はもとよりエチケットやマナーなども徹底的に研修して頂きます。とはいっても、そもそも我々はあなた方日本人の子孫ではあるので日本由来の価値観や倫理観・道徳心など受け継ぎつつ、更に進化成熟させた精神体系を持ち合わせています。
それ故、21世紀日本の方達と価値観などを充分に共有出来るでしょう」
「確かに、僕たちの子孫という事であれば…」
「スタートレックとかに出てくる未来人はポイ捨てなんかしねーっスもんね」
「ちなみに、その”帝国”の方達って人口はどれほど居られるんですか?」
「”日系人類銀河帝国”単体ならその総数は約1745兆人で、”宇宙日系人類文明体”全体まで含めるなら、その総数は約8360兆人です。
ただしその数はいわゆる実身体のみの数を示したものです。仮身体や、眷属下にある原始文明の構成種族とか有権型の人工知性体などを含めないものとなりますので、実際には文明圏内でその10倍以上、こうなると正確な統計情報は我々にもありません」
オクウミは、ホログラムを用いて銀河文明の概略を簡単に説明した。
「うわぉ…」「Wow…マジスゲェ」
そのスケールの大きさには、流石に久福木も高坂も開いた口が塞がらないようだ。
「その中で、こちらの21世紀日本の文化や商品に強い興味がある層は、推定でおおよそ5兆人居ると考えています。もちろん仮身体等を含めない数ですし今後潜在的ニーズを含めて市場開拓を行っていけば、更にその十倍以上の市場が生まれ得るでしょう」
「はぁ…もう想像が追いつかないですね…」
「こーなるとGoogolだとかAmazonesとか、もう目じゃないっスね。ウチらがそーいう市場を総取りって事っスからね」
「では、今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ!!宜しくお願いします!!」
オクウミと久福木が固く握手しあった。
「ういっス」
「宜しくね」
明日香は高坂の口調に苦笑したが、それでも握手する。
続いてシスケウナやサーミアも握手したが、やはりサーミアがクロムハーツの指輪を幾つも嵌めた高坂の手を撫で回すように触っていたので、さすがの高坂も若干引いていた。
「あらぁ、そんなに怖がらなくても宜しくてよ?」
「う、うぅいっス...」




