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封印の館  作者:
6/11

駄目女と駄目男

「里美てば、まだあんな男と付き合ってるの?」

「あいつ仕事なんてしてないでしょう」

「里美は男を見る目がないよ。もういっそ自分のタイプと反対の男と付き合ったら?」


 相変わらず散々な言われようをしているのは、石川里美イシカワサトミだった。


 里美としても、この流れはいつものことだ。 懸命に働いて、ようやく貯金ができるころには、ダメ男に全部貢いでしまうことを繰り返しているのだ。だからいつも洋服はワンシーズン遅れているし、自分の髪だって自分で切ってしまう。


 美容院にいくお金がないと言った時友人の顔。里美はそれを思い出して笑ってしまった。女を捨ててるよと言われたけれど、幸一がいればそれでいい。


 滝川幸一(タキガワコウイチ_)は、目下の里美の恋人だ。ダメ男とみんなは言うけれども幸一はそんなことはない。幸一はいわゆる起業家で、会社を経営しているのだ。確かに今は会社はないかもしれないけれども、会社を設立するには準備期間というものがいるんだから。


 里美はなけなしの百万円を手渡した時の幸一の顔を思い出して、嬉しくなってしまった。幸一は里美を抱きしめたあと、結婚しようと言った。そして郷里の親に知らせに戻ったんだ。次は里美も一緒に里帰りをしようねってそう言ってくれた。


 そして、部屋に入って里美はへなへなと崩れ落ちてしまった。あぁまたかと里美は思う。このパターンは前にも経験したことがある。家財道具一式ごっそりと持っていかれてもぬけのからだ。そこかしこに里美の衣類が投げ捨てられているのが、もの悲しい。


 これまで何度好きになった男に騙されてきたことだろう。

 里美が熱を上げ誠心誠意支え続けた男は、いつだってまるでぼろ雑巾のように惜しげもなく里美を捨て去るのが常であった。


「女っていうのは結局自分の父親と似た男を選ぶもんだよ」

「ダメ女ってのは、いい男がわからないのさ。父親が駄目男だったんじゃないかな。どうしても父親が男の基準になるものだからさ」


 飲み会の席だったか。そんなくだらない話で盛り上がったことがある。父親がダメ男だと娘もダメ男に恋をするなんて、まるで何かの占い程度にいい加減な話であった。そんなことを言っている酔いどれたちもそんなことを信じている訳ではなかった。


 だけど里美は、その話が奇妙な位に心に残ってしまっていた。確かに私の父親も典型的なダメ男だった。仕事は直ぐに辞めてしまって、いつも文句ばかり言っている。母親がパートをしなければ生活だって出来なかったのに、些細なことで母親に当たり散らしていた。


 なにもない部屋で里美はのろのろと顔をあげた。また前借しなきゃ。男がお金も家財道具も全部持って行ったと言えば、生活費くらいは貸してくれる。きっといい加減に男を見る目を養えと店長はそう言うだろうけれど。


 確か恵美子が奇妙なことを言ってたっけ。忘却の館。もしも、もしもだけれどもダメ男である父親を忘れたら、そしたら私も幸せになれるだろうか?


 いくらなんでもそれはいけないだろうと里美は思う。確かに迷惑ばかりかけた父親だけど、もう死んだんだ。せめて娘くらい覚えていえやらないと。


 けれどもいつの間にか里美は恵美子に電話をかけていた。

「忘却の館の住所を教えて頂戴」



 こつこつと先をいく執事に気後れしながら、里美は不安でいっぱいだった。きっとお父さんが悲しむだろう。それでも里美は棺に父親の写真を1枚いれて蓋をした。


 この館の主から渡された鍵は、里美にはずしりと重く感じた。まるで父親の重みのように。


 かちり


 鍵を閉める音は里美を優しく包むようだった。


「石川里美さん。あなたは何を封印したのですか」


 里美は静かに答えた。


「私を封印したんです」


 静かに封印の館をさった里美の日常生活は全く変わらなかった。ただ、店長がいつも静かに里美を見守ってくれていたことに気づいたのはどうしてでしょう。


 中年の風采の上がらない店長は、誠実だけが取り柄という口の重い男だった。それなのに奇妙な位男友達が彼を慕ってよく相談なんかをしていたりするのです。こんな男は里美のタイプではなかった筈でした。


 いつの間にか店長を目で追っていることが多くなり、そのせいで視線も合いやすくなって、そうして2人は結婚した。質素なアパート住まいだと覚悟していたのに、駅前の洒落たマンションを所有していたことに驚いてしまった。


 店長の家はこの付近の地主であり、3男坊の彼が受け継いだのが駅前のマンション1棟と、コンビニエンスストアだったのだ。誰も彼がそれほ裕福だと思わなかったのは、彼自身が質素に堅実に生活するのが当たり前だと思っていたからだ。


 里美の生活はそれほど変わらなかった。アパートの代わりに夫の所有するマンションの1室に住み、コンビニのアルバイトではなくオーナーの奥さんと呼ばれるようになっただけ。


 そんなある日店に滝川幸一が入って来た。幸一は里美に気が付くとためらいもなく寄ってきたから、彼には里美に対する罪悪感すらないことがわかる。


「よう、里美。なんだおめぇ。その年になってもまだコンビニのバイトかよ。オレ今会社を経営しているんだ。昔世話になったよしみで雇ってやってもいいぞ」


 里美は心底不思議だった。こんな口だけの軽い男に惚れる女がいるなんて。しかもそれが私だったなんて。里美はにっこりとしてこう言った。


「いいえ、ここは私の場所ですから」


 里美の言葉の意味さえ知らないで滝川幸一は出て行った。滝川は彼の持つ嗅覚で既に里美が自分の獲物ではなくなったことを知ったのだ。なに、獲物なら腐るほどいる。だから滝川は二度と里美の前に姿を現さなかった。


 そうして里美のお腹に新しい命が宿り、夫がこれまでにもまして里美を大事にするようになったころ、テレビを見ていた里美は驚いた。


 なんと滝川幸一の顔がテレビ画面いっぱいにアップされているではないか。滝川幸一は結婚詐欺の常連であったのだが、今回は大規模な取り込み詐欺を働いたらしい。滝川の被害者たちが次々にテレビに向かって被害を訴えている。


 警察署に連行されている滝川幸一は、まったく悪びれる気配もなく口元に薄笑いすら浮かべて、昂然と報道陣を睨んでいる。きっとついてなかったとぐらいにしか思っていないのだろう。


 里美は、そっとお腹に手をあてて呟いた。


「あなたのお父さまが、誠実な人で良かったわね。すこしダサいパパかも知れないけれど、あなたはきっと幸せになれるわ」


 それは里美自身のことを言ったのかも知れなかった。

 実直な男の腕というのがこれほど安心できるものかと、しみじみと里美は己の幸福を噛みしめていたのですから。


 その時、夫が部屋に入ってきた。

 里美があれこれと世話を焼いたせいで、ダサい男の代名詞のようだった夫は、小綺麗な中年男になっていた。


「どうしたの里美」

 夫は里美を気遣ってその顔を覗き込んでくる。


「なんでもないの。あなたがお父さんでこの子は幸せ者だなぁと思っただけ」


里美がそう言うと、夫は照れたように頭をかいた。


「いい父親になれるか心配だよ。ほらきっと私は他のお父さんたちより年上だからね」


 本気でそんな風に思っている夫に里美はささやいた。


「大丈夫よ。あなた。あなたはこの子を幸せにしてくれるわ。だってあなたは私をこんなに幸せにしてくれたんだから。ありがとう」


 夫にはきっとこの『ありがとう』の意味は分からないだろう。

 それでいいのだと里美は思った。



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