32-5 陰謀論者の宴・5
トラップ達がケルソネソス遺跡に到着した時よりも少し時を遡ること数日前。
カリブ海に浮かぶ極秘の”機関”所有宇宙基地から宇宙往還機で飛び立ったモラヴェックは、そのまま月面の『アルファ』基地に向かっていた。
2日余りで『アルファ』基地に到着したモラヴェックは、そこでアントノフ教授の出迎えを受けていた。
「同志ウラディミル・ミハイロヴィッチ。
そんなに慌てるような事かね?」
「ああ、そうじゃ!」
モラヴェックの問いに対してそう叫んだアントノフは、基地内にある中央司令室へとモラヴェックを案内した。
「モラヴェック議長、ようこそいらっしゃいました」
基地司令官のムーアが出迎えた。
「おう、ムーアも久しぶりだな。
それにレイノルズも来ておるのかね」
「モラヴェック議長、どうも…
私もアントノフ教授から緊急で呼ばれたものでして」
アメリカ戦略宇宙軍のレイノルズ大将が頭を下げた。
「ふん、そうかね。
さて同志、そろそろ説明を聞かせてもらおうじゃ無いかね?」
中央に急いで据えられた議長用の椅子に座ってふんぞり返ったモラヴェックが、そう言ってアントノフを促した。
「そうでしたな、それではスクリーンを」
アントノフは士官に命じて司令室の中央メインスクリーンを切り替えさせた。
「まずこちらを見て頂きたい。
これはウクライナ南部・クリミア半島からヘルソン州一帯に散らばる古代アトランチスの魔術遺跡の位置を示したものじゃわい」
アントノフがポインタでその地域にくるっと輪を描くと、遺跡のアイコンが一斉に青から赤へと灯り始めた。
「今まさに、ロシアは侵攻した彼の土地で例の魔術遺跡を起動させようとしておるようでな。
それが成功すれば、さてどうなるか」
ポインタを操作すると画面が切り替わり、遺跡を斜め俯瞰でクローズアップしたCGが映った。
「んむ?塔が建ったぞ?」
モラヴェックの疑問にアントノフも頷いた。
「うむ、その通りじゃ。
かの遺跡は、周囲から一定のやり方で魔力を供給すると、このように自動的に100m以上もの円錐形の塔が立つわけじゃ。
そしてこの塔こそ、地球上にある全ての魔術遺跡を起動させ、あるいは破壊させる為の司令塔となるのじゃな」
スクリーンがズームアウトし、世界地図に切り替わった。
「見ての通り、地球上における魔術遺跡のネットワークはこのように規則的な網目状となっておるがの、
各々の魔術遺跡へは、この動脈のようなネットワークによって魔力が絶えず相互に流れ込んでいるのじゃ。
そして地球の”臍”に当たるこの地が起動する事で、地球上に散らばる他の遺跡にも自動的に波及するような仕組みとなっておるのが、儂の研究でようやく明らかになったのじゃよ」
「なるほど、つまり…」
「そうですな、ひとたび遺跡を起動させたが最後、他の遺跡を生かすも殺すも自由自在になるじゃろうな」
「だから、カリブ海の基地からも避難しろと言ったわけだな?」
「その通りじゃわい。かの地は魔術的には無防備そのもの、そのまま居続けるのは大変危険だと思ったのじゃ」
そこまで言うと、アントノフは一度言葉を切った。
「…更にそれだけではないじゃろう。
操作の仕方によってこの全ての遺跡と連鎖反応を起こさせる事で、地球を急激に温暖化させたり氷河期を到来させたり、または地殻変動をも自在に引き起こす事も可能となるのじゃ!」
「ほう?そんな事も出来るのか」
「実を言うと、この魔術遺跡を起動させる指揮を取っておるのはワシの部下らしいのじゃが…昔からソイツはかなり嗜虐的な点があってのう。
ソイツの性格からして、単に遺跡を起動させるだけでなく、そうした”利用”を実行しようとするのは想像にたやすいのじゃ…
奴を止めねば、世界が終わってしまいかねんでな」
「おやおや、これを指揮しているのは同志ウラディミル・ミハイロヴィッチの部下だと言うのかね?という事は…」
「…全くもってお恥ずかしい限りじゃわい。確かにご察知の通り、儂は過去にこうした魔術研究を彼と共同で行なっておったわけじゃが。
そして恐らく彼も、儂と同じく最終的な結論に達したじゃろうな」
「そうか、よく分かった。
しかしそれなら、その遺跡を起動させる前に破壊すれば良いだけの話だろう。
ちょうどロシアの軍事侵攻が行われておるのだ、ウクライナ軍の兵器と誤魔化しておいて弾道ミサイルでも打ち込めば良いじゃないか」
「申し訳ありませんが、それは難しいかと」
おずおずとレイノルズ大将が言った。
「既にロシアのブーニン大統領が声明で、ウクライナ軍が現在保有していないはずの弾道ミサイルその他の戦略兵器をロシア軍に対して使った場合、その兵器を供給したのはNATOによるものだと断定し、即時にNATO諸国へも軍事的攻撃を行うと宣言しているのです。
そうなればたちまち第三次世界大戦となるでしょう」
「フン、全くもってブーニンは食えん奴だのう。
昔にワシがロシアを訪問した際も、奴はロクに挨拶にも来なかったからな。
それで、宇宙軍による軌道からの極秘対地攻撃は出来んのか?」
「残念ながら、それも難しいでしょう」
済まなそうな顔でレイノルズが首を横に振った。
「現在、我々の戦略宇宙軍第3及び第5宇宙艦隊任務群がウクライナ上空の軌道上に進出しております。
しかし、こちらでも既にロシア宇宙軍の宇宙要塞”ノヴォシビルスク”が当宙域に陣取っていて、我が方の軍事作戦を阻害しています。
特にこの宇宙要塞では例の”バイオメカノイド”兵器…いわゆる”卵”をも保有しておりまして、いざとなれば我が宇宙艦隊に対して放出してくるでしょう。
これを排除するには相当時間を要しますし、やはりブーニン大統領側へ好ましくない挑発的なシグナルを送る事になります」
「ううむ、他の手は無いのかね?」
モラヴェックが段々とイライラを募らせながら訊いた。
「は、はいっ。
とりあえず、合衆国側でパンス”大統領”が国家安全保障局のシマザキ大佐指揮下にある超能力部隊を用いて、現地で活動している魔術師達に対する超心理的妨害作戦を行っております。
しかし…現地にいる魔術師達、とりわけ再臨教徒の魔術師による精神防壁が硬く、思うように作戦が進んでいない模様です」
「何だと…再臨教だと?」
「ええ…そのようです。
CIAが現地に送り込んだ諜報員によると、現地に招待された各国高官の中に複数名の再臨教幹部を確認したとか」
「どういう事だ…
再臨教は陳の奴がコントロールしているのでは無かったのか?」
「わ、分かりません」
「ふん…まあいい。奴は後で問い詰める事としよう。
とにかく、どうやっても構わんから現地の魔術師どもを一刻も早く全員潰してしまえ!その為には何も惜しまんとシマザキの奴に伝えておけ!」
「り、了解致しました!」
部下達が慌ただしく働き始めるのを上目遣いで眺めていたモラヴェックは、懐から葉巻を咥えて火を付けた。
通常なら綺麗な空気が貴重なこの月面基地ではタバコの類は禁忌のはずだが、”機関”の最高地位にあるモラヴェックには関係のない事だった。
「やれやれ…本来であれば今頃は日本に対して本格的な制裁を仕掛けているところだったのだが…それよりもまずは足元の火を消さねばならぬかも知れぬな」
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トラップが軍用車内で仮眠を取っていると、カッシュナーが起こしにやって来た。
「トラップ大統領、起きて下さい。
いよいよ遺跡の起動を開始するとの事です」
「ん…んむ?
オー、そうか…それは楽しみだな…」
補佐官から渡されたお絞りで顔を拭ってから、ようやく車内から這い出るようにして外に出た。
トラップが周りを見渡すと、既に夕刻らしく辺りは茜色に包まれつつあった。
北の空を見上げると、遠くで何本もの煙の筋が棚引いているのが分かる。
どうやら、ウクライナ軍との戦闘によるものらしい。
「大統領、あちらを」
「ほう、あれは…」
カッシュナーが指差す方に目を向けると、遠くに広がる超古代の魔術遺跡のそこかしこに不思議な七色の光が灯り始めていた。
「なるほど、あれが魔術の光って奴かね」
「そのようですね」
注意して見ると、その遺跡のあちこちで白や黒の装束に身を包んだ魔術師達が何かを唱えながら遺跡の要石に魔力を流し込んでいるようだった。
さらにその周囲ではロシア軍の兵士達が何かの機械装置(恐らくは魔力の増幅装置だろう)や測定装置を操作していた。
そしてその近くには雛壇が設けられ、どうやらそこにブーニン大統領を始めとするロシア人指導者達が陣取っているようだ。
わざわざブーニン達が遺跡起動の瞬間を見物にやってくるとは、彼らにとっては相当このイベントを重要視している証左であるという事だろうが、
あるいはトラップ達も噂で聞いていたが、こうした強力な遺跡に秘めるヒーリングパワーとやらをブーニン達も味わいたいという事なのだろう。
トラップ達がもっとよく見ようとして遺跡に近寄ろうとすると、そこへロシア軍兵士達がやってきてトラップ達の行手を阻んだ。
「おいおい、ここからじゃ良く見えないじゃないかね」
しかし、トラップが英語でまくしたてたところでロシア語しか通じない兵士達には全く聞いてもらえない様子だった。
「仕方ない。まぁ話に聞くところによると、どうやら遺跡起動時には高い塔がおっ立つらしいじゃないか。そうすればココからでも十分見れるな」
そう言うとトラップは、近くにある大きな岩の上にドシンと腰を下ろした。
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そうしている内に、魔術師達が注ぎ込んだ魔力によって要石の光はどんどんと強さを増し始めた。
同心円状に広がる遺跡の中心近くにある、一際大きな要石に向かって魔力を練りながら注ぎ込んでいるパイクは、一向に魔力が満ちる様子のない底無し沼の要石を前にして疲労と虚脱感で何度も気が遠くなりかけた。
しかし何とか気力だけで体勢を立て直しつつ、魔力を注ぎ続けていた。
どうやら他の魔術師達も同様のようだった。
既にその場で昏倒してしまっている魔術師も続出し、その度に控えに回っていた魔術師が交代して魔力を注ぐといった事を繰り返していた。
そのような状態が続いて1時間以上が経過した頃、とうとう地面の石畳に引かれていた同心円の溝にも光が灯り始めた。
同心円状になった溝のそこかしこに不可思議な絵や古代文字なども浮かび上がり、その時点でようやくここが巨大な魔法陣である事に気づく観覧者が多かった。
そして、その魔法陣の最も中心近くにいるパイクが、魔力を増幅するという杖を構えながら事前に教えられた手順の通りに呪文を唱え始めた。
「…=-|--|=-|--|||=-|-|=-|=-|-|-|=-||||-|=-|||=|、|--|=-|-|||=-|-|=-|-|--|=-|―…」
呪文を唱えると、それに応えるかのようにして魔法陣の光が脈動し始めた。
呪文の内容は唱えているパイク本人も理解していない。
しかしパイクは、全身が重い疲労感に襲われつつも、自身が今まさに歴史を塗り替えようとしているのだという高揚感に心を震わせていた。
「…よしよし、ここまでは万事順調だな」
魔法陣と化した遺跡のすぐ近くで、測定機器の表示にかたときも目を離さない一人の科学者が満足そうに頷いた。
彼の名はウラディミル・カディロフ。
もともと彼の師はアントノフ教授だったが、次第にアントノフと対立するようになり、現在ではアントノフの科学者グループからは完全にパージされていた。
何より彼はアントノフが述懐するように嗜虐趣味があり、以前から被験者を実験中の”事故”で度々死なせてしまい、アカデミーからも白眼視されていた。
そこを拾ったのがアントノフだったのだが、結局はアントノフにもカディロフをコントロールする事は出来なかった。
そしてアントノフは”機関”への協力が認められて月面基地での研究が許可されたのだが、カディロフはロシアとの関係を強めてロシア軍の秘密都市で研究を続けるようになった。
やがて先述したように、彼がアントノフとの魔術共同研究を勝手に引き継いで進めた結果、とうとうアントノフと同じく一つの結論に達したのだった。
「私が組み立てたシミュレーションでは、遺跡に蓄積された魔力値が一定以上に達すると、同心円状を呈するこの遺跡魔法陣の中心から150mもの高さを持つ”塔”が自動的に構築されるはずだ…
推測ではその”塔”の”構成物質”は、強い魔力によってねじ曲げられた空間が縦に裂けた異次元の穴から漏れ出した、いわゆる”異次元物質”となるであろう…
そしてこの”塔”の”目覚め”は地球上を覆い尽くす巨大な魔力ネットワークを伝い、その結点に建造された魔術遺跡を自動的・連鎖的に起動させる事が出来る…
そうなれば、この遺跡を制御端末として他の遺跡、例えばカリブ海にあるアトランチス遺跡をも制御し、そして破壊する事すら出来るはずだ…!」
カディロフは自らの考えにふけるあまり、ブツブツと独り言を漏らしながらニタリと不気味な笑みを浮かべた。
それを垣間見た近くのロシア兵達が、ヒッと小声を上げつつ彼から遠ざかった。
「クックック、ハッハッハ!
どうだアントノフのジジイめ!羨ましいだろう!お前よりも先にこの研究を完成させてやったぞ!
しかもその集大成たる”塔”の顕現をこの目で直接見る事が出来ないとはな、今頃は地団駄を踏んで悔しがっている事だろうて!
いい気味だ!ハァーッハッハッハハハ!!」
カディロフが堪えきれずに大笑いをしている前で、巨大な魔法陣から立ち上るような光が次第に明瞭な”かたち”を形成し始め、やがてそれは巨大な塔としての姿を現しつつあった。
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ほぼ同じ頃、月面の『アルファ』基地において地球上の一点を偵察衛星経由で観測していたアントノフ教授は、ついに始まった”異常”を前にしてモラヴェック達を観測室へと呼んだ。
同時に、地球からはアメリカのパンス大統領臨時代行も通信で呼び出した。
「ほほぅ、とうとう始めよったか」
モラヴェックがあたかも特等席でショーでも観るようにして言うと、アントノフが苦笑いを浮かべる。
「ああ、ひとたび始まってしまえば…もはや止めようがないじゃろうな」
半ば諦めたかのような口調で、アントノフが応えた。
「おい!妨害工作の方は一体どうなっておるんだ!?」
モラヴェックが通信画面越しに地球側にいるパンスへ怒鳴るように問うと、彼は一瞬遅れて(月とは片道1.26秒の通信遅延がある)カメのようにして首を縮こませながら、慌てて答えた。
『は、はっ!
国家安全保障局の超能力工作ですが、現地での魔術的反抗が強く、なかなか思うように効果が上がっておりません…』
「効果が上がっておりません、じゃないだろ!
現地に送ったCIAのウクライナ系工作員によるゲリラとかはどうした!?」
『それも、ヘルソン州方面に展開するロシア軍精鋭部隊の攻勢に遭って損耗ばかりが増える状況だそうです。
またヴォルチェンコ大統領は現在ロシア軍のキーウ包囲を行わせないように北部戦線にウクライナ軍の主力を割くと言っておりまして、こちらの指示に従おうとしておりません…』
「チッ、全く役にも立たん連中揃いだわい。
まぁ確かに、ヴォルチェンコの奴に対しては我が”機関”の事は何も伝えてないに等しいからの、奴にとってみればアメリカが勝手に色々要求している風にも見えるのだろうてな!
だがな、あの国も親米と親露とが綱引きしながらコロコロ政権を変えるのがいかんのだぞ。だから”機関”としても、かの国に信頼がおけんのは当然だ!」
モラヴェックは自身を納得させるようにして、誰に向けてでもなく虚空に向かって大声で怒鳴った。
しかし一頻り叫んで満足したのか、自らを落ち着かせるようにして黙り込んだモラヴェックは顎に手を当てて何か思案すると、
それから傍にいるレイノルズ宇宙軍大将に問いかけた。
「おい、確か『ヴァイラス』がまだ残ってたはずだよな?」
「は、はい…確かに今もグルームレイク基地駐留の『F-37』用装備として保有しておりますが…まさか」
「そのまさかだよ。
何、ロシア人共も例の宇宙要塞に”卵”を持ち込んでいるのだろう?
であれば、こちらも同じものを持ち出さん道理は無いと思うんだがね」
「お、仰るとおりですが…
しかし考えてみれば、運用自体は非常にデリケートではあるものの…
その存在自体が秘匿事項ではあるので、もしそれで攻撃したとしてもロシアはすぐにこちらの仕業であると断定する事は出来ないでしょう。
それにロシアがその存在を公表しようものなら、こちらはシラを切れば良いだけの話ですし、何ならロシアの秘密兵器が暴発したとでも噂を流せば宜しいかと」
レイノルズの提案にモラヴェックも応じた。
「そうじゃ。ブーニンの奴は、”通常の戦略兵器”を持ち出して攻撃するならこちらへ反撃すると言っているだけだからな。
もしこちらが”保有しているはずのない兵器”で攻撃したらどうなると言うのだね?何も言えるわけがあるまいて」
「今から出撃させたとして『F-37』であれば音速の25倍もの巡航速度を有しますので、約20分程度で現地へのデリバリーが可能です」
「よし、それで行こう。
ただし”卵”は一つだけで良い。あくまでも遺跡機能の破壊のみが目的だからな」
「了解しました」
モラヴェックの命令を受けてレイノルズが地球のパンスと共に慌ただしく指令を出している間、モラヴェックは再び観測室の正面スクリーンに目を遣った。
ロシア軍と再臨教徒達の手によってケルソネソス遺跡上に構築された巨大な魔法陣の上から、揺らぐような光が立ち上り始めるのが分かる。
やがてそれは、明らかに円錐形状の”塔”を形作り始めていた。
「…む?何なんだあれは」
「ほう、モラヴェック老も気付かれたようかな」
「あの”塔”の天辺にある球体みたいなのから、何か妙なものが放出?されているようにも見えるんだが…あれは一体何なんだ?」
「そうじゃの…あれはさしずめ、”感情”であろうな」
「何だと?”感情”って、あの人間の感情とかの事か?」
「その通りじゃわい。
実を言うと、あの”塔”を形成して起動させるためには、魔法陣の周囲に展開した魔術師達の魔力だけでは全然エネルギーが足りんでな。
更にその周囲にも膨大な魔力を置く必要があるじゃろう。”塔”はそれを根こそぎ全て吸い取り、それでようやく成長する事が出来る。
そして魔力の発生源として一番安上がりなのは、人間などの知的生物が放つ強い”感情”…とりわけ、痛みや苦しみや憎しみといった”負の感情”じゃ」
「なるほどな、と言う事は…」
「そう、ブーニンがわざわざウクライナへの軍事侵攻をしでかし、”戦争”という苦しみや憎しみを拡散させる行為をわざわざ行っているのは、当地での”負の感情”を増幅させて魔力を蓄積させ、それを”塔”へのエネルギー供給源としているからに相違ないじゃろう」
「”負の感情”とやらが”塔”に必要なのは分かった。
じゃあ何で、あの”塔”の天辺からその”負の感情”が放出されているんだ?」
モラヴェックの当然の疑問に、レイノルズも然りと頷いた。
「その問いに答えるには、まずこの”塔”がそもそも何故この地球に存在するようになったかの経緯から説明しなくてはなるまい。
そもそも超古代のアトランチス文明では、植民地を含めた諸都市の安定的な統治方法として、住民の感情を制御する手段を取っていたと推測されておる。
つまり、一種の感情制御装置を各都市に配置する事により、住民の感情を強制的に穏やかにさせて統治しやすくしたのじゃろう。
そしてその装置機能を集約した結節点がこの”塔”だったと考えられるのじゃ」
「フン、統治者が考える事はいつもどこでも同じと言うわけか」
「その後…まぁこれはモラヴェック老の前ではちと話しづらい事ではあるがの、文明末期に地球へ到来した”レプティリアン”達によってその”塔”が密かに改造され…コホン!」
「構わん、続けたまえ」
「これは失礼をば…密かに改造された”塔”が、地球征服の為の兵器と化したわけでな。モラヴェック老のご先祖たる”レプティリアン”の征服者達は、こうして地球の支配に成功したのじゃろう」
「完全に成功したわけでもあるまい。でなければ、今なおこうして統治に苦労する必要もなかろうてな」
皮肉を漏らすモラヴェックに首を竦めながら、アントノフが話を続けた。
「その最大の改造ポイントが、いわゆる”感情”の増幅装置としての機能じゃろう。
”塔”自体の機能維持の為に”負の感情”を吸い取り、そして余った”感情”を塔の天辺にある放出装置から四方八方にばら撒く…
そうすると、それを受け取った人間は”負の感情”を更に募らせて犯罪や暴力、そして戦争へと駆り立てる事となる。
そうなれば地上は混乱を極め、侵略者の付けいる隙を与えるわけじゃな。
しかもそうして得た新たな”負の感情”はまた”塔”へエネルギー源として供給され、余った”感情”はまた放出され、こうして恒久的な循環が生まれる…
正に、後世において”高い塔”を”混沌”と名付けるのも道理というわけじゃ」
「…分かったぞ。
つまりだ、ブーニンの奴はこの地上に新たな”混沌”を顕現させる事を企図しているんだろう。
きっと例のアメリカ国内での政治的対立にしても、奴はそれを狙って裏で工作していたに違いあるまい。
それで、奴は何を得る?
そうだ…恐らく奴はこの地球文明を一度リセットさせて、その上で奴の好きなように世界の新秩序を構築する気なのだろうて。
例えばソビエト連邦の再建かモンゴル帝国の再現、あるいはさしずめ、”ユーラシア大帝国”などとでも僭称するつもりなのだろうな!」
「何とまた…恐ろしい事を考えるものじゃてな。
この老体には環境の激変は耐えがたいものじゃて、もうあのソ連崩壊の頃のような酷い混乱を味わうのは御免じゃわい」
アントノフはわざとらしく体をブルッと震わせた。
「まあ、奴の考える事は分からんでもないがな。
王の内心は、結局は同じ王にしか知りえんだろうてな」
アントノフには、そのモラヴェックの言葉にはどことなく相手に対する憐憫の情が含まれているような感じがした。
「そうじゃのう…
噂によればブーニンは不治の病を抱えておるそうじゃから、自らの命が尽きる前に野望を叶えておきたいと考えたとしても、何ら不思議でもないわい」
「にしてもだな、そんな奴の自殺行為に付き合わされる我々としたら溜まったものではないがな!」
モラヴェックがそう吐き捨てるように言い、それに対してアントノフは苦笑混じりに頷くしかなかった。
「何だと!?
分かった、何としても撃退しろ!!」
地球上と交信を続けていたレイノルズが急に叫び声を上げたので、二人はそちらの方を振り返った。
「どうした、何があったんだね?」
モラヴェックの問いに、レイノルズが渋面を堪えながら応えた。
「は、はい。
どうやら攻撃目標へ向かっていた『F-37』の1小隊が、グリーンランド上空で正体不明機からの接敵を受けたとの事です」




