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封印の館  作者:
2/11

残虐な虐め

「それでは2時間差し上げます。記憶とのお別れを済ませて下さい」

 そう言って封印の館の主が消えたあと、思わず高木祐樹は苦笑してしまいました。



 お別れだって? こんな忌々しい記憶など悼むつもりもない。きれいさっぱりと消してしまいたいのだ。高木祐樹タカギユウキは震える手で古い携帯電話を取り出しました。


 高校時代成績は良かったが気弱な祐樹は、いじめっ子たちの絶好のターゲットだった、なまじ祐樹が整った顔をしていたのもいけなかったのかもしれない。


 いや、いや。こんな考え方からしてやってはいけないことなのだろう。理不尽な暴力は犯罪なのだから。それを自分のどこがいけなかったのかと更に自分を抉ったとして何になるのだろう。


 最後だから、見ておいた方がよいのだろうか? 祐樹はメールボックスを開いた。そこには祐樹にたいする罵詈雑言だけでなく、虐めた証拠写真までご丁寧に張り付けてある。裸にされて、全身を殴られた時の写真。トイレに顔を突っ込まれている時の写真。祐樹は震える手で携帯の電源を落とした。


 それでも高木祐樹は努力をしたのだ。弱いのがいけないのかと剣道と合気道を習って既に有段者になっている。身体を鍛えるためのランニングも欠かさないし、必死に勉強して弁護士資格も取った。今は有名企業の法務部に勤務している。順風満帆の筈であった。あの男が再び姿を現すまでは。



 氷川基樹。彼に出会ったのは取引先の子会社でちょっとした事件が起きたからだ。パワハラだということである社員と子会社が訴えられたのである。


 企業にとっては評判というのはとても大切なものだ。訴えた社員を慰撫し、時にはは同情し、或いは恫喝さえもいり交えながら、ともかくも訴えを取り下げさせるところまでこぎつけたのだった。それを聞いた子会社の社長は大変喜んで、パワハラをしたという当該社員を連れて、わざわざ高木に礼を述べた。

 

 その時、高木は氷川ヒカワの獲物を捕らえた! といういたぶるような瞳を見たのだった。

 社会人になって高木はすっかり過去と決別できたつもりでいた。なのにそれは氷川の目を見たその瞬間に潰えてしまったのです。


「いやぁ高木さんじゃありませんか。奇遇ですねぇ。私を救ってくれたのがあなただったとは!」

 社長の知り合いなのかとの問いに氷川は満面の笑みを浮かべて答えたものだ。


「ええ、私たちは高校時代からの親友ですよ。少し疎遠になっていましたが、また仲良くしましょうや。ねぇ、高木さん」


 そう言った氷川は、まさに舌なめずりせんばかりであった。


 何故気づかなかったのか?高木は己のうかつさを後悔した。たしかにあいつと同じ名前であったが、あいつがあんな田舎に引っ越したとは知らなかったから、高木は同姓同名だと思っていたのです。知っていたら訴えを取り下げさせたりはしなかった。訴えていた男は精神がボロボロになり、結局会社を辞めてしまった。あいつもオレと同じように氷川の獲物だったのだ。


 それからほどなく、どういう訳か氷川基樹ヒカワモトキは、東京に舞い戻ったのだ。パワハラで社員を辞めさせた男を同じ場所に置いておくわけにはいかなかったのだろう。東京といっても閑職に追いやられていたのだから、要はやめろという意味での転勤だったらしい。


 ところが氷川基樹のメンタリティはそんなことを気にするようにはできていない。暇になったのをいいことに猫が鼠をいたぶるように高木の行く先々に現れては、じわじわと高木をなぶり始めた。これでは高校時代の悪夢が再現されてしまう。


 昔とは違う。今の俺はこいつより強い! そう思っても高木は氷川のねぶるような目をみると、ひたすらに虐めに耐えていたあの時のおびえ切った子供に戻ってしまうのであった。


小象を杭に鎖でつなぐと大人になって杭をひき抜くほどの力をつけても、鎖を引きちぎることはないという。高木はまさに鎖に繋がれた像であった。過去の記憶が高木を縛っていた



「それでは棺の蓋を閉めて、この鍵をかけてください」

 封印の館の主から渡された鍵を、高木は震える指でかけた。


 カチリ


 高木祐樹の頭の中で、鍵の締まる音が響いた。


「高木祐樹さん。 あなたはどのような記憶を封じるために、この館に来られたのですか」


 主の問いに高木は首をひねった。確かに何か封印したい記憶があったような気もするのだが。


「いやぁ。わかりませんね。このような空気のいいところで異文化体験でもしてリフレッシュしたかったのでしょう。お世話になりました」


 高木は堂々胸を張って返事をする。

 主は黙って頷くと、お帰りくださいと言った。

 高木は颯爽と封印の館を後にする。



 「やぁ、高木さんじゃぁありませんか」


 高木が会社のロビーに降り立った時、ひとりの男が声をかけてきた。男の背広はうらぶれていて無精ひげが顔を覆っている。酒でも飲んでいるのだろう。かすかに酸っぱい匂いがした。


「どなたですか?」


 高木の質問に男はにまにまと嫌な笑い方をする。


「嫌だなぁ。忘れたふりをするなんて。ねぇ僕らは親友じゃあありませんか。高校時代は楽のしみましたねぇ。お互いに」


 べろりと口の周りをなめまわして、男はねばつくような視線を高木に絡みつかせた。


「申訳ないが、私は君を知らない。人違いのようだ。そこをどいてくれないかな」


 高木のすげない言葉に、男はたちまち激昂した。


「なんだと、貴様! だれに向かってそんな口を聞くんだ。さぁ、土下座して謝れ。土下座してオレの靴を舐めたら許してやるよ。このくそ豚野郎め!」


 その騒ぎに警備の人々が駆けつけた。

 近くにいた人々は、嫌悪とおびえを含んだ目をして、こちらを注視している。


「どうしました。高木さん。何か事件ですか」


「いやぁ。全く知らない男に絡まれてね、困ってたところだ。酔っているんだろうがこれではどんな迷惑をかけるかわからないね。一応警察を呼んで引き渡しておいてくれ。たたき出して誰かが被害を受けたら寝ざめが悪い」


 そう言って高木は爽やかに笑ったから、男はとうとう正気を失ったようだ。


「くっそう、なめやがって。殺してやる。殺してやるぞ!」


 男はどこからかナイフを取り出して、ちらつかせて見せた。男にとってこれは中学の時からの相棒でこれをちらつかせれば、どんなに威勢のよいことを言っていても、相手は途端におびえ始めるのだ。高木が惨めに這いつくばる姿を晒すだろうと男は思っていた。


「困った人だなぁ。ちょっといいかな」

 

 高木は警備員が所持していた特殊警棒を借りると、軽く構えた。男は少し戸惑いを見せたがそのまま突っ込んでくる。


「てめぇ、死ね!」

 

 高木は軽く身をかわすとナイフを叩き落とし、体勢を崩した男を受け止めるとそのまま男を締め落としてしまった。


「やれやれ、下手をすると過剰防衛なんて言われかねませんからねぇ。困ったもんですね」


 そんなことをぼやいていると警備が連絡をいれたのだろう。警官たちが到着しました。


「ご苦労さまです。その男が殺してやるとナイフを振りかざしたので、意識を落としました。怪我はさせていないはずですし。目撃者もいます。幸いにもこのロビーには防犯カメラも有りますから、すぐに提出させます」


 高木はそう言うと、すぐに上司に連絡を取った。こんな場合の対応は会社を通す方が早い。警官はざっと事情をきくと、高木に頭をさげました。


「ありがとうございます。この男は殺人未遂の現行犯ですね。お手柄ですよ」


「いえいえ。自分の命を守っただけですからね」



 そんな高木祐樹には、熱い眼差しが注がれている。今度は若い女性たちの憧れにも似た眼差しであった。若い女性のそんな素直な賞賛の瞳は、やはり心地よいものがある。高木は気分が高揚するのを感じていました。

 

 その時、高木の指が、ポケットにあった古めかしい鍵に触れました。高木はその鍵を取り出して。しげしげと眺めていましたがが、やがて大切そうに懐にしまいました。


 なぜだかその鍵が幸運のお守りのように思えたのですのです。

 ふっと高木は男がなぜ自分に絡んだのだろうかと、考えましたがすぐに頭を振ってその考えを追い払いました。


 どちらにしても、あんな男は高木の人生にとって何の関係もないのですから。

 後になって警察から、あの男が高木の同級生だったと聞かされた時高木は心底驚きました。

 全く記憶になかったからです。


 それを聞いて刑事は大きく頷きました。

 氷川という男が学生時代から問題ばかりおこしていて、優等生だった高木と接点がある筈もなかったのです。

「高木さん。ご面倒ですが証人として証言をお願いします」

 頭を下げる刑事に高木は朗らかに頷きました。


「街中で平気でナイフを振り回す男はきちんと閉じ込めていただかないと、危険ですからね。私もあの男が罪を償えるように証言させていただきますよ」


 高木の言葉は、どこまでも爽やかでした。


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