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26-2  或る男の幸せ




「う、うぅうん……ふあぁああ…

 ……

 …あれ…何の夢を見てたんだっけ…」




9月の陽光が室内を照らす中、一人の男がもっさりとした動作で起き上がり、出勤の支度をし始めた。


とある電機メーカーで勤務10年目となるその男は梶山といい、社内では技術主任として部下を引き連れる立場であったが、未だもって独身だった。

都心からそこそこ離れたこの調布市のアパートに一人で住んでいるが、そういうわけで独り言が自然と増えてきたので気をつけるようにしてはいた。


しかし特に今日は、昨夜見た夢の内容が気になって仕方なく、TVニュースを見て朝食を食べながらも思わずブツブツと呟いてしまうのだ。


「あの夢…なんだろう、何か凄いアイデアを掴んだような…」




だが、通勤中での満員電車の中や会社への道を歩いている最中でも、なぜか奇妙な画像というか図形のようなものがしきりにチラつくようになっていった。


「ええい鬱陶しい…何なんだ、いったい」


梶山がまるで虚空に浮かぶ何かを追い払うように、片手を空中に掲げて叩くそぶりをしていると、後ろから声が掛かった。


「おはよう、ってかお前、何やってんだ?」

「え?あ、あぁ楠木か。別に何でもないよ」


同僚の楠木は、梶山と肩を並べるようにして歩きながら会社の門をくぐった。


「さて、そろそろ企画書を出さねえとなぁ。

 梶山は何かアイデア出たか?」

「うーん…未だに何も浮かばねえんだよな」

「だよな。企画部も無茶振りしてきやがるぜ」


梶山が首を捻っているのを見て、楠木が首を竦めた。

「全く、東雲部長もそんな企画部の勝手を抑えてくれないんだからなぁ」

「まぁなぁ、とはいえ東雲部長の立場からしたら、そう簡単にコンペを止めましょうとも言い辛いんだろうなとは思うよ」

「ふーん、そんなもんか」




- - - - - - - - - -




梶山達が働いている会社は電子機器を開発して販売するメーカーであり、少し前までは携帯事業や家電にも進出していた準大手だった。

しかしここ数年は中韓系のメーカーにシェアを圧迫されて海外でも販売が振るわなくなり、スマホなどの携帯事業は撤退していたし、

更には中核だったはずの家電やAV機器事業までも売却されるのではという噂が絶えなくなってきたのだ。


梶山達の所属する開発事業部は電子デバイスの開発が主体であり、デバイスの利益は好調なので今のところは影響は少ないとは言えるのだが、

会社が倒産したり外資に買収されたりしたなら、間違いなくそこもリストラの対象にされてしまうだろう。


なので、最近では企画部が旗振り役となって新規事業や新製品のアイデアを募る社内コンペを度々開催していたのだが、

そうそう簡単に良い発案がされる訳でもない。むしろ普段から忙しい開発事業部にとっては業務の邪魔とさえ言われつつあった。




「さてと、今日もやるか…単純作業を」


梶山がまたも独り言を言いながら、開発フロアにある研究室の一つに向かった。

そこには実験用の半導体や金属化合物の試料を少量製造出来るだけの小さな電気炉があって、梶山は毎日そこで電気部品に利用出来そうな素材を研究していた。

単純作業というのは、事前に決めておいたレシピを元にして原材料を調製して耐熱型に入れ、電気炉に突っ込む作業の事である。


「♪〜」


鼻歌を歌いながらだが、すぐに梶山は作業に没頭していく。




しかし、ここでまたも妙な違和感が生まれ始めた。


「あれ…何だろうこの感覚は…まるで道を間違えつつあるような…」


その感覚の源は、まさに目の前で原材料を入れて調製しようとしている乳鉢の中からだった。

そこには、だいぶ前に決めた実験用レシピに沿って各種金属や化学物質などの原材料が少量ずつ投入され、乳棒でかき混ぜられている。

だが、彼はどうもそのレシピそのものに微妙な違和感を持ってしまっていた。


「そうか、あの夢は…

 まるで今こうして作ろうとしている情景そのままなんだ」


一度そう思って納得しようとしたのだが、違和感は依然として残ったままだ。


「あの夢だと…レシピが微妙に異なっていたような…?」

彼は、うーんと唸りながら腕を組んで夢を詳細に思い出そうとした。


「あっ!?そうか…!

 夢の中では確か、これにプラスして…」


梶山は、研究室にある各種原材料を収めた棚から何種類かの瓶を取り出した。

「そうだ、コレと…コレとコレを入れてたんだったな」

それは触媒として使っている有機化合物や非金属化合物の類で、普通ならまず半導体を作る材料にはしないはずの物質だった。


しかし彼は、半ば勝手に手が動くようにして中からそれぞれひと匙分を掬い、乳鉢に投入した。




「あっやべ!?俺、何やってんだよ…

 まぁしゃーないし別にいいか、でも元々のレシピの方でも作っとかないと」


彼は大きく溜息を吐いてから、新たな乳鉢を取り出して元々作ろうとしていたレシピによる試料作成に掛かった。




- - - - - - - - - -




「さーて、出来たかなー」


翌日、梶山は電気炉の蓋を開けて、中から焼きあがった二つの半導体試料をそーっと取り出した。

一つは元々作る予定だったレシピによる試料で、もう一つが”夢”の内容に従って出来た試料だ。

焼結自体は数時間で終わるのだが、冷却に時間が必要なので丸一日掛かる。


まだ少し暖かい試料を、彼は型から慎重に取り出した。

脆い素材の場合では、ここで失敗するとグズグズに崩れて使い物にならなくなる。




「…あれっ!?」

梶山は、思い切り目を丸くした。


一つ目の方はいい。

こちらは元々のレシピ通り作ったもので、見た目も以前作っていた試料(原材料の内容は同じで比率だけ変えてあるもの)とほぼ変わらない。


問題はもう一つ目の試料だった。

もう一方に比べて、表面がまるで結晶のようにソリッドなテクスチャーをしていて、しかも光沢もある。


「おいおい…まるで単結晶みたいじゃねぇか…しかもこっちよりも色々と不純物を混ぜ込んでるんだぞ…?」

単結晶というのは分子構造が完全に揃っていて、どの向きからでも結晶軸が変わらない結晶固体のことである。

しかし通常、不純物が混じり込んでいれば分子構造が揃わず、アモルファスのようになるはずだ。

現に、もう一方はアモルファス構造を呈しているのは他の試料を測定した結果でも明らかだ。


そして、梶山は元来の研究ではアモルファス半導体を作る事を目標にしていた。

アモルファス半導体自体は受光素子に利用されるなど実績はあるのだが、まだまだその性質に未知の部分も多く未開拓の分野であった。

なので、梶山もまるで山師のごとく、何か面白い特徴を持つアモルファス物質を発見出来ないかと日夜研究していたのだが…




「うーん…まぁよく分からんので、

 こういう場合はとっとと物性評価するに限るな」


そう言って彼は、その単結晶らしき試料をそっとピンセットでつまみ上げた。

端の方がポロポロとこぼれ落ちて単結晶の多面構造を露わにしたそれを、まず試料台に乗せてから通電装置の端子を当てがった。

一定の微弱な電流を通す事で、抵抗値や発熱量を測定する事ができる。


「そんじゃ、スイッチオン」

彼が、通電装置のスイッチを押した瞬間。


その単結晶が、紫色に眩く光り始めた。




「…ぅぁあああああ!?」


慌ててスイッチをオフにすると、紫の光は一瞬で消える。


「まさか…ひょっとして、通電すると光るのか?しかも、紫に!?」

彼がもう一度スイッチを入れると、再び紫色に光りだした。




青系統に光る半導体といえば、言わずと知れた青色発光ダイオード(LED)の材質である窒化ガリウムである。

それ以外にもセレン化亜鉛や酸化亜鉛の半導体なども開発されているが、いずれにしてもそれらの材料は今回のレシピの中には一切含まれてはいない。

抵抗値を見ると、確かにダイオードのそれとあまり変わらないようだ。しかも熱量はほとんど発生していない。


「…もしかして、

 こいつは新しい材質の青色発光ダイオード候補を発見しちまったって事か…?」


梶山は試料台にある試料を凝視して、生唾をゴクリと飲み込んだ。

もし、その通りなら文字通り一攫千金となる可能性がある。

材料は全て、希少物質レアアースではなくありふれたものを使っているのだ。


「も、もう一回通電してみよう…」

彼がスイッチを入れると、その試料は再び鮮やかな紫色に光った。


「そうだ!記録だ…まずカメラを…」

彼は、試料台の隣にある棚をガサガサと漁ってデジカメと固定用の治具を探そうとした。

すると、棚の中から幾つかの箱がガラガラと落ちてしまい、その一つが試料台の端に当たった。


「あっやべっ!?」

試料台が揺れ、試料に当てがっていた通電装置の端子が少しだけずれた。


「…は!?」

何と、端子の位置がずれた拍子に、試料の光が紫から青に、そして青緑色へと変化したのだ。




「ま、マジかよ!?これ、極性があったのか…!?

 ってか…い、いやいやいや、マジであり得ないって!!」


極性とは、平たくいうと電気を流すべき方向が決まっているという事だ。普通は極性を間違えて端子を繋げば、発光しないどころか壊れてしまう事がある。

しかしこの物質は壊れるどころか、通電する方向によっては全く異なる色の光を放つ事になる。


「一つの素子で、複数の波長の光を出せるなんて…

 …これは大変だ!!」


一種類の半導体を使って複数の色の光を放つ素子というのは、まさに夢の発光素子として研究者の間ではSFの中の存在として扱われてきた。

しかし、もしこれが本当なら、光電子工学オプトエレクトロニクス業界で青色LED以上の大革命となる。


梶山は、直ちに他の方向からも通電を試みた。

すると、結晶体の長軸方向を中心にしてそれぞれ大体30度間隔で、色が変化していくのが分かった。


「まるで色相環みたいな…

 …あれっ!?」




ここで梶山は、またも夢の中の情景をはっきり思い出した。

「そうか…!!

 あの夢の中の図形は…この結晶を使った素子の模式図と回路図だったんだ!!」




- - - - - - - - - -




梶山はこの結晶を用いた多色発光素子の図面をたちまち書き上げ、それを企画書に乗せて社内コンペに出した。

何しろそれは、元々彼がテーマにしていた研究の成果とは関係ないからだ。


企画部と開発部の幹部が彼を直接呼び出したのは、それから間も無くだった。

彼は、ざっくり作った試作品の多色発光素子と図面を持って、呼び出しを受けた会議室へと向かった。




「これは驚きだ…」


試作品が点灯するのを見た東雲開発事業部長は、驚愕のあまり眼鏡を何度も拭いて掛け直し、それでも目の前で安定して光っている様子を見て大きく息を吐いた。


「ど、どうでしょうか?東雲部長」

梶山は、恐る恐る東雲に伺う。


梶山をちらっと一瞥した東雲は、それから隣にいた企画部長の方へ向いた。


「幾らでいけそうだろうか?」

「1000億は固い。5年後で5000億はいけるかも知れん」


どうやら、企画部長の頭の中でそろばんが弾かれていたようだ。

それにしても、その口から出てきた数字の大きさに梶山は目を丸くした。


「そ、そんなに…ですか?」

呆然とする梶山に、部長二人が同時に声を掛けた。


「予算は幾らでもくれてやる。可能な限り速やかに、事業化したまえ」




たちまちの内に企画部と開発部の承認を受けた梶山の企画は、すぐに正式な開発プロジェクトとして動きだした。

何しろ、この素子を一般的なLEDと同じようなサイズで実用化出来たなら、ありとあらゆる電子産業業界での一大革命となる事は間違いない。


例えば家屋や店舗内、鉄道や自動車内などといったインテリア照明を一つの灯体で七色に切り替える事が出来る。

もちろん屋外のイルミネーションでも同じ事が出来るだろう。

何しろ、それぞれの色のLEDを用意するよりも遥かに安上がりで省電力にもなり、システムもシンプルかつ堅牢に出来るのだ。

更にそれだけではなく、有機ELに代わる新たな映像表示パネルの開発やレーザーへの応用すら期待出来る。


そもそも世界のLED市場はその年だけで1.4兆円規模なのだが、照明市場全体へと枠を広げて考えると少なく見積もっても12兆円規模はあると推定されている。

その内の3割をLEDに置き換えると3兆6000億円が上乗せされるとも言われているのだが、更にこの多色発光素子が乗り込めば更に市場は大きくなるだろう。


掛け値無しにこれは、梶山が所属するメーカーにとっての切り札的事業となっていくのは確実だった。




- - - - - - - - - -




「やれやれ…やっと帰れた。

 はぁ〜、今日も帰って寝るだけか…」




梶山は、連日の残業で疲れ果てた体を引きづりながら、ようやくの事で日付が変わりそうな時間に自分の住む調布市のアパートへ帰ってきた。

何しろ元々の業務とは別に、例の開発プロジェクトの総責任者にも抜擢されてしまったので、慣れない業務に肉体的にも精神的にも疲れ切ってしまった。


画期的な新発明を成し遂げつつある自負から、最近の彼は仕事に対して明らかな充実感を得ていたのは確かだ。

しかしながら、等比級数的に忙しくなっていく業務に普段の生活が犠牲になりつつあるのもまた事実だった。

これでは、趣味の鉄道模型集めにも支障が出てしまう。




アパートの廊下で、懐から部屋の鍵を探そうとごそごそしていると、隣の部屋の扉がカチャッと開く音が聞こえてきた。


「…あれ、お隣さん、空室だったよな」

ぼーっとした頭でそんな事を思いながら、そちらの方を振り向くと。


中から、一瞬目を疑うほどに美しい女性が現れた。




「あの…こんばんは。

 私、今日こちらの206号に引っ越してきた、小日向と申します。

 よろしくお願いします」


しずしずと梶山の方へ歩いてきた小日向は、手にしていた紙の手提げ袋を恐る恐る彼の方へ差し出した。


「あの…えぇと…こちらなんですが…

 引っ越しの挨拶?えぇとお近づきの…しるし?で…

 粗品?ですが、良かったらどうぞ…」

「…」


なぜか疑問形が多い口調で、その手提げ袋を差し出す小日向だったが

梶山は何も言えずに、呆然としたままだ。


その女性はおそらく年齢的は20歳そこそこの大学生位にしか見えないのだが、何よりもその美貌に梶山は目を奪われていた。

だが何故だか知らないが、奇妙な違和感があるのも確かだ。

まず髪型はいわゆるセミロングのゆるふわパーマ風になった黒髪なのだが、所々にオレンジ色のメッシュが入っている。

その大きな黒い瞳も、よくよく見るとオレンジがかったように感じられる。

そして何よりも、一瞬だが彼女の耳が横方向に尖っているように見えたのだ。もちろん次の瞬間には元に戻っていたのだが。


「…あ」

しばらく何も言えずに黙り込んでしまった梶山だったが、ニコッと笑いかけながら小日向が差し出した手提げ袋を半ば無意識に受け取った時、

ようやく我に返ったようになった。


「あ、えっと…は、初めまして!

 えーとあーと、あ、ぼ、僕いや私は、えーと梶山と言いまして!

 この207号に、す、住んでるんですよ!」

顔を思い切り真っ赤にしつつ、どもって叫ぶようにしながら何とか言い切った。

何しろ、学生時代から勉強一筋、仕事一筋で女性に対する免疫が無い。


「はい、それは表札を見れば分かりました」

それでも再びニコッと笑いかける小日向に、梶山は完全に心を奪われてしまった。




「あっ…!あの…っ」

「はい?」

口を開きかけたものの、何を喋っていいのか分からずそのまま硬直する。

しかし、目の前の彼女は微笑んだままだ。


「…よ、よろしく…お願いします…」

ようやくの事で口から出た言葉だったが、自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。


「はい!こちらこそ、よろしくお願いします」

それでも彼女は、快く返事を返してペコリと頭を下げたのだった。




- - - - - - - - - -




それから、しばらく梶山は朝早く家を出て夜遅く返ってくるという日々が続いた。


しかし小日向はどういうわけか、毎日のように遅くに帰ってくる梶山を待っていたかのようにアパートの廊下でタイミング良く出会って挨拶するばかりか、

休日には彼の部屋の戸を叩き、作り過ぎたからと料理を入れたタッパーや鍋を彼のところへ差し入れし始めたのだ。




「…すいません、今日もこんな美味しそうなものを頂いちゃって。

 本当に、良いんですか?」


「はい!私、喜んで食べてくれれば、それだけで嬉しいんです」

「は、はぁ…」


梶山は、小日向の馴れ馴れしさすら感じる態度に奇妙な感じを覚えながら、

それでもこんな美女が、こうしてかいがいしく差し入れに来てくれる事を純粋に嬉しく感じていた。




やがて、二人はアパートの外でも普通に会うようになり、そして本格的に付き合い始めるようになった。

もちろん梶山の方から告白をしたのだが、小日向は即答で満額回答をした。


(あぁ、俺は何て幸せなんだろう…こんな仕事もプライベートも順調にいく日が来るなんて、たった半年前までは信じらなかったものだが…)


しかし、楽しい日々の中で時々おぼろげに考えることがある。

(何故あんな夢を見たんだろう…あの夢は結局、一体何だったんだ?)

(小日向さんにしても…俺が忙しくなったタイミングで、まるで都合よく俺の前に現れたようにも思えるんだけど…

 第一、彼女の出身だとか生い立ちとかを、まだ詳しく話してもらってないのは何故だろうか…?

 それに、彼女と最初に会った時に一瞬見えた、あの異相は一体何だったんだろう?単なる俺の幻覚なのだろうか?)


だが結局は、そういう考えに至るたびに頭を振ってその思いを振り落とす。

(まぁ、いいや…何だかは分からないけど、いずれは分かるような気がするし。今はまず、目の前の幸せを噛み締めていよう)




「梶山さーん、こっちに梶山さんのお好きな駅弁風おかずフェアやってますよー」


すっかり一緒に夕食の買い出しをするようになった梶山は、小日向が手を振る方へと向かった。

「おっ、じゃーそれも買っちゃおうか」

「はーいっ!」




- - - - - - - - - -




『レイウァ計画』司令センターの一部門として”帝国”から地球日本へと移住する移民の管理を行う移民管理当局は、

とある移民から先ほど届けられた報告を要約してから、それを移民管理当局長代行のイゴル・ウェインの方へ送付した。


イゴルはそれを一瞥するなり、ハハッと軽く笑みを浮かべてから、その日の午後にある人物が司令センターへ立ち寄るのを待った。




「おおっ!すると梶山さんもゴールイン間近という訳ですな!!」

その報告を読んだ東雲がウンウンと満足そうに深く頷いた。


「誰?その梶山さんって」

隣にいた山科が訊く。


「うむ、我が父上が社内で深く信頼して居る部下の一人でな、

 俺も父上の社内謝恩会イベントでお会いしたのをキッカケに、よく鉄道オタの会でご一緒する事が多いのだが、

 とても”良い人”なんだよな」


「いいひと?」

「だが、根っからの内気な性分らしく女性に接すると上がってしまってまともに喋る事も出来ず、それで中々彼女が出来ないと悩まれていたのでな…」

「あー、いるよねー。それで”いいひと”止まりになっちゃう人って」


「しかし、こうやって識閾下情報導入モニターに選ばれたのに、更に移民の方ともマッチングするとは…

 梶山さんは実は豪運の持ち主ではないか!うむうむ!!」

「えっ!?ほんとーに偶然なの!?」




山科が首を傾げていると、そこへサーミアとシスケウナが通りかかった。


「おや、移民の人による定期報告かな?」

「あらあら、この方は…」


と、二人が報告書を覗き込んだ。

そして何かを思い出したのか、その報告者の履歴を司令センターのデータシステムから自身の掌へと転送させて、3D表示にて閲覧した。


「ははぁ、このコヒーナ・ユミアという方は、元々”アラヤシマクニ”の時空鉄道管理局が出身ですわねぇ」

「な、何と!?」

鉄道と聞いて、すぐに東雲が目をギラッと光らせた。


「それで履歴書にもありますが、どうやら元々地球日本の鉄道に大変興味があったそうですね。

 そこで更に電脳空間網サイバースペースネットのニュースサイトで、最近の地球日本からのニュース映像で電飾を用いた鉄道模型ジオラマを見て、

 その作者に是非会いたいと要望していたようですわ」

サーミアが、履歴書を東雲達にも見せた。


「うぇっ…ちょっとプライベートとか無いの?」

と山科が少し眉をひそませると、シスケウナがきょとんとした目で応じた。


「基本的には履歴書の内容は、関係者なら誰にでも公開しても良いようになっています。言わば公文書扱いです。

 でないと、地球日本でもし不測の事態が発生した場合はその履歴書の個人情報を元に対応出来なくなります。

 あとは、本人の許諾によって公開しても良いかどうかを選択出来るようになっています。このケースだと公開可となっていますね」

シスケウナが説明する。


「まぁ、本人が公開しても良いってんならしゃーないけど」

山科が首をすくめている脇で、東雲が妙に興奮していた。


「な、なんと!あのホビーショーに出展していた作品が、”帝国”全土でデビューしていたのですな!!」

「えっ?どういう事?」

「今の映像に出てきた鉄道ジオラマの電飾は、梶山さんが丹精込めて作り上げた作品なのだ!

 それをホビーショーに出展した際にTV局が取材して全国放送ともなり、更にそれが”帝国”にまで伝わって、このコヒーナという方の心を射止めたわけである!」


「あー、なるほど…それじゃあコヒーナさん、もとい小日向さんは、わざわざ作者である梶山さんを見つけに行ったわけかぁ…」

山科は、感心するというよりも若干呆れ気味になる。


「ありていに言うとそういう事であろう、これぞ愛の為せる技!!」

「はいはい…」




数ヶ月後、某地方都市の展示会場で開催されたホビーショーで東雲に遭遇した梶山と小日向のカップルは、

興奮し過ぎたあげくに二人の手をがっしり握って涙を流しながら二人の婚約を祝う東雲に、若干引き気味になりながら苦笑するばかりだった。

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