10-2 肥料と水
「やれやれ…まだ6月に入ったばかりの夜だってのに、外はやたらとクッソ暑いな」
新條は、懐から出した扇子で胸元を扇ぎつつ、これから向かうビルを見上げた。
手紙を受け取ってから数日経ち、手紙の内容に興味を惹いた新條は菅原秘書官を通じて、手紙の主に会う算段を立てた。
今回の初顔合わせについても、菅原と顔見知りらしいその人物とで綿密にやり取りして、新條が通常国会中でも会える日時・場所を設定したのだった。
新條は菅原秘書官の案内で、仕事を終えてから議員会館を出て、最初は黒塗りの高級車に乗っていたが途中で降り、とある店を潜ってから新たにどこにでもあるようなミニバンに乗り直し、さらに都内をぐるぐると巡ってから、尾行がないかどうか慎重に確認しつつ、東京都郊外の某私鉄駅近くにある、レンタル会議室のあるビルへと向かった。
いずれも、マスコミ対策及び某情報機関対策という話だった。
「ここまで厳重に尾行対策と諜報対策しなきゃいかないとはな…一体相手はどんな奴なんだ?」
隣に控えていた菅原に話しかけた。
「すいません、私もあまり詳しい事は…少なくとも向こうの案内役の男は知っていますが」
「そいつも諜報員だっけか」
「まあ厳密には情報機関のヒューミントを中心とした情報収集活動が専門の人間ですが、元々公安調査庁が古巣で、一度内閣情報調査室に出向していて国内外のエージェント動向にも詳しく経験豊富なベテランと言えましょう」
「なるほど、菅原が言うのなら相当な奴なんだろうな」
新條は腕を組み、しばし思慮を巡らせた。
「ふん…じゃあ今回の相手とやらも、どこぞの国の政府高官かそれに紐付いてる外交員ってトコかな」
「どうもそうとも言い切れないようですが…まあ直接会った方が良いでしょうね」
「そもそも、図々しくも日本政府の政策に提案をしようという連中だ。だいたい背景は知れてるというもんだろ」
新條は首をすくめながらため息をした。
「とは言うものの、内容が内容なだけに、わざわざ釣られようと言う気にもなったんだが」
新條と菅原はビルの中に入り、エレベーターで数階上にある会議室前に着いた。
コンコン、と菅原が指定された会議室のドアを叩く。
「どうぞー」と、ある種気の抜けたような無防備な声が聞こえたが、新條を一旦ドアから少し離れさせた上で菅原が慎重にドアを開いた。
「よお、久しぶりだな。菅原」
と会議室の一角に座っている赤羽正樹が手を挙げた。
「ああ」と頷き、ドアの陰に控えていた新條に向かってまた頷いた。
菅原に続いて新條が会議室に入ると、そこには正樹以外にも数名の女性が会議室のロングテーブルに向かって着席していた。
一番正面に座っていた、豊かな髪をシニョンにして纏めている妙齢の美人が立ち上がり、新條に向かって手を差し伸べた。
「初めまして、ようこそいらっしゃいました。
私はオクウミと申します。以後お見知り置きを」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
会議室にいるオクウミ、シスケウナ、サーミア、キロネとそれぞれ簡単な挨拶と握手を終えた新條だが、彼女達の風体がとても奇妙に映って仕方なかった。
何しろ、全員一応レディスのスーツに身を包んでいるのだが、その顔立ちというか首から上がまず変だった。
まずオクウミという女性は普通に見えるが、髪の色も目の色も時折エメラルドに輝いて見える。
そしてシスケウナだが、ボブにした髪に植物の蔦や花みたいな髪飾りをびっしり付けている。
サーミアという彫りの深い女性の耳は、強く横に尖っていてまるでファンタジー小説の中のエルフだ。
極め付けはキロネという見た目中学生程度にしか見えない子で、その頭には動物の耳が生えているのだ。
新條は、最初に彼女らを見てコスプレイヤーか何かだと思い、ふざけているのかと内心怒りが芽生えたのだが、だんだん見ているうちに、何だか妙にリアルなような気もしてくる。
何よりも、全員が一体どこの国の民族なのか、一見してさっぱり分からないのが不気味だ。
「えーと、とりあえずどこでもいいんで腰掛けて下さい」
正樹が珍しく、丁寧な口調で新條と菅原に着席を促した。
「こんな場所まで来て、出迎えてくれたのは外国人のコスプレイヤーさんとはね。
まあ日本のそういうサブカルチャー?とかいうコンテンツについては理解しているつもりだが、これはどういう了見なのだろうか」
着席してすぐに、新條は率直な感想を口にした。
「ははは、まあまあ。
確かにね、俺も正直言って彼女達と出会った当初は同じ気持ちでしたよ。
だけど彼女らの出自を聞いたら、もっと驚きますよ」
正樹が新條達の気持ちを思い庇ってフォローし、それからオクウミの方を向いた。
オクウミは頷き、それからンンっと軽く咳払いしてから口を開いた。
「それでは単刀直入に言わせて頂くとしましょう。
私達は、あなた方日本人の子孫…未来人です」
「…は」
新條は、口を半開きにして目を丸くした。
「っっはああ??」
それから新條は、突然笑い始める。
「はっ、ハハッハハハハハハ!!ハハハッハハハハハ…
全くなぁにを言い出すかと思えば…とんでもなくつまらん冗談かよ。
いいかいお嬢さん、俺はアンタ達の芝居だか何だかに付き合う時間は無いんだよ。
アンタ達があの手紙を書いたってんなら、早くその理由を聞かせるか、それともアレを書いた黒幕さんにでも合わせてくれよ」
大きくため息をついた新條に、オクウミが応えた。
「いいえ、あの手紙は全て我々が書いたものです」
「そうかい、じゃあまず、アンタ達が未来人だっていう証拠か何かあるなら見せてくれよ」
「いいでしょう」
オクウミが間髪入れずに応じ、彼女の手元にあった懐中時計のような装置を起動させた。
瞬時に、ロングテーブルの真上の空間にホログラムが投射された。
この会議室がある建物の全体像が映し出される。
「っうぇ!?」
急に出現したホログラムに腰を抜かさんばかりに驚く新條と菅原を尻目に、オクウミが装置を操作すると投射されていた建物がどんどん小さくなり、一気に街の全景が映し出される。
ちょうど、テーブルの上にまるで小さなジオラマのように色々なビルや家や道路が立体的に表現されているのだ。
しかしタダのジオラマではなく、道路の上にはちゃんと前照灯を付けた車が一杯走っているし、ビルや家の中もちゃんと灯りが点っている。よく見ると、歩道には人らしき姿も居てちゃんと動いていた。
「これは、ここの周辺の状況をリアルタイムで投影したものです」
オクウミが新條に向かってニコリと微笑んだ。
「他にどこか見たい場所とかありますでしょうか?」
「い、いやいやいや!!大丈夫だ、大丈夫だけど…これマジかよ」
改めて、ホログラムをしげしげと眺める新條。
その隣にいる菅原も、何度もメガネを拭いて掛け直しても目の前に広がる光景を受け止め切れない様子だ。
「まあ、お望みなら
そこの扉から外に出てもらえば、この街の上空くらいにはリアルに行く事も出来ますぜ」
正樹は会議室の窓側にある非常口の扉を指差した。
「ええっ!?」
「まぁ、ちょっとした宇宙船みたいなもんが側に控えてるんですよ」
正樹は『ラライ・システム』の事はぼかしつつ提案する。
「あ、い、いや、それは結構だ…
分かった、もういい。アンタ達の言う事を信じるとしよう」
「ありがとうございます」
オクウミが頭を下げ、展開されていたホログラムを消した。
「えーと、でだ」
気を取り直そうと咳払いをしつつ、新條はオクウミを見据えて言った。
「アンタ達が未来人だっていうのは分かった」
「厳密には、宇宙人あるいは異星人に属するものでもありますが」
「まあ何だっていい。
とりあえず、あの手紙の内容から察するにアンタ達は、過去の俺達に対して何らかの干渉をしたいって事か?その理由は何だ?」
「当然、貴方達を援助して来たるべき未来の事象を回避あるいは変更しようと考えています」
「ほう、回避あるいは変更、ね。
どんな未来が、俺達に迫っているというんだ?」
「それは、現段階では詳しく述べる訳にはいきませんが、日本いや世界が滅びかねない程の事象です」
「世界が滅ぶ、だって?」
「ええ、そうです」
「でもアンタ達は今滅んではいないだろ」
「確かに。私達は、その事象から逃げ延びた一派の子孫と言う事ができましょう」
「ふん、なるほどね」
ここで先程まで発言していなかった菅原が手を挙げた。
「ちょっとお聞きしたいのですが、我々の時代と貴方達の時代が繋がっているとして、我々の時代に起こる事象を変更してしまったら、貴方達の時代とは繋がらなくなってしまうのでは?
いわゆるタイム・パラドックスと呼ばれる問題です」
「へぇ、菅原は詳しいな」正樹が感心した。
「いえいえ、学生時代によくSFとか読んでたもので」
「おっしゃる事は分かります。
確かに、こちらの世界線で幾ら改変を試みたところで、我々の世界線にはどんな影響も及ぼす事は出来ないでしょう」
一拍おいて、オクウミが菅原の方を向いた。
「実は我々は、色々な世界線を巡っていて、その内の多くの世界線で日本が危機的な状況に遭遇するのを目の当たりにしてきました。
遠い時間を隔てていて、また異なる世界線であるとは言えど、我々と貴方達は日本人である事に変わりありません。
血の繋がった同胞を助けようと言うのに、他に理由があるでしょうか」
「なるほど、よく分かりました。
実際私も海外勤務経験があるのですが、その地で発生した事件や事故で受難した日本国民を救うのは、国家公務員である以前に同じ日本人としての責務だと思って行動しておりました」
菅原の言葉に、新條も頷く。
「俺達国会議員も、当然日本国民を救うために動いているようなもんでな。まぁそうでない国会議員も多数いる事はいるんだが、それは置いておいてだ。
とにかく腑に落ちない点もあるっちゃああるが、アンタ達を信じても良いだろう。
どうせ、嘘をつかれていたとしてもこっちには実証する手段も無いんでな」
「ま、そこは私が担保しますよ」
と正樹が請け負った。
「なんせ、こっちは身内を救ってもらった事もあるもんで」
「何にせよ、こちらとしては利用できるものは利用させてもらいたいと言うのが正直なところだ。
そう言う意味で、手紙の内容はとても興味をそそるものだった」
新條はスーツの懐から手紙を取り出した。
改めて、その中身を広げて読む。
「まず、経済理論のところだが…
これは、ちょっと後で調べて見たんだが、最近になってアメリカで登場したMMT理論に通じるものがあるな」
MMTと言うのは、大雑把に言ってしまえば自国通貨発行が出来ている国家では、インフレ懸念が無い(インフレ率を年2%以内に抑える事が重要)のであれば財政赤字を気にせず国債をどんどん発行して、市場に通貨を大量投入しても良いと考える理論だ。この場合、予算制約はなく国家予算を全て税金ではなく国債で補うことも出来る。
ただし、色々と穴の多い経済理論であり主流派の経済学者には認められていない。
「ただまぁ、以前から言われている『国債が日本国内で購入されている以上、お金の貸し借りは家族の中で発生しているも同然』という考え方と通じてはいるからな。
だからここに記されているような、ベーシックインカムも可能というわけだな。あと、少子化対策として初等教育完全無償化もか」
「我々の方では、こういう発展途上の社会経済とその変化を取り扱う『進化経済学』が発達しています。主に遺伝子及び知識伝達子の進化変遷を含む共進化の一類型として考察されています」
ここでシスケウナが初めて発言した。
更にシスケウナは、テーブルの上にホログラムで図表を展開して見せる。
「いわゆる二重相続理論などを発展させて、文化人類学及び地政学等と組み合わせつつ国家無意識や民族装置と言った概念を導入して地域社会・民族その他の分析と理解を深め、それを21世紀日本の経済社会に演繹させています」
「ふむ…」
シスケウナの話す内容がある程度理解できているのか、新條が腕を組みながら考え込んだ。
「つまり、この現代日本という断面においてはこういうMMT理論みたいなのも有効というわけか?」
「そういう理解で良いです。
ただ、最終的には財政的なソフトランディングが必要になってきます。
そこで必要なのは国家の信用性創造とインフレスタビライザー、そしてそれを担保するための将来的な経済成長のための肥料と水です」
「つまり、それがここに記されているヤツか。
日本近海における未発見の超大規模油田・ガス田が数千億バレル分。それに廃坑になっていた国内鉱山での同じく未発見の新しい各種鉱脈及び未知の新鉱物、か。
全く、とんでもねぇな」
新條の言葉に連動して、ホログラムが日本の各地に眠る新たな油田地帯などの分布状況を表示した。
「こちらで簡単に算出させてもらいましたが、トータルの時価総額でおよそ1000兆円分と推計できました。これなら確かに…」
「おう、足りなけりゃもっと付け足す事も出来るからよ、そういうのはオレの担当なんで、どんどんオレに言ってくれよな!」
キロネがべらんめぇ口調で新條達に向かって胸を張った。
「え?付け足すって、どういう事だいお嬢ちゃん?」
「オレはお嬢ちゃんじゃねぇー!」
「まぁまぁ、見た目は確かにお嬢ちゃんでしょ〜」
キロネの脇でサーミアがからかう。
「グゥ…まぁともかく、実のところオレ達が今まで無かった所に油田だとか鉱脈だとかを自在に生成させてんだ。だから気にせずドンドン掘りゃ良いさ。後でまた幾らでも増やせるんだからさ。
もちろん、環境に負荷を与えない範囲内でだけどな」
「自由に…生成なんて出来るんですか!?」
「マジかよ…凄えなぁおい…」
キロネの発言に驚き呆れた新條だが、気をとり直してまた手紙に目を向けた。
「まあそれだけじゃねえ。ここには…ええと、常温核融合?とか人工光合成?とか新産業の礎となり得る様々な新技術の伝授も含まれてるというがね」
「ハイ、それはもう私の方で色々と伝授致しますです」
今度はサーミアが口を挟んだ。
「まず一例として、今回提供出来る常温核融合システムは本当に基本中の基本、初歩的なもので大変申し訳ないのですが、それでも皆さんが旧来お持ちの核物理学に一石を投じるものとしてとても理解が得やすい方式を提供させて頂きます。これは固体内核反応理論と1セットでの提供となりますが、これを応用して様々な凝集系核転換システムの構築、例えば放射性セシウムやストロンチウムを安定的なプラセオジムやモリブデンに変換すると言った事も可能になり、更には余剰熱出力の抽出も可能になりまたオゥフ」
隣にいたキロネが、サーミアの脇を小突いたので長広舌がようやく止まった。
「イテテ…っと、それ以外にも各種航空宇宙工学、生物医学、電子工学などの次世代技術を提供する事ももちろん大丈夫ですので、言って頂ければ…」
脇を押さえつつサーミアが着席するのを見やりつつ、菅原が発言した。
「となると、我々の方でその新技術を産業として実用化出来る大企業の仲介役もしないといけませんね。あと、油田や鉱脈の採掘が出来る企業についても。
まあ我々の方では、経団連関係・経済同友会関係のどちらでも案内が可能です」
「よろしくお願いします」とオクウミが言った。
新條達は天井を仰いで大きくため息をついた。
「フゥ…いや、こいつは本当に大変な事だぜ。
これが全て具体化したら、確かに日本経済も社会も再浮揚出来そうだ」
それから再び居住まいを正してオクウミを真正面から見据えた。
「こんな大変重要な話を、民自党のもっと偉い面々とか官僚の事務方とかじゃなくて俺達に話したのは、何でだ?」
オクウミも暫く新條を見返してから答えた。
「もちろん、政治家の中であなた方が一番、成長性と信頼度があるからです。
…ゆくゆくは、あなた方が新党を結成して、政権を執って頂く事を望んでいます」
その答えを聞いて、新條がフッと笑った。
「そうかい。そう言われちゃ、こっちとしても張り切るしかねぇな」
新條が手を出し、オクウミと改めて握手を交わした。
「これから、長い付き合いになりそうだ。
宜しく頼むぜ」




