1-1 オカルト研
センサーが、とある惑星上の一点にあるビーコンの微弱な信号を捉えた。
亜空間に潜みながら複次時空を走査していた複数の探査機の内の1機が
その信号を受信した直後に、信号の発信源に近い3.5次元時空へと実体化を行い
発信源付近への詳細な探査を開始しつつ、そのデータを母船へと送信し始めた。
『......!』
データを一読した母船搭乗員は、即座にデータの意味する所を理解し
明確な意志を以て母船の進行方向をその発信源に向け
主エンジンを起動させた。
(今度こそ、当たりかもしれない)
少女の顔に、わずかに笑みが浮かんだ。
(昴之宮殿下へ、何としても朗報を持ち帰らなければ......!)
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
オカルト研はC棟2階、理科準備室の一画を間借りしている。
数年前までは理科部という、それなりに真面目な部活の場だったのだが
部員が急減した時期に、当時の部長が部員確保を目的に部名を変えてしまい
それ以来オカルト研としてやってきている。
都立野猿高校は部活動に関する規則が比較的緩いので、こういう事も可能なのだ。
しかし、やっぱり部員数は低迷したままである。
ちなみに今は部長の赤羽竜司と、もう4、5人いるだけなので新入部員はいつでも大歓迎だ。
「赤羽、これがこっちで書き留めた候補案な」
東雲が一枚の用紙を差し出して来た。
四月恒例の、新入生歓迎&勧誘イベントの企画書である。
「はいはい......ん、何だ?オカルト展示に接待メイドって......もうありきたりだよな」
「んだったら赤羽、お前がアイデア出せよ」
「あー、じゃあお化けメイドお茶会」
「誰得なんだよ……そもそも文化祭じゃないんだから
部室でイベントじゃなくて講堂で出来るヤツを選ばないとさ」
竜司は読んでいたラノベを閉じてから、差し出された用紙を見返してみた。
「へ?神崎を占い師に仕立てて占いショー?アイツ、占いなんか出来んのか」
「ん、あー何か、見た目がぽいって言うか」
「っつかアイツガチガチの懐疑論者だろ。
占いとか載せたファッション誌ごと焼き捨てるとこまで想像出来るな」
竜司は、最近増々才色兼備度を増したクールビューティーには正直近付き難く思っている。
元々、竜司達とは家が近所の幼なじみみたいなものだったし、
入学した頃には竜司達と一緒にオカルト研の戸をくぐった事もあったのだが、元々理科研であった筈なのに、お題目が変わっている事に気付いて憤怒した彼女が当時のオカルト研部長(三年)の胸ぐらを掴んで殴り掛かるという伝説を残した。
しかしなぜか彼女を気に入った部長が、彼女が持参していて一度破り捨てた入部用紙をゴミ箱から拾い集めてテープで補修し、そこに承認のハンコを押して取っておいたため、彼女は今も一応部員という事になっているのだ。
「神崎、オカルト大っ嫌いだもんなぁ......」東雲も頭を掻きながら苦笑した。
「じゃ提案者の山科さーん、お願いしまっす」
「ブッブーーッ!タダじゃできまっせーーん」
もう一人の部員である山科が手をクロスさせて顔を背けた。
「じゃあ幾らならやるんだ?」竜司がジト目で訊く。
「そうねー、時給5000円で手を打とうじゃないの!」
「訊いた俺が馬鹿だったよ......」
「どんなホワイト企業ですか俺も働きたいわそこで」
東雲も天井を仰ぎながら呟いた。
今の所、竜司が部長という事になっているが、部員が大体二年生なので他の部活に見られるような長幼の序みたいなものは無い。
常連は竜司以外では、お調子者の副部長東雲と、金に細かい会計係の山科くらいしか居らず、あとは幽霊部員である。
「それよりもさ、そろそろ1学期中のオカルト研活動予定を決めたいと思うんだけど」
「新入部員も入らないうちにか?」東雲が首を傾げた。
「逆だよ、どんな活動するかを新入生にPRすれば理解が広がるだろ」
「むしろ理解させずに勢いで入部させた方が良いように思うが……」
「はいはーーい!じゃ私から提案!!」
「どうぞ山科さん」
「全自動占いマシンの製作とレンタル販売!!で収入がガッポガッポ♪」
「その機械は誰がどうやって作るんだよ」
「もち、東雲くんがね♡」
「言うと思ったわ……」
東雲は手先が器用で、いつも部室にラジコンや無線機なんかを持ち込んではいじっている。
それに飽き足らず、その辺の適当な材料でいつも変な機械をこしらえては人を驚かせたり手品に使ったりもしている。何気にアマチュア無線の資格も持ってたりするのだ。
山科は、その性格とは裏腹に割と見栄えのする顔立ちをしていて、男子には人気があるらしい。
しかし「付き合うなら毎週上納金を云々」とか言っているお陰でいつまでも彼氏が出来ない。
だいたい部室ではセミショートの頭にヘッドフォンを掛けて、ノートパソコンやスマホで自分の貯金を使った株式運用をしているのが常だ。
「だいたいおめー、何で入部したんだっけよ」
「当然、電気使い放題でエアコン完備だからじゃん。
そういう東雲くんだって、どーせ自分の機械いじりに使える場所が欲しかったってだけじゃん」
「おっとそれは禁句だぜ」
「お前ら……歴代部長が泣くわ。つまりオカルトが好きで入ったの俺だけじゃねーか」
「そういう赤羽くんも、いつもアニメのDVDとかマンガとか持ち込んでるくせに」
「ち、ちゃんとオカルト関係だから!崇高な目的があるから!!」
それを聞く二人は、竜司の背後にある棚に鎮座するアニメフィギュアの列や
魔法少女もののアニメDVDBOX群をジト目で見つめた。
他にもオカルト研の部室には、その名に恥じずオカルト関連の本やグッズが所狭しと置かれている。
その筋では有名な雑誌「ムムー」が何故か創刊号から全て保管されてたり
「宇宙とUFO」だとか「ワンダーゾーン」だとかもあるし
それ以外にもオカルト心霊系のマンガも豊富にある。
さながら漫画喫茶のようで居心地の良さをアピールしているものの
当然の話ながら、生徒会等から良く思われていない。
「とにかく、新入生入れないと速攻で潰されるからな、気合入れて掛からねーと」
「あぁ、ふぁぁあ......」
竜司があくびをした瞬間、下校のチャイムが鳴りだした。もう室内も真っ赤に染まっている。
桜舞い散る季節になっても、まだまだ日が暮れるのが早い。
帰る準備をしつつも竜司は、窓から夕暮れに染まる多摩ニュータウンの情景を眺めやった。
ここからは、ちょうど南側に広がる鹿島・松が谷団地の丘や
団地の間をかき分けるように走る多摩モノレールの車両も望む事が出来るのだが
実は、そうではないもの達が、目を少しぼかすと、やっぱり目に映る。
街並のすぐ上の空に、複雑で妙な影と言うか半透明なものが一杯浮かんで見えるのだ。
「ん?どーした赤羽?」
「いや、何でも無い。帰りにオーパ寄ってこうぜ」
もう一度目をやると、その影の群れはかき消すように見えなくなった。
やっぱ気のせいだな......きっと。
以前彼は、同じものが見えるかどうか東雲や山科に訊いた事もあるが、2人には見えないらしい。
家族にも同じ事を話したが同様だった。
彼の家は桜ヶ丘団地にあるのだが、その真上にも見えるし、多摩ニュータウンや多摩川を挟んで北側の立川辺りの上空にもこういった奇妙な空中都市めいたものが見えた事もあるし、何度かはその構造物からUFOが深夜の住宅街に向かってゆっくり低空飛行したり駐車場や空き地に着陸している所を目撃した事もあった。
それは、自身の体調や気分とは関係なく、目に映る時とまったく見えない時があるのだ。
また、見ているうちに徐々に薄らいで消えていったり、瞬きをした瞬間にかき消す事もある。
中学の頃には、その目撃談を某有名オカルト雑誌に投稿した事もあった。
残念ながら、その記事が雑誌に載る事は無かったのだが。
幻覚なのかも知れない。竜司の心の一部では、そう考える事もある。
でも、自身の主観こそ全て、と何処かの偉い哲学者だったかも言っていた気がする。
そうするとやっぱり、あの不思議な影は実際に存在するものなのだろうか。
そもそも、この世にUFOなんていう現象がある事自体が不可思議だ。
火の無い所に煙は立たない。であるならば、UFOもやっぱり現実にあり得るんじゃ無いだろうか。
とすると、巷に溢れている陰謀論の一つに政府がUFOや宇宙人の存在を隠しているなんていうのもあるけど、やっぱり本当の事なのかも知れないし、更にはNASAとかが月や火星とかに秘密基地を建造していたり、アメリカやロシアの宇宙艦隊が地球人類に内緒でUFOとの宇宙戦争を行なっていたりするかも知れない。
そう考えると、竜司の中の中二病的な心が未だにウズウズするのだ。
また、地球以外にも宇宙文明があって欲しい、あの無窮の星空の向こう側に何も無いわけがないんじゃないかという気持ちもある。
もし、地球よりも遥かに進んだ文明があったならば、この退屈な日常も、衰退していると言われているこの日本も、そして破滅一歩手前の世界も全て救ってくれるのではないだろうかと思う事もあるのだ。
竜司は思いにふけりながら目線を少しずらし、こっちにもまた同じものが見えるだろうかと見上げた東の上空には、既に丸く明るく月が昇って来ていた。
そういえば、と竜司はふと思い出す。
竜司には明日香と言う姉、というか従兄弟が居た。
だが竜司は畏れも込めて彼女の事を「ねーちゃん」と呼んでいたが。
彼女も月とか火星とか、とにかく宇宙や科学が好きで
それが高じてアメリカの名門大学に留学し、天体地質学の分野で博士号まで取るに至ったのだ。
しかし、その直後に彼女は失踪し、今ではどこに居るのか、生きているかどうかも判然としない。
彼女の家族はもちろん警察に捜索願いを出したのだが、警察は何故か積極的には動かなかった。
ただでさえ海外での失踪は捜査が困難だと言うしアメリカというお国柄もあるのだろうが、あれから数年が経ち、家族も竜司もほとんど諦めたようになっていた。
(もし今でも生きてるなら、ねーちゃんは同じ月を眺めているだろうか……)
そう思いながら竜司は、部室を出てから扉のカギを閉めた。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
その日の夜、高校の近くにある小さな林の中で
とある石垣で囲まれた塚の中がぼうっと薄く光り、
それから小さく振動し始めた。
しかし、それを目撃した人は居らず
目を光らせた猫やフクロウだけがそれをじっと見つめていた。
※文中の表現
1)”●●”と表記している名詞・単語について(慣用句や言い回し表現以外)
は、その語彙を用いる種族・民族集団が多様で
それぞれ異なる発音・表現を行う為、暫定的な表記法として使用しています
2)『●●』と表記している名詞・単語について(会話文での括弧表現以外)
は、その語彙を使用する種族が決まっており
発音・表現が統一されている為、確定的な表記法として使用しています