8-3 眷属の錬成
「お疲れー」
「じゃーなー」
下校時刻になった。
竜司は、同じクラスの同級生と挨拶を交わした後、東雲や山科と一緒に部室へ向かった。
行く途中で竜司は一応、周りをキョロキョロと見回して例の転校生がいるかどうかを確認した。
だが、帰宅部の生徒が帰った後の校内は比較的静かで、遠くから吹奏楽部が練習する音だけが聞こえてくる。
昼休みの一件以来、転校生が竜司達に対して何か仕掛けてくる様子は無いようだ。
「そーいや昼休みの時、あの子案外あっさり身を引いたよねー」
山科が首を傾げながら呟いた。
「ああ、かなり余裕な感じだったな。
まるで、策はまだ色々持ってそうな感じだったぞ」
東雲もそれに応える。
「つまり、まだまだ油断は禁物ってことか」
竜司は時々太ももをさすりながらため息をついた。昼休みに神崎にボールペンで刺された跡がまだ痛むのだ。
まあキャップ越しで良かった、これでペン先がむき出しだったら確実に皮膚に刺さっていた事だろう。
「まだ痛みますか=」
「ああ、痛むよ、まったく神崎の奴…ってえええ!?」
さり気なく会話に加わった声に、またしても竜司は一瞬遅れて吃驚した。
「えぇ!?ら、『ラライ』か?って、どこに居るんだよ!?」
「ここに居るよー」
と、山科が手のひらを掲げているのでその上を見ると、何と10cm位の羽が生えたフィギュアみたいな奴が、竜司に向かって手を振っている。
「お、おぉおぉお!!すげーーー!!」
「こんにちは=赤羽竜司様=
私は山科様の”眷属”としてこの度配属されました=宜しくお願いします=」
「か、かわいぃいぃ…!!」
「ダメだよーあげないよー私の『フェイ』ちゃんなんだから!!」
息を荒くする竜司に対して山科がその”妖精”風の『ラライ・システム』端末を隠す。
「ふぇ、『フェイ』ちゃん??」
「そー。フェアリーだから、縮めて『フェイ』ちゃん」
「はえー」竜司は改めてその『フェイ』と名付けられた端末をまじまじと見て、手を伸ばそうとする。
パシッ、っと山科は竜司の手をはね除けた。
「まぁったく赤羽くんはー、部室のフィギュアで我慢しなさいよねー」
「えぇ…そんなぁ」
竜司は部室にフィギュアを持ち込んでいる位にはこういったものが好きなのだが、やはり可動するものには憧れがある。
「ご提案ですが=赤羽様=」
と、山科によって制服のポケットに入れられた『フェイ』がモゾモゾしながら言った。
「その部室にあるというフィギュアも、我々の手で眷属化させられますが
ご希望なさいますか?」
「んな!?も、もちろん!!」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
竜司は、部室に到着するやいなや、すぐに棚の方に駆け寄った。
棚の上に理学系の書籍類をどけてまで飾ってあるフィギュアの中から適当なものを探し始める。
竜司達に少し遅れてやってきた神崎が目を丸くした。
「いったい赤羽くんは何をやっているのかしら…」
「えーとえーと、これはもうアニメ3期までやって旬が過ぎてるし、
コイツは本編のクライマックスで主人公とは別の奴とくっついたから論外で、
この子は良いんだけど一部のパーツが取れちまってるし…う~ん、どうしよう選べねぇ…」
「なぁにを悩んでるんだか」山科が呆れた顔で言った。
「フン、俺なんぞはコイツで十分!!」
と東雲は、鞄の中から『トランスファーマー』の『ガルバトラン』フィギュアを取り出した。
可動部分が16カ所もあって右腕のカノン砲も伸縮するタイプである。
「何でそんなものを学校に持ち運んでるのよ…」と山科や神崎があきれる横で
「なぁるほど、そういう手もあったか…」と竜司が天を仰いだ。
「よし、キミに決めた!!」と、フィギュアが何体も並んだ棚の一番奥の方にひっそりと置かれている、少し塗装が剥げてくたびれてしまったような人形を取り出した。
「ほう…それは」東雲がメガネを光らせる。
「何?それ」
「これはだな…『電光石火グリッドメンズ』の『グリッドゼロ』さ」
「確かそれはごく普通の、ノーマルバージョンだよな。何で赤羽はそれが良いんだ?」東雲は首を傾げた。
「まあそうなんだけどな。俺にとっちゃあ一番大事なフィギュアさ。
何しろ、まだ小学校1、2年の頃に最初に買ってもらったフィギュアがコレなんだ。この作品の本放送は俺が生まれる前だったんだけど、ケーブルTVでの再放送を見てハマッちゃってさ。それで父さんにねだって買ってもらったんだ」
竜司は、思い出深そうにしてそのフィギュアを優しくさすった。
神崎は、そのフィギュアを見てふと遠い昔の事を思い出した。
それは神崎も竜司もまだ小学2年くらいの頃で、夏休みに近所の公園に遊びに行った時の事だ。
その頃は神崎と竜司は二人でよく遊んでいて、この時も二人で公園で遊ぼうとしたのだった。
竜司はしょっちゅう例のフィギュアを持ち歩いていて、どこで遊ぶにしてもそのフィギュアを近くに立てて置くのだ。
神崎はその時、買ってもらったばかりの綺麗な麦わら帽子がお気に入りで、部屋の中にいても被っている程だった。
そして二人が池の近くの草地で遊んでいたら、突然大きな風が吹いて神崎の麦わら帽子が吹き飛ばされ、あろう事か池の中に落ちてしまったのだ。
神崎はその時、綺麗なワンピースを着ていたので池に入って帽子を取るのをためらってしまった。
すると、竜司がふところのフィギュアを取り出して、池の端から手を思い切り伸ばして手の先に持ったフィギュアを使って帽子を引っ掛けようとしたのだ。
しかしその試みは失敗し、竜司は池に思いっきり落ちてしまったのだが。
全身びしょびしょになりながら、何とか帽子を取る事が出来た竜司だったが、その際に、今度は竜司のフィギュアが無くなってしまった事に気づいた。
池の底は泥なので、水面からは泥の中に埋まっているものは見えない。
竜司は今度は泥だらけになりながらフィギュアを探し始めた。
それを見ていてたまらなくなった神崎も、意を決して池の中に飛び込んでフィギュアを探し始めたのだ。
そして今度は神崎の手でフィギュアを見つけ出したのだが、神崎の服も結局泥だらけになってしまった。
二人は泥だらけの相手を見てお互いに笑い合ったのだった。
結局二人は、帰ってからお互いの親に思いっきり叱られる事になったのだが、
今となっては、竜司にその事を話しはしないけども神崎にとっての思い出深い出来事だ。
「どしたの?神崎さん」
山科に話しかけられて、神崎はハッとした。
「え?ああいえ、何でもないわ」
「そーいや神崎さんは何か”眷属”とか決めたりしないの?」
「ああ、その事ならもう決めてあるわ。いらっしゃい」
と、神崎は部室の窓を開けて何かを呼んだ。
「はい=神崎様=」
と校舎の壁を伝って窓まで昇って来たのは、今朝に竜司と一緒に遭遇したあの猫である。
「この子は『ケーシー』、妖精のケットシーを元に名付けたわ」
「初めまして=皆様=
ああ=赤羽様は今朝にお会いしましたね=」
窓際のサッシに二本足で立ち、ちょこんと頭を下げる『ケーシー』に山科も悶える。
「はぁああ、可愛いじゃん!!『フェイ』ちゃんも良いけど『ケーシー』もイイ!!」
「おう、今朝ぶりだな」
「はい=赤羽様=
それでは=お二人の”眷属”にしたいフィギュアをこの窓際に置いて下さい=」
竜司と東雲は、言われるがままに自分のフィギュアを窓際に置いた。
「空から=『ラライ・システム』のマニピュレーターがやってきますので=
しばらくお待ち下さい=」
フィギュアを置いてから2、3分で、空から半透明な触手のようなものが降りて来て窓から室内に入り、二人の置いたフィギュアをなで始めた。
「おおっ」
「今これは=各フィギュアにナノマシンを注入して=ナノレベルで組織化している所です=
ちなみに地上へ何か工作をする場合は=いつもこのようにして行っています=大概は深夜に行うので=誰か地上の人間に見られるという事はありません=」
「なるほど、そういう仕組みなのね」神崎が感心したように頷いた。
触手がフィギュアをなで始めてからしばらくすると、フィギュアがほのかに光り始めた。
「ほう、いかにも”眷属”を「錬成」している感じがするな」
東雲がメガネに手をやり、顔を近づけた。
「あっ=気をつけて下さい=」
「え?」
パァン!!といきなりフラッシュしたので、思わず東雲がのけぞって尻餅を付いた。
「うわぁっと!!」
「ほーら、言わんこっちゃない」山科がクスクスと笑う。
「完成です」と、『ケーシー』が言った。
「よし、お前の名前は『ゼロ』だ!!」
「赤羽様=名をつけて頂きありがとうございます=」
『ゼロ』と名付けられたフィギュアはコキコキと関節を動かしながら竜司に挨拶をした。
「ふふ…意外に可愛い子ね、『ゼロ』さん宜しくね」
神崎が『ゼロ』の動きを見て微笑んだ。
「ん?なんで神崎が挨拶するんだ?」
「あ、あら、立派な大人は、いつでも誰にでも礼儀正しくするものよ」
「よし『トラン』よ、いざ私を乗せて大空に羽ばたくのだ!!」
「申し訳ありません東雲様=私のサイズでは東雲様を乗せて飛ぶ事ができません=」
「なぁにを無茶ぶりかましてるのよ!」
山科が東雲の後頭部をはたいた。
「おぉう…まあそれは冗談だ。よろしくな」
「はい=宜しくお願いします=」
「おーおー、やっとるな君達」
と、いつの間にかやって来たオクウミもとい奥海先生が、全員に向かって言った。
「それじゃー出発するか。秘密基地へな」




