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32-7  陰謀論者の宴・7




空の一点がにわかに眩く光り、それは空間を無理やりこじ開けるように一気に広がって光る輪を形成し始めた。


そして輪の中から、異形の円盤が姿を現した。




「ミッドタウン、こちらアイアン01。

 通常空間への再転移、成功。ワープドライブ、全て異常なし」


『アイアン01、ミッドタウン了解。

 攻撃目標を確認し次第、直ちに『ヴァイラス』を発射せよ。

 発射を確認後、直ちにその場を離れて帰投せよ。ただし帰路は通常航行のみ』

「ミッドタウン、アイアン01了解」




アイアン01と呼ばれたその円盤は、高度1.5万m付近の通常空間に出現してすぐに『ヴァイラス』を地上へ向けて投下した。


その様子を月面の『アルファ』基地の観測室にて偵察衛星経由で確認したレイノルズ宇宙軍大将が、すぐ傍にいるモラヴェックに報告した。


「成功です!

 アイアン01の『F-37B』に搭載されている試験型の小型ワープドライブ装置が問題なく機能を発揮したようです」


「フン、そうでなくては困る。

 せっかく多くの犠牲を払いながら、”グレイ”どもから苦心惨憺してワープドライブを手に入れたのだからな!」

モラヴェックが思いきり顔に渋面を作りながらそう返した。


「しかし、いざという時に備えて基地で待機させておいたのが幸いしました」

「あぁ、こういう重大な作戦を立てる場合は万一を考えて第二・第三の手を持っておくのが重要というものだ」


元々グルームレイク基地の地下では、こうした異星人の技術をリバースエンジニアリングして改良を行う開発部門が活動しており、今回使用した小型ワープドライブ装置もその一つだった。

そしてたまたま実験飛行用『F-37』に搭載して試験中だったところを、今回レイノルズが押さえたというわけだった。


もちろん、スパイダー小隊側の作戦が万事上手くいけば出動させるつもりは無かったのだが、敵機の襲撃を受けるだろう事もある程度予想はしていた。

本来であればまだまだ不安定で実戦に供するのは難しいシステムではあったが、速やかな作戦遅延の挽回を狙うならこれしかないとも言えた。




「しかし、案外すんなりと成功しましたね」


「ああ、例の国家安全保障局パズル・パレスにいる超能力者ミュートどもがやっている超心理学的妨害作戦とやらが効いているのだろうて」

モラヴェックが皮肉めいた口調で言い放った。


「まぁ確かに本作戦を行った2隊のうちスパイダー小隊側はそのままにして、もう片方のアイアン小隊側への対ESP工作をシマザキ大佐に依頼したのが功を奏しましたね。

 ロシア側の魔術師達を出し抜くためには、それ位は必要かと思ってましたが」


シマザキ大佐が率いる国家安全保障局パズル・パレス内の超能力部隊では、かつてそこに所属していた桜木のような精神操作能力者やPK(念動力)能力者・ESP(超感覚)能力者など数百人ほどの超能力者が活動している。

当然ながら、超能力者同士の戦闘をも想定した数人での超能力連携や、対超能力妨害などの研究や訓練も盛んに行われている。


特に今回は超能力とは若干異なるが対魔術師戦闘を念頭に置いている事もあり、部隊の中でも最強クラスの精神妨害マインド・ステルス能力者数人をアイアン小隊の方に充てた事で、ギリギリまでその存在自体を超心理的に隠匿する事に成功したのだった。




「にしてもだ、スパイダー小隊を襲ったのはロシア軍機では無かった、というのはどういう事なんだ?じゃあ一体ソイツらはどんな連中なんだ!?」


憮然とするモラヴェックに、レイノルズが首を少し傾げながら答えた。

「はい、先ほどようやく”ミッドタウン”…グルームレイク基地作戦司令部からの報告が上がってきましたが、

 なんとも抽象的な表現になりますが、なんと”魔女”?達に襲われたのだとか」


「何じゃと?”魔女”?」

この単語に、モラヴェックだけでなくアントノフも反応した。


「ええ、具体的には…黒いボディスーツを纏って数mほどの棒状の飛行装置を操る、十数人の男女らしきヒューマノイドだという事です。

 しかも、杖のような武器で『F-37』の制御を奪ったとか」


「おい!ソイツらを撮影した画像か動画は無いのか!?

 戦闘機であれば記録データくらいは基地に送られておるはずじゃろう!!」

アントノフが身を乗り出しながら問い正した。


「あ、いやちょっとお待ちを…確かこちらに報告書データと共に画像が…」

レイノルズがオペレーターに指示して報告書を正面スクリーン一杯に表示させる。


「…ほう?」

何枚か上がっている画像はいずれも静止画で、しかもやたらと画質が粗かった。


「何じゃ!近頃の戦闘機に搭載しているカメラは質を落としているのかね!?」

「い、いえ…そういうわけは無いはずですが…ひょっとしたら、何らかのジャミングが掛かっている可能性もあります」


「それにしてもだ…これはどこかで見た事があるな」

「はい、それについては既にCIAや国家安全保障局パズル・パレスからも簡易的な解析結果が上がっていまして、

 どうやら数ヶ月前に日本の上空で旅客機が似たようなヒューマノイド群に遭遇した事件と、かなり似ているとの事です」


「民間の旅客機が遭遇したのかね?」

「そうです。しかしその際に撮影された映像等もまた、何か妨害が入ったかのように不鮮明なものばかりでした」


「フン、民生品なぞそんなもんじゃろ」

「ええまぁ、そうですね…

 あと今回の報告では、この集団がグリーンランドの上空にて方位0-0-0…すなわち北極方向から到来したという事なのですが、

 グリーンランドと北極点を線で結び、それをさらに北極点を超えて延長させると…日本に辿り着くのです」




「日本か…」

それを聞いたアントノフが感慨にふけるようにして呟きつつ再び腰を椅子に落ち着けるかたわらで、モラヴェックが憤慨して叫んだ。


「また日本だと!?まったくあの連中は…!

 ここ最近になって急に景気を盛り返してきたと思えば、やたらと様々な新技術を実用化したりと、こちらの迷惑になるような事ばかりしよるわ!!

 そう言えば去年だかに首相となった新條とかいう男も、妙に食えん奴らしいな。

 トラップの奴がやたらと親近感を覚えていたようで、どうも二人で色々と仕込んでおったらしいが」


モラヴェックは、今度はスクリーンに向かって怒鳴った。

「おいパンス!!」

『はっ、はいっ!!』


仮にもアメリカ大統領臨時代行である男に向かって敬称無しで呼びつけたモラヴェックは、更に双方向カメラへ向かって睨みつけた。


「ただちに日本に対して、外交圧力を掛けい!

 まずは例のUFP情報と、それに”魔女”に関して日本が持っている全ての情報を吐き出させるんだ!

 あと理由は何でもいい、何としても日本の国力を下げさせる事に全力を注ぐんだ!いい機会だから徹底的に叩き潰せ!!いいな!?」

『は、はっ!承りました!!』




体罰に怯える番犬のように声を震わせながら応えるパンスの顔を見て舌打ちをしたモラヴェックは、ここでようやく椅子にドッカリと腰を下ろした。


「全くもってクソ忌々しい民族だ…

 素直に再臨教の餌食にでもなっておれば良いものを」




- - - - - - - - - -




ケルソネソス遺跡上空で不気味な円盤形状の『F-37B』が何か妙なカプセルを真下に向かって投下した様子は、『須佐ノ男』号が隠れている高度2万m付近からも確認出来た。


『F-37B』が通常空間に突如出現してからすぐの出来事だったが、それを目撃した明日香が瞬時に全てを悟り、そして息が出来なくなるほどに狼狽した。




「あっ!ああっマズいわ!!

 あれは間違いなく、”バイオメカノイド”よ!!」


『司令官、直ちにこちらも通常空間に出て対応します』

「お願い!」


一瞬で亜空間から通常空間に転移した『須佐ノ男』号は、その全長500mもある巨体を高度2万m近い高空の冷たく薄い空気に晒した。

しかし、念のため光学迷彩ステルスモードを維持している。


「でも何でなの…

 何で私の予知プリコグが、今回は全く働かなかったのかしら…!?」

明日香は当然の疑問を口に出して呟いた。


『断定はできませんが、先方が何らかの対超能力妨害工作を行なっていた可能性もあります』

「そんなことが可能なの!?」


『これも推測ですが、”機関”側では既に21世紀地球人の超能力者を多数確保して超能力部隊を組織していますので、その中の超心理的妨害能力を持った超能力者が関わっているかも知れません』


「確かに…あの桜木亜美さんが所属していた組織だものね。

 当然それは想定すべきことだったわ…っ」

明日香は、拳をぐっと握り締めて下唇を噛んだ。




『急降下開始。

 目標高度に到達し次第、”バイオメカノイド”排除を開始します』

「ググッ!!」


明日香は再び操縦桿を握り締め、急降下による三半規管の混乱に耐えた。

とは言え『須佐ノ男』号は通常の機動程度では船内の重力・完成制御がしっかりしているので、そこまで酔うような事はないのだが、酔いには心理的要因もあるので明日香の行動には仕方のない面もある。


彼女の視界全体がユラリと揺らめいた気がしたが、それでも何とかして感覚を元に戻すと、その時にはもう『須佐ノ男』号は地表近くへと到達していた。




「ああ…何て事に…!」


既に地表は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


投下された『ヴァイラス』のカプセルが地表に衝突した衝撃で割れ、その中から数体の”バイオメカノイド”が放たれていた。

しかし”バイオメカノイド”は本来の目的である遺跡魔法陣の破壊ではなく、その周辺にいたロシア人将兵達から先に餌食にする事に決めたようだ。


「ギャァアアア!!」「グゥアハァッ!!」「た、助けてくれぇガァアアア!!」


その鈍色にびいろに輝く図体を不気味なほど敏捷に飛び跳ねさせながら、遺跡を警備していたロシア軍を文字通り蹴散らし、そして兵士達を装甲車や戦車ごとボール紙のように引き千切っていく。

遺跡魔法陣に使用する魔力供給装置や魔力バッテリー、測定装置や変電機なども次々に蹴り飛ばされていた。


もちろん”タワー”の顕現維持に従事していたロシア軍属や再臨教の魔術師達も例外ではなく、防御魔法を繰り出そうとする控えの魔術師から先に喰われていた。

当然ながら未成熟でひ弱な地球人の防御魔法など、”バイオメカノイド”にとっては蚊に刺されたほどですら無かった。




「お、おいパイク!

 ブーニン大統領達が退避するまで、あっちの雛壇前で防御を行え!!」


「ええっ!?ど、どういう事ですか!?」

今にも逃げ出しそうな上司に命令されたパイクが当惑した。


何しろ彼は、”タワー”の顕現維持の為に、今もなお自身の魔力を”タワー”に注ぎ込み続けていたからだ。

あともう少しもすれば、”タワー”と魔力ネットワークによる魔力フィードバックが完成し、そうすればあとは魔術師の手助けなしでも自動的に顕現を維持できるはずだった。

だがここで魔力注入を止めてしまえば、”タワー”の顕現が維持出来なくなってしまうばかりか、”タワー”の機能不全により暴走する恐れすらある。


「いいから早くやれ!頼んだぞ!!」

「えっ…は、はいっ…」


再臨教会における上司命令は絶対だ。

有無を言わさない命令に、パイクは否応なく頷くしか無かった。


パイクは顕現維持魔法を防御魔法へと切替える前に、ちらと雛壇の方を垣間見た。

すると、雛壇の方では未だにブーニン大統領やロシア人指導者達がもたついているのが分かった。

おいおいとっとと逃げろよ…と思ったが、どうやらブーニン大統領が何かその場で発作のようなものを起こしているらしい。

彼らを乗せるための装甲車もやって来てはいるが、まだ乗り込んではいない。




「畜生っ!もう知らねえぞっ!!」」


グイッと杖を構え直したパイクは、顕現維持魔法をその場で解いた。

すると、今までしっかりした”実体”を伴っているように見えた”タワー”の外観が、フワッと大きく揺らめき始めた。


彼はそれを見て顔を思い切り顰めたが、それでも振り切るようにして魔法陣の縁から後退あとずさり、そして雛壇の方へと駆け寄った。


ちょうどその時、”バイオメカノイド”の一体が雛壇へと襲い掛かろうとしていた。


「グゥルルルゥアァアアア!!!」

「うわああっ!!」


あちこちで悲鳴が上がる中、パイクは急いで杖を掲げて防御魔法の呪文を唱え始めた。

すると、彼の目の前に薄く大きなバリアのようなものが構築される。


「ガァバァアッッッ!!」

「ッグッ…!!」


”バイオメカノイド”がバリアに思い切り衝突し、その衝撃でパイクの体が砕けそうになるのを必死に堪えた。


防御魔法の構えと呪文詠唱を維持しながら、ゆっくりと後退して衝撃を抑える。


「グググッ…なんて馬鹿力なんだよ…!!」


パイクの魔力が他の魔術師達よりも強いお陰で、彼の周りで為すすべもなく喰われてしまう魔術師達よりはそれなりに持ち堪えてはいるが、それでもすぐに限界が来そうだった。




「…えっ…!?」


ピカッ、と何か奇妙な光が上空から降ってくる事に気づいた時には、もう眼前の”バイオメカノイド”は炎に包まれていた。


「ッギャアアアアアッ!!」


”バイオメカノイド”が断末魔の叫びを上げると、そのまま焼け焦げた巨体をバッタリと地面に打ち付け、そしてそのまま黒煙を上げながら動かなくなった。


「な…な、何が起こった…!?

 まさか魔法で!?いや、俺の魔力じゃここまでにはならないぞ…?」


パイクが周囲をキョロキョロと見回すと、既に他の所で暴れていた”バイオメカノイド”の全てが同じように炎に包まれ、あるいは金属の体を完全に焼け焦げさせて動かなくなりつつあった。


「どういう事だ…?

 何か、空から…!?」


パイクが夕空を仰ぐと、そこには茜色に棚引く雲しか浮かんでいなかった。

しかし一瞬だけだが、巨人のような何かが空に浮かんでいるような幻覚が見えた。




- - - - - - - - - -




『司令官、”バイオメカノイド”全機の排除が完了しました』

「ご苦労様…

 さぁ、息を吐く暇もないけど次の作戦を始めないとね」


少し頭痛を感じた明日香が、眉間を指で摘みながら何とか心を切り替えるようにして言った。

もちろん疲労もあったがそれ以上に後悔の念が強く、それが頭痛として現れてしまっているのだろう。


『魔力遺跡の破壊手順は、宙域軍魔力戦部隊によるサポートで入力済みです』

「確かアンシュリアレーさん…准将隷下の部隊ね。

 あの方も、せっかく実体オリジナル仮身体アバターとで分けたのに結局両方とも軍務に就く羽目になるなんて、ちょっと同情するものがあるわ…」

『仕方ありません。有能な人材は活用されるものですから』


「それは辛いわね…で、具体的にはどうすれば?」

『はい、それは…』


と、そこまで言ったところで『須佐ノ男』号が突然急上昇を開始した。


「ちょ、ちょっと!?

 何で急に離れようとしてるのよ!?」


『魔力遺跡上で急激な魔力場の歪みと異常を検知しました。

 このままではすぐに”タワー”が暴走します』


「何ですって!?それじゃ…」

『はい司令官。この場に留まるのは大変危険です』


その時、突然明日香の脳裏へと、様々な映像がパノラマ状に一気に展開された。

それは地上でこれから繰り広げられるだろう更なる惨劇だった。


「ぁあああっ!!あああ!!」

『司令官、落ち着いて下さい。

 恐らく”機関”側の対超能力妨害工作が止んだので、一気に司令官の能力が堰を切るように現出したのでしょう。

 事前の訓練通りに、能力のゲインを絞って精神を安定させて下さい』


「あぁああああああっ!!」




「おい何をしておるんだ!

 早く魔力供給を再開させろっ!!」


カディロフが脂汗を垂らしつつ遺跡魔法陣の前にあるコンソールを猛烈な勢いで操作しながら、周囲に向かって怒鳴った。


「し、しかし魔術師達の大半が先ほどの”バイオメカノイド”襲撃でやられました!

 残った者だけで顕現維持魔法を立て直そうとしても無理です!!」


魔術師が悲鳴を上げるのを聞いてもなお、カディロフは脂汗を流しながら顕現維持魔法の立て直しに全力を注いでいた。

だが、心の片隅ではもうこのままでは”タワー”の顕現維持は不可能だと悟っていた。


「だ、ダメだダメだ!そんなのは絶対許されない!!

 せっかく私が、生涯を掛けて完成させた”タワー”顕現が…これで終わるなんて絶対に許されないのだ!!

 クソッ!あのアントノフのジジイに一泡吹かせるまでは…!!」




「おい!パイクもとっとと顕現維持魔法を再開させろっ!」

「…はい」

上司に再び命令されたパイクが、心の中で思い切り舌打ちをしつつも魔法陣の前へと戻り、そして杖を構え直して呪文を唱え始める。


「クッ…こ、これは…!」


全高150mほどある”タワー”は既に大きく揺らぎつつあったが、ここでパイク達が魔力を注ぎ込んだ瞬間、まるで地震でも起こったかのように大きく振動し始めた。


「ダメだ…!送り込む魔力が偏っているんだ!

 魔術師が全然足りないせいだ…これでは…暴走する!!」


顕現維持魔法とは、簡単に言えば高速で回転するコマにバランス良く四方八方から少しずつ息を吹きかけて、あらぬ方向にコマが飛び出していかないようにするための術とされ、またコマ自体の回転にも力を与えている。

一方向だけから息を吹きかければ、簡単にコマは吹き飛んで倒れてしまうだろう。


そして先程の戦闘で一時的にしろ魔術師達が顕現維持魔法を中断し、更に魔術師達が数多く倒れてしまった現状では、もはやコマの維持は不可能だ。




「い、いや!まだ私には魔力バッテリーがある!!」


何を思ったのか、いきなりカディロフがコンソールから一旦離れて近くに転がっていた魔力バッテリーと供給装置を再接続させた。


「これで魔力供給を増幅させるのだ!

 ”タワー”の維持が不可能でも、何としても暴走だけでも食い止めねばならん!」

「だ、ダメですそれは!さっき”バイオメカノイド”が踏み倒したヤツですから機能不全を起こす可能性があります!」


技術者達が止めさせようとするのをカディロフは無視した。

「大丈夫だ、少しの間だけなら持つ!」




そして供給装置を魔法陣に再接続させて魔力を流し始めた途端、それは起こった。


ヴゥン!!


「…む!?」


最初は、わずかな違和感だけだった。

しかしカディロフの脳内でじわりと広がっていく、頭痛と吐き気と怒りと悲しみと憎しみと苦しみは、彼の眼前に妄想と幻覚を展開させるに十分だった。


「うあ、あ…アントノフ!

 こ、ここ、こここんな所にまで来やがって…!さては私を蔑んで貶して嘲笑うつもりだろう!!

 畜生!畜生っ!!」


カディロフは、魔法陣の前に立って大きく笑い声を上げるアントノフの幻覚に向かって、手にしたスパナを思い切り振り上げた。


「アントノフめ!このジジイめーーーっ!!」


彼はそのまま魔法陣の中へ、そして揺らぐ”タワー”内部へと突っ込んでいき、そして内部の膨大な魔力奔流に飲み込まれて100m以上も高く吹き上げられてしまった。




同じような状況に陥ったのはカディロフだけでは無かった。


「あぁあああっ!!

 くそっ!アジアの猿どもめっ!!

 絶対にお前らに俺の靴を舐めさせてやるんだっ…!!」


パイクがその場で悶えながら、その場に居ない敵に向かって杖を振り回し、攻撃魔法を繰り出そうとしていた。

しかし狂った彼が直上の空に向かって放つ高熱の魔力塊は、すぐにまた地上へと落下していく。


「ぅぅわあああああああ!!」

哀れなパイクは、自らが放って戻って来た魔力塊を全身に浴びてたちまち火達磨になってしまった。




同じ事が雛壇のロシア人指導者達にも起こっていた。


ある者は銃を喉の奥にまで咥えて撃ち、またある者達はその場で同士撃ちした。

そこら中で銃撃が発生し、またロシア兵が投げた手榴弾で吹き飛ばされた。


ブーニン大統領もその同士撃ち騒ぎの中に巻き込まれ、それが終わる頃にはスーツ姿で折り重なる遺体の中に紛れて最早もはや誰が誰だか分からなくなっていた。




- - - - - - - - - -




その頃、トラップはカッシュナー達を引き連れてロシア軍の輸送トラックに乗り、遺跡から急いで離れている途中だった。




「これで大丈夫なんでしょうか、大統領」


輸送トラックを運転しているカッシュナーへ、トラップが告げた。

「ああ、問題ない。

 どうせもう現地は大混乱の極みになっているだろうからな」

荷台の床に座っていたトラップは、幌の天蓋を見上げて首を竦める。


トラップ達は、彼らを監視していたロシア兵達が魔力遺跡で発生したトラブル収拾を支援する為に緊急招集された隙を見計らって、輸送トラックを奪取していた。

そしてトラップの指示によってケルソネソス遺跡を離れ、今は林道をセヴァストポリ方面に向かって移動している。


「大混乱、ですか…

 まさかあそこで『F-37』が出現するとは思いませんでしたが。

 大統領は超能力でもお持ちだったんですか」


「ハッハッハ、そんなわけが無かろう。

 だったらとっくの昔にシマザキの奴がスカウトにやって来てただろうて。

 いや、客観的に考えればだ、”機関”にとってみれば当然の行動じゃないか?

 まず間違いなく遺跡に爆撃を仕掛けるとは思っていたぜ」


助手席に座る補佐官がコンソールの軍用無線を弄ると、そこへロシア軍の緊急無線が飛び込んできた。


「何て言ってるんだ?」

「早口のロシア語は分かりませんが、どうやら大変な事態になっているようです」


「まぁそうだろうな。

 多分あそこで投入されるのは『ヴァイラス』辺りだろうからな」

「『ヴァイラス』ですか!?それは確かに…」

「ブーニンに言質を与えず、そして魔力遺跡を確実に破壊しつつ、あわよくば近辺の重要人物もまとめて殺せるとしたら、それが最良だろうよ。

 何しろ戦略ミサイルも核や生化学兵器も使えないわけだからな、そこへ秘匿兵器の出番というわけさ」


「でも、それにしても様子が変じゃないですか?」

「何がだ?」

「無線を聞く限りですが、まるで同志撃ちをしているかのような…」

「はん?」




その時、背後の空が一際明るく輝いたので、トラップ達が荷台の幌を掻き分けながら空を仰いだ。


遺跡のあった方角の空一面に、虹色に輝く花火のような光が舞い散っていた。


「…オー!ついにやっちまったか!」


トラップが感嘆の声を上げたので、運転の為に正面を向かざるを得ないカッシュナーが訝しんで訊いた。

「何がです!?」

「ああ、ついにあの忌々しい”タワー”が胡散霧消したのさ」


「なんですって?では…」

「そうだ。これで一件落着ってヤツさ。

 まぁこれからうたげの後始末、もとい戦後処理が面倒な事になりそうだがな」




- - - - - - - - - -




高度2万mの上空に戻っていた『須佐ノ男』号と明日香は、事の顛末をそこから見守るしか無かった。




「ついに”タワー”が消えてしまったわね…」

『はい司令官。現在、遺跡魔法陣から半径1kmの範囲内に生存者は確認出来ません。全員が同士撃ちか、あるいは発狂死したものと思われます』

「何てことかしら…」


『仕方ありません。

 ”タワー”は顕現維持のために魔力と共に人間の”負の感情”を吸い取り、そして余った”負の感情”を天辺から放出し、そしてそれを周辺の人間達が受け取り…とフィードバックを行う為の装置でもありました。

 それが暴走すれば、付近にいる人間達の精神は大量に流れ込む”負の感情”に耐えきれなくなり、自滅に至ります』

「確かに、それはどうしようもないわね…」


『そして、魔法陣や魔力遺跡そのものも、彼らが自滅する過程で遺跡を破壊し回ったお陰で、もはや魔力装置としての復旧が不可能なまでになっております』

「破壊手順とやらは無視しても良いものなのかしら?」

『はい、それはあくまでも周辺の人間を安全に保つための手順です。

 今回のように、周辺の人間が全滅した状況下では意味が無くなりました』




「ああ…そうなのね。

 それじゃあ、もうこれで作戦は終了というわけね。

 しかしこれで何とかなった…とはとても言い難いわね…

 私が失敗したおかげで、余りにも多くの犠牲を出してしまったわ…」


『司令官が責任を感じる事ではないと考えます。

 これは予想外の因子によるものです』


「そう言ってもらえるとありがたいけど、

 でもこれはやっぱり、”機関”の奇襲部隊を予知出来なかった私の責任よ…

 何よ、レベル16だのなんだのって浮かれていた私が馬鹿みたいだわ…」




明日香は、『須佐ノ男』号のコックピット内で少しばかり啜り泣いた後、それから気持ちを切り替えるようにして顔を上げた。


「さぁ、オクウミさんとアンシュリアレー准将に報告したら、すぐに日本へ帰りましょう」

『了解しました、司令官。

 それでは帰投コースに入ります』




煙が今なおくすぶる遺跡を後に、『須佐ノ男』号は亜空間へと音もなく入っていった。

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