4-2 信号
月面の某地点にある”それ”に再び灯が点った。
「機関」の月面基地隊による調査で、”E-2275A遺跡”と名付けられたそれは、
その機構内部のあちこちにスイッチが入り、主駆動エンジンが起動状態に移行する。
やがて、船体が小刻みにブルブルと震え始めた。
「なっ!?何だ!?一体何が始まったんだ!?」
米軍月面駐留部隊のウィリアムスン中佐が目を見張った。
明日香達の調査隊がこの遺跡を発見して以降、この遺跡の周囲に様々な観測用機器と調査用臨時ベースを置いて詳細な調査観測を開始していたが、如何なる測定にも反応せず調査は一向に進展していなかった。
しかし今になって急に遺跡が”目覚め始めた”のだ。
「どういう事だ!?なぜ、今になって!?」
中佐達が次々に叫び、また遺跡のある空洞からの緊急退避準備を開始する中で
ついに遺跡が動きだし、凄まじい振動と共に浮かび上がり始めた。
遺跡の壁に装着されていた調査用センサーやケーブル類が次々に剥がされ、あるいは動き出す遺跡と一緒に引きずられていく。
「なんて事だ…やっぱり、あれは宇宙船だったんだ!!」
最終的に、船体にまとわりついていた全ての地球製機械や積もりに積もった砂や岩石を振り落として、月面の上空に浮かび上がる姿は、まるで巨大な宇宙船、あるいはロボットのようにも見える。
しかし、全長が500m以上もあり凄まじい威容で、その姿はティコ基地からも観測できた。
「何だあれは…まさかアスカ達が発見したというのは」
「ムーア司令官!!月面の他の遺跡でも同様の現象が観測されました!!」
「”アリスタルコス”、”アルフォンスス”、”シュレーター谷”などの遺跡でも異常発生!!」
月基地の司令部にも各地からの情報が次々に入り、慌ただしくなる。
その全てが、月面遺跡の大部分が起動し始め、まるで宇宙船のように浮かび上がったとの報告だ。
しかもその一つ一つが、全長数百mはある巨大な物体である。
浮かび上がった十数隻の元”遺跡”は、あたかも地球の海上艦隊のような陣形を取り
次々に地球の方角へ向けて発進し始めた。
この動きに、当時刻に月軌道を遊弋していたアメリカ戦略宇宙軍の宇宙攻撃機戦隊が
緊急で軌道を離脱し、当該宇宙船群の追尾を開始したが
時速30万キロ以上という猛烈な速度で加速推進する宇宙船群に、あっという間に振り切られてしまった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
同時刻、シアラ達はコンソールの画面を睨んでいた。
「こいつは…非常用緊急信号だ!!」
「なんだって?」
「つまり、恐らくエリア51付近で誰か、シアラさんに近い立場の人が助けを求めている、という事かしら?」
「神崎さん、その通りさ」
「…だから、由宇と呼んでもらって構わないのだけれど」
「じゃ、じゃあ早く助けに行かないとマズイんじゃねーのか?
っていうかエリア51っつったら、宇宙人が解剖された所じゃねーのかよ!?」
竜司が画面の北米地図を指差した。
「まあ待て。ひょっとすると、敵の罠かも知れん」シアラが冷静に指摘する。
「敵?...敵って何だよ?」
「まあ普通に考えて、昨日この古墳を襲撃した連中でしょうね」
神崎が、古墳の石室がある天井を見上げた。
「じゃーさ、ホイホイ助けに行くのはマズイって事だよねー」
山科も新しいチュッパチャプスの包み紙を剥がして口に入れながら言う。
「ああ、可能性は低いが、我々が過去に置き去りにした機器類を解析して、敵味方識別を欺く信号の発信に成功したのかも知れん」
「そんな事ができんのかよ…」
竜司が絶句するが、シアラは画面を睨みながら険しい顔のまま頷いた。
「とすると、状況は私達が思っている以上に、危険という事かしら」
「今この瞬間にも、この古墳の周りというか、この街が連中に囲まれつつあるっぽいしな」
「それってマジヤバイわー」
神崎だけでなく、東雲や山科も実感が伴わないのか、どことなく人ごとのように天井を見上げた。
と、シアラはディスプレイに新たな表示が浮かび上がった事に気付いた。
「ん?何だ…これは」
別のウィンドウを立ち上げる。
すると、地球と月を概略的に表現した画像が表示され
地球と月の間の空間にある十数個の光点が地球に向かって進む状況が映し出された。
シアラは、さらにその光点を拡大させる。
すると、シアラは何かに気づいたのか、急に叫んだ。
「これは…もしかすると!!これだ!!
ついに見つけたぞ!!証拠に違いない!!」
「え?何だって?証拠?」
他の全員が怪訝な顔をする中、シアラは慌ただしくコンソールを操作し始める。
すると、急に宇宙船全体がガクンと揺れ出した。
「ちょ、ちょちょ、シアラ、何を始めたんだよ!?」
竜司が叫ぶと、シアラが顔を紅潮させながら
「今からそのエリア51とやらに我々も向かうぞ!!」
「はぁっ!?な、何で?さっき罠だって言ってなかったっけ!?」
「シアラさん、証拠と言ったわよね?それはどういう意味なのかしら?」
「すまん、今それを説明している暇はない!
もし危険だと思うなら下船してくれ、私だけでも行く」
「おいおい、大丈夫なのかよ…?」
竜司はシアラが心配になったが、ふとディスプレイの一部にある表示が目に映った。
「シアラさん、これ…」
と竜司が指差す先には、人の顔のサムネイル表示のようなものが映し出されている。
「ああ、これか。例の非常用緊急信号の個体識別表示だろう。
地球人の遺伝子情報が含まれているので、稚拙な敵の罠かと思っていたのだがね」
「すまないけど、その画像を拡大する事は出来ねーかな?」
「ああ、出来るぞ」
そう言ってシアラが、画面をタップしてそのサムネイル画像を拡大した。
「あっ……!?」
「えっ……!?」
竜司と神崎が同時に絶句した。
そこには、二人がよく見知った顔。
竜司の従兄弟であり、神崎の幼馴染でもある、赤羽明日香の顔が映し出されていた。
「どう言う事だよ、これは!?」
シアラに詰め寄ると、シアラは事も無げに言う。
「もしこの信号を額面通りに受け取るなら、この女性がこの緊急信号を発信した事になるな」
「でも、だとしても、一体何故?」
流石の神崎もうろたえてしまう。
「この女性は一体何者だ?君達は知っているのか?」
「もちろん。俺の従兄弟なんだ」竜司が言う。
「私の幼馴染でもあります。いえ、姉のような存在です」神崎も続いた。
「まあともかく、発進準備も完了したし
君達、私と一緒について行かないのならそろそろ出て行ってもらえるかな?
古墳周辺の撹乱は引き続き有効だから、君達の帰りの安全は保証できると思う」
シアラがそう言うと、まず神崎が凛とした表情で真っ先に宣言した。
「私も一緒に行きます」
「神崎、いや由宇さん…」シアラが初めて神崎の名前を口にした。
「明日香さんを見殺しにする訳には、いきませんから」
「神崎!お前…!」
竜司も一瞬戸惑ったが、続いてシアラの前に出た。
「俺も行く!!何だか分からねーけど、ねーちゃんを助けない訳が無いからな!」
二人の宣言を聞いたシアラが心配そうな表情で
「しかし、良いのか?本船は一応保安装備があるが、それでも前回みたいに攻撃されるかも知れんぞ」
「それでも!失踪して何年も経って、辛い目に遭ってるかも知れねえねーちゃんの大変さに比べれば
何て事は無いと思うぜ」
「ええ、そうね」
「フゥム…何だか分からぬが、そうなのか」地球人の習慣は分からんとばかりにシアラは顔を傾げた。
「いやいきなりビックリ過ぎるだろ…」
「急展開過ぎー」
東雲も山科も、手を掲げて首をすくめるアメリカンジェスチャーをしてはいるが出て行く気配がない。
「決まったな。よし、それではオカルト研全員で行こう!」
「私はオカルト研では無いのだけれど」
「いやったー!全員で行くのだー!!」
「うにゅ。行く」
「……あれ?」
竜司は、どこかで聞いたことのある二つの黄色い声がした方を振り向くと
「…あははー。バレてしまったのだー!」
「お兄。…来ちゃった」
「…な、何でお前らがいるの!?」
固まる竜司をよそに、春乃と沙結が答える。
「実は、にーちゃんが出て行った直後にすかさず後を付けていったのだー!!」
「お兄。私達を置いてけぼり…だめ」
「春乃ちゃん、沙結ちゃん」
神崎がやや中腰気味になり、二人に優しく話しかける。
「いい?今から行く所は、とても危険で命の保障は得られないかも知れないのよ。
二人とも、まだ幼いから耐え切れるかどうかは」
「そ、そんな事ないのだ!!私はもう中学生だし、沙結だって六年なのだ!
それに明日香姉ちゃんを想う気持ちはにーちゃんや由宇姉ちゃんと同じなのだ!!」
「ん。明日香お姉を……助けたい」
「けれど……」
「はぁ、しゃーねぇな。
神崎、コイツらはこう見えて頑固なのは分かってんだろ?
ここまで来ちまったもんは仕方ねぇよ。
まあ本当にヤバくなった時は一旦戻りゃ良いんだし、俺が二人を守るさ」
まあ彼女らが竜司達に一切気付かれずにここまで来れたのは
ある意味一種の才能かもしれないし、と竜司は思う。
「ぃやった!それでこそにーちゃんだよ!!」
「…お兄。頑張る」
「ならば、仕方ないわね。シアラさん、宜しいかしら?」
「こちらとしては一向に構わないよ。
それに、この船の学習機能によって
先日のような不意打ち攻撃はもう喰らわないから、そこは安心して欲しい」
「発進準備完了、行くぞ!」
シアラが宣言すると同時に、天井の石室に繋がっていたゲートが閉じた。
「ああ、一つ忘れていた。
これから亜空間を通じて、ここから約9000キロ離れたエリア51とやらへワープして行くのだが
初めての人間にとっては、時空酔いを発症しやすいだろう。
なので、この薬を一人1錠ずつ飲んで欲しい」
と言って、透明なボール状の瓶に入った錠剤らしきものを手にとった。
「時空酔い?どんな症状を呈するのかしら?」
「ふむ、原始的生理構造の人間体でどういった症状となるかは未知だが、
知られている通りでは吐き気や嘔吐、頭痛と言ったものだな」
「へぇ、乗り物酔いみたいなもんか」
「しかし症状が重い場合だと、自身の意識が抜け出て時空の彼方に置いてかれる」
「えぇえ!?」「マジで!?」「っちょ、ちょっと大丈夫!?」
「まあ可能性は限りなく低いから安心して欲しい」
シアラの脅し?に怯えた全員が、差し出された錠剤を素直に飲み込んだ。
全員がシートに座り、フロントのメインディスプレイを凝視していると
ガクンと一際大きな振動があり、それからふわっと空中に浮かぶような感覚になり
ディスプレイには、北米大陸の某所がぐんぐんクローズアップして映し出された。
「通常空間を歪めた亜空間を経由して行くから、数分で着けるだろう」
シアラがコンソールから突き出たハンドルを握って操作しつつ説明する。
果たせるかな、宇宙船は程なくグルームレイク上空に到達した。
「亜空間から通常空間に転移完了。現在宇宙船は不可視で航行中。
これよりローカルワープで発信源らしき地下空間へ転移す…
ん?」
「おい!!湖の周りを見てみろよ!あちこちから煙が上がってるぜ!?」
東雲の言う通り、グルームレイク周辺の基地らしき施設群がかなり破壊されていて、そこから大量の火の手や煙が上がっていた。
「いかん!!この空域にこちらとは別の、正体不明の大質量が干渉してきた!?」
シアラが叫ぶそばから宇宙船全体が大きく揺れ始めた。
「このままではマズイ!再び亜空間に退避する!!」
ガガガッとさらに大きく揺れ、船内に悲鳴が溢れた瞬間
フッと揺れが止まった。
「何とか亜空間への退避が成功した…が
一体、エリア51とやらに何が発生したのだ!?」
フロントウィンドウにレーダーを展開させると、不可視だった大質量物体の姿が露わになった。
「こ…これは!?」
そこに映し出された物体は、全長500mもあるヒト型ロボットだった。