4-1 実験台
「一体、いつになったら空が拝めるのかしら…」
赤羽明日香は、薄暗い研究コンポーネントの一室にて
先程まで行っていた実験のデータをコンピュータで解析する作業をしながら呟いていた。
彼女が今いるのは、アメリカの某地下施設である。
というのも、彼女にはそれ以上の事は何ひとつとして聞かされていないからである。
全ては"機関"の最高機密の壁に阻まれている。
特に明日香は、月基地でのペナルティ(そんな事は何一つとしてしていないと彼女は主張している)が枷として存在しているため、実質的にはこのコンポーネントに軟禁状態となっていた。
彼女はここに来てからまだ数日と経ってはいないのだが、もう日本に帰りたくて仕方がなかった。
「もうこんな所は嫌…
こんな事になるなら"機関"と契約なんか交わさなきゃよかった。
てっとり早く宇宙飛行士になれるからなんて、エージェントの口車になんか乗るから…
ああ、もう家族に会えないのかな…
竜司や春乃ちゃんや沙結ちゃん、由宇ちゃんは今頃どうしてるかな…」
明日香は、実験設備に向き合いながらため息をついた。
彼女に与えられたこの実験カリキュラムも、彼女の専門性を生かしたと言えば聞こえがいいが、実質は誰にでも出来る単純作業だった。
どう考えても、まるで刑務所の囚人に与える機械的な作業と何一つ変わりはしないのだ。
しかもいつまでこの”任務”をこなさなければいけないかという期限も提示されていない。
作業に疲れた明日香は、実験室の部屋に据え付けられている小窓から外を眺めた。
コンポーネントの窓から見えるのは、地下に広がる巨大な空間と壮麗だが奇妙な地下都市だ。
「一体何なのよここは…まるで昔に観たアニメに出てくるジオフロントみたい」
天井を見上げると、一応は地上の時刻に合わせているのか、夜の月と星空が投影されている。
地表?の道路を見下ろすと、軍人や科学者・技術者らしい人々がまばらに歩いているのが見えるが、その中に、奇妙な風体の小人が混じっている。
「何あれ気持ち悪い…どうみても、あれってグレイとかいう宇宙人?じゃないの?」
そのヒューマノイドは、身長が1mもなく頭と目が異常に大きく、銀色のスーツを身にまとっている。
誰がどう見ても、TVのUFO特集とかSF映画に出てくるエイリアンだと言うだろう。
「赤羽研究員」
びっくりして彼女が振り返ると、いつの間に部屋に入ってきたのか
白衣を着た白髪混じりの中年の男が、辞令らしき紙を手に立っていた。
他にも二人、手下の兵士らしき人間を連れて来ている。
「吃驚させて申し訳ない。
私はジェイコブ。技術分析部の主席研究員を務めている。
早速で済まないが、貴方には本日付で別の業務に就いて頂きたい」
「別の…業務に?」
「今から、こちらに来て頂けないだろうか」
彼の話す言葉は慇懃だが、どう考えても強制的な命令である事は間違いなかった。
しかも口元に下卑た笑みを浮かべている。
「…分かりました。
でも、今までやっている実験はどうなります?」
「それは他の人間が自動的に引き継ぐから問題ない。
では、参ろうか」
そう言うと同時に、手下の兵士達が彼女の腕をつかんだ。
「きゃっ!は、離してよ!自分で歩けるから、大丈夫だから!!」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
彼女達一行は、コンポーネントの外に出てしばらく通路を歩き、
それから道路に停留中の自動運転で走る5~6人乗りのトラムに乗り込んだ。
そのトラムはしばらく地下都市内を走行して行く。
地下都市とは言うものの、よくよく観察するとそれは巨大な工場だったり、奇妙な実験施設だったり、または得体の知れない透明なタンクの群れだったりして、人間の住む繁華街や居住区らしき所の一切ない、不気味な場所だった。
しかも通路を闊歩するのは、どう考えてもエイリアンらしきヒューマノイドだ。
地下都市の中心部を通り過ぎて外縁部にある長いトンネルに入る。
そして幾つかの小空洞を経由した後、地下都市とは異なる巨大な空洞エリアに到着した。
そこはあたかも巨大な軍事基地のようでもあるが
それにしては、そこかしこに巨大なコンテナが山積していた。
「こっちだ」
戸惑う明日香の腕を、兵士達がまたしても引っ張ろうとする。
「分かったわよ!分かったからその腕を離して!!痛いって!!」
彼女が連れて行かれた先には、巨大な建物があり
建物の中は倉庫のようにがらんどうの空間だった。
しかし全く何もないのではなく、床にはやはり巨大な機械やコンテナのようなものが散在している。
さらにその奥に進むと、完全装備の兵士達に囲まれた一つの檻が見えた。
周囲からは強力なサーチライトが照射されている。
一見すると、その檻は差し渡し3m立方ほどで、ただの金属フレームで出来ているように見える。
しかし、それを取り囲んでいる兵士達の表情には緊張が滲んでいたし
何より銃やその他兵器類の照準を、檻の中にいるモノに定めているようだ。
「なっ!?な、何よあれ!?」
明日香が檻の中のモノに目が釘付けになった。
その中には、クマかゴリラのような大型獣が金属の鎧を纏ったような不気味なモノが蠢いていた。
「ね、ねぇ!何なのよアレ!?」
明日香がジェイコブに問い質した。
「ああ、アレは先日の木星探査時にたまたま拾って来たヤツだ。
ガニメデ付近の衛星軌道を漂っていたんだよ。
我々は”バイオメカノイド”と仮称しているがね。
”グレイ”連中にも、コイツの正体が分からないらしい」
「な、何ですって?」
「どうやら、ああいった形態で宇宙を航行する種族の一種らしいのだがね。
X線・超音波・レーザー・電磁波その他どんな外部測定にも反応しないのだ。
そして、アレの外殻を構成する鱗の一部を採取しようと試みているのだが…
いまいち上手く行かん」
「…」
「機械のマニピュレータで採取しようと試みたが、その機械自体が
言わばバイオメカノイドに食われたように取り込まれてしまったのだ。
そこで、機械ではない有機体の人間であれば…と考えているのだがね」
「…まさか」
この科学者の意図に気づき、明日香は戦慄する。
「い、嫌よ!!あんな化け物のそばに寄るなんて!!」
「まあそう言わずに。自ら身体を張って、組織検体を採取するなんて名誉な事じゃないか?」
「だったら、貴方がいけば良いじゃないの!!」
「いやいや、私は解析など別の作業に専念しなければならないものでね。
それにこういう作業には、君が適任だと言う管理局からの推薦があったのだよ」
「かっ、管理局!?嫌よ、絶対いや!!」
「そうか?じゃあ命令違反という事で、”部品”になってみるかね?」
部品。それはすなわち洗脳後に奴隷化させられるという意味だ。
「大丈夫大丈夫、ちゃんと防護服に身を包めば問題ないから」
ジェイコブは防護服が吊ってあるハンガーケースを指差しながら、またしても下卑た笑いを浮かべた。
明日香は半ば無理やりにその白い防護服を着させられ、
それから兵士の小銃に小突かれながら、檻からたった3m程の所にまで押し込まれた。
「あ…あああ…助けて…」
歯の根が合わない程に恐怖で震える。
明日香が着ている防護服は、今まで月面で使っていた宇宙服に比べれば紙みたいに薄っぺらいもので、その怪物が備えている爪や牙や角によって、簡単に引き裂かれてしまいそうだ。
「大丈夫だよ、そのまま前進して、表皮の一部を採取し給え」
ジェイコブが檻を取り囲む兵士達のバリケードのさらに向こう側から、スピーカーで告げた。
彼女は全身をガタガタ震わせながらも、何とか一歩、また一歩と少しづつ檻に近寄る。
彼女の手元には、検体採取用のプラスチック製手動プローブがあるが、そんな玩具のマジックハンドみたいな代物では、とても役に立ちそうにない気がする。
そして、檻から1mという所にまでようやく辿り着く。
明日香は今まで足元しか見ていなかったが、ここで何とか、ゆっくりと顔を上げて正面を見ようと試みた。
目線を徐々に上げて行く。怪物が身じろぎ一つしないのに彼女がホッとしたその時。
怪物の赤く光る目と、目が合った。
ガタガタガタッッッ!!!
と次の瞬間、急に物凄い勢いで怪物が暴れ始め、
思わず腰が抜けた明日香は、そのまま床にへたり込んでしまう。
すると、シュルシュルという音とともに金属のような触手が怪物の身体から放たれ
あっという間に彼女の腕や足に巻き付いてしまった。
「キャアアアアアア!!!助けてぇ!!」
絡みつく触手から逃げ出そうと、必死になってうつ伏せになりジェイコブ達の方に手を伸ばす。
しかし明日香の目に、またあの下卑た笑いを浮かべてこの惨状を眺めているジェイコブの姿が映った。
「ああっ!!やっぱりそうだったのね!?」
明日香は触手を振り解こうと必死にもがきながら泣き叫んだ。
「貴方達は!!結局は私を殺すつもりだったのね!?何て、何てひどい!!!」
「いやいや、そんな事はないさ。先にも言った通り、君には実験台になってもらうだけだから」
「そ、そんな事言わなかったじゃない!!」
「あれぇ?そうだったけねぇ。まあ良いじゃないか。どっちみち、ねぇ」
明日香の顔が絶望に染まっていく。
そして触手が身体に食い込み始めた。食い込んだ部分がみるみる間にどす黒く染まり始めた。
「ほほぅ、やっぱりねぇ。あの怪物は有機体をも取り込む事が出来るみたいだよ」
ジェイコブが、まるでシャーレの中の細菌を観察するかのような口ぶりで評する。
「あ”あ”っあががががが!!!」
触手が皮膚に食い込む激痛に、明日香の意識が飛びかける。
苦しみから逃れようと手を思いきり振り回した事で、防護服の手袋が外れてしまった。
「助けて…誰か…助けて…」
意識が朦朧とし始めた彼女の右手が、ぼうっと光り始めた事に未だ誰も気づいていなかった。




