とある日常
眩くばかりの天の川を、一人の少女が観測窓から眺めていた。
観測窓から覗く星々の煌めきは、ともすれば群青の空間を奏でる音楽のようだと、表現する者も居るのかも知れない。
しかしこの空間を漂う少女の瞳には、それは探求すべき迷宮でありそれ以上でもそれ以下でもなかった。
「-||-|||=||=|||-|,=||-|—|||=|」
空間のどこかから、何かを促す声がした。
少女は暫く虚空を仰ぎ、それからゆっくりと宙空を泳ぐようにして
宇宙船の展望室から出て行った。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
とある大陸の奥深く、大地を深く掘り進んだ所に巨大な鉄の函の群がある。
その中には財宝が詰まっているわけでもなく、ましてや怪物が潜んでいるわけでもない。
ただその代わりに無数の精緻な電子機器と、制服を着て機器を操る無数の人間達が詰め込まれている。
これらは金銭的価値で言えば同じ体積に詰め込んだ財宝に匹敵し、軍事的価値なら巨大な怪獣が無数に居るようなものだ。
「NS(衛星番号)-7833、あと3時間15分で軌道を外れて大気圏に突入します」
「NS-11392、間もなくNS-8815と2kmの距離まで接近、接触の可能性小」
「XB-47C、監視位置を継続」
「KH-11-26G、予定通りES-2を撮影」
知らぬものにとっては暗号に等しい通信と会話が交わされ
それ以外にはコーヒーの湯気と機械が発するオゾン臭のみが支配していた。
ヴィヴィヴィヴィ!
突如として警報が鳴り、詰めていた人間達の表情に緊張が走った。
並んだ機械類の前方にある巨大なスクリーン、そこに描かれた地球軌道のCGに煌めく直線が引かれつつある。
直線の先端がクローズアップされると、一目で人類文明の産物ではないと分かる異常な形状の人工物体が映し出された。
「また”お客さん”か!」
彼らが「”お客さん”」と呼ぶその物体は、地球低軌道をかすめて瞬く間に再び深宇宙の彼方に去って行った。
「ここ最近は少し多くないか?」
管制官の一人が首を傾げた。
「ああ、確かに多い。
火星の植民地付近にも軍団規模で出現していたし、ただ事じゃないね」
「まさか、戦争でも始めるつもりじゃないだろうな」
「分からん。ただ噂では、例の"惑星連盟"とは異なる所属不明宇宙船の痕跡が太陽系内で検知されたとか」
「ほう。となると、"機関"としても動かざるを得ないだろうな。
しばらくは我々も忙しい事になりそうだ......」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「おーい、てめぇ部活中に何をぼぉーっとしてんだよ」
東雲がそこらにあった紙屑を投げつけた。
「ん......ん、あー何でもねぇ」
「はっ、まぁ大方校庭の陸上部女子でも見とれてたんだろ、何だ、神崎も一緒になって走ってんな」
「ちげぇよ。空だ空」
「空にUFOでも浮かんでたか、赤羽?」
「浮かんでたら良かったんだけどな」
「ふん、我らがオカルト研も、UFOなんてものに手を出さなくなって久しいからな。
それよりもお前、新入生勧誘会に出すイベントの候補案考えてるのかよ?」
「だから今考え中」
「やれやれ、斜め上の発想だけは野猿高校一の赤羽さんよ、お前だけが頼りなんだからな」
「......うっせ」
彼は、また窓の外を眺めやった。
「こんなどーでもいい日常…いつか変わっちまう時が来るんだろうかねぇ」
先週末に吹き荒れた春の嵐が過ぎ、今は拭ったように清々しい青空だった。
しかし、そこには虫や鳥や、人類が生み出した航空機以外に飛ぶものが居ない。
少なくとも、今この時は。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
虚空に浮かぶ3重太陽が強烈な太陽風のカクテルを吹き付けてくる。
しかし、分厚い船殻に鎧われた宇宙船の内部においては、太陽風による異常は特に報告されていない。
それでも船内は緊張に包まれ、全乗員が非常配置に付いていた。
「敵艦隊、角度変針。敵先頭艦からの距離、約15光秒。我方の射程内に入ります」
「我方の陣形完成、総員配置完了」
「よし、主砲斉射用意!
斉射、始め!!」
艦隊指揮官の号令により、宇宙艦隊およそ7万隻余の主砲から一斉に無数の光線が放たれた。
しかし、光線の嵐が行き着く先には何も無い空間があるばかりだった。
「状況終了」
「総員配置開始発令より斉射用意まで、各艦平均で5分22秒掛かりました」
「うむ......先週の臨時訓練より7秒遅れたな」
艦隊指揮官はそう言ってため息を吐く。
「しかし提督、ここ最近こうも臨時訓練ばかり続くのはなぜでしょうか?
ある程度情報が開示されなければ、将兵の士気にも影響が出ます」
「そうだな......しかし、私にも詳しい事は伝えられておらんのだよ。
ただ皇宮の一部より強い要請があった事で、こうして銀河外縁宇宙艦隊の第224〜第367任務部隊までもが、こうして動員が掛けられているのだ」
「やはり殿下が動かれておられるのでしょうか」
「......さてな」
整然と進む数万の宇宙艦隊を、巨大なガス惑星が睥睨していた。
艦隊指揮官は、その惑星を見やる度に、それとは似ても似つかない筈のとある皇族の姿がちらついて仕方が無かった。
「あの方は、やはり何を考えておられるのかさっぱり分からぬわい.......」
※文中の表現
1)”●●”と表記している名詞・単語について(慣用句や言い回し表現以外)
は、その語彙を用いる種族・民族集団が多様で
それぞれ異なる発音・表現を行う為、暫定的な表記法として使用しています
2)『●●』と表記している名詞・単語について(会話文での括弧表現以外)
は、その語彙を使用する種族が決まっており
発音・表現が統一されている為、確定的な表記法として使用しています