7-1 新しい日常と会議
「…ふぁーぁ。眠い」
竜司は、部室の窓を開けて上体を窓の縁にもたれかかり、ぐったりしていた。
「おいおい、そんなに乗り出したらいつか落ちるぞー、赤羽」
東雲がからかう。
「…うっせ」
なんだかいつかも同じ事を言い合っていたように思うが
あの頃とは、もう色々な意味で違ってきてるんだなぁという事をぼんやり考えた。
それとも、これは今後慣れていかねばならない、新しい日常とでも言うべきものかも知れない。
何しろ、昨日はシアラやオクウミ達と、散々あーでもないこーでもないと散々議論していたのだ。
日曜だからと、昼からオカルト研のみんなでオクウミの乗艦『ディアマ=スィナ』号に乗り組んで、様々な議題について話し合いをしていたら、いつの間にか夜遅くになってしまった。
しかも竜司は、自身が宿題をやっていなかった事をすっかり忘れていたので、それから宿題を片付けていたら、いつの間にか明け方になっていたという次第である。
「で、宿題は無事提出できたのかしら?」
いつの間にか我が物顔で、部室にわざわざ持ってきたティーセットに紅茶を入れて啜る神崎が竜司を一瞥した。
「あったりまえだ。抜かりはない」
「そんな焦点も合わないような目で言われても、説得力に欠けるわね…」
「まーいつもの事だしねー」
山科も神崎に同調しながら紅茶に口をつけた。
ちなみに山科はマイマグカップで神崎に紅茶を入れてもらっている。
竜司と東雲は持ち合わせがないので、紙コップのままだ。
竜司は再び外に目を向けた。
校庭では、サッカー部が新入部員を相手に新人特訓のメニューを始めている。
それ以外の部活でもおおよその所がもう新入部員を確保し終えた状況だろう。
「そう言えば、オカルト研の新入部員獲得のメドは立ったのかしら?」
神崎が、竜司の目線を追いながら問いてきた。
「…あー、まだだ」
「まったく…はぁ」
神崎が額に手を当てて嘆いた。
「これだから貴方達は…募集ポスターの1枚でも作ったらどうなの?」
「それを言ったらおしまいですよ神崎さーん、
4月の頭にポスターを校内掲示板に貼ったら違法だとビリビリに破いたのはどこのどなたでしたっけ?」
「あっ…」と神崎が一瞬ひるんだが、すかさず
「それはあのポスターがA2版もある大きなものだったからでしょう!
掲示できるポスターの規定はA3までだったはずよ!」
「ええぇ…なのでそれ以来自分達はポスター作る気力も失せたんですけど」
「良いから、つべこべ言わずすぐに作り直しなさい」
「はいはいっと…」
竜司と東雲は、部室の隅にある棚から藁半紙を何枚か取り出してしぶしぶ下絵を描き始めた。
あとで職員室にあるカラーコピー機を借りて拡大印刷すれば済む。
ちなみにA2版の時は、A3用紙を2枚貼り合わせて作っていた。
「そいえばさー」と、山科は相変わらずスマホをぽちぽち操作して株取引めいた事をしながら神崎に訊いた。
「もし新入部員がやってきたら、私達の秘密を明かすの?」
「そうね…」と神崎は顎に手を当ててしばらく思案すると
「その人にもよるとは思うわね。
もし信頼できて口が固いようであれば、シアラさん達の事を明かしても良いとは思うわ。何しろ、オクウミさんの言う通り私達には手が足りないのだから」
「じゃあ、信頼出来なかったり口が軽い人とかだったら?」
「もしそうなら、もちろん簡単に明かすわけにはいかないけど、少なくとも暫くは部員の頭数として利用させてもらう、と言う事になるかしらね」
「ふーん、まぁ仕方ないっか。
いー人だといーねー」
「ええ、本来なら人手不足の折、誰でも来て欲しい所なのだけれど
事情があるだけに仕方ないわね」
神崎達の話を聞きながら竜司は昨日の事を思い出していた。
(人手不足というのなら、例の計画というのも壮大すぎて、一体どれだけの人数が必要なのか見当が付かなすぎるんだけどな…
普通に考えたら、俺達の手に負えないってのはすぐに分かる話だ。まあ能力の事を勘定に入れたら、どうにかならないでもないかもだけど…)
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
昨日の『ディアマ=スィナ』号会議室内では
全員が集合して円卓の席に座ると、オクウミが開口一番でこう宣言した。
「時空探査局幹部会合に於いて、本計画が承認されました」
その言葉に、サーミア、キロネ、シスケウナは頷いていたが
竜司達は目を丸くした。
ちなみにここには、オカルト研の面々以外にも竜司の両親、春乃に沙結、それに明日香も同席している。
明日香の体調も、この頃は会合に出席できる程度には回復していた。
「その…計画というのはアレかな、例の日本救済とかいう。
なら、早速概要を聞かせてくれまいか」
竜司の父親である正樹が発言する。
正直、彼にとってこういう場は未だ慣れない。
明らかに見た目が異星人ぽい風体の人達と同席しているとあれば尚更である。
「もちろん、その為に全員集まってもらっていますので。
それではイゴル、準備を」
イゴルと呼ばれたオクウミの副官は、オレンジのメッシュが入った短髪を時折撫で付けながら、円卓から離れたところにある操作盤でスクリーンの操作を始めた。
側には例のラライ5-7-2も付き添っている。
すると、円卓の中心がにわかに光り始め、そこから複数の画面が3D表示にてポップアップした。
「現在、この地球、そして日本には異星人による地球侵略という危機が迫って来ています。
それを未然に防ぎ、またそれに対応出来るだけのパワーを、まず日本という国や社会に付けさせる必要があります。
何しろこの世界における諸外国は”機関”により完全に支配されているのですから」
正樹や由佳子、それに明日香もその言葉に頷く。
「しかしこの国には現在、環境破壊/国際紛争/経済や社会の衰退など、非常に多くの問題が蓄積しており、それを一つ一つ解決していかない限り、地球侵略に独力で対抗する事はとても叶いません。
従って、我々が密かに工作を行い、日本という国や社会をバックアップしていく必要があります。またそれと同時に、地球に迫る直接的・突発的な脅威をその都度取り除かねばなりません。
ただ、それらの問題は他の問題と複雑に関係して絡み合っていて解きほぐすのは大変です。
そこで、我々は幾つかの要素に切り分けて問題の解決に当たる事とします」
画面が切り替わり、各項目が箇条書きで記されて表示されている。その横には3Dの補足画像もある。
「(火之題)対地球外問題
これは、現在地球に侵入している”グレイ””レプティリアン”を始めとした異星人連中に関係する問題です。多分に政治的・軍事的要因が強く、よって解決方法もそれに準じたものになるでしょう。
(木之題)地球環境・資源問題
もちろんこれは主に地球温暖化や環境汚染、それに基づく生態系の変異や生物種の絶滅と言った問題です。農工業など産業関連の問題と深く関わりがありますが、ここでは独立した扱いとします。
(水之題)政治・社会問題
これは、本来は全ての国家について…と言いたい所ですが、全てについて解決させるのは困難です。よって、我々の優先順位としては日本国内に絞って対応して行きます。
(金之題)経済・産業問題
やはりこれは当分は日本国内に限り、日本の経済産業を新たに振興させていくという手法を取ります。それに関係して科学技術の振興も同時に行っていく必要があるでしょう。
(土之題)人口・人材問題
これについては、地球全体では人口が増加しているのでその抑制…という訳ではなく逆に、今後少子高齢化によって歪な減少傾向となるだろう日本においての解決策を講じるものとします」
オクウミが話すそれらの事項を眺めていた竜司達は、しばらく沈黙していた。
正樹などは、やや日に焼けた顔を渋面にしたままである。
ややあって、正樹が口を開いた。
「うむ…問題を大きく切り分けて対処するのは分かったのだが…
果たしてこれらを、我々だけで解決する事が本当に出来るのだろうか」
「出来ます」と、オクウミは言い切った。
「我々にはそのノウハウが蓄積されています。
今までも、多くの世界線で日本もとい地球を救ってきた実績があるのですから。
ただし、それぞれの詳細については、どの世界線もそれぞれ事情が異なっていますから、それらは各分科会の担当者で詳細を綿密に詰めていくのが良いでしょう」
続いて竜司の母親である由佳子が発言した。
「そう言えば、ロードマップについてはどうするのでしょうか?
肝心の、いつまでに何を決めて何を終わらせる、というタイムテープルを大まかにでも設定して頂かないといけないと思いますが」
「おっしゃる通りです。
そこで我々は、暫定的に5年後を目処と考えております」
「その根拠は?」
「…異星人種による地球侵攻の可能性が飛躍的に高まる時期が5年後だからです」
「…!」
全員に、言葉にならない驚愕が広がった。
竜司達も、互いに目を合わせあっている。
「それは確実なのですか?」
「いいえ、この世界線において確実だとは言えません。
ただ、我々の起源世界線においては、その日時ははっきりと申し上げられませんが、その頃に地球侵攻が開始されたのです。
そして、今のところこの世界線と起源世界線との差異は少なく、ほぼ順調に起源世界線と同様の歴史を歩みつつあります。
…もちろん、我々による干渉を別にして、ですが」
「なるほど、分かりました。
何れにしても、その地球侵攻を未然に防ぐためにも、私達が何とかしないといけない訳ですね」
「おっしゃる通りです」由佳子の言葉を聞いて、オクウミが微笑んだ。
「それでは、各担当区分を発表致します。
(火之題)を私ことオクウミが主でシアラが補佐、(木之題)をカロン・キロネ環境工作特務長、(水之題)をタイカス・シスケウナ政治経済工作特務長、(金之題)をルシール・サーミア科学技術工作特務長が、そして(土之題)は私の副官であるイゴル・ウェイン一等特務士がそれぞれ担当する事となります」
オクウミの言葉に、キロネはガッツポーズをし、サーミアは優雅に微笑んだ。
シスケウナは相変わらず無表情で頷き、竜司達が今回初めて名前を知ったイゴルという青年は全員に向かって一礼した。
「そして、計画推進の統括は今後司令部を設置し、そこで対応する事となります。
では今後は、各分科会での活動に移らさせてもらいます。当初は各分科会長のもとに最初から人員を割り振る予定でしたが、まずは各員の意志をそれぞれ聞いて、あとは各任務ごとにその都度人員を割り振る事とします。
ですが正樹さん、由佳子さん。貴方達は主にタイカス特務長のチームに加わって頂きます。宜しいでしょうか」
「了解した」「分かりましたわ」
その後、休憩を挟んだ後に各分科会での作戦会議が行われた。
と言ってもオクウミの言う通り、まずは全員が参加して特務長の司会の元に、それぞれの議題について討議すると言う形式となった。
これらの会議が余りにも白熱して、なかなか収拾が付かなかった為に
竜司達も結局夜遅くまで帰れなかったのである。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「よぉし、出来た」
竜司と東雲は、それぞれで描いたポスター原画をお互いに見せ合った。
「なんだぁ赤羽?そのキャッチコピーは」
見れば、真ん中にデカデカと『目を覚ませ!俺達の世界が侵略されてるぞ!!』と書いてある。
その背景にはどこかで見たようなロボットが描かれてある。
「一体どこの作品からパクったのかしらね」
神崎がため息をついた。
「東雲こそ、そのポスターはヤベェだろ」
東雲が描いた方は『年上年増美女の宇宙人にあってみたくはないか!?』である。
それを見るなり山科が、いきなりその原画をひったくってビリビリに破いた。
「うわっちょっ!!おま、何やってんだよ!?」
「はい描き直しー」なぜか無表情の山科が、ビリビリに破いて散り散りになった紙を東雲の頭の上にヴァサっと降らせた。
「ひでーなーお前…」
「そんなつまらない事書くのがいけないんでしょっ」
再び頬杖をついてそっぽを向きスマホをポチポチする山科の横顔が、ほんの少し膨れているような気もする。
そんな二人を微笑ましく見てから、神崎は部室の窓に目を移した。
「あらっ?」
と、神崎が小首をかしげる。
「ん?どーした?」
窓際に座っていた竜司も、神崎の目線の先を追った。
上から見下ろす校庭と校舎の間は、校門へと続く道になっていて
帰宅する生徒達がまばらに歩いている。
その中に、見慣れない顔の生徒がいる事に竜司も気づいた。
「あんな子、どこのクラスに居たのかしら…」
「んー、1年の新入生じゃねーのか?」
「ネクタイの色は2年生の空色よ」
「そういや、確かにそうだな」
野猿高校の制服は、基本ブレザーにチェックのスラックスないしスカートを合わせるが、襟のネクタイは紺をベースに3色いずれかのストライプが入る。
その色は学年によって異なり、3年は橙色、2年は空色で1年が若草色だ。
そのツインテールにした明るい髪の女の子は、
父親らしきスーツの男に付き添われて校舎を後にしていた。
すると、彼女は不意に振り向いたかと思うと、
竜司達に向かってニコッと微笑んだのだ。
その笑顔はとても可愛らしかった。
しかし竜司は途端に、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
まるで、竜司の考えを彼女が見透かしたかのような気がしたからだ。
(確かに俺、振り向いて欲しいと思ったけど…まさかな)
しかし、次の瞬間には再び前を向いて、あとは遠ざかる後ろ姿が見えるばかりとなった。
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