5-6 逡巡
なんだかんだ言って神崎達は結局赤羽邸に長居する事になってしまった。
まあ竜司の母が夕食に誘った段階で、三人はそれぞれの親に夕食を赤羽邸で済ませる事を連絡してある。
三人とも、赤羽とは割と昔からの付き合いなので親もだいたい見知っていて、特に心配はしていないようだ。
「おお、今日は洋風鍋ですな!!」と東雲はメガネを湯気で完全に曇らせながらも鍋をじっくり覗き込んだ。
「しかも上側がミルフィーユ風と思ったら、底の方がクラムチャウダーみたいになってるー!」
「見た目も綺麗で美味しそうですわ」山科や神崎も湯気に頬を染める。
何しろ由佳子はあれだけ話し込んでいたはずなのに、いつの間にか料理を同時並行で進めていたのだ。
しかも2つの鍋を同時に作るというのは中々に至難の技だ。
春乃が料理の腕を着々と上げているのも、由佳子という母であり師匠の力量によるものだというのを感じさせる。
「では、頂きます!!」
全員が手を合わせてから、各自がおたまで鍋の中身を掬って食べ始めた。
「こ…これが21世紀日本の伝統的鍋料理というものなのか…!!!」
シアラが殊更に感動している。涙まで流しながら、熱々の白菜や豚肉を口いっぱいに頬張っているのだ。
竜司は、そんなに勢いよくかっこんでは彼女の口の中が火傷しないのだろうか…と若干心配になりながらも、彼女にポン酢や胡麻ダレを掛けるよう勧める。
シアラの食べるペースが若干落ち着いたところで、先程の話で気になった所を質問した。
「なあシアラ、それで例のロボットと言うか『須佐ノ男』号だっけ?その個体識別連番とやらは確認できてるのか?」
「いや、まだだ。それを調べるために現在『スーサ』は支部まで召喚されているのだ」
口をモグモグさせながらシアラが答えた。
「そもそも、貴方の言っていた"起源世界線"とは何なのかしら?」
横から神崎が質問して来た。
「うむ、もちろん我々が元居た世界線の事だ」
「それって…宇宙船でタイムスリップする前の?」
「そうだ」
「と言う事は…タイムパラドックスはどうなるのかしら」
「あくまでも”近似”だ。完全に一致する世界線は発見できないだろうと言うのが時空探査局の主だった見解だ。でなければ、確かに神崎さんの言う通りタイムパラドックスが発生するだろうからな。
しかし、それでも探すべしと言うのが上層部からの指令だ」
「ふぅん…しかしさ、何でそこまでしてその、"起源世界線"って言うの?を探すんだろうね?
あくまでも近似しか探せないと言うんならさ、無理して探す意味なくない?」山科も質問に混ざって来た。
「やはり元居た世界線をどうにかしたい、近似でも構わないから、と言う事なの?」神崎もその質問につなげる。
「さぁ、それはどうだろうか…私にも聞かされてないからな、真の動機は」
「それで、その番号が確認できたなら、そしてその番号によってこの地球が"起源世界線"でなかったとしたら、貴方達はどうするのかしら?」
由佳子が尋ねる。
それについては、由佳子が帰ってくる前にオクウミ達との面会で話していた内容が答えだった。
その内容まで母に伝えるべきかどうか、竜司は少し逡巡した。
「なに、簡単な事だ。この地球いや少なくともこの日本を救う。まずはそれだけだ」
以外にあっさりとシアラは答えた。
というか、先ほどからシアラは割と機密に値しそうな情報を割とほいほいと由佳子にも話している。
その点が神崎も気になったのか、竜司にこそっと小さな声で話しかけた。
「シアラさん、そんな情報を簡単に喋って大丈夫なの」
「ああ、まあかーちゃんは信用出来るって踏んでるのかも知れないけどな」
「あとでオクウミさんとかに叱られたりしなければいいけど」
「…あー、そっちか」
「地球や日本を救うのがそれほど簡単な事…なのかしら?」
由佳子が神妙な顔をして質問してきた。
「まあ、そうだな。我々は実のところ、今までにもこうした似たような世界線を多く救って来たし、その事自体は時空探査局の1支部が出来る範囲で可能な事だ」
「"機関"についてはどう考えるの?」
「その"機関2とやらがどういう存在かは、まあ何となく大体分かる。
どの世界線でも多少の差異はあれど、似たような存在があって、彼らの態度次第で我々の対応も決まる。まあ大抵は対立し、我々に潰されて終わるのだが」
由佳子の立場から言えば、今まで特事調が"機関"について知っている規模から考えれば
それが本当に簡単な事とはとても思えなかった。
(人類文明を実質的に支配しているとまで言われる"機関"を簡単に潰せるという…
これは、どう捉えるべきかしら?)
実は今朝に特事調にも、昨日にエリア51で発生した事件について速報が流れて来ていて、今日はその件についての情報収集と会議で、由佳子が主管する業務もてんてこ舞いだった。
だが、"機関"経由あるいは独自のルートで入手出来る情報にはどうしても限りがあって、結局仮定の上に仮説を積み立てる作業は意味が無い、という結論に至った事で今日は意外に早く仕事を切り上げる事が出来たのだ。
しかし、特事調で得た情報と、家に帰ってから明日香やシアラから得た情報が驚く程一致していた。
これほどまでに重要な情報源は未だかつてあり得ない程であり、嘘や誇張でもないのは明らかだ。
(囚われの身だった明日香ちゃんを救い出した異星人のシアラさん、そして口を噤んではいるけど明らかにこの事件に絡んでいる竜司達…
シアラさんとその背後に居る宇宙文明とその目的はいまいちはっきり見えては来ないものけど、"機関"やその背後に居る異星人に比べれば、その性質は明らかに異なるものだわね。
少なくとも、すぐに人類と敵対するような存在には感じられない)
彼らがこれから成しえる可能性を考えれば、由佳子が出すべき結論が見えて来ているような気がした。
「竜司」
と、急に母親に名前を呼ばれた竜司は思わずビクッとしてしまった。
「それに神崎さん、東雲くん、山科さん。
今日はもう遅くなってしまうし、夕食を食べ終わったらお帰りなさい。
その代わりに貴方達には明日、いま一度事情をじっくり説明してもらいます。放課後にでもまた家にいらっしゃい。美味しいおやつでも作って待ってるわ」
「はい、分かりました」神崎は神妙な面持ちで由佳子に答えた。東雲や山科もはい、と頷く。
「それとシアラさん」
「はい?」シアラは未だに器一杯に鍋の汁を注いで食べている。
「鍋の汁は残しておいてちょうだい。後でうどんを入れるから」
「おお、承知した!」シアラは目を輝かせる。
「それと明日、シアラさんの上司の方にご連絡して、その方と直接お話が出来ないか伺ってみて下さいな」
「む…了解した」途端に目の光を失う。
「ごめんなさいね。やはり、こういう事はね。ちゃんとしておかないとね」
「うむ…」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
夕食が終わり、神崎達がようやく帰った後で
赤羽家の父親が帰って来た。
「ん?今日は誰か来てたのか?」
「ええ、竜司の部活のお友達が来てたのよ。お夕食にお鍋を皆で食べたわ」
「そうか…で、そこに居るのも竜司の友達かね?まだ帰らなくていいのか?」
父親の正樹は、居間で完全にゴロゴロしているシアラの姿を見て少し眉をひそめた。
そのシアラは春乃と一緒にまたシューティング系ゲームをしている。
「ああ、あの子はね…」と由佳子は、夫に先ほどまで話していた事をかいつまんで伝えた。
「何だって!?そこの、シアラさんが、異星人だっていうのか?」
「ええ、そういう事になるわね」
「しかし…いや、まあお前の言う事だ。信じるしかあるまい」
「あら、それは新手ののろけかしら?」
「おいおい…」
「ふふっ」
「で、明日その上司の人とは話せそうなのか?」
「ええ、早速さっきシアラさんが通信で、オクウミさんとかいう人に了承を取っていたわ。
昼過ぎにオクウミさんの宇宙船がこの家のベランダに着くそうよ」
「ファっ!?べ、ベランダ…!?」
「ええ、例の『UFP』の力を借りて」
「あ、なるほど…そういう訳か」
「なるほどと言える程、私達は『UFP』について何か知っている訳ではないけど、でもシアラさん達があれを作ったと言う事のなら、それもうなずける気がするわね」
「ふむ、まだ会ったばかりなのに、やけに肩を持つじゃないか」
「ええ、これは女の勘、もしくは血筋の勘ってやつかしらね」
「ううむ…」
と唸りながら、正樹は居間のガラス戸から濡れ縁に出て座り、
電子タバコをくゆらせながら夜の庭を照らし出す月を眺めた。
「そう言われては、男であり血筋でない俺は立つ瀬が無い…が
俺には俺の立場ってのもある。
その会見に、俺も同席出来るかな?
公安調査庁の職員として、国内における異邦人の動向には注目しないといけないのでね」
「ふふっ。ええもちろん、大丈夫じゃないかしら」
「それにしても、あの月に居た明日香ちゃんが今ここに還って来た…
そして異星人のシアラさんも今ここに居る。
どうだろう、何だかようやく新しい時代が来そうじゃないか?
男の勘だってそれくらいは働かせられるぜ」
「ええそうね。その勘、合ってると思うわ」




