8-2 もう一人の転校生
「初めまして。志安良瀬菜と言います。皆さん、よろしくお願いします」
黒板に、意外にも綺麗な文字で自身の名前を書いたその少女は、書き終わると生徒達の方に振り返ってそう言った。
「えーと、志安良さんはアメリカから帰国したばかりで、日本の事はあまりよく分からないという事なので、みんなも色々教えてやってくれ。
志安良さんも、分からない事があったら周りにどんどん聞いていいからな」
担任が全員にそう諭した。
しかし、そんな事はどうでも良いとばかりに生徒達の騒めきは収まりそうにない。
何しろ、彼女の見た目は確かに日本人と外国人のハーフっぽいような整った容貌である。
ミスコンでもやれば、隣のクラスにいる神崎と学内トップを競えるレベルだろう。
男子はもちろん女子も沸き立っている。
ちなみにこの教室にいる山科も一応美人の部類に入っているが、彼女は教室ではいつも伊達眼鏡とヘッドフォンを掛けて自分の世界に入り込んでいるし、更にはスマホで堂々と株価情報等を見てばかりだったりするので最近では声を掛ける男子は少なくなっていた。
思わず大声を出しそうになった竜司は、東雲の機転によって口を塞いでくれたので、何とか小声でくぐもった言葉が出るだけで済んだ。
「な、何でシアラがこんな所に??」
「しっ、後で本人からじっくり聞きゃいーだろ」
「じゃあ、志安良さんの席はその一番後ろが空いているから、そこに座りなさい」
担任に促されて、シアラと思しき少女はつかつかと後ろの方に歩いていき、いつの間にか設置された空き席にカバンを置いて座った。
シアラもとい、その志安良という生徒が着席した事で、教室がようやく落ち着きを取り戻した。
担任がそれを見計らって、再び口を開いた。
「さて、実はもう一人紹介したい人がいる。
先日にご家族の都合で転勤された唯山先生の後任がようやく決まったんでな。
えーと、それじゃ先生、入って来て下さい」
と、担任がまた教室の入り口の方を見やると、
その戸が再びガラガラと開いた。
そして、コツ、コツ、コツとヒールを鳴らして教壇まで歩いてくるその姿を見て、
竜司は今度こそ大声を上げてしまった。
「っっげえええ!?」
竜司の叫び声は、再び教室中に湧き上がった歓声によってかき消された。
何しろ今度はモデルか女優と見紛うばかりの美貌を持つ女教師がやって来たからだ。
しかし、竜司はその顔をよく知っていた。
今度ばかりは、東雲や山科も口をポカンと開けたままだ。
「えー、今日よりこの野猿高校にて、2-1の副担任に着任する事になりました。
奥海灯と言います。どうぞ皆さん、よろしくお願いします」
その女性は、やはりすらすらと綺麗な漢字で自身の名を黒板に書き記してから生徒に向かって挨拶をした。
「えーと、奥海先生もまだ着任されて間もない事もありますので色々大変だとは思いますが、今後ともよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそしばらくは不慣れな所をお見せしてしまうかも知れませんが、大目に見ていただけるとありがたいです。
皆さんも、仲良くして行きましょう」
不慣れと言っているにしては、やたらと場慣れしたような態度で担任と生徒達に語りかけた。
というかそのオーラめいたものは完全に教室中を圧倒している。
男子生徒はもとより、女子も目を輝かせてその奥海先生とやらを見ているのだ。
竜司は、横に座っている志安良の方へ振り向いた。
しかし志安良は、やはり無表情で頬杖を付いている。
「シアラもオクウミさんも、一体何を考えてるんだよ…」
竜司は二人の顔を交互に見てから、深くため息をついた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
HRが終わった後、志安良の席にはたちまち人だかりが出来た。
「ねぇねぇ、志安良さんってどこの生まれなの?やっぱりアメリカなの?」
「英語上手そうだし英語で何かしゃべってよ!」
「趣味とかある?得意なスポーツとかあるの?」
「部活何か興味ある?あとで紹介してあげるよ!」
「今どこに住んでるのかな?学校の近く?」
「兄弟か姉妹いるの?やっぱりみんなハーフなの?」
バカみたいな質問を次々と投げかける同級生だったが、
彼女があくまでも無口で無表情を貫いているので
授業の合間の5分休憩を挟むごとに、その数を減らしていった。
竜司達がようやく志安良と会話する機会が出来たのは、
昼休みに入ってからだった。
「なあ、シアラ…さん?」
竜司が話しかけると、志安良が初めて顔を竜司の方に向けた。
「何だ?」
「志安良さんはシアラ…で良いんだよな?」
「赤羽は何を言っているんだ?
私は私だ」
いつものシアラ?らしい口調に、竜司はほっとする。
「ってか、何でシアラはここに転校して来たんだ?」
「うむ…本来なら、こんな所に来るのはとても不本意なのだが…」
とまで言った所で、シアラのお腹からかすかに可愛らしい音が鳴った。
「む…コホン!
単なる生理機能だ。時間が来たらそうなるよう生体設計してあるから気にするな」
顔を若干赤らめながら何食わぬフリをしているが、竜司は思わず笑ってしまう。
「あー、もう昼休みだからな。
昼飯とかどこかで食う予定あるの?
買って来てるなら別だけど、でも持って来てなさそうだしなぁ…」
「もちろん、持って来てない。
この学校では自動給仕は存在しないのか?」
「は?自動きゅう…何?」
「シアラさん、ここじゃ何でも自分で動く、だよ」
「昼飯が無いなら、購買で買えば良いだろ」
会話に山科と東雲が割り込んで来た。
「購買と言うのは何だ?」
「そーかそーだよね。地球の学校の事なんか知らないよねー。
ほいじゃ、買い出しに行きますかー」
山科の一言で、シアラはようやく腰を上げた。
二つの校舎をまたぐ渡り廊下の真ん中に購買のブースがある。
4人が行くと、既に購買は長蛇の行列が出来ていた。
「ここで買う人はみんな並んで待たないと行けないんだよね。
私なんかは普段おっくうだから通学途中のコンビニで買っちゃうけど」
山科がシアラの手を引きながら言った。
しかし二人の姿は、一緒に並ぶ他クラスや他学年の生徒からも注目の的だ。
シアラだけでなく、普段ここに来ないという山科ですら好奇の目で見られてしまうが、二人ともどこ吹く風といった体で行列に並んでいた。
「うぉおおおお…!」
購買のガラスケースに陳列されている総菜パンや菓子パンを見て、シアラがよだれを垂らさんばかりに凝視している。
「シアラさん、お金の使い方分かる?」
「ああ、事前に一通り学習して来た。この21世紀日本では”エン”を使うのだったな?」
と、シアラは懐から小銭入れを取り出す。
一応日本製らしく、綺麗な甲州印伝の模様が入った革製だ。
「じゃあレッツ初購買!」山科に促されて、シアラがどもりながら購買のおばちゃんに話しかけた。
「あー、その、えと、そこのだな…」
「えっ何!?私にゃ聞こえないよ!もっとはっきり喋っておくれ!」
おばちゃんの圧にシアラがどぎまぎしながら、やっと総菜パンと菓子パンを2つづつ買う事に成功した。
「どう?上手く買えた?」
山科の質問に、シアラは若干顔を青くしながら応えた。
「ううむ…あの女性はまるで支部長みたいで怖かったぞ…」
「支部長?ああ、オクウミさんね」
「オクウミさんと言えば…
あの奥海先生って一体何なんだあれ。
なんでシアラもオクウミさんもこの学校に来てんだ?」
行列の外で二人を待っていた竜司が訊いた。東雲も頷く。
シアラがその質問に対して口を開きかけたとき、
「そうね。その話は部室でしましょう」
と、いつの間にかやってきた神崎が話しかけた。
「それに、転校生は貴方だけではないみたいだから。
その件も含めてね」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
理科準備室の片隅にあるオカルト研部室は、相変わらずごちゃごちゃしていた。
神崎の命令で、竜司達は慌てて小テーブルの上だけでも綺麗にして、昼ご飯を食べる準備を整えた。
神崎は、いつの間にか理科棚の一画を占めるようになったティーセットで紅茶を全員の分用意し、シアラ用には紙コップで入れる。
シアラを入れて6人が座れば部室はもうぎゅうぎゅうだ。
「で、シアラとオクウミさんは何で俺達の学校に?」
熱い紅茶を一気に呑もうとして火傷しかけ、舌をちょろっと出しているシアラに訊いた。
「ああ。簡単に言うと、第一の目的は監視だ」
「監視!?」全員が眉をひそめた。
「っつーと、私達の事やっぱ信用出来ないとか、そんな感じ?」
「いやいや、違う。
監視と言うのは、主に君達に接近する脅威から守る為だ。
何しろ、君達は能力を開花させたとは言えど当然まだ未熟であるし、更にはこの21世紀地球における”機関”がいつ襲ってくるかも分からない。
君達がいつも集合していて、そして無防備な状況となるこの学校が狙われる可能性が高い」
「まぁ確かに言われてみれば…」
「なんかそんな風に言われちゃうと、ちょっと残念だよねー。
まだまだ私達って、社会に守られなきゃいけない存在なのかなって」
山科がひとしきりため息をついた。
「あ、いやいや!そんな事は無いぞ!
むしろ我々は君達が手伝ってくれるだけでありがたいと思うのだ。
それに君達が開花した能力も、いずれ重要な戦力となるだろうし」
「少なくとも山科さんは既にサーミアさんと一緒に色々なものを作っているのではないかしら?」
神崎が指摘する。確かに、この前の亜宇宙戦でも山科が手がけた対バイオメカノイドワクチンが絶大な効果を発揮したのだ。
「にしても、シアラの言う通りだとは思う。
何かあってからじゃ遅いし、シアラだけでも居てくれると心強いしな。
それ以外にも、通学途中で出会ったけど『ラライ・システム』の端末が活動を始めてるそうだし」
「あっそれってさ、空にふわふわ浮かぶ妖精みたいな子達の事かな?」
「む、俺が出くわしたのは小さなブリキの玩具みたいなものだったが」
どうやら山科と東雲にもそれぞれ別の端末が挨拶に来ていたらしい。
「まあそういう事だ。いつどこで誰がこの街に入って来たかも手に取るように分かるようになるだろう」
紙コップの紅茶を冷まそうと息を吹きかけながらシアラが言った。
「入って来たと言えば、他にも転校生がいるって聞いたけど」
「なんか、2-3にも転校生が入って来たんでしょ?マジで?」
「ええ。私の教室には、HRの時間に両側の部屋から歓声が聞こえて来て、一体何なのかと思ってしまったわ」
神崎のあきれ顔に、竜司達も苦笑する。
「それで、2-3のほうの転校生なのだけれど…」
と急に神崎が声のトーンを落とした。
「女の子が転校して来たみたいなのだけれど、それがどうも奇妙なの」
「奇妙って?」
「それが、見た目はとっても可愛らしくて人当たりの良さそうな感じなのだけれど
あっという間に教室の全員と親しくなったらしいわ」
「?それのどこが変なの?」山科が首を傾げた。
「いやいや山科さん、さっきのシアラが教室でどんな態度を取っていたかお忘れかな?
まああれは極端な例だけど、だいたい転校生って、初日はちょっと初々しいというか本性を出さずに奥手になるってのがお約束だろ」
「まあシアラさんがそうかどうかは置いておいて、大抵はそうかも知れないわね。
もしくはいわゆる高校デビューを図ろうとしてちょっと無理をするか」
神崎が竜司の言葉を補った。
「だけれど、私が聞いた話はそんなものでは無かったわ。
2-3に私の知り合いがいて、その人の話によればその転校生は、最初のHRでの紹介でとても魅力的な話法を使ったようで、たちまちのうちにクラス全員がまるで彼女を新興宗教の教祖のように祭り上げたと言うわ」
「新興宗教!?」
「まあこれは例えなのだけれど、私が聞くにそうとしか思えなかった。
しかも、その人が彼女の事を話す口ぶりも段々と教祖を崇めるそれに近い感じになっていった」
「えぇー…」
「それから、2-3のクラスを覗き込んだのだけれど、クラスの人達が話す内容が全てその転校生の話題一色に染まっていたの。
それを話す人達の目も少しおかしくなっていたわ」
「マジかよ」「うわ怖っ」
「なので、これはどう考えてもその転校生が、まるで洗脳をクラス全員に向けて施したとしか言いようが無かったわ。
もしかしたら、その子は例の”機関”の…」
と神崎が言いかけた所で、突然理科準備室の戸がガラガラっと開いた。
「ビクウッッ!!!」「シッ!!」
シアラを除く全員がビクっとしかけ、神崎がそれを必死で制する。
全員が振り向くと、戸の前に女子生徒が立っていた。
「すいませーん。
ここって、オカルト研究部で間違いないですかぁ?」
あっけらかんとした表情で問いかけるその少女は
明るい髪をツインテールにしていて、いかにも人懐っこそうに見える。
「あ、ああそうだけど、君は誰かな?」
代表して竜司が声を振り絞って問いかけた。
「はい、私は桜木亜美と言います!
今日この野猿高校に転校してきました!
宜しくお願いしまーす!」
はきはきしていて、中々感じの良い子だ。
しかし竜司は、なぜかどこかで見覚えがあるような気がした。
「えっ転校生…!?」「もしかして…」
神崎達は竜司の陰に隠れながらお互いに目配せをした。
「それで私、オカルトとかに興味があるんで、
このオカルト研究部に入りたいんです!!」
その桜木と名乗る女の子は、まるで有無を言わさない雰囲気で立て続けに言い放った。
「えっ!?あっ、あー、えーとそうなんだ!
ええっと、来てくれてとても嬉しいよ!嬉しいんだけど、ちょっと今立て込んでるんで、また別の時にでも来てくれるかな?」
「えぇー…今すぐに入部許可もらえないんですかぁ…?」
必死で応対する竜司だったが、まるでシナを作るかのように涙目で訴える彼女にしどろもどろとなった。
「えっ、あっ、えーと…」
「こんなに、頼み込んでも、駄目ですかぁ…?」
すると、彼女のその大きな目がにわかに煌めいたようになり、
急に竜司の口調がおかしくなった。
「…は…い。桜木…さん。では…こちらに…」
「赤羽くん!?」
ぼうっと弛緩しかけた竜司の顔を見て明らかにおかしい事を察した神崎は、とっさに横の棚にあったボールペンを竜司の太ももに思いっきり刺した。
「っいっっってええっ!!」
叫ぶと同時に、竜司の目が覚めたようになる。
「って、あれ、俺なんか言ったっけ…?」
竜司の前に、神崎がすっと立った。
「すいません、桜木さんとおっしゃいましたか?
私はこのオカルト研の副部長で、生徒会副委員長でもある神崎と申します」
「え”?」本来の副部長である東雲が目を白黒させているが、神崎は構わず言い続ける。
「申し訳ないのですが、この部に限らず入部には入部申請と言うものが必要になります。
規定の書式に記入して、顧問の許可サインをもらって来て頂けますか?
入部するかどうかはそれから決めれば良いと思いますわ」
神崎は、その桜木という女子生徒の目をなるべく見ないようにしながら話した。
「…そうですか。分かりました。
じゃ、また来ますね!」
きびすを返して、すっと理科準備室を出て行った彼女の後ろ姿を見ながら、全員が肩の荷を降ろしたかのようにぐったりした。
シアラだけが、相変わらず何でも無いような顔で理科準備室の戸を見つめている。
「ふむ…あれは”能力”だな」
シアラの一言に、神崎がやっぱりと言わんばかりの表情で頷いた。
「じゃ、あの子が例の…?」
「そうみたいね。あの大きな目で洗脳を施していると推察出来るわ」
「っつーかさ、神崎さんさぁ…」
竜司が太ももを押さえながら顔を歪めた。
「もうちっと優しく目覚めさせる事出来なかったのかよ、超痛いんですけど!」
「あら、あんなつまらない術に引っかかる赤羽くんがそもそもいけないのであって、それをフォローしなければならない私の身にもなって欲しいものだけれど」
涼しい顔で神崎が冷めかけた紅茶に口をつけた。
「ちょっと良いだろうか、神崎さんが副部長とか言ってた件なのだが」
東雲が恐る恐る訊いた。
「あら、あれはああ言わないと言葉の箔が付かないから言っただけだけれども。
でもまあ、副部長は二人までならなっても良いと校則規定に記されているわ」
「っていうかもう神崎さんは完全にオカルト研部員なんだね…」山科が苦笑いする。
「あっ、でも俺は神崎から入部申請と言うものをもらっていませんが?」
竜司の疑問に神崎が一瞬硬直する。
「…オホン!
まあいずれ出そうとは思っていた所よ。少し待って頂戴」
「あー、でも顧問の先生忙しいからね。テニスの大会も近いし」
オカルト研の顧問はテニス部と兼業であり、当たり前のようにオカルト研の方は後回しにされる傾向があった。
その時、再び理科準備室の戸が突然開いたので
またしても全員の体がビクっとなった。
「また来たぁ!?」
「いや…」
戸の方を見つめるシアラがいささかうんざりした表情になったので、全員が戸の方を振り向くと
そこには奥海先生、もといオクウミが立っていた。
「おう、みんなやっぱりココに居たか」
まるで昔からこの学校で働いていたかのように勝手知ったる顔で、つかつかと皆が座っている所まで歩いて来たオクウミは、一枚の紙を差し出した。
「私こと奥海灯は、本日付けでこのオカルト研究部の顧問に正式に就任する事となった。
みんな、よろしく頼むな」
「え!?」「マジっすか!」
確かにさっき山科が言っていたように、オカルト研顧問が他部顧問と兼業であるよりは、改めて新しい顧問が来てくれると部活動的にはありがたい。
それをシアラがとても残念そうな顔をしていたがオクウミは素知らぬ顔で続けた。
「もちろんこれは、シアラかも聞いているとは思うが君達を守る為の措置だ。
色々面倒な事があるかも知れないが、全力で君達のフォローをするので我慢して欲しい」
むしろ我慢しなければならないのはシアラの方だろうか、と竜司はシアラの方を見て思った。
「それとだな、今日の放課後はみんな空いているだろうか?
地上での秘密拠点が出来たので紹介したいと思う」
遅れまして申し訳ありません。
次話投稿は、来週日曜日の夕方〜夜頃になります。




