31-3 統合保安隊設立
「お疲れ様でーす…あら?
あちらにいるのは、新人の部隊員さん達かな。
それにしては、何だか妙にラフな格好だけど…」
ニサニーカがパトロール任務から戻って『ラライ・システム』の中枢にある『レイウァ計画』司令センターの研修用フロアに赴くと、そこで十数人の見慣れぬ人達がフロアに集められているのを目にした。
「姿勢とか身のこなし方から察するに、”ヤマトクニ”出身者じゃなさそうだけど…
それにしても他の氏族出身のようにも見えないし…」
そう訝しく思いながらも、そのフロアを通り抜けて隣の整備用フロアに行こうとして、そこでハッと気づいて立ち止まった。
とても馴染みのある低い声が聞こえてくる先に、やはりよく見慣れている大柄な背格好の男性がその場にいた。
「えっ…えっえええ!?
し、史郎さん!?」
「…や、やあ、美央さん…」
やや恥ずかしげにニサニーカに向かって手を振るのは、彼女と交際している瀧山史郎その人だった。
「な、何で史郎さんが…!?」
「…うん、実を言うと、美央さん達の話を聞いてから、こういう任務というか仕事に興味があってね…」
当惑するニサニーカ(地球名では仁坂美央なので、史郎は今も美央と呼んでいる)に向かって、ポツリポツリと小声ながら話す内容によると、彼は以前からニサニーカを色々な形で支えたいと思っていたという。
そこに例の野猿高校文化祭での事件が起き、ニサニーカの正体と『レイウァ計画』の事を知った史郎は、密かに『レイウァ計画』本部が行っている”研修”(もちろん表向きには地球日本の独立行政法人「ブレイクスルー推進機構」が主催している)を受けてみる事にしたのだった。
その研修施設では、国内の様々な企業や組織・団体から派遣された社員・職員だけではなく、応募して自ら参加した人達など色々なタイプの人間が集められていた。
そこで史郎も彼ら彼女らと一緒になって基礎的なカリキュラムを受けていたのだが、その受講者達の中で真の目的を知るのは史郎だけだった。
史郎は事前に『レイウァ計画』のスタッフから”識閾下導入”の話を訊いていて、事前の簡易検査でも史郎には潜在的に高い資質がある事を把握していた。
そして研修でのカリキュラム内にある”識閾下導入”によって、その眠れる資質を目覚めさせる事になった。
結果として史郎には、ある特殊な能力が開花したのだった。
「でも、その任務って…」
「…ああ、そうだよ。次元空間調整部隊さ…」
『レイウァ計画』本部直轄次元空間調整部隊の人員不足は、”穴”発生事象の多発によって深刻化の一途を辿っていた。
それにオクウミの方針として、次元空間調整部隊の職掌を拡大させて各種トラブル事象の解決や移住者達への査察・保安任務まで担わせようとしていたので、隊員達の仕事量はもはやパンク寸前だった。
当然ながらアンシュリアレー麾下のスカウト班が移住者達に働きかけた結果、ようやく部隊員数が徐々に増加しつつはあったが、それでも急増する事象への対応には全く追いつけていない。
それに彼らは地球日本の文化世俗に通じているとはまだまだ言い難く、例えば都市部など一般の地球日本人が多い場所における任務には全く不向きだった。
そこで応急措置として、現地人…すなわち、21世紀地球日本人の中からも極秘裏に部隊員を選抜する方法が模索されたのだった。
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「…今日は、このメンバーで基礎的な訓練だけを受けるんだけど、数日後に正式配属される事になるんだ。
その配属先は、美央さんのところの地上作戦分隊だと思うよ…」
「ええーっ!?わ、私聞いてないよぉ!?」
「…あぁ、それはまだ確定じゃ無いからだろうね。
本当ならこの後に行われる実戦試験で配属を決めるらしいんだけど、俺の場合は事前に要望を伝えてあるし、スタッフの人からも要望が通る可能性は高いと請け負ってもらってるし…」
「そ、そうなんだ…
でも良いの?史郎さん、大学の卒業制作だってあるんでしょう?」
史郎は大学の映像科に復学していて、そこで卒業認定用のドキュメンタリー映画を作成中のはずだ。
「…大丈夫だよ。それは撮影が殆ど終わってるし、今はもう編集作業を進めるだけだからね。それに俺は卒業後はフリーのジャーナリストとしてやっていくつもりだけど、生活が安定するまではこの仕事で食っていこうとも思ってるからさ…」
「そうだったのね。
史郎さん、最近は中々会えなかったから、少し心配しちゃった…
でも、そういう事なら嬉しいな!もし私のところに配属されるなら、今後も史郎さんともっと一緒にいられるって事でしょ!?」
「…うん、もちろんだよ…」
史郎は静かに、しかし真っ直ぐに彼女を見つめながら頷いた。
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それから十数日が経ったある日、史郎が配属された次元空間調整部隊・地上作戦分隊が出動する時がやってきた。
「さぁ乗って乗って!
目標地点はここから12.5km北西にある廃墟よ!”穴”の発生は今から7分前、30分以内に到着して焼灼処理しないと周辺への被害が出るわ!
全員乗った!?準備はOK!?それじゃ出発するわよ!!」
ニサニーカの号令によって史郎含め6名の部隊員が次々にミニバンを改造した専用車両へと迅速に乗り込み、全員の搭乗を確認したニサニーカが運転手に向かって出発の合図を出した。
スモークブラック塗装の専用車両は、とある街にある雑居ビルのような建物のガレージから勢いよく発進し、ロービームのヘッドライトを灯らせながらそのまま夜の大通りに出て走り始めた。
ちなみにその”雑居ビル”というのは表向きには「ブレイクスルー推進機構」が所有する建物で、外見は高い壁に囲まれた敷地内にある何の変哲もない数階建てのビルと数棟の倉庫やガレージがあるだけの施設だ。
しかしその中身は地上作戦分隊の研修及び訓練施設であり、また”穴”や様々な超常現象に関する情報収集や調査を行ったりしている。
更には地球日本政府側が受け持つ『ミヨイ』『タミアラ』作戦スタッフの出張施設や、また”帝国”からの移住者達が立ち上げた対日経済工作用組織(表向きは「ブレイクスルー推進機構」提携第三セクター企業としている)の支部などがビル内にテナントとして入居している。
実は日本全国にこのような施設が既に数十か所も設置されつつあった。
もし何も知らない地球人の部外者がその施設内に一歩足を踏み入れ、地球科学を超越したテクノロジーによる内装が施された建屋内を目撃したならば、まるでSF映画の撮影に使う宇宙基地かUFO基地のセットにでも入ったかのような錯覚に陥る事だろう。
もっともその手前で『ラライ・システム』の警備用活動体によって排除され、場合によっては前後の記憶を消去される事になるだろうが。
一見するとオフロード仕様のミニバンといった感じの専用車両は、ギリギリ法定速度を守りながら現場に向かって急行した。
そのミニバンも外側は国産自動車メーカーが発売している一般的な量産車種のように見えるが、実際はエンジンから何から全て”帝国”の技術による改造を施してあり、いざとなったら水中を潜航したり空を飛行する事も可能であり、また光学迷彩機能も当然設けてある。
しかしそれでも、地上を走行する限りは地球日本の法規に従わなければならない。
普通であれば現場に急行するなら『ラライ・システム』を用い、その”腕”端末を現場上空にまで這わせれば一瞬で済むのだが、今回は『ラライ・システム』が使用出来なくなる状況を想定して地上車を運用するテストも兼ねていた。
「目標地点に到着したわ!
さっさと降りた降りた!」
とある廃屋前に到着した車から、周囲に見られないように部分的な光学迷彩結界を張った隊員達が音もなく次々に降り立った。
既に夜10時を過ぎている事もあり、その閑散とした郊外の田園地帯には人影が殆ど見当たらない。
それでもニサニーカは注意深く周囲に目を配って警戒しながら、部隊員達に速やかに敷地内へ入るようハンドサインを送った。
今回の部隊員の構成は、まず陸上自衛隊から出向している現役陸曹長の副分隊長に、同じく現役陸自が1人と元陸自1人、警察庁から出向している現役職員(元巡査部長)、そして民間出身が史郎ともう1人だった。
ニサニーカは副分隊長の本当の所属が特殊作戦群であるとアンシュリアレー伝いに聞いてはいるが、彼は周囲には普通科連隊所属だと自称しているので一応何も訊かないでおいている。
このような出自が混成の部隊というのは統率が取りにくいものではあるが、今回はそういった側面でのテストも含まれている。
彼らは迅速に車両を降りてから敷地内へと音もなく突入し、散開隊形を維持しつつ廃屋を取り囲んだ。
先に『ラライ・システム』管理下の偵察用活動体を廃屋内に侵入させる。平たいクラゲのような形の活動体は空を漂いながら音もなく廃屋内に入っていった。
後方で彼らの機動を監督していたニサニーカは、史郎がベテラン隊員達に混ざっても差し支えないレベルの行動を取れている事に安心した。
何しろ、史郎に対する訓練カリキュラムはたった2週間程度しか無く、普通であれば実戦どころか行軍訓練すらまともに出来ないはずだ。
しかし”ヤマトクニ”軍謹製の専用”識閾下導入”プログラムは即席の兵士を仕立てるのにも有用であり、実際に史郎は少なくとも1年間の訓練を受けた兵士と同等の戦術行動が取れていた。
先頭に立って分隊を指揮する副分隊長は、左翼側で音もなく建物内に突入する史郎の動きを見て一瞬だけフンと鼻息を漏らしたが、その後は何も言わずにハンドサインだけを各隊員に送り続けた。
その廃屋は2階建ての鉄筋コンクリート造で、どうやら小さな医院だったようだ。
しかし何らかの理由で夜逃げ同然の状態で廃院にしたらしく、中にはまだ使用途中だったと思しき各種医療機材や医療器具、それに什器や衣類や書類などの類がそこら中に散乱していた。
隊員達は『レイウァ計画』技術開発部から支給された特殊な戦闘装備を身に付け、また同じく特殊な”機能”を追加された”ヤマトクニ”天体軍制式銃を常に前方に構えつつ、建物内を巡回しながら部屋を一つ一つ確認し始めた。
『イグアナ1よりオプンティア。
1階はオールクリア、これより2階に上がる。
それで、どこに”穴”があるんだ?こちらの測定器では場所が特定出来ない。
偵察用活動体側のセンサーも具合が良くないようだ』
「オプンティア、イグアナ1。
突入前のブリーフィングでも話したけど、外からの走査でも建物全体において、まだらに反応が出ているわ。
従ってここからでは、どこに”穴”の中心があるかは分からない。
総員、どこででも発生する可能性はあると思って全周を警戒しなさい」
『イグアナ1よりオプンティア、了解』
ニサニーカは副分隊長であるイグアナ1からの通信を切ってから、改めて手元の次元空間測定器に目を落とした。
時空歪曲値を視覚化した表示には、今も廃屋の内部全体がうっすらと時空の歪みを示す光に包まれていて、また所々でその反応が揺らぐようにして強くなったり弱くなったりしている様子が映し出されている。
「まったく面倒な現象ね…」
暗い敷地内で、彼女は最低限の光量で灯された表示を睨みながら唇を噛んだ。
実際、こういう建物の内部で発生した”穴”は往々にして建物内部を彷徨うようにして移動したり、拡散したりという事がよくあるのだ。
以前に発生した野猿高校での事件で出現した”穴”も、それまで野猿高校校舎内で拡散していた時空歪曲…n次余剰次元空間との時空の揺らぎが、何かの拍子に一箇所へ集中した為に発生した現象だった。
時空の揺らぎが強い時は、”穴”を検知する監視用活動体のセンサーをも撹乱し、機能を失わせる。
こうなるとそれを調査し”穴”を焼灼する側としては始末に困ったもので、あの後もニサニーカは野猿高校の校舎内とn次余剰次元空間の間を何度も往復しながら”穴”が発生する要因をしらみつぶしに消して回らなねばならなかった。
2階に上がった隊員達は、病棟と思しきフロアの端から病室を一つ一つ確認して回り始めた。
(副分隊長、前方3つ目の大部屋に強い反応があります)
民間出身の隊員が、テレパシーで隊員全員に思念を送った。
この民間人は例の”研修”によってテレパシー能力に目覚めてからアンシュリアレー達によってスカウトされた青年で、元々はDaphnia社の社員でもある。
Daphnia社では彼を被験者にして対外的には極秘の超能力研究プロジェクトを開始しているとの事だった。
(よし、手前の部屋をクリアしてから全員、突入の準備)
副分隊長は思念とハンドサインを併用しながら隊員達に指示を出した。
隊員達は廊下を進んでその大部屋に通じる2つの入り口に3人ずつ分かれ、副分隊長の合図で一斉に進入した。
「な…なんだ、ここは!?」
そこは本来は資料室か倉庫のような部屋だったらしく、大人の背丈以上もある大きな棚が何列も連なり、あるいは大きな机や什器が置かれていた。
しかし霧のようなものが掛かって薄暗がりになり見通しの利きにくい部屋の中をライトで照らすと、隊員達は思わず少し後退りしてしまった。
なんとその部屋の中では、まるで熱帯のジャングルのように奇妙な植物群が棚や什器類を覆い尽くし、そしてその間を不気味な虫のようなものが無数に飛び交っていたのだ。
蔦に覆われた棚の中を覗き込むと、そこに収まっていた本や箱の類に開けられた穴の奥で赤い点々のような光が無数に蠢き回り、あるいはその中から別の箱や棚の方に向かって半透明のヌメヌメしたチューブが張り巡らされていて同じく赤い光が往復していた。
虫達が作る蟻塚や蜂の巣のような物体が棚や什器の中や床上にも何十とあり、それらは赤い光の点で覆い尽くされていて暗闇を仄かに照らしていた。
これらの光景はまるで、虫達が築き上げたサイバーパンク風ジャンク都市のジオラマのようにも思えた。
「うぁっ!」
「どうした!?」
隣で隊員の1人が何かをはたき落としたので、副分隊長はすぐにそちらを向いた。
「はっ、コイツが俺の顔に貼りつきそうになったもんで…」
その隊員は、床に転がったその虫を銃の先で突いた。
「むっ…何だこの虫は…?」
見ると、その掌ほどもあるサイズの虫には羽が八枚も生えていた。
「どう見ても、地球の昆虫じゃあ無さそうですな」
しゃがんでその虫をひっくり返した隊員は、鼻を少し啜りながら首を傾げた。
「それにこの植物らしき蔦も、よく見ると巨大なカビや菌類とかに近いです。
地球産じゃああり得ない、まるでどっかのアニメに出てくる腐海みたいだ」
別の隊員が棚に絡み付いた蔦をマジックハンドで摘んだ。彼はn次余剰次元空間由来の未知の物体が発見された際の採集係でもある。
「うむ、こんな生物がもし建物外に漏れ出しでもしたら、大変な事になるな」
副分隊長が頷く。
”穴”を焼灼した後は、この廃屋自体を焼却処理しないとならないだろう。
「よし、速やかに”穴”を探し出して焼灼するぞ。
各員、注意しながら奥に進め」
隊員達は一度だけ生唾を飲み込んでから銃を構え、ゆっくりとそのジャングルめいた部屋の奥へと足を進め始めた。
隊員全員がその部屋の中を十数mほど進んだその時。
「グロッォオウォオオゥン!!」
という何か動物の叫び声のような音が部屋中に響き渡った。
「な、何だ!?」
動揺した隊員達が一斉に周りを見廻す。
すると、部屋の隅に行っていた隊員の上から何か巨大なものが覆い被さってきた。
「ぅあわわあああああっ!!」
「どうしたっ!?」
他の隊員達が一斉にそちらの方へライトを照らす。
その先には、何と巨大な昆虫のような怪物が1人の隊員の背中に張り付いていた。
「ぐあぁあああ!ふ、副分隊長っ!
た、助けて下さいっ!!」
その隊員は完全に倒れ込み、あたかも怪物に陵辱を受けそうになっている。
事実、その怪物は何本もの触手を隊員の体に絡みつかせ、更には鋭い槍のような脚で隊員の体を刺し貫こうとしていた。
だが、隊員が着込んでいる”帝国”製の特殊な戦闘服のお陰で、辛うじて貫かれてはいないようだ。
「待ってろイグアナ3、今助ける。
総員、あの怪物の体を狙って撃て!」
副分隊長の合図で、隊員が一斉にその怪物の体に向かって銃撃を加えた。
しかし怪物の外骨格が強靭なせいか、弾は全て弾かれてしまう。
レーザーや荷電粒子ビームに切り替えて撃っても、効果が見られない。
「うぬ、通常弾やレーザーの類もダメか。
とは言え、超電磁弾を試すには近すぎるな…」
その”ヤマトクニ”制式銃には通常弾以外に何種類か強力な弾種が設定されていて、その中でも超電磁弾は対戦車用徹甲弾並みの威力を持つ。
しかし標的の体内で弾が高速で炸裂する事により、標的の周囲…隊員の身にまで被害が及ぶ可能性があった。
「…副分隊長、ここは私にやらせて下さい…」
そう言って手を挙げた隊員がいた。史郎だった。
「イグアナ6、
上手くやれそうか?」
「…はい、この距離なら問題ないでしょう…」
そう言って史郎は、銃を下ろしてから右手をその怪物に向かって掲げた。
そして、フンっと小さな声で気合を入れる。
史郎が右手を向けて何かを念じ始めてから数秒が経つと、その怪物の体がだんだんと小刻みに震えて悶え始めた。
「グルゥウウウ!?グゥルガァアア!?」
叫び声を上げて大きく悶え苦しみ出したその怪物は、とうとう下に組み敷いていた隊員の体から触手を離した。
「よしっ!早くそこから出ろ!」
「は、はっ!!」
怪物に絡まれていたその隊員は、副分隊長の声に応じてすぐに怪物の下から這い出て立ち上がり、急いでそこから離れた。
「グルゥアアアガガァアア…!」
その後も悶えながらその場で暴れていた怪物だったが、史郎が更にフンッ!と気合を入れて念じると、その怪物の体内で何かがドクンと膨らんだ。
「ガァッ…ガァアアアアアアアアアアアアアア!!バァアアアッ!!」
最後に大音響で叫んだ瞬間。
怪物の体が、まるで外と中身が裏返ったかのように一瞬で爆裂した。
「…終わりました…」
ハァッっと息を吐いた史郎が、額に流れる汗を拭いながら副分隊長に報告する。
「うむ…
しかし貴様の能力は確かに凄いが、くれぐれも人に向けるんじゃないぞ?」
「…ええ、分かってます…」
史郎が”研修”で目覚めさせた能力は、一種の念力だった。
しかし竜司が有する念力能力と異なるのは、その作用が主に物体の外と中をひっくり返し、ひしゃげさせて破壊する事に特化している点だった。
日常生活の中では非常に扱いづらい能力ではあるが、史郎はこの能力を有効利用する為に次元空間調整部隊へのスカウトを受ける事にしたのだった。
ちなみにその能力の強さは”ヤマトクニ”軍の能力指標でレベル11に相当し、まだまだ即戦力とは言い難いが訓練次第では戦闘技能の一つとして運用が可能だ。
「ま、超能力の扱い方なんて、正直言って俺にも分からんからな。
とにかく慣れるしかないだろうな」
「…了解です…」
隊員達はその後も部屋の中を突き進み、ついに部屋の奥に”穴”を見つけた。
「総員、散開して”穴”を取り囲め!」
副分隊長の号令で隊員が一斉にその”穴”の周りを回り込んだ。
「よしっ!
銃構え!魔法式展開装置の起動開始!
魔法式展開せよ!」
隊員達の構える制式銃に付属してある展開装置を起動させると、銃の先から魔力を伴う青白い光が放たれた。
これはニサニーカのような魔法士が手動で展開する魔法式を自動化したものだ。
しかし手動での展開と異なり、一種類の魔法式しか行使出来ない。
この場合は”穴”を焼灼する封穴魔法式のみ展開可能となっている。
取り囲んだ隊員が放つ封穴魔法により、その空間にあったどす黒い霧の塊のような”穴”は徐々に小さくなっていき、やがてその空間から完全に消え失せた。
「各員、周囲に残存する”穴”が無いかどうかをセンサーで確認せよ」
「副分隊長、どうやらもうこの部屋内には反応は無さそうです」
「うむ、それではさっさとこの部屋を出るか」
隊員達はそれからも、2階の部屋をつぶさに確認して周りながら”穴”を探した。
「イグアナ1よりオプンティア。
2階、オールクリア。建物内全フロアの探索終了」
『オプンティア、イグアナ1。
全員、無事?』
「イグアナ1よりオプンティア。
総員問題なし」
『オプンティア、イグアナ1。了解』
副分隊長の応答に、ニサニーカは何だかホッとしたような声色で応える。
その理由は恐らく隊員全員の無事について喜んだだけではあるまい、と副分隊長は密かに思った。
その後、ニサニーカ達の手によってその廃屋に火が付けられた。
燃え上がる廃屋を背にしたニサニーカは、廃屋出火についての隠蔽工作を『レイウァ計画』本部に依頼した。
このようにして、次元空間調整部隊・地上作戦分隊は全く華々しさもなく密かにデビューした。
次元空間調整部隊の本隊は主に空中や洋上で発生した”穴”の焼灼処理に、そして地上作戦分隊は主に地上の都市部での発生事象に対して、などといった棲み分けが成され、各隊はそれぞれ速やかに事態に対応出来るようになった。
そのお陰で、程なくして地球日本地域においては”穴”の悪影響は確実に減少していった。
しかし、地上作戦分隊が担うようになったもう一つの任務は、少しばかり難儀なものだった。
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「ほうほう、ここが例の施設ってぇ奴か」
一人の中年男が擦り切れた冬物コートを寒風に揺らせつつ、その施設を取り巻く高い外壁をコンコンと叩きつつ呟いた。
手元には中古のデジカメもぶら下げている。
彼が事前に収集した情報によれば、この施設は独立行政法人「ブレイクスルー推進機構」が東京郊外に幾つか所有する建物の一つであり、表向きの用途としては単なる地域出張事務所、という事になっている。
またそのすぐ近くには同じく特殊法人の「貿易振興研究センター」の施設と、更にその建屋に隣接するようにしてITベンチャー企業であるDaphnia社の『Pangea』サービス用物流センターがあり、軒を連ねる巨大な倉庫施設群の脇には産業道路と貨物鉄道の駅が接続されていた。
いずれもこの半年の間で突如として一気に建造されたり、中古ビルを大規模改装されたりしている施設ばかりだった。
「いやいや、うさんくせぇニオイがプンプンと漂ってきやがるぜ」
はたから見れば明らかに胡散臭いのはこの男の方なのだが、それでも彼は周囲の目を一切意に介することもなく、施設の敷地内をジロジロと眺めた。
施設は一見して確かに何の変哲もない雑居ビルとそれに付属する倉庫群でしかないのだが、よくよく観察すると施設は人気が無いのに不気味なほどに綺麗に整備されていて、また敷地内には見慣れない機械や乗り物が置かれていたり、また施設のそこかしこには防犯設備と思しき装置群が網羅されている。
何となく、地上に建造された宇宙基地のような趣きすらある。
もしここが政府の秘密基地などと言われれば、そう信じられなくもない程だ。
それに彼の事前調査によると、どうやらこの近辺で不思議な現象が時折目撃される事があった。
東京近郊にあるこの地域は準工業地区に指定されてはいるが、田畑と住宅地と小工場がまだらに混じり合う牧歌的郊外の典型であり、また空き地や廃施設もそこかしこに点在する。
目撃者達の言によると、時々そうした何でもないような場所で奇妙な”もの”が動き回るのを見たのだという。
具体的には、例えば空き地の鬱蒼とした草むらの中に、まるで”妖精”のような小さな物体(それらは壊れた機械部品の一部だったり、小動物のようだったり、更には何かのアニメキャラのフィギュアのようだったりしているらしい)が群れて歩き回っていたり、あるいは円陣を組んで踊っていたりしていたそうだ。
または、廃墟の中をまるで人間ほどのサイズのタコかイカか魚の影、あるいはロボットのような姿の物体が彷徨っていたり、またそれらのすぐ上をUFOが浮遊しているのが目撃されたりしていた。
UFOにしても人間が乗れそうな大型のUFOが目撃されるのは稀で、こういう所ではだいたい小型のUFO(市販のドローン位のサイズだ)がやはり廃墟の中に入ったり出たりしていて、形状や色も様々で不定形だったり瞬間移動したりと、明らかに地球のドローンとは違うと分かるらしい。
更に奇妙な噂として、地元の学生が研究目的で近所の河川で採取した川底の泥を顕微鏡で調べると、その中に見た事もない小さなロボットのような物体が無数に泳いでいたという話もある。
しかしその物体群は、更なる研究の為に実験室の分析器に掛けた瞬間に溶けて無くなってしまったとの事である。
そしてこうした目撃談は、例の「ブレイクスルー推進機構」関連の施設群が全国各地に続々と設置されるようになってから、あたかもそれとリンクするようにしてその施設群の近辺で急増しているらしいのだ。
彼はそうした話を一切信じていなかったが、そういう話を生み出すだけの何かがあるのは事実だろうと睨んでいた。
そしてその原因として、周辺住民に何らかの幻覚や妄想をもたらすような化学物質が漏洩しているせいなのではないか、とも推測していた。
何しろそうした不思議な”もの”を目撃し、彼に対して興奮気味に証言していた目撃者達は、次に改めて話を伺おうと再訪するとほぼ全員が「忘れた」「覚えていない」と言って首を横に振るのである。
どうやらこれは、幻覚や妄想をもたらす物質が体内から排出されたのか、あるいは”何者か”が目撃者達に口止めをして回っているのかも知れない。
いずれにしても、この施設をあれこれと調査してみれば何かホコリが出るんじゃないかと彼は期待していた。
そこから芋づる式に「ブレイクスルー推進機構」や「貿易振興研究センター」に関わる一大スキャンダルを暴き出し、これら法人を認可した新條政権への責任問題にまで発展出来れば、ひょっとしたら大昔のロッキー事件やウォーターゲーム事件のようにピューリッツァー賞を獲得する事すら出来るかもしれない。
彼はそんな誇大妄想気味の未来予想図を抱いて下卑た笑みを浮かべつつ、施設の周りをジロジロと見回しながら彷徨いていた。
『ラライ・システム』が運用する警備用活動体群の一部が、施設に不法侵入しようとする不審な人物を捉えて警報を発した。
警報を受けて、その施設で待機していた地上作戦分隊も直ちに警戒に入った。
当然ながら『ラライ・システム』の警備用活動体も臨時態勢に移行したが、施設の警備部が監視システムで捉えた人物の身元を直ちに確認すると、これは施設が委託している民間警備会社の警備員や警備用活動体だけに任せてはおけないという事になった。
状況によっては地上作戦分隊による排除も検討されねばならない。
警備員達と共に、その警備員に扮した隊員数名も現場に急行した。
「うーん、よっこいしょっと…おっといけねぇ」
その男が人気の少ない辺りで敷地を取り巻く外壁の隙間を見つけたので、そこへどうにかして体をねじ込んで中へ入ろうとしていると、そこへ前方から何人かの男がやって来るのに気づいた。
「おやおや、見つかっちまったかな。警備員諸君のお出ましだ。
…ん?アイツは…」
彼はその警備員達の中に一人の見知った顔を見つけたので、いかにも気さくそうな感じで手を振った。
「おーぅ、そこにいるのは瀧山君じゃぁないか。
久しぶりじゃぁ無いかね、元気してたかぁー?」
わざとらしく間延びしたような声を掛けるその男に対して、史郎が珍しく感情を露わにしてキッと睨んだ。
「…我妻さん、アンタ、ここに何しにきたんだ…」
「おうおう、相変わらず怖いねぇお前さんは。
それに俺の名前はもう我妻じゃねえよ、及川だってんだ」
「…じゃあ及川さん、どうでも良いんだが、ここは行政の施設だ。
勝手に入ると不法侵入罪で警察に突き出しますよ…!」
瀧山は警備棒を腰のホルスターから出して、及川に向けた。
他の警備員も同じく警備棒を構える。
「おいおい、よく見てくれよ
俺はこの壁の隙間に落っこちた俺の手帳を拾おうとしただけだぜぇ?」
及川が指差す先には、確かにその隙間に手帳らしきものが落ちている。
これはもちろん、及川がわざと落としておいたものだ。
「…それなら、さっさと拾って下さいよ…」
睨みつけたままの史郎に対して、及川は余裕の表情で首を竦めながら、外壁の隙間に入った手帳を取り出した。
それから及川は、史郎の格好をジロリと舐め回すように眺めた。
「へぇー、しばらくニートしてたって聞いてたけど、警備員の職にありついたみたいだなぁ。
って事は、大学は中退しちゃったのかね?」
「…」
「ヘッ、まぁあれだけの事をしでかしたんだ。そりゃ大学なんかにゃ居られないよなぁ?クックック、ハァーッハッハッハ!!」
史郎が歯を食いしばって、及川の方へと一歩踏み出そうとした時。
隣にいた同僚の一人が史郎の肩を掴み、ハッと気づいた史郎に向けてアイツに構うなとばかりに首を横に振った。
「…クッ…」
史郎はゆっくり深く息を吐くと、ようやく肩の力を抜いた。
「ま、とりあえず今日はこんなところで失礼するぜ。
もし機会があったら、また会う事もあるかもなぁ、ハッハッハ!
じゃあな」
そう捨て台詞を残すと、及川はその場をゆっくりと去っていった。
オクウミ及び『レイウァ計画』本部最高会議によって、『レイウァ計画』本部直轄次元空間調整部隊を正式に「統合保安隊」として格上げ・設立する事が決定されたのは、それから1週間後の事であった。




