5-5 特別事象調査分室
「え…?母さん、どういう事?」
竜司は、自分の母親が口にした言葉が一瞬理解出来なかった。
「今言った通りよ。
内閣情報調査室の組織下にある、特別事象調査分室。略して特事調」
竜司だけではない。シアラを除くその場の全員が目を丸くしている。
「内閣情報調査室、というと日本政府の情報機関ですね。
確か諜報や情報分析を専門に行っていると聞いた事があります」
竜司も、その名前だけは聞いた事があった。
TVニュースの解説とか、ネットのニュース記事とかでも日本政府の外交関係のニュースと絡めて時々紹介される事がある。
神崎の言う通り、日本版のCIAみたいなものかな、とか適当にその存在を知るだけで、自身の実生活には何の関係も無いはずだから、完全に別世界の話としてしか受け止めていなかった。
しかし、それがまさか母親の勤務先であろうなどとは思いもよらなかったのだが。
「主だった業務は確かにそうね。
しかし、この機関は幾つもの部署を持っていて、私の所属する特別事象調査分室もその一つなの」
「特別…事象?」
「貴方達が入っている部活の名前は何と言ったかしら?」
「…!まさか」
「そう、ずばり”特別事象”とは、オカルトの事ね」
「えぇ…!?政府がオカルトを調べてるというのかよ?」竜司が唸った。
「いいえ、あり得る話だわ。米政府があれだけUFOや異星人の事を調べているのだもの。
事実上の軍事同盟を組んでいる日本にも、米国から送られてくる情報を受け止める為の
それなりの機関があって然るべきだと思います」
「その通りよ。神崎さん」
「といっても、私達はただ単にアメリカからの情報を受け取って、それを分析してはい終わり、なんて事だけはしたくなかった。
アメリカも当然同盟国にも伝えてはならない情報を多く隠し持っている。それどころか、やはり日本はイギリスや英語圏諸国よりも格下に見られていて、当然他の同盟国よりも与えられる情報量は格段に少ないのよ」
「人種差別みたいなものですか」
「ま、仕方ないわね。確かに私達は未だに第二次大戦の敗戦国というレッテルを未だに押されたままなの。
そういうわけで、この特事調は表向きアメリカに協調しておきながらも、密かにアメリカとは独自の方向性を模索してきました。
その中で、特に国内においてUFOや宇宙人に関係する事象や、超古代文明にまつわる事象を調査してきているの」
由佳子はお茶を一口すすり、一呼吸おいてから竜司に問いかける。
「ところで竜司、あなた、最近変なものを見なかったかしら?例えば、空に」
「え…!?かーちゃん何でその事知ってんだよ…?」
と訊いてから、竜司は春乃と沙結の方を向いた。
竜司がその幻覚を見ている事は、家族の中では春乃と沙結にしか話した事が無い。
二人とも、慌てて首を横に振った。
「別に慌てる必要は無いわ。それは病気でも何でも無いの。
実は、私にも同じものが見えるわ」
「ええっ!?」
「そう、これはいつか竜司にはちゃんと話して伝えなきゃと思っていた事なんだけれど、私の家系では、代々そういったものが見える人達が生まれてくるの。
しかも見えるだけじゃないわ。強く念じれば、それを操る事すら出来る人もいる…」
「マジかよ…」
「で、私は若い頃、別の官庁で事務職に就いていたのだけれど、私の家系について興味を持った特事調の人が、私をスカウトして来たのよ。
その人は今では特事調室長をやっているわね。
ちなみに、お父さんも元々はこの特事調で働いていて、そこで出会ったのよ。今では公安調査庁に転属、いいえ出戻りになったけど」
「はー、父ちゃんもかよ…
って待てよ…もしかして、この街に移り住んだのって…」
「竜司の思っている通りよ。
この多摩市は、当該の未確認浮遊事象…私達は『UFP(Unidentified Floating Phenomenon)』と呼んで区別しているけど、関東近辺ではこれを一番観測しやすいポイントなのよ」
「ほう、"防衛免疫システム"を21世紀日本ではそう呼んでいるのか。興味深い」
ここでシアラが初めて口を開いた。
「あら、貴方は何か知っているのかしら?シアラさん」
由佳子は、シアラに顔を向けてそう問いかけた。
シアラについては、明日香からは彼女を助けにきた異星人とだけ聞いている。
シアラは、口に含んでいた蜜柑をゆっくり飲み込んで軽く咳払いをしてから答えた。
「うむ、あれは我々が地球年で2000年以上前に日本各地に設置した自動機械群の末裔だからな」
「2000年前って、弥生時代じゃねーか!?」
「あー、そういえば明日香さんに懐いているあの巨大ロボット君達も同じ位の年頃みたいだよ」
山科が口を挟んだ。確か山科はあの戦いの時に、ロボットのプログラムを直接弄くった事があるので、その時にロボットの情報をある程度読み取ったのだろう。
「やっぱりそうだったのね…こちらの調査結果とほぼ一致しているわ」
由花子が腕を組んで頷いた。
「そう言えばあのロボットって、今も空中待機なんだっけ?」
「ああ、いつでも"防衛免疫システム"の基地機能とリンク出来るように亜空間で待機している。ただ、『スーサ』だけはオクウミ支部長の『ディアマ=スィナ』号と一緒に支部に行っているぞ」
「『スーサ』って何の事だ?」
「明日香さんが『須佐ノ男』号って呼んでたリーダー格のロボットの事じゃん?私も乗り込んだ事のある奴だよー」
山科が自慢げに頷いた。
「なるほど、貴方達の話はとても興味深いわ。
明日香ちゃんの話だと、貴方達はただ単にシアラさんによる救出劇に巻き込まれただけと聞いていたから。あとでじっくり皆さんの話を聞かせてちょうだい」
由佳子の言葉に、全員が「あっ、そういう事にしとけば良かったのか」とばかりにお互いに顔を見合わせていたが
やがて神崎が、ゆっくりため息をしてから答えた。
「分かりました。また後ほど、私達の事もちゃんとお話しします」
「ええ、そうして頂けると嬉しいわ。
まあそういう訳で、私は日本全国の『UFP』やそれに付随する超常現象を調査分析しているの。従って、UFOや異星人、ひいては宇宙情勢についてもある程度は知っているつもりだった。それに、仕事の関係上アメリカ政府の秘密組織ともつながりがあった」
と、由佳子は言葉を区切り、そして明日香が眠っているはずの2階へ顔を向けた。
「私は日本はもちろんアメリカ…地球各国の政府をある程度信用していた。
だから、明日香ちゃんについてもあんな事を…」
「あんな事、と言うのは…?」
「私は、明日香ちゃんに対して責任を感じているわ。
"機関"のいう事を信じて、明日香ちゃんを宇宙世界に送り出してしまった事を今とても後悔しているの」
由佳子は少し俯き、湯のみの底に残ったお茶の水面を見つめた。
「すいません、ちょっとお伺いしたいのですが。その"機関"とは、一体何ですか?」
「"機関"とは、超政府の事よ。
アメリカやロシアを中心に、地球の先進国を束ねる影の国際機関の事ね。貴方達も聞いた事くらいはあるでしょ?フリーメーソンだとか」
「ええ、俗にいう秘密結社ですね。でもその実体はただの博愛主義団体だそうですが」
「まあそうね。でも、そう言った手あかの付いた組織や結社を隠れ蓑にして、実際の秘密組織は運営されている。そして彼らの目的の一つは、いずれ来る人類文明の危機に際して、文明のバックアップを設置する事なの。その為には秘密裏に地球外に進出し、月や火星といったオフワールドに人類の植民地を作り上げる必要があった。
昔の私は正直にも、そのお題目を頭から信じ込んでしまった。いえ、ある程度悪どい事をしている組織なのは理解していたけど、その中に入ってしまえば、ある意味で安全や地位が確保出来るとも信じていた。何しろ"機関"は世界中のエリートが集まる所だったから」
そう言ってから、由佳子は笑い出す。
「ふふふっ、全く馬鹿な話よね。だってよく考えて見なさい。
そんな人類にとって有益なはずのプロジェクトを、なぜ人類の殆どにひた隠しにして進めなければならないのかしら?もっと早くから情報を公開して、人類に危機が迫っている事をPRして全文明を挙げてプロジェクトを進めれば、今頃は人類の1/10くらいはもう宇宙で暮らしていたでしょうに」
「…確かにそうはなってないですよね、残念ながら」
「ええ。だから私達の部署で秘密裏に調査していたの。
以前から特事調としては、"機関"の内部には、何か異質な存在が見え隠れしている事に気づいていた。地球人とは思えない考え方、あるいは思念と言うべきかしら?だから、アメリカの"機関"と接触した時に、彼らのうちの何人かのDNAをこっそり採取して分析に回したのよ。
そうしたら、分かったの。"機関"の殆どが、例の”グレイ”とは異なる異星人によってとっくの昔に支配されている事実を」
四人ともお互いにちらっと顔を見合わせる。
竜司達は、オクウミが話していた事を思い出していた。
地球の各国政府は、”レプティリアン”なる異星人が変装した連中によって支配されているという。
由佳子の今の発言は、それを裏付けるものだった。
「…」皆、何も言わず黙っている。
「幸いにして日本政府の中へは、その異星人達からの大規模な侵略をまだ受けていない…けど、それも時間の問題ね。
あら、皆さんそんなに驚かないのね。さすがオカルト研といった所かしら?それとも、既に誰かさんによる予習でもあったのかしらね?」
と、由佳子はシアラの方に顔を向けた。
シアラは何も言わず、ただ黙々と蜜柑を食べ続けている。
「その事については、後でお話しします。
それより"機関"と明日香さんの関係についてお伺いしたいのですが」
「ああ、そうだったわね。
とにかく、私は明日香ちゃんが宇宙へ行きたい、宇宙飛行士になりたいと言う目標があって、だけれどJAXAやNASAの宇宙飛行士選抜試験に何度も落ちた、という話を聞いていたから、それで"機関"経由でオフワールドに行けるための方法を伝えてしまったの。
でも、後でその事実を知って、とても後悔したわ。
ひょっとしたら今頃は明日香ちゃんにとんでもない身の危険が及ぶのではないかと、いつも心配でならなかった…」
由佳子は、話しながらも流れる涙をハンカチで拭いた。
「そして今日、ついにそれが本当に起きたという事を知ったわ。
けど、同時に今ここに明日香ちゃんが戻って来た、その事がとても嬉しいのよ」
一気にそう話してから、由佳子はシアラに顔を向けた。
「シアラさん、そして神崎さん、東雲くん、山科さん、春乃に沙結に竜司。
本当にありがとう。明日香ちゃんを救ってくれて、とても感謝しているわ」
「ゆ、由佳子おばさま!!そんな、大した事はしていませんわ!!どうかお顔をお上げください!!」
「そ、そうです!俺達は何もしてないです!」
「ま、まーシアラさんの手伝いを、ちょこっとしたくらいかなー、へへへ…」
「私も特に大した事はしていない。とある用事があったから、ついでに助けただけだ」
「シアラさん、とある用事って何かしら?」
「うむ、どう話せば良いか…
ややこしいので詳しくは話せないのだが、まずあのロボット達…『スーサ』、いやこちらでの呼称は正確には『キホ-壱拾八番 須佐ノ男』号だったな。我々時空探査局は、実は彼らを探していたのだ」
「ああ、そう言えばそんな事言ってたな」
竜司は稲荷塚古墳の地下から『フィムカ』号に初めて乗った時の事を思い出した。
あれからまだ2日ほどしか経ってないはずなのだが、もう随分昔の事のように思える。
「と言うのも、彼を旗艦としたロボット眷属達は、今から約2000年ほど前に我々の世界から送られて来たもので、彼らは我々とは別の組織による並行世界の探査と工作を目的としていた。
時空探査局は、様々な並行世界を探査して彼のように並行世界へ送り込まれた自動機械群を捜索する事、そして彼の固有識別連番を確認する事でその並行世界がどの世界線に相当するのかどうかを分析し、もっと言えば、その世界線が目標世界線と言うか起源世界線に近似かどうかを確認する事が目的なのだ」
「…!?」
「また新しい単語がいっぱい出てきたね…」
「確かにややこしい話だな、理解が追っつかん」
「まあ、ここはシアラさんの話を聞きましょう。続けて下さいな」
由佳子の言葉に、シアラもコホっと軽く咳払いをしてから話を再開した。
「それでだ。私が『フィムカ』号に再接触した時、タイミング良くそのロボット達によるニュートリノ通信を探知できたので、まずはロボット達に接触を試み、あわよくば彼らを我々の世界へ召喚するつもりだったのだ。
まあそこに現地人である明日香さんが関わっているとは思っても見なかったのだが」
正確には、明日香は巻き込まれたも同然だった。
その明日香視点での話は、彼女自身から由佳子へと伝わっていたので
由佳子は頭の中で話をつなげて、こう結論付けた。
「つまり経過はどうあれ、明日香ちゃんを助けたのはやはりシアラさんと、ここにいる皆んななのでしょ?
本当に感謝しています。明日香ちゃんもそう思っているわ」
由佳子は立ち上がり、ダイニングキッチンに向かってコンロの火に掛けたままだった鍋の具合を見に行った。
「ん、もういい感じだわね。
さあさ、皆さんもうお腹すいたでしょう?
春乃、沙結、皆さん用の食器とお箸を用意してちょうだい。竜司は台布巾でテーブルを拭いて。
皆さんこちらに来て座って下さいね」
と、神崎達をダイニングキッチンのテーブルへと誘った。