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28-2  文化祭準備と移住者・後




いよいよ木枯らしが吹き始める程に透き通った上空にて、神崎がその真下に広がる地形を眺めながら指し示した。


「ここら辺が小学校の真上だわね」

「よぉし、それじゃ降りよう」




数日後の夜、竜司達は準備を整えてから『ラライ・システム』の”チューブ”を使って、空からその小学校へと侵入する事にした。

地上からだと当直などに見つかりやすいからだ。


「しっかし、何でまたこんな夜に来なきゃ行けないんだ?」

「だってお昼だと他の生徒に見られてしまうでしょう?

 それにそもそも、私達もお昼は授業とかあるわけだし」


神崎の説明に、竜司がため息を吐いた。

「そりゃまぁ、そうだけど…」


今回は、竜司と神崎とシアラの三人だけでやって来ていた。

あまりにも多人数でぞろぞろと押し掛ければ、それだけ他人に見つかる確率は高まってしまうだろう。




「だけどよ、夜の校舎ってのもまた、いかにも幽霊とか化物とか出そうな感じだよな。もともと学校ってそういう現象が起きやすいとかあるのかな?」

竜司が首を捻る。確かに学校の七不思議などで象徴されるように、こうした怪談の舞台として典型的な場所の一つが学校だろう。


「どうでしょうね、そもそも学校なんてこうしたイイ加減な噂を好みやすい多感な若者が集まる場所なのだから、当然と言えば当然と言えるわね」

まるで自分がその若者の一人ではないと思っているらしき神崎がそう言い捨てた。


「いやでも、実際にああいう現象が起きてるのも確かだし…」

竜司が苦笑いを浮かべる。


「建物の構造的に、そうした現象を励起しやすいような何らかの要因がある可能性もあるかも知れないな」

と、シアラが顎に手を当てて指摘した。


「っていうかさ、そう言えばうちの野猿高校は大丈夫なのかな。

 この小学校も昔は七不思議じゃないけど、そんなオカルトの噂なんかあんまり無かったし、明らかに最近になってからだよな。

 って事はさ、野猿高校の方も今後は何か出ないとも限らないんじゃないか?」


「いや、どうだろうな…

 少なくともオクウミ支部長もとい、奥海先生が常勤しているわけだし、流石に何か異常があれば支部長の”眷属”であるラライ5-7-2が即座に反応して警報を発しながら事態に対応するだろう」

「ふーん、ならまぁ大丈夫なのかな」




「ここが理科室だな」

「今のところ、この近辺では異常が見られないわ」

神崎が、手にしている懐中時計のような装置の表示盤を見つめながら言った。


「よし、それではゆっくり静かに入ろう…」


シアラの先導で、ゆっくりと理科室の戸を引いてから中に入ると、理科室の中はほぼ完全に真っ暗だった。

とは言え、そもそも理科室前の廊下からして非常灯以外の明かりが殆ど見当たらないほどの暗闇なので、大して変わり映えがしない。

しかしシアラが自身の眼を暗視モードに切り替えて前方を確認しながら二人の先導役となっているので、竜司や神崎はそれほど怖さを感じずに居られる。


元々竜司は怖いもの見たさでオカルト研に入部したようなものだし、神崎に至っては徹底した懐疑主義で鳴らしていたほどだ。

そしてシアラ達と出会って以降は、幽霊なんかよりも遥かにとんでもない驚異や神秘に遭遇してばかりで、もはや多少の事では動じなくなっていた。

これが何も知らない新聞部の二人だったなら、真っ暗な室内を一歩踏み出すごとにキャーキャーと叫んでいたかも知れない。




「…ここが例のロッカーね」


神崎が部屋の隅に屹立する、鈍い灰色の直方体を見上げて言った。

ロッカーの扉は閉じたままになっていた。

あの後で、誰もここに来て何かしたような形跡は見当たらないようだ。


「よし、じゃあ開けるぞ」


前と同じようにして、竜司がロッカーの扉に手を掛けた。

シアラと神崎が一歩後ろへと下がる。


「それじゃ、いっせーの、せっ!」




竜司が勢いよくガバッと扉を開けた瞬間、他の二人は身構えた。

…が、数秒経っても何も出てくる気配がない。


「あれ?何も無いな」


竜司がゆっくりロッカーの中を覗き込むと、そこにはやはり箒やチリトリなどの掃除用具が所狭しと詰め込まれているだけだった。


「…なんだ、空振りかよ」




しかし、神崎が手にしている装置をそのロッカーに突っ込んで表示盤を睨むと、その表情がさっと一変した。


「赤羽くん、下がって!」

「うぇっ!?」


すると、ロッカーの奥からまたしてもあの黒煙のようなものが吹き出し始め、竜司達は数歩後ろへと引き下がった。


「おおっ?」

「やっぱりかっ!」


そして、溢れ出す黒煙の奥から、やはりあの巨大な半透明のクラゲのようなものがブクブクと溢れ始めた。




「あぁやっぱりだ。

 コイツはドゥブニード属のキセノン系浮遊原生動物の一種だな」


シアラは、測定器のようなものをその生物表面に当てがいながら告げた。

「このような浮遊原生動物類は、通常であればn次余剰次元空間のような異次元空間にしか生息しないはずだ」


「そう、という事はやはりこの付近一帯は…」

神崎は手に持った懐中時計のような小さな装置の表示盤を眺めつつシアラに訊く。


「ああ、間違いない。

 余剰時空嵐の影響で、通常実体空間とn次余剰次元空間との間に小さな天然の”ホール”が生じてしまっているのだ。これを放っておけばいずれ数も増えて大きな”出入口ポータル”となり、そのn次余剰次元空間の中に潜んでいた様々な”存在”群が通常実体空間へ溢れ出すばかりか、『ラライ・システム』の機能不全を引き起こして”土地基盤システム”を通じた”帝国”世界との安定的な交通をも脅かしかねないだろうな」


シアラが示すように、『ラライ・システム』も”土地基盤システム”もn次余剰次元空間に立脚するものであり、それらを介さない天然の”ホール”や”出入口ポータル”があちこちに出来始めてしまうと、まるでシロアリの巣のようにして各システムの基礎をグズグズに壊してしまうだろう。


「確かに、そのようね。

 こちらの画面でも、半径数mの範囲で三次元空間の顕著な歪みが出ているわ」

「はい神崎様=現在の時空歪曲値は=0.053674827δです=」


神崎が手にしている装置が答えた。

この装置は次元空間測定器であり、元々は神崎の眷属としている人工生体端末『ケーシー』の一部が変化したものだ。

彼女は普段から、自らの能力である『虫穴生成ワームホーラー』…空間に意図的な”ホール”を開けて物体を自在にワープさせる能力の研鑽用としてこれを活用している。

従って、彼女はこうした調査にはうってつけの人材と言えた。




「それじゃ…やりますか」

「ああ、コレで”ホール”を塞ぐ事としよう」


シアラが、さっきとは別の機械を懐から出して構えた。

それは銃というよりもネイルガンとかインパクトレンチのような工具にも見える。


「じゃあ私達は、とりあえずこの生き物を”ホール”の中に押し戻しましょう」

「戻しましょうって…なんだかんだ言って神崎は命令するだけで結局俺が直にこの気持ち悪いクラゲを触る羽目になるんだろ…」

「あら、分かってるじゃないの。

 だって私は、能力で一度あの”ホール”を少し広げて押し戻しやすくする作業に集中しないといけないのだから」

「あぁはいはい、そうですか…」


段取りとしては、神崎が一瞬だけ”ホール”を拡張させて、その瞬間に竜司がクラゲを”ホール”の中に押し戻してから、

すかさずシアラが”ホール”をその機械で埋め潰すといった段取りだ。




「準備はいい?それじゃ行くわよ」

「よし、そーれっ!」

神崎が両手をロッカーの方へ伸ばし、一息に念じるとロッカーの奥にある真っ暗な”ホール”がスッと広がる気配がした。

それをすかさず竜司が、外へはみ出るクラゲを両手で一気に”ホール”へと押し込んだ。


「うへぇ!よ、よし全部入ったぞ!」

「赤羽、どけっ!!」


竜司が退いた次の瞬間にシアラがその機械を”ホール”へと翳し、スイッチを入れると機械の先端からオレンジ色の光が迸った。

ビューっという低音が響き、光が当たった”ホール”が徐々に小さくなっていく。

やがて10秒と経たずに”ホール”が完全に消えて無くなった。


「どうだ?」

「ええ、”ホール”はこの三次元空間から完全に消失したわ」

神崎が装置の表示盤を確認してからシアラに頷いた。




「ほぅっ…やれやれ、ようやく一仕事終えたってわけか」

シアラが額の汗を拭いながら疲れた表情を浮かべた。


「全く、面倒な事になったものだ」

「他にもこういうケースが増えてきているってオクウミさんは言ってたけど、見つかる度にまた俺達が始末しなきゃいけないのかね」

赤羽が、原生動物に触れて粘液まみれになった両手を振って顔を思い切りしかめながらシアラに訊いた。


「いや、流石にそんな事は無いはずだ。

 我々がこの事例について進言すれば、じきに『レイウァ計画』本部の一部門である次元空間調整部に専門部隊が結成され、こうした事象の収拾に当たる事になるだろう。

 とは言え、多分そうすぐに立ち上がる事もないだろうから、年内はやっぱり我々がやる羽目になるかもしれないな…」

シアラがそう説明しながら、少しばかり渋い顔になる。




そもそもオクウミ達『レイウァ計画』本部側は、こうした事象の実態を全て把握していたわけではなかった。


最初に竜司達が二学期の最初に新聞部から説明を受けていたこの現象について、まずオクウミ達に『レイウァ計画』と何か直接的な関係があるのかを問い合わせた。

しかしオクウミ達の回答はNOであり、逆に竜司達へ現地でどういう現象が発生しているのかを調べてきて欲しいと要望してきたのだ。


オクウミ達に掛かればこんな現象を調査する事など造作もないのだろうが、そこはオクウミもオカルト研が今年の高校文化祭で新聞部との合同展示をするために色々とネタを準備しないといけないというのは把握しているので、あえて竜司達にこうした些事さじを任せたのが実情だ。

つまりは調査が必要なほどに重要ではあるが、竜司達に任せても問題ないほどに重大ではないと言う事のはずだ。


しかし、実際にその事象を目の当たりにしてみると、とてもじゃないがシアラや竜司達の手に負える状況にはないように思える。


だいたいシアラ自身もその余剰時空嵐の原因を探るべく、時間を割いて愛機の次元跳躍探査艇『フィムカ』号を繰り出しつつ地球近郊のn次余剰次元空間をつぶさに調査しているものの、その成果は芳しくないものだった。

もちろんオクウミも、最近は『ディアマ=スィナ』号を久々にn次余剰次元空間へと派遣させて『フィムカ』号などのサポートに回らせている。


オクウミの話によると、どうやらその原因となる”因子”が、ひょっとしたら”帝国”領から発せられた可能性があると考えられるのだ。

どう考えてもこれは『レイウァ計画』を推進する上で重大な障害となる可能性があり、それらの調査は任務の最優先項目に据えられていた。


ちなみにオクウミからは竜司達に対して、この事象の原因が余剰時空嵐である可能性は伝えてあるものの、更にその余剰時空嵐が何に起因している可能性があるかは一切説明してはいない。もちろんシアラに対しても同様にして竜司達に伝えないよう言い含めていた。




そうした事情を知らないままの竜司がふと呟いた。

「そう言えば、あの新聞部の二人から見せてもらった海外の動画の中に、さっきの浮遊原生動物?みたいなのが写ってたんだよな。

 今ようやくそれに気付いたけどさ、それまでは心のどっかでずっと引っかかってたんだ」


「確かにそう言えば、海外系のサイトでUFOとされている映像のうちの幾つかにはこういう生物らしきものが居たかも知れないわね」


「ふむ…そうすると、確かにこういった現象はもはや日本だけでなく、文字通り地球全体で発生していると考える事も出来るだろうな」

シアラはとりあえず当たり障りのない情報だけを用いてそう話した。




「地球全体で、か…」

「一体、この地球に何が起ころうとしているのかしらね…」

「うむ…」


シアラ自身もそれについては答えあぐね、ただ二人の言葉に頷き返す事しか出来なかった。




- - - - - - - - - -




その後も、オカルト研&新聞部による市内の合同調査と共同展示の準備で忙しい日々が続いた。




もちろん竜司達は、もう一つの目的である「”ホール”を塞ぐ」作業も行わないといけないので、文字通り息をく暇もない状態になった。

というのもシアラの予想通り、『レイウァ計画』本部の一部門である次元空間調整部に専門部隊が結成されるにはまだ時間が掛かるとの事であり、

それまでは竜司達と次元空間調整部から派遣された即席のスタッフの混成によって対応しなければならなかった。


理由としては、もちろんこの”ホール”現象の実態と規模の解明が済んでいないというのもあるが、これらの実務を請け負う人材が十分に揃っていないというのが大きい。

当然ながら『レイウァ計画』本部としては人材の拡充を図っている所でもあるが、そもそも当初から据えていた各計画部門(火之題、木之題といった課題別の部門)に人材が多く引き割かれていて、こうした新たな案件へはすぐに適切な対応を取るのが難しい状況だ。


n次余剰次元空間自体への調査は変わらずシアラ達が次元跳躍探査艇を運用しているものの、既に手一杯な状況であるために時空探査局の他支部から緊急で偵察官を派遣してもらうなどの対応を取らざるを得なくなった。

しかし、これ以上の時空探査局スタッフの任用はニビルガイマクル将軍のような保守派幹部達の不興と過干渉を招く事になるので、かなり難しくなってきていた。




「ぇらっしゃーい!ほらほら入って入ってー!!」


瀧山の威勢の良い声に押されて、竜司達は瀧山宅へと入っていった。


「お邪魔しまーす」

「ここに入るのも2ヶ月ぶりだなー」

「あら、我妻さんはこちらに何度か来られた事があるの?」

「そだよー」




「こっちの居間で作業進められるようにしといたっす!

 とりま、どこでも座ってくれて大丈夫っつーか」

瀧山に勧められるがままに、竜司達はめいめいに居間のソファや椅子に座った。


正面にはかなり大きめなテレビが据え付けられていて、そこにはビデオなどの映像機器が接続されてあった。

テーブルの上には先日まで撮影に使っていたビデオカメラとケーブル類が束になって置かれている。


「茶ぁー出すんで、それまで適当にくつろいでくれてオッケーっすから」

そう言うと瀧山は、台所の方へと向かっていった。

その後ろを我妻が付いていく。


「ああタッキー、手伝うよー」

「おおっサンクスっす!」




しかし、二人が向かった台所には既に先客がいた。


「あら、敦くん。

 お茶なら出しますわね」

「あっ仁坂さん、いつもすんませんっす!」


「…え?誰?」

「あぁ、お隣に住んでる仁坂さんっす」


「初めまして、私は仁坂美央と言います」

「えっアッ…は、はい、えーと私はタッキー、いえ瀧山くんの同級で、同じ部活の我妻って言います」




お互いに挨拶を済ませた後、

我妻が瀧山を部屋の隅まで引っ張り込んでからコソッと訊いた。

「ちょ、ちょっと!

 あの人って何でアンタん家に上がり込んでるのよ!?

 いったい何者なの?」


すると、瀧山はしどろもどろになりながらようやく答える。

「え、えっとっつーか、何かいつの間にかもう顔馴染みになってたっつーか、

 なんか知らねーけど、兄貴とかなり仲良くなってるっつーか…」


「…は?はぁあ!?

 な、何で史郎さんと…!?

 この2ヶ月の間に、一体何があったのよ!?」

顔を真っ赤にして瀧山の方を睨む。

「そ、そんなん俺もよく知らねえっつーか!

 だったらアガっちゃんが直接兄貴に聞けば良いんじゃねーっつっか!」




すると、ちょうどその時に玄関の方からその当人がやって来た。


「史郎さん、お帰りなさい。

 お菓子と今晩の食材、買ってきてくれたんですね」

「…あぁ、言われた通りのもの、多分大体買えたと、思うんだけど…」

「それじゃ中身を拝見します…はい、大丈夫ですよ!

 ありがとうございますね!」

「…うん」


その様子を見た我妻が、顔面蒼白になりながら口をぽかんと開けた。


「な…な、何、あの人!?

 何で史郎さんに馴れ馴れしく声を掛けてるのよ…!?」

「し、しっ!声大き過ぎっつーか!」

声を上げようとする我妻の口を瀧山が慌てて塞いだ。


「っぷはっ!わ、分かったわよ…!

 それにしても、本当にどういう事なの…?

 史郎さんの身なりも、すごく綺麗になってるし…」


我妻が指し示すように、史郎の格好は以前のような垢まみれのスウェット姿ではなく、清潔な白いシャツとデニムを身に付けている。

何よりも顔の無精髭が綺麗に剃られて昔のような精悍な顔が露わになっていた。

伸ばし放題だった髪も整えられているようだ。




台所の出入り口で茫然と突っ立っている二人が視界に入ったのか、史郎が二人に声を掛けてきた。

「…こんにちは、久しぶりだね、莉亜ちゃん。

 今日は、ゆっくりして行ってね…」

「あっあっ、は、はい!!」

穏やかに微笑みながら挨拶をする史郎に、下の名前で呼ばれた我妻が一瞬でピシィっと音が鳴りそうなくらいに背筋を伸ばして返事をした。


すると、そこへ仁坂が声を掛けた。

「史郎さん、ちょっとこちらで手伝ってもらえませんでしょうか?」

「…うん、いいよ…」 


素直に彼女のそばで手伝い始める史郎を見て、我妻は立ちくらむ。

「…嘘でしょ…何であんな人の言う事に従ってるのよ…あれだけ私が手を尽くして呼びかけても、部屋から出る事すらしてくれなかったのに…」

もはや蚊の鳴くような声で呟く我妻の目には涙さえ浮かんでいた。


何しろ、パッと見ではあの二人は付き合っているようにしか見えない。

そして史郎の過去を知る者にとっては、もしかしたら仁坂が彼を引き篭もっていた部屋から引っ張り出したんじゃないかとすら思えてくるのだ。


「もうダメ…私、くじけそう…」

その場に崩れかける我妻に、瀧山が腕をグイッと引っ張り上げながら諭した。

「おいおいアガっちゃん!

 これから画像編集しなきゃなんだからさー!

 頼むよーっつか、気を取り直してくれよーっつーか!」




へたり込む我妻を何とか引っ張りながら居間までお茶を運んできた瀧山は、

それから全員がお茶を飲んで落ち着いた頃に、我妻と一緒に撮影した機材を取り出してテーブルの上に置き、機材と編集機器を接続して立ち上げ始めた。


「えっとー、これがこうなってー

 アガっちゃん、これどーすんだっけ?」

「…んぅ、もう何でも良いよ…」

「あー、ダメだこりゃもう」


「えっえっ?どうしたの我妻さん」

「ぃやー、ちょっと色々な事情があってっすねー」


怪訝な表情の山科に向かって瀧山が説明しようとすると、側にいてグッタリしていたはずの我妻が瀧山の脇をグイッと捻った。

「ンぐっっ!!い、いや何でも無いっす…」

「?」




「…どれ、何か分からない所があったら、手伝おうか…」

そこへ、史郎が居間の方へやって来て呟くような声で言った。


「おっ、兄貴」

「えっ?瀧山くんのお兄さんですか?」

「初めまして」


竜司達が順番に自己紹介を行うと、史郎がゆっくり肯いて言った。

「…初めまして、俺は瀧山史郎と言います、そこにいる敦の兄です…」


「ウィッス、俺の兄貴っす!

 実は兄貴は大学の映像科に居るんで、動画編集とか超詳しいんっすよ!」

「…あぁ、まぁ今は休学同然だけど…」


何があったのかは分からないが、どうやら今は大学を休んでいるらしい。




しかし彼はテーブルの上に並べられた機材や編集機器を一瞥して、一度自分の部屋に引き返してから自身のノートパソコンを持ってやってきた。


「…これ、俺が使ってる動画編集ソフト…

 それと、この機材とPCを繋いで、あのTV画面に映し出すには、こうやって…」


呟くようなささやかな声量ながら機材の扱い方やソフトの使い方などを優しく的確に教える姿は、今まで引きこもり状態だったのが想像出来ないほどだった。




「…とりあえず、こんな感じで、どうかな…」


作業の説明を一旦区切って彼がそう言うと、竜司達が大きく頷いた。

「すっごく分かりやすい説明で、とても助かりました!」

「まさに映像のプロなのですね、本当にありがたいですわ」

「正直オカルト研でもハンディカムとかの扱いは持て余し気味だったのでありますが、今回の講義で理解が深まったであります!」

「確かにそうだよねー、宝の持ち腐れだったっていうか。だからめっちゃ助かりますー!」


「…そうか、それなら良かった…」




安堵して優しい目で竜司達を見つめる史郎を、更に遠くから我妻が見つめていた。

その瞼には涙が浮かんでいる。


「…タッキー、私、負けないから。

 仁坂さんだっけ、あんないきなり現れた人なんかに、史郎さんが更生しただなんて信じたくない」


「ぇえ…あのさぁ、アガっちゃんさぁ…」

「何よ」

「ぃやぁ、まぁ…大人の魅力には敵わねえって事かもよ」

「そんなわけない!何か、私にも出来る事があるはず」

「う~ん、いやまぁ、さぁ…」


微妙な表情を浮かべる瀧山を我妻が睨み返したところへ、

台所から仁坂がトレイを持って居間にやってきた。


「皆さん、休憩がてらシフォンケーキでもどうぞ。

 皆さんのお口に合うかどうかは分かりませんけど、焼き立てです」


「おぉっ、これはまた素晴らしいですな!」

「わぁー美味しそう!!」

「仁坂さん、ケーキも作られるんですね」

「めっちゃ良い匂いっす!」




仁坂の手作りケーキに対して皆が口々に褒めるのを見た我妻があからさまに苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべ、瀧山は思い切り深く溜息を吐くしかなかった。


しかし、仁坂を初めて見たはずの竜司達やシアラが一瞬だけ目を丸くしたのを、この二人が気づく事は無かった。

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