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5-2 シアラ達の正体

『え!?』

「宇宙、戦争…?」

「ナ、ナンダッテー!!」

「茶化すなよ東雲…ってかマジか」

「はぇー」

オクウミを除く全員が、その言葉に唖然となった。




宇宙戦争。


竜司達が想像する宇宙戦争ファイナルウォーというと、

まず近年のハリウッド映画であるような、超巨大な宇宙船が地球の大都市を壊滅させる一大スペクタクルだろう。

大体は人類が絶滅寸前まで追いやられるが、ハリウッド映画のパターンとして起死回生の一大作戦が決行されて、主人公達の獅子奮迅の活躍と奇跡によって人類が逆転勝利を得る。

はっきり言って、何日か前までの竜司達ならば遠い世界のフィクションと同義だった。


しかし、オクウミが語る宇宙戦争とは、そのような生易しいものではなさそうだし、エリア51上空での戦闘を経た現在の竜司達にとっては、とても生々しく感じられるのだ。


「当然そうなれば、地球文明も、そしてこの日本も落ち葉を焼くように簡単に灰燼に帰せられるだろうな。

 生き残った地球人類も、奴隷どころか家畜以下の身分に落とされて、異星人種の食料か資源として培養され、食われるだろう。

 そこには地球人類の考える人権など何処にも存在しない」

オクウミはそこまで一気呵成に言ってしまうと、ひと呼吸置いた。


竜司は、オクウミの言う事が現実になった時の事を想像し、戦慄に震えた。

何しろ自分だけじゃなく家族も、友人も、この家も、学校も、全て破壊し尽くされるのである。

そして先ほどのホログラム映像に少しだけ映し出された、拉致された地球人が異星人に解剖される状況が、今度は全世界的規模で大々的に行われ、その被害者は数千万、数億人単位となるのだろう。

竜司は無意識に怒りと恐怖を同時に覚え、思わず自らの拳を握りしめた。


「そこへ、今回の君達がしでかした事が結果どうなるか、だが…まず間違いなく、この一触即発の状況に更なる火種を持ち込む事に等しい。

 いや、宇宙戦争の勃発を数年早める事態となり得るのだ」

オクウミはシアラを見て、はっきりと断言する。


『はっ、し、しかしオクウミ支部長!

 もしそうだとすると、もしかしてその責任は…』

『当然、シアラ二等偵察官にある』

『うっ…』

「ただしだ、状況をもっと精査してからだが、これはそもそも偵察官一人の職掌に余る案件だった。探査局規定においても、一つの世界に本格的に干渉するかどうかは私の一存でも決められない事だ」

日本語で発されたその言葉に、シアラは一瞬だけホッとしたようだ。

しかしオクウミは続けて、驚くべき事を言った。


「そこでだ、我々時空探査局は本格的にこの世界に干渉すべきだとの結論に達した」


「干渉、とは、どういった事なのでしょうか?」

神崎が一歩前に出てオクウミに問うた。

干渉と言うと、字面通りに受け取るとちょっとネガティブな印象で、不安になってしまう。

やはり他の異星人種のように地球人を拉致したり資源を搾取したりするのだろうか。




「ああ、干渉と言っても色々だが…その詳細な内容は追って本部から指示が出る事だろうが、平たく具体的に言うとだな、

 この日本ひいては地球を、異星人達の手から救い出す事だ」




「地球を、救う!?」

「おお、まるで地球防衛軍的なヤツか!!」

「それってウルトラメンとかライダー的な?」

「ライダーはちょっと違うと思うが」


「ああ、そして君達は貴重な戦力となる。

 もうここまで至ってしまってからでは、我々も君達の事を無かった事には出来ないしな。

 それに目下のところ、この地球で我々の陣営は規模が少なくて手が足りない」

オクウミは両手を上げて、お手上げだと言わんばかりに首を横に降る。

そして、竜司達を指差した。


「そこでだ、もし君達が良ければだが、我々の任務を君達に手伝ってもらいたい」


オクウミからの意外な申し出に、全員が色めき立った。

「スカウトキターーー!!」東雲が腕を振り上げて気張っている。

それに対して山科は若干嫌そうに顔をしかめた。

「ええー…ちょっと面倒くさそう」


「ちょっと待って下さい。

 まだ俺達の疑問に答えてくれてないと思うんですが。

 確かに、アメリカとか地球の国と他の異星人との関係とかはおおよそ分かりましたけど、肝心のアンタ達の正体を教えてもらってないんですけどね。

 さっき言ってた『我々の社会は君達の社会を祖にして~』っていう話はどういう事なんですか?」


竜司は、そもそもシアラ達が本当に信頼出来る人達なのかがいまいち信じられなかった。

それはシアラ達が今の今までその所属について曖昧な事を言っていたからであって、エリア51までシアラに付いて行ったのも、単に明日香を助けるためでしかなかったのだ。

それについては神崎も同様の意見であり、昨日の夜も少しばかりその事に付いて彼女らと議論していたのだった。


「そうですわ、私達は貴方がたの事について、完全に信頼を置いている訳ではありません。

 貴方がたの事情をちゃんと説明して頂けない事には、場合によっては貴方がたと対立する事もあり得るでしょう」

神崎が援護射撃をしてくれた。

確かに、竜司達が納得出来ない事情なり内容であったなら、竜司達とてシアラやオクウミ達に協力は出来ない。


「まあまあ、慌てるな。

 そこら辺の話もこれからちゃんとしようと思っていた所なのだ。

 では諸君、まずそこの…東雲君と言ったかな?私の姿を見てどう思った?」


「はい!大変に美しい方だと!!」東雲はまるで貴族のような大仰な仕草で手をオクウミの方に差し出した。

「東雲くん興奮し過ぎキモッ」山科がジト目で睨みつける。

「ははっ、いやそう言ってくれて光栄だが、その前に、私やシアラの姿は他の異星人種達に比べてどう見えるだろうか?」


「ああ、えっとそうですね、ごく普通の地球人と同じに見えます」

東雲が姿勢を正し、改めて返答した。

「もっと言えば、日本人の姿に近しくはないかね?」

「そう…ですね。確かにアメリカ人とかアフリカ人とかではなくて、日本人っぽいです」

言われてみれば確かにそうだ。

彼女達の姿はもし日本の服を着て日本の街の中を歩いていれば、日本人としてほぼ違和感を覚えないだろう。


「ですが…」と神崎が間に入ってくる。

「貴方がたの目や髪型、それに顔立ちには若干の相違があります。その、現代の日本人と比べて、ですが」


「その通り、鋭いな神崎君は。

 確かに我々は君達のような21世紀の日本人とは若干異なる。

 しかし遺伝子レベルで見れば、君達と同じ血統である事が分かるだろう」




「オクウミさん。

 もう回りくどい質問は止めにしましょう。

 ずばり貴方がたは、私達日本人の子孫、未来人なのでしょう?」




「え…!?」


神崎の言葉に一番びっくりしたのは、竜司や東雲や山科のほうだった。

「んー?神崎さん、どーいう事なのそれって」山科が首を傾げる。


「ええ、私は最初、シアラさん達が古代日本人の祖先である異星人だと思ってたの。

 何しろ、弥生から古墳時代にかけてこの日本に大掛かりな遺跡を残していて、また明日香さんが司令官だというロボット達も2000年前に作られたと言っていた訳だし。

 しかし、シアラさんは私達の事をたびたび『21世紀の日本人』と呼んでいたし、また『世界線』という言葉も使っていた…という事は、タイムトラベルで古代日本や現在へやってきた未来人と考えても辻褄は合う。

 そして先ほどのオクウミさんによる『我々の社会は君達の社会を祖にして~』という言葉で確信に至ったわ。

 つまり、私達がいる現代社会が先祖となる、未来社会という事でしょう?」


「素晴らしい洞察力だ。おめでとう、ほぼ正解だ」

パチパチと手を叩いてオクウミが微笑んだ。


「確かに、我々は君達の子孫…と言いたい所だが、それは厳密には正確ではない。

 先ほど言っていた『世界線』が異なるからな」

「世界線?」

「そうだ。平行世界と言う概念を知っているかね?

 この宇宙では、時系列毎に無数の場面、無数の場所で可能性が分岐する。そして分岐した先の世界は、別の分岐が選ばれた世界とは異なる世界となるのだ。これが新たな可能性の選択肢に出くわすとその都度世界が分離していって、それを無限に繰り返す。

 我々はそれぞれの歴史を持つ世界を世界線と呼び、世界線を跨いで移動しながら世界の超次元的構造を探査している」




オクウミが再び指を鳴らすと、部屋の中空で煌めいていたホログラムが切り替わり

まるで大木のように無数の枝分かれした光の線が表示された。そしてその内1本の線が強調され、点滅する。

それが恐らく竜司達の居る世界線というヤツなのだろう。


「そして、我々の祖先は…

 君達が居るこの世界にとてもよく似た世界線の、現時点から更に少しばかり先の未来から一度過去にさかのぼって、その時点から、我々の銀河文明としての歴史がスタートしたのだ」


ホログラムで表示されたとある一本の光る枝が、急にその向きを変えて光る大木の根元近くに向かっていく。

そして根元に付着した枝から、新たな大木が急成長していった。




「さて、なぜ一度過去に遡ったのだろうか?と思ったのではないかな。

 その理由を述べるためには、まず更にその原因を述べねばなるまいな。

 そもそもの原因は、我々の祖先いや君達の未来の時点において、異星人種による地球侵攻が現実に起こったからだ」

 



「地球、侵攻…!?」


竜司には、彼女達によって話される内容が急展開過ぎて、もう若干頭が混乱してきた。

それでも気を振り絞ってオクウミに質問する。

「そ、その地球侵攻というのは?日本はどうなったんですか!?」

「ああ、地球の軍隊はなす術も無く異星人による天空からの恐怖の軍勢に破れ、日本どころか全世界があっという間に占領されてしまったのだよ

のちに我々はこれを、”大災厄”と呼んでいる」

オクウミはこともなげに言う。まるで、学校の教師が古代の戦争ヒストリーを説いているようなものだ。


「それで、その後はどうなったんですか」

「もちろん日本でも占領下で秘密裏にレジスタンスが結成され、各地で必死の抵抗を続けたそうだ。だが何の意味も無かった。日本人も全て異星人達によって家畜か実験材料として拉致されてしまった」

「それでは…誰も地球を救えないし過去に戻るタイムマシンも作り得ないのでは」


「全くもってその通りだ。まあ話を聞きたまえ。ここからは本格的に歴史の授業といこうか」




オクウミが指をくるくると回すと、竜司達の前で展開されていたホログラム映像が急拡大しながら瞬く間に部屋一面を覆い尽くして、あたかも竜司達がホログラムの宇宙に浮かんでいるかのようだ。


「うわ!うわわわわ!!宙に浮かんでるみてぇ!!」

「これがVRの究極系なのね、素晴らしいわ…」

「ひゃーすごーい!あ、あれって地球じゃない!?」

山科が指差した方角に、ぽっかりと宇宙に浮かぶ地球らしき惑星が見える。

そしてその方角から、一隻の葉巻型をした宇宙船が宇宙を突き進む様が大迫力で映し出された。


「これは"大災厄"から数ヶ月後の地球だ。まあ実際に撮影した訳ではないから、ある種の再現映像だが。で、ある一隻の宇宙船が日本から異星人の母星へと向けて出発した。その中に、14万人余りの日本人を積載してな」

みるみる間に宇宙船が拡大していき、また透視図のように船内が映し出され

その中でぎゅう詰めの監禁状態にされている日本人らしき一団が見えた。


「なぜ、異星人は日本人を母星になんか運ぼうとしたんですか?」

「それは詳しくは分からなかった。ただ、後の推測では母星で日本人のコロニーを作ろうとしたのではないか?と考えられた。ちょうど、動物園の猿山のようなものだな」

「はっ、俺達は猿と同じかよ…」

「まぁ異星人にとってみれば、未熟な地球人は人間と類人猿の違いでしかないのだろう。

 しかし、彼ら日本人の中にもレジスタンスのメンバーが多く潜んでいた。彼らは異星人文明占領下にあって、その異星技術を秘密裏にある程度まで把握する事が出来ていた。もちろん、宇宙船の制御や運用の技術もだ。

 彼らは母星までの航宙の合間、隙が生まれる機会を狙い、そして宇宙船がワープドライブに入って異星人達に油断が生じた瞬間、ついに叛乱を起こした」


「叛乱…」

「とどのつまり叛乱は成功した。しかし叛乱の過程で、宇宙船の機関室において戦闘が発生したのだ。その結果、宇宙船の主要航行機関が損傷して宇宙船のワープドライブに重大な変調が生じた。異星人達が使う宇宙船のワープドライブは一種独特で、それは時空を経由するものだった」

「時空、というと?」

「ああ、空間は分かるな?縦と横、高さの三方向による宇宙の根本要素だが…そこに時間という全く別種の方向軸を加えて時空間となる」


「…まさか」神崎が何かに気づいたように絶句する。

「そう、そのまさかだ。

 宇宙船は時間方向でも移動する、一種のタイムマシンでもあったのだ。そのワープドライブを用いれば、通常推進では何十年何百年とかかる距離を、外部時間でほぼ一瞬で移動出来る。しかしそれが故障すれば、何も手だてしない場合は時空の彼方に吹き飛ばされてしまうだろう。

もちろん叛乱を起こした我々の祖先達は、異星人達を完全に一掃した後に何とかワープドライブを復旧しようとした。そして、異星人の母星への道を引き返して地球へ帰還しようと試みたのだ。

 だが、既に遅く、もう取り返しのつかない時点に来てしまったのだ」

「…その宇宙船はどこ、いや『いつ』に飛ばされたのですか?」神崎が恐る恐る訊いた。


「約70万年前。ちょうど、地球では本格的な氷河期として知られるギュンツ氷期がおおよそ始まった頃だ」




「氷河期が始まった頃だって?」

「そう、その頃の地球では、本格的な氷河期の到来によって生態系が若干の再編を余儀なくされつつあった。新第三紀に属していた哺乳類や鳥類もかなりの種類が絶滅し、氷河期に強いマンモスのような動物が台頭しつつあったようだ」

ホログラムは宇宙空間から地球の上空まで降りていき、ツンドラ状になった地表を練り歩くマンモスやサーベルタイガーらしき動物群を追いかける視点となった。


「我々の先祖たる彼らは地球の近くまで戻る事が出来たものの、最初はいつの時点に到着したかは正確には分からなかった。

 しかも、もっと悪い事態に直面していたのだ。

 損傷していたワープドライブに無理をきかせ続けていたため、遂にオーバーヒートした状態となり、一刻も早く宇宙船から切り離せなければ、宇宙船ごと木っ端みじんに吹き飛んでしまう。

 やむを得ず緊急で地球軌道上でワープドライブを切り離した…が、その巨大な装置はコントロールを失ってそのまま地球に向かって落ち、当時のヨーロッパ大陸とアフリカ大陸の上空で大爆発を起こしてしまったのだ。

 もちろん巨大な破片が地表のあちこちに降り注いだ。しかしもっと重大な影響として、大気圏内のオゾン層を完全に破壊してしまったのだ。

 地球上にいる生物は当然、壊滅的な打撃を受けた。特に爆心地に近い当時のヨーロッパやアフリカには、我々人類に直接つながる祖先であるホモ・エレクトス・ハイデルベルゲンシスやホモ・エルガステルなどが生息していたのだ。彼らはネアンデルタール人やクロマニヨン人に直接繋がる先祖だとされている」

地上へと完全に降り立った状態の視点で、遥か上空から巨大な火の玉が幾つも地上へと降り注いで、爆撃された地上が完全に焼き尽くされる映像が竜司達の目の前で展開される。


「えっ!?という事は…まさか人類の祖先が絶滅してしまったのでは」

「その通りだ」

「あれー??でも確か、北京原人とかジャワ?原人とか勉強したよーな?そんなの居なかったっけ?」

 山科が疑問をぶつける。確かに歴史だったかの授業の最初で人類の祖先について習ったのを竜司達も思い出す。

「当然だが、後になってからそうした原人の生き残りを懸命に捜しただろう。

 しかし彼らが来る前からもう絶滅してしまったようだった。恐らくはこの時代、人類進化上のボトルネックのような状況にあったのではないかな」

映像の一部に、生物の進化系統樹が表示された。

どうやら類人猿から人類に至る進化を表現しているらしく、その幹が原人と旧人?の間で急激に細くなっている。


「まあ、とにかく我々の先祖たる彼らは、爆発の影響が収まるまで地球軌道上にしばらく留まり、それから恐る恐る地球上の、これから日本列島が生まれるであろうユーラシア大陸の東岸に降り立ったのだ。自分達の生活のために、そして地球に再び文明を築くためにな」

ホログラムは再び上空の宇宙船からの視点に戻り、慎重に操縦する日本人達によって地球軌道を離れた異星の宇宙船が地上にゆっくりと着陸していく様が映される。


「しかし彼らは、原始人とは違って最初から文明の利器を手に入れていた。それも地球より遥かに高度な技術で建造された宇宙船、その中には必要なものは何でもほぼ無制限に作れる分子工場や、地球文明の全エネルギーを一台で賄える量子エネルギー発電器まで揃っていた。もちろん、オゾン層の修復や爆発の影響による気候の擾乱を収めるテラフォーミングの基本キットも含まれる。

 異星人の言葉さえ解読出来てしまえば、あとは子供にだって簡単に扱えるほどだったろう。そして母星での”動物園コロニー"用としてだろうが、日本から様々な生活調度品や文化遺産の一部すら運ばれていたのだ。

 これらを基にして彼ら、つまり我々の祖先はついに古代の地球で新たな一歩を踏み出したのだ」




宇宙船から古代地球に降りたった人々が、宇宙船より少し離れた海岸のほとりで町を建設している状況が映し出された。

「着陸から1年後に簡素な町が完成して、人々はその中心広場で人類の独立と建国を高らかに宣言したのだった。

 また、ここで彼らは旧地球とは異なる圧倒的な科学力と生産能力を得た事で、旧来の資本主義を完全に捨て去る決意をした。具体的には、貨幣経済を止めて人間一人一人の素質や能力や努力やその成果、あるいは個性や信頼といったものを本位にする経済に移行したのだ。何しろありとあらゆる必要なモノがタダで手に入るのだからな、貨幣という概念は当然要らなくなる」


「これは、まるで『断絶への航海』というやつかしらね」

「神崎さん、何それ?」山科が首を傾げる。


映像が高速再生されると、小さな町が見る見る間に巨大な都市となり、それは地球を覆う巨大な光のネットワークとなった。

「後に地球を支配するはずの原人達はもう居ない。そうなると、もはや我々の先祖は若干開き直ったように地球をガンガン再開拓していった。もちろん人口もどんどん増え、また新しく宇宙船を作って地球外の天体にも次々に進出していったのだ。

 なぜそこまで文明の発展を加速せねばならなかったか?

 それは、例の異星人種が再びやってくるのではないかという恐怖からだ。奴らから奪った宇宙船の記録を調べてみると、どうやら連中はこの時代にはまだ本格的な恒星間進出は果たしていないようだった。

 だが油断は出来なかった。こうなってはもう文明の進化を何としても早め、連中よりも先に宇宙を支配して、出来る事なら連中を滅ぼせるくらいに文明規模や戦力を増強しておかねばならない。

 彼らは、旧来の日本人とはもう価値観が全く異なる存在になりつつあった」


竜司達を包み込むホログラム映像は、漆黒の宇宙を突き進む圧倒的に巨大な宇宙船の大群を映し出した。

「そしてついに、その時が来た。

 恒星間宇宙を自由に航行出来る技術を獲得し、太陽系外にある多くの星系に進出して星間国家を築いた彼らは、超兵器を満載した宇宙艦隊数万隻によって、例の異星人種の母星を一気に奇襲したのだ。

 彼らにとってはあっけない程に、異星人達はあっという間に滅び去った。何しろ、異星人達はまだ本格的な星間進出すら果たしていなかったのだから当然と言えば当然だったろう。

 また、その異星人種に敵対しつつもやはり地球人にとって対立的な星間種族も次々に滅ぼしていった」




「ふむ、まるでスターウォーズとかヤマトのようだな」

「だいぶん好戦的なような気もするけれど、この気質は今も貴方がたに受け継がれているのでしょうか」

映像の戦闘シーンを眺めていた神崎が腕を組み直し、オクウミの方を見て若干不安そうに呟く。


「いや、その疑念は払拭させておきたいところだな」

と言ってオクウミは、新たに切り替わったホログラム映像を指差した。

銀河系の地図らしきものがそこに映し出される。恐らく宇宙の勢力図なのだろう。


「我々の先祖は、太陽系の周囲数千光年に渡って敵対的な星間種族を滅ぼした後にようやく気づいたのだ。すなわち、我々は何をやっているのか、これでは彼ら異星人種と同じ悪行を成しているだけではないか、と。

 しかしその時点で、彼らは銀河の丁度反対側で星間種族同士の大同盟が結成されつつあるのを知った。もちろんそれは、彼ら日本人の末裔に対抗するためのものだったろう。宇宙軍の強硬派は、当然その大連合を討伐すべきだと主張した。そして強硬派に押し切られる形でなし崩し的にその大同盟との銀河大戦に突入していったのだ。

 更には銀河系の別の方角でも、大連合とは異なる星間組織が結成され、他の2陣営と戦い始めた。

 この三つ巴による果てしない戦いが数万年に渡って続き、銀河各地は疲弊し、荒廃して何も得られない状態となった」


ホログラム映像は、銀河系各地の荒廃した星々を映し出す。

「そこに、ある人物が我々の銀河文明内に現れたのだ。

 彼は政治家であり思想家だった。彼が物心ついてからしばらくは、銀河各地を放浪する旅に出て見聞を広めていた。その道中において、恐らくは”悟り”のようなものを開いたのだろう。

 そしてその後、彼が銀河のあちこちで説く調和の思想に、話を聞いた誰もが惹かれたのだ。それもそうだろう、何しろ銀河に住む全ての人々はもはや長き戦乱に倦み疲れていたのだから。

やがて彼は、当時の銀河社会における央都に定住した。そして中央行政府においてみるみる頭角を現し、ついに日系銀河社会を纏めた政権首班の座に上り詰めたのだった。

 彼によってついに銀河大戦スターウォーズに終止符が打たれ、さらには自らを含む3陣営をまとめる”星間種族連合”の結成にまで至った。

 また彼は大衆の圧倒的支持によって、宇宙日本人類の文明体をまとめる初代”銀河帝国”皇帝となった」


「おいおい、なんか銀○伝みたいな展開になってきたみたいだが?」

東雲が茶化してくる。確かに帝政を敷くとなると色々マイナスなイメージもある。

「ふむ、その何とか伝というのはよく知らないが、恐らく諸君らが心配するような事はないだろう。

 何しろその初代皇帝は、自らを”相転移”させて別の次元へと旅立ってしまったのだから」


「?」

「相転移?とは?」神崎が当然な疑問を口にする。

「ああ、まあ先ほど述べた”悟り”とかを、肉体レベルでも実行したものだ。

 その頃にはもう人間の寿命は数千年とか1万年を超えるものとなり、また肉体自体も遺伝子改造や機械への置換などが誰でも普通に出来る社会になっていた。当然一人が持てる知識量も膨大なものとなる。

 そして自身の意識への”観測”を極大にする事で、自らを超心理工学的にも物理的にも高次元な存在へと”相転移”させるのだ」


「むぅ、訳が分からん」

「まあ分からなくても構わない。確かにこれが成せる人物は我々の社会でもそうは居ないからな」

「恐らくは、SF小説の『地球幼年期の終わり』だとか『2001年宇宙の旅』に出てくる超越的な存在みたいなものかしら」

「神崎の例えはよく分からんが、まあ神様みたいなモノになったって事か?」

「そういう認識で構わないだろう。何しろ我々ですら、なかなか到達しがたい領域だからな。

 ともかく、そういう訳で彼の系譜は特別なものとなり、彼の遺伝子や知識伝達子を受け継ぐ人々は宇宙日本人類における新たな皇族として受け入れられ、また彼ら自身も”高貴さによる義務”を果たすべく活動しているし、またその系譜から、初代皇帝に続いて”相転移”する人物が何人も続く事となる」

「ノブレス・オブリージュの進化版みたいなものかしら、それも宗教的な」神崎が頷いた。

「なるほど、21世紀日本ではそういう言い方もあるのだな」




「で、彼が築き上げたこの体制は、現在までおよそ50万年以上もの間続いている。

 そして”星間種族連合”の版図は天の川銀河系だけでなく大小マゼラン星雲から周辺の小銀河、球状星団も含めて半径約50万光年の、いわゆる局部銀河群での天の川銀河系周辺領域全体を収めるまでに至っているし、さらには近隣の銀河団への銀河間交易も行っている。

 見たまえ、これが現在の”星間種族連合”世界だ」


そう言ってオクウミは指をひらめかせると、部屋全体に広がるホログラム映像が切り替わって、様々な星系・星雲・宇宙空間や天体上に広がる宇宙文明の数々がビジュアルで展開された。

無数にあるテラフォーミングされた地球型天体を有する太陽系に、その惑星上にある壮麗な都市群や田園地帯が見え、または虚空に浮かぶ惑星サイズのコロニーや産業施設が、やはり無数に並んでいる様子や、広大な小惑星帯を縫うようにして発達した交通路のチューブや人工天体の集合体、何もない真空のはずの宇宙空間で縦横無尽に広がる立体的な『森』や『海』など。

更には奇妙な色の太陽を覆い尽くす巨大な球殻やリング、壮大な星雲の内部にあるブラックホールを改造したスターゲートや、あるいは恒星と恒星が結晶のように規則的に並び直させたような空間構造体、果ては一見してどういうものなのかさっぱり分からないが、とにかく巨大な人工構造物ストラクチャーまで様々なものが映し出される。


「ふぁー、凄ぇ…」一同、驚くばかりで言葉も中々出てこないほどだ。


「あ!ねぇねぇ!!向こうにクジラ?イルカ?宇宙空間なのに水族館みたいだよ!!」

山科が指差す方を見ると、確かに海で泳ぐ鯨というかイカや魚というか、色々な生き物みたいなものが宇宙空間を泳いでいる。

ただしそのサイズは一つ一つが宇宙船や小惑星程もある。

「ああ、あれは”宙泳族”だ。一応それ単体で生物として成立しているが、

 宇宙空間や様々な天体環境での活動が可能な知的星間種族だ。もちろん恒星間も単独でワープして移動出来る。

 他にも”星間種族連合”内で有力な種族として”真竜族”、”甲殻族”、”結晶族”、”群緑族”、”星虫族”、”熱胞族”などが繁栄している。

 それぞれ高度な知性と文明を有し、個体数もそれぞれの種族で数百から数千兆は存在する。

 そして”星間種族連合”全体の人口は現在、約3京2500兆人に上る。もちろんこれは仮身体アバターではなく実体オリジナルの数だ。」


オクウミが言った種族の姿がホログラムで映し出される。

”真竜族”は、レプティリアンのような恐竜的姿をしているが形態の個性が色々あって、しかもまるでファンタジー世界の竜人みたいに、自然素材の衣服や装備を纏い素朴なデザインの都市文明を形成しているようだ。

“甲殻族”は海老や蟹の様な海生甲殻類的形態だが、個々で様々な身体改造や拡張を行っていて半分機械じみている。

それ以外にも、確かに色とりどりの鉱物か結晶みたいな種族や、植物や樹木の塊みたいな種族、更には空中を飛び回るプランクトンか昆虫のような種族や、宇宙に漂うプラズマの泡で出来たクラゲ状の種族などがいるようだ。

こんな種族が全部で何千兆人いや何京人も居るなんて、竜司達には全くもって想像もつかない。


仮身体アバターと言うのは何かしら?」

「ああ、仮身体アバターとは仮の分身とでも言おうか、本人の実体オリジナルが赴けない場所へ代わりに行って活動を行い、

 後で知識と経験を実体オリジナルへ共有・移植するための端末だ。活動範囲が10万光年以上に広がった現代人類には必須の技術なのだ。

 私も所有しているが、1人あたり平均10体程度持っているだろうな」

「それはVR…いえ、電脳空間内の存在なのですか?」

「いや、それはそれでまた仮想体バーチャルとして存在する。そちらの方は10と言わず無数に増やせるがね。

 仮身体アバターは物質の体として動かせる端末なのだ」

「まるでスマホみたいだな」

「って事は、実際の人口は数京×10倍で…?」

「ふむ、そうだな…実際は眷属下にある原始文明の構成種族たちや、有権型の人工知性体なども含めたらもっと居るだろう。

 そうなると我々でも正確な統計情報が存在しない状態ではある」

「人工知性体というのはロボット?」

「単純に人間型のロボットやアンドロイドを指すだけでなく

 宇宙船の人工知能や、都市や天体環境を管理する知性群など、色々な種類の人工知性が活動しているよ」


「凄ぇなぁ、銀河系を丸々一つの文明にまとめてるとかもうスターウォーズどころじゃないよな」

「いや、それだけではないぞ。”星間種族連合”は異次元空間を人工的に構築する事に成功し、そこを経由して遥か遠方の銀河系のみならず、無数にある別の異次元世界や平行宇宙へと自由自在に跳躍する事が出来るようになったのだ。

 今では、実体宇宙世界と人工次元世界の占有/使用比率はほぼ1:1くらいになっている」




「じ、人工次元世界!?」


またも初めて聞くワードに、全員が目を白黒させた。

「そうだ。そしてこの人工次元世界によって、我々がこの地球世界線に到達できたのだ」

もうココまで来ると、竜司どころか神崎ですら理解が追いつかないレベルになってくる。


「ええと…まだちょっとよく分からないのですが、それは宇宙を新たに作る、みたいなものでしょうか?」神崎が恐る恐るといったていで訊いた。

「ふむ、まあそこまでは至っていないが、強いて言えばミニ宇宙といったものだろうか。

 しかしその時空構造は、我々の時空設計者によって自由自在にデザインする事が出来る。例えば、我々の世界とこの地球世界線を強力なワームホールによって繋ぐ事も、その間に小さな異次元空間をこしらえて空間基地を据え、言わば”時空の駅”にする事も可能だ。

 まあ実例を見た方が早いか」

オクウミが再び指をひらめかせると、映像が銀河文明の様子から、奇妙な洞窟のような空間に切り替わった。


「これは…?」

球状に広がる空間の壁には何か黄色や緑や青色のしみのようなものがへばりつき、その上に白いもやのようなものが掛かっている。しかし竜司達がよく見ると、その表面はまるで宇宙から見た地球の表面のように見えた。


「まさか!?」神崎は何かに気づいたようだ。

「そう、ここは典型的な人工次元世界の一つ、通商結節体ゲートワールドだ。

 この球体は既存の宇宙空間のどこにも存在しない、いわばここだけで宇宙が完結している世界だ。その表面の向こう側には、文字通り何も無い。空間すら存在せず、まったくの無なのだ」

「???」

竜司には全く何の事なのか理解出来ないが、とりあえずオクウミの説明を聞き続ける事にする。


「ここの球体の直径は1000kmほどあり、その内側の表面に人間が住める環境が整っている。丁度球体の中心から外側に向けて重力が掛かるようになっていて、この表面には湖や森や都市なんかもある。

 そして表面のあちこちに、別の宇宙や人工次元世界へと繋がるゲートが備え付けられていて、ここに居る知性体は、他の宇宙や世界などから様々な物資や情報をやりとりする通商貿易を行っているのだ。

 我々が管理している通商結節体は、ここ以外にも少なくとも数十万基あって、形状や時空構成も、泡の塊みたいな構造からリング状やチューブ状の形態まで様々だ」


「…なんて事なの」神崎も絶句するレベルの光景である。




「我々としては、こうした人工次元世界の方が過ごしやすかったりもする。何しろ自由自在に環境を作り込む事が出来るのだからな。

 だが、我々としては自身の起源について敬意を払い、実体宇宙世界を主たる生存世界に据える事にしているのだ」




ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー




『オクウミの奴、いつまで話し込んでるんだ』

『さあ、興が乗ってるんでしょう』

『隠れるのも飽きてきました、早くお嬢様方にご挨拶したいですねぇ』

『男の子もいるようですが』

『お前は両刀使いだろ』

『うふふー』

『あーオレもいい加減に退屈だ!ちゃっちゃと出てぇ!』

『まだちょっと待って下さい。向こうの話のキリが良い所まで』


『ちょっと腹減ったぜ…こっちの地球の団子とか食ってみてぇ』

グゥゥ、と可愛らしい音が鳴った。

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