32-2 陰謀論者の宴・2
『なるほど、とうとう動き始めたわけか』
「ええ、そのようですね」
執務室で新條首相へ連絡を取ったオクウミは、壁一面に張られたグラススクリーンの向こう側に広がる多摩ニュータウンの遠景を見つめながらそう応えた。
オクウミがいる執務室は、多摩市上空に張り巡らされた網のような形態で設置されている『ラライ・システム』内の『レイウァ計画』司令センターに隣接している。
執務室の反対側では、地上波TVで放送されている最新のニュース番組が空中に投影されていた。
ちょうど、アメリカでの反”機関”運動についての特集をやっている。
「Xクリアランスの憂国団」による最初の投稿から約3ヶ月が経ち、陰謀論者やその支持者達による反”機関”運動がいよいよ現実世界における各地の騒乱や事件にまで発展するようになっていた。
特に親”機関”側などと名指しで批判されたのは組織や企業のみならず政治家や芸能人など多数に及び、また彼らと個人的な繋がりを持つ店舗や一般人ですら批判の対象となっていた。
つい最近も、”機関”と関わりがあるとされる政治家への支持を表明していたレストランが襲撃されるという事件があったばかりだ。
当然ながらそうした政治家にも多数の民間人支持者がいるわけで、そうした人達と反”機関”運動の支持者との政治的な分断が深刻な状況となりつつあった。
既に幾つかの州や地域の都市部では、そうした双方の対立が一触即発の状態にまで至っているようだ。
『しかし、何で今このタイミングなんだろうな』
「ええ、それは…正直、こちらにも責任のある事なのですが…
どうやら、最近になって日本や世界中で多発している余剰時空嵐及び”穴”関連の超常現象などが彼らの行動を助長させている可能性は高いでしょう」
『ふむ?それはつまり、超常現象が”機関”にまつわる陰謀論の根拠となっているってぇわけかな?』
「そういう理解で良いと思います。
あと…それとは別に、日本国内で移住者達が引き起こした幾つかの”事件”が海外では”奇跡”としてニュースで伝わってしまっているらしく、それがまた彼らにとっては日本に対するエキゾチックな観点を補強してしまっているようですね。どうやら彼らにとって日本は、”機関”に対抗する民族や国家として祭り上げられる傾向にあるようです」
『あー、そりゃヤベェな…下手すっと、今後は”機関”の矛先が日本へダイレクトに向かってくるかも知れねえって事か。
とはいえ、ああいう界隈の日本好き傾向ってのは通常運転なような気もするがな。何しろ元々ああいう連中が集ってるネット掲示板にしても、日本にある掲示板の姉妹版だって話だしな。いわゆるオタクだとかギークだとかって奴らだな。
だから、ことさらにオクウミさんや『レイウァ計画事業本部』が責任を負う必要もねぇんじゃねーのか』
「そう言っていただけると助かります」
『ま、その辺は俺達の『タミアラ』側でも色々考えてみるぜ』
「はい、私達もそちらについては対策を講じる予定ですので、また別途にて共同作戦について協議しましょう」
『それで、今後はどういう流れになりそうなんだ?』
新條が訊いた。
「はい、どうやらトラップ大統領は計画の第二段階として、ついに”機関”のアメリカ国内におけるフロント企業や組織のリストを暴露する模様です。
そうなった場合、運動の矛先はそうした企業や組織に向かう事でしょう」
『そうなるとだ、戦いの舞台はネット上だけに止まるまい。リアルの施設だの店舗だのにも、嗾けられた大衆が押し寄せる事になるんじゃないか』
「当然、トラップ大統領側はそれを狙っている事でしょうね」
『しかし、そこまでしてトラップ大統領はどんな利益を得られるってんだろうな?国内が騒乱状態になれば、当然ながら国内経済もボロボロになって株価も下落しかねないだろうし、大統領の手持ち資産だって目減りするだろうにな』
「ええ、それについてはこちらも詳細に把握出来てはいないのですが、どうやら最近では中南米や東南アジアやインド関係の企業株を買い漁ったり、不動産や資源採掘権などを一気に購入したりしているようです」
『ほうほう、って事は”機関”の勢力が弱まりそうな地域を狙って経済的支配権を獲得しようというハラか?』
「その可能性は高いでしょう」
『しかし、そんなに上手くいくもんかな?
大衆が暴走し始めたら、それこそトラップ大統領どころか誰にも制御出来なくなる気がするが。そういうのは歴史が証明しているようなもんだがな』
「確かに仰る通りだと思います。
残念ながら、トラップ大統領側の思惑はかなり甘い予測の元に立てられていると見て間違い無いでしょうね」
『やれやれだな…巻き込まれる側の気持ちにもなって欲しいもんだが。
それでだ、対策としてどうしたら良いものかね…とりあえず、トラップ大統領側とはいったん距離を取っておくとして…
あとは『タミアラ』チームの情報収集を強化しつつ、こちらでも色々なシナリオを準備して何かあればすぐにアクションを起こせるようにしておかないとな。
オクウミさんよ、他に何か良いアイデアはあるか?』
「はい、それについてはまず首相の仰るような形で良いと思います。
あとは、『タミアラ』ではなく『ミヨイ』側、すなわち国内において対応すべき案件になると思いますが…」
そう言うとオクウミは、ここで声のトーンを少し落とした。
『…何っ!?
やっぱり、そうなるって事か』
「はい」
『ふむ…分かった。
いよいよこっちも、腹を括らないといけないって事になりそうだな。
イザと言う時は、同じ釜の飯を食った元身内をも切らねえとならなそうだ』
「ええ、その覚悟と準備だけはしておいた方が良さそうです」
『了解した。
まぁ色々と済まねえな。
今度また、美味い地酒でも奢らせてもらうぜ』
「それは楽しみですね。
では、宜しくお願いします」
『おう、楽しみにしててくれ』
新條首相はそう言って通信を切った。
オクウミはしばらく多摩ニュータウンの上空からの遠景を眺めながら考えを巡らせ、それからややあってからアンシュリアレーを執務室に呼んだ。
「オクウミ本部長、御用でしょうか」
「ええ、アンシュリアレー准将」
例によって”ヤマトクニ”宙域軍式敬礼を行うアンシュリアレーに対し、オクウミは天体軍式敬礼で返しながら応えた。
ちなみにオクウミは去年末に行われた『レイウァ計画』組織改編(統合保安隊の設立などが含まれる)の際に、『レイウァ計画事業本部』の本部長として正式に就任している。
「早速ですが、例の作戦を発動させる事となりました」
「ほう、ついにですか」
「ですので、統合保安隊でも準備をお願いしたいと思います」
「了解しました。
ちなみにお伺いしますが、”特殊小隊”の参加はどうされますか?」
”特殊小隊”とは竜司達がいるオカルト研メンバーで構成された臨時の作戦部隊の事で、”ヤマトクニ”軍としては公式にそう呼称している。
彼らの活躍についてはアンシュリアレーも参加した”1X年次戦役”(一般的には「月軌道アノマリー」として知られる)でよく把握していた。
「彼らはこれからの時期、進級が掛かった期末テストを迎えますし…参加はさせないようにする予定です」
一瞬だけ野猿高校教師の顔になったオクウミが、彼女にそう伝えた。
「なるほど、それでは仕方ないですね」
「ですが、明日香さんに関しては『須佐ノ男』号を含めたロボット小隊17機を率いての参加が可能です」
「えっ、本当ですか?
彼女が参加して貰えるのであれば百人力ですね、我々としても大変にありがたいと思います」
「ええ、なので彼女との連携をお願いしますね」
それからオクウミとアンシュリアレーは、事前に策定していた作戦計画についての綿密な確認と調整を行った。
- - - - - - - - - -
「子供達を返せ!この悪魔崇拝者ども!!」
「全ての技術を公開しろ!情報を独占するな!!」
「レプティリアン共は地球から出ていけ!!」
様々な文言を入れたプラカードを持った人々がニューヨークのメインストリートを練り歩いていた。
彼らはいわゆる”Xアノン”と呼ばれるグループだった。
この日はニューヨークのトラップタワーを起点として十万人以上が集まり、彼らによって”策謀の根源”の一つと名指しされた国連本部に向かって行進していた。
他の日ではワシントンで、また別の日にはロサンゼルスやサンフランシスコで、こうしたデモ行進が頻繁に行われるようになっていった。
彼らが更新しながら叫ぶ内容は様々で、中には聞くに耐えないような罵詈雑言や差別的発言も混じっていたが、基本的には一つの単語が中心に据えられていた。
すなわち、”機関”である。
”機関”という単語自体はありふれた代名詞の一つではあるが、彼らにとってのそれは陰謀の中枢であり、また諸悪の根源でもある。
そうした意味や概念を持たせたこの単語が人々によって発せられる度に、その単語の本来の意味が書き換えられつつあった。
そして、こうした状況は主要TVネットワークによって全米各地、更には世界中へと生中継・配信されていた。
これにより全世界の無数の人々がこの情景と共に彼らの発する情報に初めて接し、更に配信先のサイトやTV番組でそれらの単語に関して詳細な解説が付け加えられる事で、”機関”関係の情報をより具体的に知るようになった。
つまり今までは”機関”の実存性を含めた陰謀論はネット上の都市伝説にしかすぎない存在だったはずが、こうして現実世界へ大々的に登場して人口に膾炙するようになった事で、もはや秘匿された事項でも何でも無くなったのである。
もちろん一般人の多くは、彼らの話す内容は殆どが単なる妄想の類であり、それらを信じる狂った集団でしかないと考えていた。
とはいえ少なからぬ数の人達もまた、彼らの言う事に一遍の真実が含まれているのでは無いかとちょっとでも疑えば、自身で出来る範囲で検索したり周囲に(SNSなどで)聞いて回ったりするようにもなっていった。
だが、特にネット上では玉石混交の情報が無数に転がっているので、徐々に何を信じれば良いのか分からなくなっていきつつあった。
そしてそれこそが、トラップ大統領陣営の狙いでもあったのだ。
トラップ大統領陣営が「Xクリアランスの憂国団」名義でネット上に放った投稿の中には、”機関”に従属する様々な企業や団体の名前が詳細に記されたリスト群が含まれていた。
そのリストには、誰もが知る巨大IT企業や多国籍企業が数多く含まれていた。
またその企業群の経営幹部が名指しで、”機関”による非人道的行為や犯罪行為に加担していたとも記されていた。
当然ながらその名指しされた企業の経営幹部達は当初、次々にそのリストの内容を否定しつつ更には法的措置を取るとも強く主張していた。
だがその「非人道的行為や犯罪行為」の内の幾つかについて、当の被害者達によって実際に訴えられるようになると、次第にトーンダウンしていく事になる。
特にハリウッドでは去年から映画制作関係者による性暴力を訴える事例が相次いでいたが、その容疑者とされる人物が”機関”と関わっていた事が暴露されて以来、”Xアノン”側を支持して彼らの側に立った報道を行ったりするメディアも徐々に増えていくようになった。
そうなると、経済・市場関係者や投資家の中にもだんだん陰謀論を信じ始める人々が増え始め、彼らは”機関”側にいるとされる企業への投資を控えたり、更には手持ちの株を売るなどし始めたのだ。
当然ながらこうした企業の株価や時価総額がどんどん下落していった。
そして、こうして下落しまくった企業の株価や資産を、トラップ財団が裏で密かに買い占め始めていた。
しかしこうした動きに、当然ながら”機関”側も黙ってはいなかった。
- - - - - - - - - -
「オー、これはこれは。
暖かいカリブ海からこんな凍りついたワシントンまではるばるようこそ」
ホワイトハウスにやってきた”機関”の使者をオーバル・ルーム(執務室)で出迎えたトラップ大統領は、大袈裟な身振りで両手を広げながら歓迎の意思を示した。
「何ともわざとらしいですな、大統領」
外見には初老の白人男性に見えるその使者は、険しい表情で白髪を撫でつけながら詰問するように言った。
「いやいや、私はいつだって貴方がたを歓迎していますよ。
それはそうと、モラヴェック老は今もお元気ですかな?
幾ら暖かくて過ごしやすい場所に居られるとはいえ、地下に篭ってばかりでは運動不足になるのではないかと心配しております。
今度、皆さんでゴルフでもご一緒にどうですかね?」
トラップが捲し立てるように話し掛けると、使者の顔はますます険しくなった。
「おためごかしはもう結構。
こちらには貴方のやっている事が何もかもお見通しなのですぞ」
使者が声のトーンを上げて目をカッと見開いた時、一瞬だけだが爬虫類のような縦長の瞳孔が赤く光った。
それを見た大統領は、一瞬だけ片眉を上げたがすぐにフフンと笑い返す。
「はて、何の事ですかな?」
「とぼけないで頂きたい!
我々”機関”のフロント企業及び協力企業、全1722社の詳細なリストをわざと流出させたではないですか!
リスト流出のルートはダークウェブのデジタルフットプリントを手繰ればすぐに分かる、明らかに大統領麾下のエージェントチームによるものですぞ!」
「やれやれ、最上級組織である”機関”ともあろうものが、ダークウェブなどに手を出すとは落ちぶれたものですな」
「ダークウェブを使い込んでいるのはそちらの方であろう!」
「まぁまぁ、落ち着いて。
そんなに興奮されますと血管が切れて老体に良くないですな」
「貴様!」
トラップの挑発に青筋を立てていた使者は、そのまま叫び続けるのをグッと堪えて一度深呼吸した。
「…ふん、
まぁどうせ大統領が単独で持っている組織の能力など、たかが知れておる。
先般の大統領選挙の時から、ロシアの秘密協力無くしては何も出来ない赤子同然という事もじゃ!
従って今回における情報流出のサポートにも、ロシアのGRU(軍参謀本部情報総局)が関わっている事を全て把握しているのですぞ!」
その言葉に、トラップはもう片方の眉も上げた。
「おやおや、”機関”だってロシアと仲良しこよしではないですかな?
現に”委員会会合”メンバーの3分の1は今もロシア人でしょうに」
「ああ、確かにその通りでしたな。
しかし今回の案件しかり、それ以前にも欧米諸国政界における度々の工作及び妨害、そして”機関”内における数々の謀略についてモラヴェック議長に報告していない件も含めてロシア系勢力の狼藉は目に余るものがあった…
そこで我々…”機関”内の有志諸侯一同による慎重な討議の結果、本格的にロシア系勢力を”機関”から排除する事に決したのです。
これについてはモラヴェック議長も了承済みですぞ」
ニヤリと笑う使者に対して、トラップは肩を竦めた。
「オー、それはそれは大変ですな。
冷戦期の1960年代初頭より、例の”第三の選択”計画を極秘裏に進める為に…
いや、もっと昔の第一次大戦前からですかな。
”機関”は帝政ロシア・ソビエト連邦・ロシア連邦の時代と続けて、あの純朴なスラブ民族と付き合いを続けてきたわけですがね。
それがとうとう縁を切る決断を下したと言うわけですな」
そこでトラップは、口角をクイッと上げて侮蔑するように笑った。
「その結果、今度は最近になって勢力拡大が甚だしい中華系勢力に食い荒らされるのは構わない、という訳ですかねぇ?」
ウグッ、と一瞬渋面になった使者はすぐに誤魔化すようにしてトラップの顔へ真っ直ぐ指差した。
「もちろん、大統領もこのままタダで済むと思わない方が良いですぞ。
これは通告になりますがな、もし今この場で自身の行いを悔い改め、モラヴェック議長に申し開きをして許しを乞うというのであれば、こちらとしても考えを改めなくもないのですぞ。
しかし悔い改める気が全く無いというのであれば…」
「私は当然ながら、自身の行動に対して常に責任を持ってますぜ。
従って悔い改めるなど、有りはしないのですな」
満面朱を注いだ使者は声を荒げた。
「大統領!そういうつもりでしたら、もはやこれまでという事になりますな!
この国におけるマスメディアの過半は今も我々の手中にある事を、これからは嫌でも思い知る事になりましょうぞ!」
初老の使者はトラップ大統領に向かってそう言い捨てると、背筋をピンと立てつつツカツカと早足でオーバル・ルームから出ていった。
- - - - - - - - - -
”機関”によるリアクションは程なくして現れた。
『トラップ大統領、やはりロシアと極秘裏に通じていた!』
『2016年大統領選挙はロシアの世論工作によるヤラセだった!』
『トラップ大統領はロシアのスパイだ!』
このようなセンセーショナルな表題のニュースが、全米の主要各新聞及びTVネットワークのニュースヘッドラインを次々に飾り始めたのだ。
このトラップ大統領陣営とロシアとの関係についての噂は、実のところ既に2016年の大統領選挙が行われた直後から囁かれてきた。
しかしその情報が流れる度にトラップ大統領はロシアとの関係を否定したり(ロシアが何らかの工作を行なっている事実は認めていた)、あるいは関係していたとされる米政府内の政府高官を更迭するなどして火消しを行ない、トラップ大統領自身は一切関わりがないというスタンスを維持していた。
だが今回はトラップ大統領自身がロシアとの極秘裏の関係を率先して主導し、特に大統領選でロシアの協力を取り付けるバーターとしてロシアへ何らかの利益供与を行っていた、というトラップ大統領自身の政治生命に関わる内容だった。
これに対してホワイトハウス及びトラップ大統領は、当初は傍観の姿勢だった。
しかしマスメディアがホワイトハウスに押し寄せるようになり、ホワイトハウスとしてもとりあえず何らかのコメントを発布せざるを得なくなった。
「大統領はこの件に関して、一切何も関与してはおりません」
スペンサー報道官はホワイトハウス内の会見場でこのように記者団に語り、それ以上の質問をシャットアウトした。
報道官による塩対応は、当然ながら全米各メディアの反発を招いた。
”機関”に近い各メディアによって更なるトラップ政権批判の論陣が張られ、それによって触発された合衆国内のリベラル派市民が”Xアノン”に対抗してデモや抗議活動を展開し始めた。
そうなってくると”Xアノン”側も対抗してデモや抗議活動を激化させていき、やがて全米の各地でリベラル派のデモ隊と”Xアノン”側のデモ隊が衝突して両陣営共に大量の逮捕者や負傷者を多数出すという騒ぎにまで発展していった。
更には民族差別や性差別などを起因とする事件も多発し、それを奇貨とする過激派によって暴動すら起こり始めていた。
もはや全米中が内戦でも起きたかのような深刻な事態へと至りつつある事について、全ての責任はトラップ大統領にあるとして政権に敵対する民主党下院議員から大統領弾劾を発議しようとする動きすら出てきた。
もしトラップ大統領が弾劾されたなら、任期中に弾劾を受けた大統領としては史上4人目となる。
こういう事態に至っても、トラップ側からはそれまで大きな反応は無かった。
トラップ大統領は通常日程を、何事もなく飄々とした態度で淡々とこなしているかのように見えた。
しかし、動きを見せたのは「Xクリアランスの憂国団」の方だった。
なんと今度は、全米及び同盟国(欧州や日本なども含む)に極秘裏に存在する”機関”の秘密基地及び関連の施設や地下都市群の所在を、詳しい地名と座標入りで堂々と暴露したのだ。
そして、その暴露投稿を読む”Xアノン”達に向かってあたかも挑発か鼓舞するかのように「君たちに現状を変える事が出来るか?」と書き添えていた。
- - - - - - - - - -
「一体、何をやっておるんだね!!」
「は、はっ!現在、暴徒の侵入は食い止めておりますゆえ…」
「そうではない!!」
「ひっ!!」
薄暗い執務室で、モラヴェックは報告にやってきた部下達を叱り付けていた。
彼の手元に持った葉巻が既に燃え尽きかけているのにも気付いていないほどだ。
ここはカリブ海にある某離島にある超古代遺跡を改造した地下施設の最下層近くにあり、特殊部隊によって地球上で最も厳重に警備されている場所の一つだった。
さすがにこの場所へ赴くまでには、まず民間定期便などあるはずもない個人所有のこの離島へどうにかして辿り着き、そこから地下へと至るまで幾つもの厳重なチェックポイントをパスする必要があるので、現時点においても許可された人物以外には一切入る事は不可能である。
しかし、残念ながらそうでは無くなってしまった場所もあった。
「私が訊きたいのは、なぜ「テロス」が暴徒共に襲撃されてしまったのかという事だ!誰があの秘密地下都市の場所を漏らしたのだ!?
そして、誰が基地の門を開け放したのだ!?」
モラヴェックは怒りのあまり爬虫類のような縦長の瞳孔をますます赤く光らせて、目の前に立ち尽くす部下達を威圧した。
その問いに、部下達は真っ青になりながらお互いの顔を見合って黙り込む。
何しろアメリカ国内にある”機関”管理下にあった秘密地下基地の一つである「テロス」が、数日前に数万人もの一般市民による侵入を許してしまったのだ。
どうやらネット上で「”機関”秘密基地へのリアルタイムアタック実況イベント」なる企画が立ち上がり、それに賛同する数万人もの”Xアノン”支持者達が参加して実際に突入を試みたようなのだ。
だがとりあえずギリギリのところで地下都市「テロス」自体への侵入は防がれ、また基地内に滞在する異星人達が一般市民の目に触れる事態も避けられた。
それでも暴徒に同行していた独立系TV局やGoTuber達の多数がリアルタイムで基地突入の様子を実況中継で伝え、それによって本来の基地管理者であるアメリカ軍の規模を越えた組織…すなわち”機関”がその巨大な地下基地を運用している事が全米の一般市民や全世界に向けて公開されてしまったのは事実だ。
しかもそこに滞在している数千人単位の”部品”(密かに拉致されて洗脳されたまま強制労働に就いている民間人)の存在まで暴露されてしまっている。
秘密地下基地から救い出された”部品”達や一緒に脱走した科学者や軍人達の証言によって”機関”の実在とその悪辣さが完全に明らかになった事で、一旦は反トラップ大統領側に寄っていたマスコミや政治家・官僚達も徐々にトラップ側へと鞍替えしていき、また合衆国議会でも緊急の公聴会が開催されるなど対応に追われていた。
ただ、流石に脱走者達による証言の一部…例えば異星人に関する件などは俄かには信じがたい点も多く、世間的な受け止めとしては様々だった。
懐疑的な科学者達などの中には、そうしたオカルティックな内容を論った上で”機関”の存在は事実ではないと断言する人達も多かった。
とは言え、そうした暴露が少なくとも現時点でアメリカ社会全体を大きく揺るがす大事件となっている事は明らかだった。
しかし「テロス」は西海岸近くにある霊峰レーニア山の大深度地下にあり、そこに行き着くまではまずアメリカ軍が管理している軍事施設地帯を越えなければならず、どう考えても軍内部に内通者や協力者が居るのは間違いない。
それ以外にも「テロス」の管理維持を請け負う民間軍事企業の中に機密の漏洩源がある可能性が高かった。
実際に前年の夏には「テロス」内で大規模な”部品”の反乱が起こり、それによって破壊された施設の修繕や復旧の為に米国内民間企業が(機密契約管理の元で)数多く参加していた。
復旧を急いだため、どこかで機密管理の綻びが生まれた可能性もあるだろう。
「どうした、誰も答えられんのか!?」
すると、おずおずと一人の部下が口を開いた。
「はい…どうやら、例の”Xクリアランスの憂国団”なる人物が漏洩元と思われますが、その正体について未だに手掛かりが掴めない状況でして…」
「それだけではないであろう!!」
「は、はいっ!!アメリカ軍内部の造反者に対しても、現在リストを作成中でして…ただ、相当な数の軍高級将校が関わっている可能性があります。
それと、施設管理を行う民間企業内部にも…」
それを聞いたモラヴェックは、青筋を立てて怒鳴った。
「貴様達、一体これまで何をやっておったのか!!
なぜ、ここまで造反者が出てしまっているのだ!?」
「そ、それは…」
「どうした?答えられんのか!?」
「…」
「分かった、もう良い!!」
萎縮するばかりで何一つ望んでいる回答を発しない部下達を執務室から追い出したモラヴェックは、苛立ちを隠せないまま新たな葉巻を口に咥えた。
しばらく葉巻を燻らしていると、ドアマンが新たな来訪者の存在を告げた。
「構わん、入ってこい」
「失礼します」
慇懃な態度で恭しくモラヴェックに一礼をしたのは、一人の中国人だった。
「陳か、久しぶりだな」
「はい」
陳と呼ばれたその男は、胸のジャケットに赤いバッジを付けていた。
「議長閣下におかれましては、年齢を感じさせぬご健勝ぶりにこの陳健十としても拝謁の歓びに堪えませぬ、何よりも…」
「ええい、下らん口上はもう結構じゃ。
それで今回の用向きは何だ?」
「それでは単刀直入に申し上げます。
今回は、今もって議長閣下の身辺を騒がせておられます例の問題を解決する提案をお持ち致しました」
「ほう?何だそれは。
言ってみろ」
興味を引いたモラヴェックの許可に応じて、陳が話し始めた。
「ほほぅ、再臨教を使うとは面白い手じゃな」
モラヴェックが顎をさすりながら頷いた。
「はい、私達の部門では再臨教を始め、米国や日本などに巣食う多くの新興宗教の幹部をコントロール下に置いておりますので…
今回はその中でもトラップに関係の深い再臨教に役立って頂きましょう」
「ククク…まさかトラップの奴も、再臨教がこちらの手中にあるとは露ほどにも思うまいて。
あれだけ信を置いていた身内のような存在が反旗を翻したらどう思うか、トラップの奴にも嫌と言うほど味わせてやるわい」
「ええ、まったくもってその通りですな」
「それでは、この件のケリが付きましたら…」
「ああ、分かった分かった。今後の月と火星における中国の権益割譲についても配慮するようにしよう」
「よろしくお願いします」
モラヴェックと陳は、お互いにニヤリと笑った。
二人の瞳孔は、その先祖が同じ出自を示すようにして縦長に紅く光っていた。
その時、モラヴェックの執務机に設置されていた通信機がヴィーッと鳴ったので、彼は受話装置のスイッチを押して応えた。
「どうした?」
「はい、アントノフ教授から緊急の通信です」
オペレーターによって秘匿通信システムが切り替えられ、アントノフ教授が滞在している月面の『アルファ』基地との直通状態になった。
「同志ウラディミル・ミハイロヴィッチ、急にどうしたのかね」
父称で問いかけるモラヴェックに対し、アントノフが息急き切りながら答えた。
「モラヴェック老!
出来る限り早くその地を離れて、可能ならこちらに来て欲しい!
そちらにいると危険じゃ!!」




