楓染まる季節に
すれ違ってしまったのはいつからだろうか。仕方のないことだったと思う。彼は卓球部が忙しくなっていたし、私は、部活動をしてなかったし。
彼――空野大輔は小柄で、スポーツをしているようには見えない。まあ、超インドア派の私には言えないことだけど。
秋の葉が色づくころ、私は一人で帰り道を歩いていた。こんな時自転車ならもっと、違う気持ちで居られたのだろうか。あいにく自転車はパンクしてしまい、近くの自転車屋さんに修理に出している。
ほんの少し前なら、当たり前の風景。この小春崎中学校に入学してそうそうに告白されて、隣にいてくれる彼氏ができて、私の当たり前が変わっちゃって。
でも、寂しいなんて言っちゃ駄目なんだ。私の我が儘で、困らせたくない。
家に帰って、玄関にいた母にただいま、と告げる。
「おかえり~。空」
母は私が帰ってきたら、何をしていても私を迎えに玄関まで来てくれる。流石にお手洗いに行ってるときには来ないけど。一度、料理中だったのに来て、火事になりかけたこともある。
私は母が苦手だ。私の栗色の髪も黒い瞳も母からもらったものだけど、違うんだ。何が違うのかよくわかってないけど違うんだ。
いつも、私達のことをよく知らない人に姉妹と間違えられる。そして、皆言うんだ。
「美人なお姉さんに可愛い妹さんやなぁ」
って。別に可愛いって言われたい訳じゃない。でもさ、なんで私が姉なのか、なんで皆私を見てくれないのか……。どうして、私、空を見てくれないのに、母、美空を見るのか。
「空? どうかしたの?」
心配そうに私を覗き込む母に手を掴まれて。
「っ! なんでもないっ!」
私はその手を払った。部屋で制服を着替えるのも億劫で、着替えないままベッドにダイブした。
いつの間にか眠ってしまっていたようで、日はどっぷりと沈み、ただ、自分のマンションの前を流れる川の音だけが聞こえてくる。ふと鏡を見てみれば、仏頂面でこちらを見ている私がいた。
長く伸ばした髪も、元はと言えば母に似たくなかったから。天然パーマの短い髪に。
二つ結びにしたのは、大輔がツインテールが好きだって言ってたから。
昔はポニーテールに憧れて一つで結んでいたこともあった。髪型なんて気分次第で変えられるから。一度切ってしまえば、伸ばすのには時間がかかるかもしれないけど。
「空~! ご飯よー!」
いつものようにリビングから私を呼ぶ声に安心して。でも、瞳は私を心配しているような光をたたえて。母を傷つけてしまったことに後悔をしつつも、謝ることはできなかった。
そんな、良くも悪くもいつも通りの日常。
朝と夜との寒暖差が激しくなってきて、そろそろ制服も夏服から冬服に変わる。文化祭が近づき、皆がそれに合わせて準備をし始めた。
ただ、淡々と自分に与えられた仕事をこなすだけ。私は裁縫を。大輔は力仕事。役割が違うから話すこともできない。
今更だけど、私達のクラスはメイド喫茶をすることになった。とは言え、制服の上からエプロンを着るだけ。紫のエプロンはお世辞にも可愛いなんて思えないけど、たかが中学生がやることだ。別に誰もそんな事気にしないだろう。メイド喫茶と呼べるかどうかも怪しいもんだ。
当日は私達女子が接客、男子が裏方となる。
「雨だ……傘持ってないや」
外はいつの間にか暗く、雨が振りだしていた。まだ小雨だとは言え、今は五時間目。帰る頃には止んでいればいいが。だが、願いに反して、雨はごうごうと強くなってきていた。
雨は嫌いだ。気持ちが暗くなるから。一人でいることを強く実感させるから。私の好きな川が汚れるから。
放課後。されど雨は止まず、そして、傘がない。
「どうしよ……」
自転車の日ならレインコートを着るから問題なかった。でも、今日はその手段すらとれない。
「空!」
振り向けば、走ってきたのか息の荒い大輔が。
「どうしたの?」
「一緒に帰ろ! 文化祭の準備で、体育館使えないから、部活なくなったんだ!」
雨はさらに強く。風が吹き始め傘をさす意味がなくなり、むしろ危なくなったので、傘をさすことを諦めた。一緒に帰れるのなら、相合い傘とかしてみたかった。そう天を呪うだけであった。
でも。一緒に居られてうれしい。それは私だけの秘密。びしょびしょになっちゃったけど、良い日だったかも。
「濡れたねー。……どうかしたの? すっごい笑顔だけど」
「ん? んー。ないしょ」
学校に近い大輔の家で雨宿り。風が止んだ頃に帰るの。
「こうやって二人きりで話すのは久しぶりだね」
「そだね」
「最近どう?」
「ふつー」
そっか~。って笑う大輔が可笑しくて。こっちまで笑えちゃって。
「やった」
「どしたの?」
いきなりガッツポーズをし始めたのでちょっと引いた。
「やっと笑ってくれたから」
「……馬鹿」
本当。そうやってにっこりと笑われたら弱いんだって。自分には無い輝きを見せつけられるようで。でも、そんなところに惹かれちゃって。他の誰が見てくれなくても貴方だけが見てくれていればいい。そう、だから、もっと前から笑ってたなんて野暮なことは言わない。
「あ、雨止んだね」
「ん。でも、もうちょっとだけ」
「でも、雨また降ってくるかもよ?」
「そんときは、そんとき」
この幸せな時間をもう少しだけ過ごして居たかった。
窓から見た景色は、雨が止み、雲間から晴れ間が見えてきた。青い空に赤い楓が良く映える。風が葉を揺らす。まだもう少し雨が降ることはないだろう。
だがら大丈夫。
すれ違ってしまったのはいつからだろうか。いいや、最初からすれ違ってなどいなかったのだ。