3-4 交信
シアラの呼びかけで、全員がゲート穴を通って船内に降り立ち
その探査艇『フィムカ』号の内部をしげしげと見渡した。
「思ったよりも船内は広いんだな」
「しかし、何て書いてあるか分からんパネルやらディスプレイやらで一杯だなぁ」
「壁面の素材も、金属なのかプラスチックなのか、それすらも分からないわね」
「でも、中々居心地は良さそうじゃん?私このリクライニングシート気に入っちゃった♪」
「うむうむ、気に入ってくれたかな。
確かにこの宇宙船は十数人程度が乗り組んでも、充分なゆとりを持って生活出来るように造られてある。君達くらいなら、余裕で広々と使うことが出来るぞ」
とシアラは自慢げに船内のあちこちを指差した。
「と、通信機能は問題ないな。
生命維持システムも問題なしと。
エンジンも、惑星間航行程度なら過不足なく稼働出来るだろう。
あとは超遠距離航法システムだが…これは少しばかり修理が必要だ。
まずは、早速本部に通信をしなければ」
シアラがコンソールを操作すると
シアラの座っているシートがカプセルのように変形し、シアラを包み込んでいく。
「今から通信をするため、私の周りにシールドを張る。
君達は勝手に船内を見て回っても構わないぞ。
ただしあまり変な画面やボタンに触れないで欲しい。
まあ大概のものはロックしておいてあるから大丈夫だけどな」
「はーーい」
シアラがコンソールの通信システムを立ち上げると、
起動ウィンドウが適切な接続を確認している事を示す表示に切り替わった。
10秒と待たないうちに ”第17=5-47-664-78=211区担当支部 接続中” と表示されたが
それからすぐに画面が切り替わり、見た目20代後半くらいの女性が三次元画面に映し出された。
『シアラか?』その女性が口を開く。
『お疲れ様です、オクウミ支部長』
『約32標準時間もの間、連絡を絶っていたわけだが、何か弁明はあるかね?』
『は、はい、大変申し訳ありません支部長。しかし聞いて下さい。
私はついに”目標世界線”を発見し、しかも当地に到達しました!』
『は?お前は何を言っている?』
『ええ、ですから今私がいる場所が”目標世界線”です。
座標および現地の歴史情報を収集して確認しました。間違いありません。
昴之宮殿下にも、ぜひご報告したいと思います。
まずは今からデータを簡単にまとめたリポートを転送します』
「ほぇーーー、全く凄ぇなぁここは」
「本当に素晴らしいわ。私達の文明水準から数百いえ数千年は先に進んだテクノロジーで造られている宇宙船なのよ。今の状況が信じられないけど、興奮せずには居られないわね」
確かに神崎の言う通りだ。何しろ、シアラが宇宙人(まだそう明言されたわけではないが)という事自体、中々信じられない事だった。
しかしこうして竜司達が宇宙船の中に降り立つと、嫌が応にも実感がこもってくるのだ。
「でもさ、こういうディスプレイっていうの?あとボタンとかキーボードっぽいのとか、何か馴染みやすいってゆーかさ、割と私達にも見知ったような感じのものばかりじゃん?」
山科が鋭い指摘をしてきた。確かに、竜司達にとっては割と理解できるようなものばかりだ。
何となく竜司は、宇宙人の機械とかはもっと異様な、得体の知れない外見を持っているものと思っていたが実際には違うようだ。
「ふむ、確かにな。あと計器類などに表示されている文字だが、何処と無く日本語に見えなくないか?
ほら、ここの所とか漢字と仮名っぽいぞ」
東雲も、自身のメガネに計器類の光を乱反射させながらコンソールを覗き込んだ。
「そうね…
生物が進化する時の法則として、収斂進化があるそうだけれども」
神崎が講義口調で喋り始めた。
「おいおい、宇宙船と進化にどういう関係が?」
「まあ聞きなさい。収斂進化というのは、必要な環境条件などが揃えば、遠く離れた土地または時代で進化したそれぞれ別種の生物でも形態が似てきてしまう現象の事よ。
例えば、サメとイルカは、それぞれ魚類と哺乳類という別の系統の動物だけれども、外洋を遊泳し、捕食性で大型化するという条件が揃えば、その形態は類似したものになる。
さらに時代を変えると、中生代の魚竜類イクチオサウルスなんかも爬虫類が祖先なのに、やはりサメやイルカに似てくるわね。同じ事例は、鳥とコウモリと翼竜などにも言えるわ。
しかしそれでも、部分的な差異はどうしても出てくるものなの。
そしてシアラさんは、彼女がもし宇宙人だと仮定すると、どうしても地球人との類似性が気になってくるわ。だけれども、目や鼻や口や指の数なんかが完全に一致するというのは、収斂進化の考え方からしても、考えにくいと言うかあったとしても天文学的な確率だと思う。
何しろ私達とは異なる天体で生命が発生し、進化して人間の姿になった筈だから。
そう考えると、さらに文字や道具類やインターフェイスまでが私達のそれと似ている、となると最初の前提である、彼女が宇宙人だったと言う仮定に何か無理があるのかも知れないわね」
竜司には少しついていけない内容の話になってきたが、しかし神崎の話を真に受ければ、幾つもの疑問点が浮かんでくる。
「なあ、そうすると一番単純に考えるとさ、シアラさんは日本人だって言えないか?」
「そうとは言ってないわ。ただ、確かに地球の日本人と現在はともかく過去に関係があったのかも。
何しろ彼女達は紀元前後に古代日本に現れて、神話に出てくる神々のように振る舞ったそうだから」
「へぇ、でも神話の神様って、すげー大きな姿で地上を創造したりするもんじゃなかったっけ」
山科が舐め終わったチュッパチャプスの棒を振り回した。
「いいえ、大概の多神教の神様は人間と同じ姿だったし、サイズも人間と変わらなかった。
それにいくつかの神々は人間と交わり、合いの子を産んだと記されている文献もあるわね」
「それってハーフって事?じゃあその子孫みたいな人達ってまだ地球上に住んでたりするのかな?」
「可能性はあるわね。例えば有名な話として
過去に数多くの高名な科学者を輩出したユダヤ人やハンガリー人が宇宙人の末裔だとされたり、古代にマヤ文明やインカ文明を築き上げたアメリカ先住民族の一部、インダス文明やエジプト文明の担い手だった民族などがそうだと言われる事もあるわ。
また海外だと、日本人全員がもともと宇宙からやって来たなんていう噂も出ているそうだけど」
「まあそれは確かにトンデモだけどさ、日本人の一部にそういう人達がいたりはしないかな?」
「そうね…弥生時代以前・縄文時代の日本に古代文明があったなんていう仮説もあるわ。
日本各地に縄文時代のピラミッドや都市遺跡があり、文字や農耕や金属器を発明していただとか、サンカと呼ばれる、昭和の時代まで山岳を流浪していた人々がその末裔だとする話もあったけれど、今となっては、そのトンデモ説も一笑に付せないわね…」
『はぁ…全く』
シアラが転送したリポートを読んでいたオクウミ支部長は、
その豊かなエメラルドがかった黒髪を揺らしながら頭を抱えた。
『問題児がまた連絡を絶ったと思ったら…とんだつまらん所に行っちまったもんだ』
『はい?』
『この程度のレベルの世界線なら、とっくの昔にお前の同僚達が無数に見つけておるわ。
我々が欲しているのは、決定的な証拠だ!』
『決定的な証拠…と言いますと』
『それは前にも言っただろうが…
"目標世界線"には数千年前に、ある連番の自動機械群を送り込んでいた。
その自動機械を収奪した”ラージノーズ”や”レプティリアン”どもが、それを基にして特殊な装置を開発した。
そしてその装置によって"目標世界線"、いや"起源世界線"の地球は”大災厄という”悲劇に見舞われたのだ』
『しかし、そのリポートにも記しましたが、こちらには自動機械群をベースにした”防衛免疫システム”が存在しています!』
『だから、自動機械そのものは色々な並行世界にばら撒かれてあると言っただろうが。
"目標世界線"は、その連番が一致している事が最重要なのだ』
『そ、それは…』
『しかもその連番の中で一番肝心な”スーサ”が見つからん事には、話にならん』
『はい…』
『だがまあ、そう言った連番の自動機械群は、当時の現地信託統治民の神官達によって、どこか分からない所に隠してあるのかもしれん。
例えば地中深くや深海底だとか、もしくは地球外だとかだ。
それに”ラージノーズ”達が収奪できたのは、西暦末期頃に現地信託民の末裔が汎地球的秘密結社にその存在の一部を漏らし、その結社と極秘接触していた”ラージノーズ”へ情報が渡ったからだ、とする研究結果もあるくらいだからな。
それ以外の多くは今も秘匿されているはずだ』
『なるほど』
『なるほど、じゃない!
もしお前の言う通り、そこが本当の"目標世界線"であるというなら是が非でも証拠を探し出せ!
その為には、お前が引っ掛けた現地人とやらにある程度の情報を与えて調査に加えても良い。
ただし終わったら一切の記憶を消す事だ。わかったな!!』
『は、はい!!了解しまsヴィヴィヴィヴィヴィヴィヴィ!!』
シアラが返事をし終わる直前、突如として船内にブザーが鳴り響いた。
「何事だ!?」
シアラがシールドを半開きにして、船内を見渡すと
コンソールの一部に触れたまま固まっている竜司と目が合った。
「おい!!何をした!?」
「あっ、あああいやその、何か点滅してるボタンが有ったんで、何かなって思わず押しちゃって、それで、何かいきなり色々な画面が立ち上がって、そのあの…」
『何があった!?報告しろ!!』
オクウミ支部長も怪訝な表情で問いただしてくる。
『あっええと支部長、後ほどまた報告致します!!それでは!!』
シアラは半ば強制的に支部長とのリンクを切り、それから竜司の方に向かって言った。
「何をやっているんだ君達は…」
「俺は知りませぇーん。そこの赤羽くんがなんかやらかしちゃってぇー」東雲が茶化す。
「うわー赤羽くんマジ引くわー。シアラさんの言いつけも守れないなんてマジ引くわー」
山科も東雲と一緒になってコソコソと囁き合う真似をする。
しかし神崎だけは、新たに立ち上がった画面に目を奪われていた。
「…これは、北米大陸の衛星画像かしら?」
神崎の指摘に、シアラも首を傾げた。
「ふむ、今立ち上がっている画面は、ニュートリノ情報通信の傍受システムだ。
つまり、現在地球上及びその近傍で、ニュートリノを用いた通信が活発になっている地域をリアルタイムで表示している。内容までは解析して見ないと分からないが…」
「ニュートリノ?まさか」神崎が絶句する。
「ふむ、君は流石に察しが良いな。
確かにニュートリノ情報通信はこの西暦末…いや21世紀前半の地球文明では、そのアイデアとしての可能性は検討されたことはあるが、実際には技術水準的に開発不可能な筈だ。
だとすると、我々以外の異星文明によるものだと考えて良いが…む?」
と、シアラはおもむろにコンソールを操作し始めた。
「いや!これは違う!この信号の特徴は、もしかして我々のものか!?」
シアラの目の色がみるみる変わっていく。
「お、おい…どういう事だってばよ」
「分からないわ…しかし、あの場所はもしかして」
神崎が指をさす画面上の位置をよく見てみると、その場所には竜司も見覚えがあった。
いや、詳しくは雑誌、特にオカルト誌ムムーなどによく紹介されてお馴染みの場所だ。
アメリカ合衆国・ネバダ州南部リンカーン郡・グルームレイク空軍基地。
またの名をエリア51。アメリカ軍の秘密基地があるとされるエリアだった。