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8-1 転校生

「…これより、”緊急会合”を始める」




薄暗い部屋の中で、円卓を囲んで座る男達の一人が厳かにそう宣言した。


ここは、北米大陸にある某山脈の大深度地下にある地下都市の一角に立っているビルの一室である。

以前に赤羽明日香が軟禁状態におかれていた都市とはまた別の地域だ。

都市の見た目は、明日香のいた所に比べたら全然人間らしい街並みであり、空の方を見上げなければ、あたかもアメリカの地上にある郊外の町にいるような気分でいられる。

しかし、彼らが今居る部屋はそのような雰囲気を一切感じさせない無機質なものだ。

もとより機密保持やセキュリティに気を使った設計の建物だが、さらに常時念入りな対諜報点検が行われているので、ここは地球上で最も機密が保たれる場所の一つとなっている。


その部屋では3ヶ月に一度、各国から召集された12人の軍人や政府高官が円卓を囲み、定例の”会合”が行われて各種国際的議題が話し合われる。

つまり、ここは『機関』の最高決定権を持つ集まりの一つと言って差し支えないだろう。


しかし今、その部屋には2人のゲストを含めて14人の軍人が着席していた。




「この突発的な”会合”が召集されたのは他でもない、

 先日発生した地球低軌道での正体不明機アンノウンとの艦隊戦の件についてである」


議長と思しき人物が、先般の戦闘が行われた経緯について険しい顔をしながら説明した。

部屋にある正面スクリーンにも、状況説明の補足資料や写真を投影させる。


「…という状況によって、我がアメリカ戦略宇宙軍の第6艦隊任務群は全艦が推進機を破壊されて稼働不能。

 ドックでの修理に6ヶ月以上掛かる程の被害を被り、短期での戦線復帰は絶望的となった」

アメリカ戦略宇宙軍の将校が被害状況を報告する。

しかしこの発言に、ロシア宇宙軍将校の制服を着た男が、その額に血管を浮き立たせた。

「貴殿は米軍宇宙艦隊の被害ばかりを強調されるようであるが、

 我が軍はその宇宙艦隊からの攻撃を受けて宇宙要塞を破壊させられ、要塞司令官のコルサコフ大佐以下、“戦死者”を16名も出しているのだぞ!!」

「いや、だからそれは単なる事故だと言っているだろう。

 敵艦が来襲したとき、当方の防御弾幕と敵艦の延長線上に偶然貴軍の宇宙要塞があったからに過ぎない。

 そもそも貴軍が戦域から撤退しないのが悪いのではないか」

「何だと!?あくまでもシラを切るつもりか!!

 米軍はこの事態を奇貨として我が軍の戦力を削ぎ落とそうとしたのではないのか!!」

「そちらこそ、正体不明機アンノウンに対していきなり特殊兵器を投入したではないか!

 これは『機関』協定違反である!」

「何おう!?貴様!!」


「まあまあ、落ち着いて…」

議論が荒れるのをなだめようと、議長が両軍の将校に向けて手を掲げた。

とにかく、このままでは米露がまた対立という状況に陥りかねない。

議長は、次の議題へと話を切り替えた。


「とにかくこの正体不明機アンノウンに関して言えば、

 半月程前に、米本土のグルームレイク基地上空にて空中戦が行われたのが、最初の遭遇例かと思われた…が」

と、ここで議長が言葉を区切った。

「実はそれに関係すると思われる興味深い事象が、その空中戦より2日前に月面基地で、また1日前には日本国内で発生していた事が新たに分かった」

議長が円卓の真正面に座る人物に目を向けると、そのアジア系と思しき米軍士官が立ち上がった。


「アメリカ国家安全保障局パズル パレスのシマザキ大佐と申します。

 本件の統括を担当する事になりました。宜しくお願い致します」

その士官は、日系人らしく恭しい一礼を議場の全員に向けて行った後、手にした書類をめくった。


「まず、最初に月面基地で発生した事象について状況説明致します。

 その前に、ここで重要参考人を連れて来ておりますので、ご紹介致します」

「アメリカ戦略宇宙軍深宇宙軍団第2月面派遣部隊所属のウィリアムスン中佐と申します!」

シマザキ大佐の隣に座っていた士官がバッと立ち上がり、その鋼のような体を直立不動にさせて敬礼した。

「ではウィリアムスン中佐、説明を」

「はっ!!」


緊張の為か、ウィリアムスン中佐は若干額に汗を流しながらも月面で発見した巨大遺跡の件、そしてそれにまつわる赤羽明日香という月面派遣研究員の事を話した。




「つまり、その赤羽という研究員が何か重要な鍵を握っている可能性が高い、と?」

「ええ、そういう事になります。

 かえすがえすもグルームレイク地下基地のジェイコブ技術分析部長が暴走を起こさなければ、事象の解明が進展していたのでしょうが、残念です」

「で、その赤羽研究員をグルームレイクで奪取していったのが例のアンノウンというわけか」


「その通りです。

 そしてそのアンノウンのアジトと推測されるのが…

 日本国の東京都、多摩地方です」


正面スクリーンに、多摩地方を上空から撮影した写真を投影させた。

「実はグルームレイク戦の2日程前に、未確認飛行物体がこの付近へ向けて大気圏突入し落下したとの情報がNORADのほうより寄せられましたので、在日米軍内のエージェントを派遣して調査に当たっていました」

「ああ、我が軍の第2艦隊所属戦闘機隊が落としたと報告のあった未確認飛行物体か。

 あの時は、報告では結局ただの小惑星らしいとしていたが…」

アメリカ戦略宇宙軍の将校がつぶやいた。

「実際は、何らかのカモフラージュをしていたアンノウンだったようです」

「で、そのエージェントは何かを発見出来たのかね?」


シマザキ大佐はスクリーンの画面を切り替えて、とある遺跡の外観写真を見せた。

「こちらはその多摩市にある稲荷山古墳という古代遺跡です。

 およそ1400年前に建造された、当時の地方豪族の霊廟と思われます」

スクリーンが遺跡内部の写真に切り替わった。

「我が部局の”能力者”が、そのアンノウンからエイリアンらしき存在がこの地に降り立ったらしいと報告しました。

 そこで我々は早速、回収部隊を急派させたのですが…」

「何かあったのか?」

「はい。まず遺跡を周辺含めてくまなく調査したのですが、何も発見出来ませんでした。

 またその遺跡が人口密集地のど真ん中にあったため、周辺住民とのトラブルに発展しかけましたので、一度撤収せざるを得ませんでした。

 そして一旦撤収した後に我々は新たな回収部隊を編成し、当地に送り込みました。が…

 奇妙な、アンノウンと呼ぶべきか判断のしかねる空中からの”触手”や”音波”などによって、我が方のエージェントも、軍用ドローン類も全て機能不全に陥ってしまいました」


「何だそれは?」

「ええ、我々もその後何度も調査員を送ったのですが、再び同じ目に遭ってしまい、調査の続行は不可能でした。

 しかし、手掛かりは幾つか得る事は出来ました。

 まず、遺跡内に複数の足跡が発見され、これは10代から20代位の若者数人が直前まで侵入していたと考えられました」

「その若者達は見つかったのかね?」

「いいえ、残念ながら。

 ただもう一つ、重要な情報を確認しております」


スクリーンに、明日香のIDカードと写真が表示された。

「こちらをご覧下さい。彼女が例の赤羽明日香研究員です。

 日本の東京都出身、マサチューセッツ工科大学を卒業、その後アメリカの宇宙関連企業に就職した後にスカウト。

 月面のアルファ基地に赴任され先日まで1年8ヶ月ほど勤務、現在27歳」

シマザキ大佐は彼女の経歴を朗々と読み上げた。

「そしてここからが重要ですが、彼女に対して『機関』からのスカウトを仲介したのが、

 日本の内閣情報調査室・特別事象調査分室調査員、赤羽由佳子。彼女の叔母にあたる人物です」


由佳子のIDと写真が表示される。

「赤羽由佳子の家族ですが、夫として同じく特事調に勤務していて現在は公安調査庁に所属する赤羽正樹がいます。

 その子供が三人。中学1年の赤羽春乃、小学6年の赤羽沙結、そして今年高校2年の赤羽竜司」




「ほう…興味深いな」

議長が座っている椅子をわずかに揺らした。


「この赤羽竜司は現在、都立野猿高校にて就学中です。

 また彼は、『オカルト研究部』という文系クラブの部長をしており、その構成員に同学年の男女生徒数名がいます」

「なるほど、彼らが今回のアンノウンに何らかの関わりがあると言うのかね?」

「その通りです。その可能性が高いと我々国家安全保障局は判断致します」


「しかし、大掛かりな調査を行おうとしても、その得体の知れない妨害を受けるのだろう?」

「ええ、今までのやり方ならそうでした。

 しかし今回、新たに特殊工作員をその高校に派遣して諜報活動を行う事を決定致しました」


スクリーンの写真がまた切り替わった。

その工作員の顔が映し出される。




「既に、野猿高校には転校の手続きをしております。

 彼女は、赤羽竜司の同級生として『オカルト研究部』及び彼と接触し、

 場合によっては、彼女の”能力”によるハニートラップを用いてでも情報を探り出す予定です」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




キロネやサーミア達が亜宇宙軌道上で戦った日から一週間が経った。

季節は何事も無く巡り、すでに5月に入って温かな天気が続くようになった。




「ゴールデンウィークも、ほとんど例の活動で潰れちまったなぁ」

竜司がため息をついた。


「あら、その活動中とても生き生きしていたのはどこのどなたかしら?」

神崎が微笑みながら竜司を茶化した。

「へっ、そういう神崎こそメチャクチャ張り切ってオクウミさんやシアラ達と、打ち合わせや調査とかやってたじゃねーか」

GW開けの平日最初の日、通学路で神崎とこんな掛け合いをするのも久しぶりだ。


「ああ、そう言えばシアラの奴、何か昨日は変じゃなかったか?」

「変?とは何かしら」

「なんか俺らに対する反応が変だというか、妙にこそこそ何かやってるような気がするというか…」

「それは、普段の赤羽くんそのものでしょう。自己投影なのかしらね」

「おい、それじゃ俺はいつも不審人物みてーじゃねーか」

「まあ見た目は不審そのものね。いつぞやは勝手に遺跡の中に入っていくし」

「それってシアラ助けた時だろ、俺達が助けにいかなきゃシアラはヤバかったかもしれねーんだぞ」

竜司がぼやいた。

「それに神崎だって、そんな俺達の行動をストーカーしてたじゃねーか」

「あっ…あの時は、アレよ!赤羽くん達を見張ってないと何をしでかすか分からないからよ!」

反転攻勢を受けた神崎が少し顔を赤らめながら反論する。

「へーそうか、わざわざ生徒会活動をほっぽり出してまで見張ってなきゃいけないのかねぇー。

 …遺跡と言えば、さ」

「何かしら?」咳払いをして顔の火照りを抑えながら神崎が応えた。


「あの時、俺達が撤収した後すぐに正体不明の軍隊みたいな連中が遺跡にやってきてたって神崎が言ってたろ?

 それに、その日の夜にも同じような軍隊と言うか工作員みたいな連中がこの街付近に押し寄せてきてたよな。

 まあその連中は例の”防衛免疫システム”が駆除してくれてたけど」

「今はもう『ラライ・システム』だけれどね」

”防衛免疫システム”は、ラライ5-7-2が掌握してからは改名して『ラライ・システム』と呼んでいる。


「だけどさ、あの連中はまだ諦めてねぇような気がするんだよな。

 今後もこの街や俺達に対して、何か仕掛けてくるような気がしてならねえんだけど」

「…まぁ、少し考えれば当然の事でしょうね。

 あの人達が、その『機関』と呼ばれる超国家組織の部隊であるなら、今後も警戒しておくに越した事はないと思うわ」


二人は、話しながらも住宅地の空き地が多いエリアに差し掛かった。

「実は、先日似たような事をオクウミさん達に話したのだけれど、オクウミさん達も同じ事を懸念していて、至急対策を検討していると言っていたわ。

 『ラライ・システム』もその一つという事らしいわね」

「その通りです=」

「へぇ、その通りなんだ…ってえええええ!?」

竜司は、二人の話にさりげなく入って来た声の持ち主に仰天した。


「おはようございます=、赤羽竜司様=神崎由宇様=」

話しかけて来たのは、空き地の草むらの中に潜んでいた猫だった。




「ね、猫…じゃなくて、お前はラライ5-7-2なのか!?」

二足歩行で竜司達の方に向かって歩いてくる、そのキジトラ模様の猫に竜司は目を丸くした。

「いいえ=私はラライ5-7-2の眷属である人工生体端末の一つです。

 ラライ5-7-2の補足実行を担う存在として=『ラライ・システム』のリソースを用いて具現化されました=ちなみに私に名はまだありません=」

はぇー、と竜司が感心していると、隣の神崎が全身をプルプルと震わせはじめた。

「え…?か、神崎さん?」

「…っか」

「か?」


「かぁっっっっっわいぃいいいいいい!!!」


突然叫んだかと思うと、神崎がその猫モドキ端末に向かって駆け寄り、

たちまちその猫を抱き上げて頬をスリスリし始めた。

「ぅわ、ちょ、ちょっと神崎さん!?」

「立って歩く猫ちゃんとかもう何て可愛らしいのかしらぁああああ!!」


対して猫の方は、嬉しそうな表情で神崎のスリスリ攻撃を抵抗もせず受け入れている。

「気に入って頂けて=私としてもとても嬉しいです=

 ちなみに私のような人工生体端末は=この街には他にも少なくとも数千体が活動を始めており=猫型以外にも=犬や鳥や昆虫等の動物形態や=一見して捨てられた玩具のような形態のもの=主に深夜に活動する妖精のような形態をしたものまで様々なバリエーションがあります=

 これらは皆=オクウミ様とキロネ様がラライ5-7-2と共同で作成した防衛及び環境調整用システムの一環として=他のシステム群と連携しながら外部で各種活動を行っております=」

猫が滔々と説明しているのだが、神崎は全く聞いていない様子である。


「すりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすり」




「オホン!」

しばらくその猫を抱いて撫で続けていたが、満足したのかようやく数分後に猫を解放してあげた。

神崎は制服に付いた猫の毛を払ってから咳払いする。


「赤羽くん、これは一種の親愛表現手段よ。

 猫であろうとも人工生体であろうとも、分け隔てなく親愛の情を表現する万国共通の手段であって」

「はいはい」

「オホン!...まあ、私はオクウミさんからこの件についても事前に話を聞いていたのだけれど、彼らのお陰で私達も外で気兼ねなくこうして機密事項を話す事が出来る、という事ね」

「なるほどね。確かに俺らって割と気を使わない質だけどさ」

「俺ら、じゃなくて赤羽くんがね」

「まあ=そういう事で私達は皆さんの外での活動を=出来る限り支援していく所存です=」

「宜しくお願いしますね」

「頼んだぜ!」

「はい=承知しました=」


「あら、もうこんな時間だわ、とんだ道草を食ってしまったわね。

 全く誰のせいかしらね」

「神崎がスリスリしまくってたせいだろーがよ」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




二人が学校に着くと、それぞれ別々の教室に赴いた。

ちなみに竜司が2-1、神崎が2-2である。


野猿高校も少子化の煽りを受けて生徒数が減少の一途をたどり、一時は一学年6クラスあったのが、今では3クラスになっている。

ちなみに多摩市自体、ニュータウンの建設ラッシュの時は人口がうなぎ上りに増加していたが、今ではニュータウンの構成人員が高齢化していき、最初期に建設された地域では、さながら全体が老人ホームの様相を呈して来ている。

野猿高校が立地する地域では、土地の代謝がある程度進んでいるので、まだそこまでの状況にはなっていないが、

平日の昼間ともなると、どこの通りやお店に行っても老人ばかりを見かけるようになって来ていた。

しかし放課後ともなれば、近所に有名な大学が幾つか立地しているのもあり、たちまち付近の商店街や総合ショッピングセンターには若者で溢れかえるようになる。




2-1の教室に入った竜司は、既に席に座っていた東雲や山科に挨拶した。

「うーす」「おいっす」「はろー」


着席した竜司に、隣の東雲が話しかけた。

「なあ、噂なんだけどいきなり転校生が来るらしいぜ?」

「へぇ、転校生だって?こんな時期に?」


転校生自体は割と珍しくない、というのも多摩市には多摩センター付近を筆頭にして、割と有名な企業の支社や研究施設が多く立地し、その企業の人事異動によっては家族ごと引っ越ししてくる事もよくあるからだ。

しかし、ゴールデンウィーク直後の転勤・転校というのはちょっと珍しい部類だ。




本令のチャイムが鳴った。

相変わらず白髪だらけのボサボサ頭にジャージ姿の担任教師が教室に入ってくる。


「起立、礼!着席」


いつもと同じようなHRが始まる。

と思ったら、その教師の一言によって教室の空気が一変した。

「HRを始める前に、今日新しく入って来た転校生を紹介する!」


「先生、男ですか女ですか?」

前に座っていた女子生徒が訊いた。

「ん、女の子だ」

教室はたちまち歓声が沸き上がった。軽く口笛を吹く者もいる。


「何だかなぁ…コイツら典型的なノリ過ぎるだろ」

竜司は若干気が滅入るような感じでため息をついた。


「じゃ、さっそく入って来なさい」

と、そこで竜司は何となく、ある意味イヤな予感がした。

「何だろう…典型的と言えばスゲエ既視感のある光景なんだけどさ」

「何が?」東雲が聞き返した。

「だってさ、こういう時の転校生と言えばラノベやマンガでお約束なんだけど…」




そして、教室へと静かに入って来た女子転校生に

教室の全員が息を呑んだ。

何しろ肩甲骨付近まである艶やかな髪は少し紫色に輝き、瞳の色も若干紫色を呈していて、抜けるような白い肌、幼げながらよく整った顔立ち、だけど若干無表情気味のその顔は ー ー ー



竜司はその顔を見て、そのイヤな予感が的中したのを思い知らされた。




「シアラ!?何でココに!?」

遅れまして申し訳ありません。


次話投稿は、来週日曜日の夕方〜夜頃になります。


※6/16 文章を一部改修しました。

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