7-2 レイウァ計画発動
眼前の上半分には漆黒の空が広がり、下半分は真っ青な光で満ちていた。
しかし、その青い世界は足元付近を境界にしてその輝きを急激に減らし、漆黒に戻っていく。
その境界付近は橙色の帯に縁取られていた。
カロン・キロネはその光景を堪能しつつ、その手はせわしなくコンソールを操っている。
彼女を乗せた宇宙船は地球の衛星軌道上、高度600km付近の亜宇宙を遊弋していた。
「よし、座標設定完了。走査感覚子起動開始」
キロネは、宇宙船内のコンソールを操り、情報の入出力をしていった。
メインスクリーンには、日本列島の姿が映し出されている。
しかし操作によって、列島のシルエットに別の模様が重なっていく。
「天然資源の分布状況…生態系の活性傾向…環境汚染の範囲…」
どうやら、日本列島における各要素を表示したマップであるらしい。
キロネは、画面に表示されている模様から情報を次々に読み取っていった。
小一時間ばかりが過ぎて、キロネはようやく一息ついた。
「ふむ…大体目星は付けたな」
キロネがざっと見た所、まず日本列島における環境破壊や汚染の状況は、思ったよりは酷くない事が分かった。
以前に赴いた別の世界線では、国内での大災害や大事故に加え、世界的規模の戦争や環境破壊が日本列島自体に深刻なダメージを加えていたので、修復させるのに相当の苦難を要した。
それに比べれば、正直全く大した事はない。
ただ、やはりと言うべきか。
数年前に発生した東日本大震災と原発事故の爪痕は様々な影響を各方面に残していた。
大震災による地殻内のエネルギー負荷分布状況は、次の大地震発生まで間もない事を示している。
また、原発事故による放射性物質の拡散は、人々への心理的影響を含めてかなり深刻だった。
何よりもこの問題をまずどうにかしないといけないだろう。
『計画司令部、こちら『ヒューコン=伍』号。
作戦準備が完了した。送レ』
キロネは地上にいるオクウミ達に通信を送った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
キロネが送ってきた情報を全て『ディアマ=スィナ』号で受信すると
オクウミは、それを正面の大型3Dスクリーンに投影させた。
「うぉっ、すげー」
竜司が感嘆の声を上げ、東雲も軽く口笛を鳴らした。
今、オクウミや竜司達全員がいる場所は、正確には『ディアマ=スィナ』号ではなく、多摩市上空数十~数百m程を網羅する”防衛免疫システム”内にある、空中に漂う建造物である。
オクウミ達はシステムを約二千年ぶりに本格的に活性化させ、様々な機能を復活させた。
その内の一つが、この空中に浮かぶ巨大な司令センターなのだった。
「なるほど、分かりやすいですね」
神崎が正面スクリーンの情報表示を見て、そう評した。
「うむ、ここには主に日本列島を常時全体表示させ、そこに各種情報をレイヤー表示させている。
それ以外にも補足情報は横にある小ディスプレイにその都度表示させておくようにした。
当面はこのシステムを用いて、計画の運行を管理・司令できるだろう」
オクウミが頷いた。
「っつーか、アメリカの軍事作戦司令室とか、NASAの管制室とかみてーだな」
大型スクリーンの手前には、横に連なる制御卓があり、オクウミの部下であるオペレーターが何人か着席して情報収集や分析を行っている。
その中にはオクウミの副官であるイゴルもいるが、こちらに居るイゴルは仮身体であり、実体の方は『ディアマ=スィナ』号内で船の指揮を執っていた。
「しかし、ここはちょっと落ち着かねーな…」
と竜司が苦笑する。
なぜなら、部屋の壁が半透明になっていて空中からの多摩地方の夕景が全周でほぼ丸見え状態になっているのだ。
当然、床も透過状態で、すぐ真下に赤羽邸の屋根が見える。まるで自身が空中に浮かんでいるように錯覚する。
何しろここは、赤羽邸から50m程真上に存在しているのだ。
また、この大部屋のすぐ脇に『ディアマ=スィナ』号や『フィムカ』号が横付けしているのも見える。
それ以外にも、この空を縦横無尽に纏うチューブや小施設・機械群が街の風景とオーバーラップして見えるのだが、街に住む一般の地球人には特殊体質でもない限りは見えないように光学迷彩してあるのだろう。
「お加減が=良くないのですか?=赤羽竜司様=」
「あ、い、いいや大丈夫だけど…」
壁のどこかから、ラライの声が聞こえる。
何しろこの部屋の全て、いや”防衛免疫システム”の全機能はラライ5-7-2が全て管理している。
ラライは、古代遺跡であるこのシステムと接続してほぼ完全に掌握する事に成功したのだ。
システムが元々個性を廃した形で作られてあったから、ラライが管制下に置くのは容易だった。
ポーンポーンポーン、とアラームが大部屋に鳴り響いた。
正面の大型スクリーンには、日本語で「レイウァ計画:全準備完了」と大きく表示される。
竜司はそれを見て、先日の会議を思い出した。
* * * * *
「何ですか?その…レイ、ウ何?」
「いや、レイウァ、だ」
「何かの名称か暗号ですか?」
「うむ、これは日本の年号だ。ヘイセーの次だったか」
「年号?」
全員が、顔を見合わせた。
「とすると平成時代、終わっちゃうの?」山科が首を傾げた。
「ちょっと待って下さい、現在の天皇陛下は、勿論まだご存命ですし、退位の意向はあるという話ですけど、いつどうして年号が切り替わるのでしょうか?」
神崎も畳み掛けるように質問した。
「あー、いや私も起源世界線の歴史を基準にして話しているだけだが
こちらの世界線でも、あと数年でご存命のまま退位されて現皇太子が即位するだろう」
ご存命のまま退位、と聞いて全員がほっとする。
「で、次の年号がそのレーワー?だっけ」
「正確には、21世紀日本語でレ・イ・ワ、と発音したはずだったが。
漢字ではこう…だったという」
相変わらず、未来の出来事を過去形で説明するオクウミ達には未だに慣れないものの、オクウミが目の前で3Dにて表示させた年号に、全員が凝視した。
「なるほど…漢字で令、それに和か。うーむ、なかなか見慣れないな」
正樹が唸った。
「あら、良い名称じゃない。やっぱり日本と言えば和だし」
由佳子がそう評する。
「で、その年号がどうしたんですか?」
「うむ、やはり起源世界線ではその年号の期間に、異星人種の地球侵攻による世界滅亡が来てしまった。
従ってその年号について、我々の先祖にとって一時期はとても忌まわしき名称として忌み嫌っていた事もあったのだ」
「なるほど…俺達が昭和とかに抱く気持ちとはちょっと違うが、分からんでもねえな」
正樹が言い、それに全員が頷いた。
「だが、今回この世界線においては、それを忌まわしい記憶から解き放ち、良い時代として改めて歴史に刻むべく、願いを込めてこの名称を本計画名としたい。
すなわち、『レイウァ計画』とする」
オクウミが、命名の意味についてそう諭した。
* * * * *
「支部長、指令を」
イゴルがオクウミを促した。
「ああ、それでは…コホン」
オクウミが少し姿勢を正して軽く咳払いした。
「それでは『レイウァ計画』を発動する」
オクウミが右手を前に差し出し、そう宣言した。
すると、アラームが再びポーンと鳴り、正面の大型スクリーンの文字が一新され
「レイウァ計画:発動開始」と大きく表示された。
それに伴い、他のスクリーンも次々に表示が切り替わり、にわかに画面の光量も上がったように見える。
また、画面の手前に並ぶ制御卓の動きも連動してせわしない動きを見せた。
「れっつごー」山科がオクウミに合わせ、腕を軽く振り上げた。
「おおっ…なかなかこう言う演出は気分が高まってくるもんだな」
東雲がつぶやき、それに竜司も同意する。
「ああ、ワクワクするな」
「こういった事は儀式的な意味が大きいのでしょうけど、それでも必要だと感じるわね」
神崎も頷く。
すると、程なくして再び軌道上のキロネから通信が入った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
『計画司令部、こちら『ヒューコン=伍』号。
支作戦「キノエネ」第一段階に入る。送レ』
『『ヒューコン=伍』号。計画司令部だ。
作戦開始を許可する』
通信を受けたキロネは、両腕を胸の前に構えて、軽く気合いを入れると
宇宙船内に格納されている各種ドローン群から、量子トンネル効果励起装置が装備されている一群を起動させた。
「発射用意…発射!!」
宇宙船から放たれたドローン群は、しばらく自由落下を続けた後に自動制御によって軌道上から日本列島の地殻内へのワープを順次開始した。
「メインは南海トラフなんだよなー。
あと関東地方と、内陸部にも幾つか送り込んでやるか!」
例のドローンは地殻内マグマの位置エネルギーや熱を量子トンネルで異次元空間へとガス抜きさせる事で、地震へと至る圧力の偏差を低減させる事が出来る。
現代の科学水準からすると隔絶したテクノロジーだが、銀河帝国ではキロネ達のような専門家によって、それらを用いて天体のテラフォーミングを簡易かつスピーディーに行う事が可能である。
「で、もう一つは…っと」
今度はナノマシンが封入されたタンクから、幾つか選別してドローン群に搭載した。
『続いて支作戦「キノエイヌ」第一段階を開始する』
キロネはそう宣言すると、それを今度は東北地方から関東地方付近に向けて放った。
「よしよし、これで放射線値もしばらくすれば下がるってもんだな」
キロネが先ほど放ったのは、不安定な放射性核種を安定した物質に核転換するナノマシンである。
これにより、現在東北地方南部から関東地方の一部にかけて土壌に沈着する放射性核種を地球人に一切知られずに無害化させる事が出来る。
もちろん海中に向けても放っているから、海洋生物への影響も格段に減るだろう。
農産物や水産物に関わる人達にとっては大助かりだろうが、猜疑心を持った人達にとってはガイガー計器の故障だの陰謀だのと言って信じてはくれないだろう。
しかしそういった問題に関しては、「キノエイヌ」作戦第二段階以降で対応する事になる予定だ。
キロネは操作を行いながら、先日の分科会での一幕を回想していた。
* * * * *
「じゃあ、オレが議長を務めるカロン・キロネだ!宜しくなー!!」
議長席に座っていてもやはりチンマリした見た目の狐耳をした少女が、威勢良く声をかけた。
キロネを初めて見る正樹が目を丸くしている。
「あー、じゃあお嬢ちゃんが環境工作の担当になるのかな?大丈夫かいお嬢ちゃん?」
若干半信半疑な面持ちの正樹が、まるで小さな子供に接するかのような優しい言葉使いでキロネに話しかけた。
するとキロネは狐耳の片方をピクッと震わせた。
「おい!お主はオレの事を今バカにしただろ!?」
「えぇ?い、いやぁバカになんてしてないさ。ただお嬢ちゃんにはちと荷が重すぎないかと心配になってね」
今度はキロネの両耳がピクピクと小刻みに震える。
「ぃやっぱりバカにしやがったなぁー!!」
「まぁまぁ、落ち着いて」
正樹に掴み掛からんばかりの勢いで激昂するキロネを隣のサーミアが押さえた。
この場には、他にオカルト研の全員と明日香がいる。
春乃と沙結は、オクウミが話している時から、難しい話と言う事もあって眠くなってしまい、また学校から出ている宿題をやらねばならないのもあって、この場は離脱していた。
また由佳子も、家で皆の分の昼食を作ると言うので二人と一緒に一旦抜けている。
「…で、地球環境と資源問題についてだが」
とりあえず気を鎮めたキロネが、全員を見回した。
「基本的な方針は、まず日本列島における環境修復と災害の未然防止が第一!
最悪、地球が滅亡しても日本列島だけは何事も無く守りきるぜ!
そんでもって余裕があったら、地球環境全体の修復もついでにやるって事で、おーけー!?」
全員がそれを聞いて目を丸くした。
「へー、すごい大胆」山科がある意味感心した声を上げた。
「ちょっと待って下さい…日本列島だけを守りきるというのは、どういう事でしょうか?」
神崎が当惑した表情で質問する。
「だって、そりゃそうだろー?
俺たちは同じ日本人、もしくは日本人の系譜を受け継ぐ者なんだぜ?
だったら何よりもまず日本を優先するのは当然だじゃーねーか!!」
「…フフッ、クックック、アッハッハハハハハハ!!」
突然笑い声をあげたのは正樹だった。
「うえっ?どーしたんだよ父さん…」
「ハハッ、だってこんなに愉快な事もあるまいって。
日本が第一か、確かにそりゃそうだよな。
キロネお嬢ちゃん、アンタなかなか良い性格してるよ。気に入った」
「俺よりも若いお主にそう言われても、何か複雑な気分なんだよなー…」
キロネは竜司とともに微妙な顔をして、正樹を横目で睨んでいた。
「じゃあ、特に環境面でどうして欲しいかどしどし言ってくれ!」
「はーい」と山科が手を挙げる。
「はいっそこの山科くん!」キロネがどこかの教師みたいな妙な調子で指名した。
「えっと、まず日本って地震多いよね?この前も大震災起きたしさ。
これって銀河文明パワーでどうにかならないの?」
「地震を止めて欲しいという事かしら。
でもそれには地球物理学的な構造に手を加えることになるわよね。だとすると、かなり大掛かりになるし他方での影響も出るのではないのかしら」
神崎が顎に手をやって常識的な指摘をする。
「いやいや、神崎くんそれが可能なんだな!」
チッチッと人差し指を横に揺らしてキロネが胸を張った。
「技術的な説明は後にするけど、オレ達はその技術で天体改造なんか朝飯前だからな!」
「天体改造?」
「あー、地球化改造とも言うかなー。
内部まで完全に冷えていて天体物理学的には”死んだ”天体なんかを活性化させて地球みたいな構造運動を励起させる事は、オレ達みたいな”トヨアシハラクニ”の人間にとっちゃあ子供にだって簡単な事なんだぜ!
オレ達の学校では、一人一個の小惑星を与えてそれをどう改造するかを教科にしている所も多いしな」
「マジかよ、スゲえな…」
正樹が絶句し、天を仰ぐ。
「何と!つまり自分だけの星をまるまる一つ造り上げられるって事か!
色々な野望が膨らむではないか!」東雲が興奮する。
「マインクラフトとかシムアースみたいなのも可能なわけね」
神崎も興味深そうに頷いた。
「そうだ、俺からもいいだろうか?」
「はいっそこの東雲くん!!」さっきと同じようにキロネが指名した。
「震災で思い出したのだが、その時原発事故も起きたんだよな。
今でもそのお陰で、一部の地域では今でも避難し続けなければならないし、それに放射能の影響は風評被害というか実被害というかが出続けてる。
未だに東北各県では観光客も戻らないというし、それどころか人口流出が続いてるんだ。
更にはネット上では誰か有名人が急死したり病気になったりすると、すぐに「放射能ガー」で炎上するし、こういうのもどうにかしたいものなのだが…」
「ふーむふむ、確かにそれは一大事…」
と、見た目的には全くふざけてるとしか言えないような大仰な態度で頷いたキロネだが
「心配するな!!オレ達に任せておけば万事解決!!」
と先ほどと同じジェスチャーで自慢げに語った。
「ほう、お嬢ちゃん。放射能って何だか本当に分かってるのかい?
一部の放射性核種なんか、半減期までに数万年掛かるとまで言われてるんだぜ?いわゆる”核のゴミ”の処理方法ってのは、世界中が頭を悩ませてる問題なんだ。
幾ら何でもそんなに簡単なんて言われちゃあ…」
と正樹が反論しかけたが、キロネに制止された。
「まーまー、確かに気持ちは分かるってもんよ。
でもオレ達は色々な方法を持ってんだ。
まず一つはナノマシンを使う方法、それ以外にも…」
と、放射能問題の解決策を幾つか提示し、その後も彼らと一緒に方策を煮詰めていった。
* * * * *
「なんでマサキって奴は、オレの事をいっつもお嬢ちゃん呼ばわりするんだかなー?全く…オレの方が十倍は長く生きてるっつーの」
キロネが作業に没頭しつつ、その頭脳の別のところはどうでも良い回想に耽っていたが
ピィピィピィ!!という船内警報によって我に帰った。
「む、何だ!?
…未確認飛行物体の接近警報だって!?」
キロネが船外レーダーのディスプレイを立ち上げると、そこに『ヒューコン=伍』号へ急接近する機影が、幾つか表示された。
さらに捉えた光学映像を拡大表示させる。
画面に写ったのは、有機的な曲面を持つ鳥のような物体で
その小ぶりな真っ黒い翼には、青丸の中に白星が描かれたマークが見えた。
「ほーぅ、これは…地球人の宇宙戦闘機って奴か!?」
※5/28 20:30
誤字脱字の改修を行いました
※次回は来週土曜の夕方〜夜頃に更新します。




