【3】
話を聞き終えて、私は目を瞬いた。
聞いた限りでは、私には笹峯さんが内心どう思っていたかはわからないのだが、岬さんの言ったとおり、どうにも突拍子もない解決案を考えつくものだ。
「そうして出来たのが、聴いていた曲ですか?」
「うん、まあ、そう。ラブ・ソング」
笹峯さんはイヤフォンごと机の上に放り出された音楽プレイヤーを、トントンと指で叩いた。
私は、内心救われた気持ちになった。少なくとも彼女は、想いを伝えることに踏み切ったということだから。
「その曲は、彼に届いたんですね? だから、彼女は天上に行ったんですね」
「うーん、それはどうだろうね」
「え?」
笹峯さんは、人差し指で鼻の頭をポリポリと掻いた。
「というのも、彼女が想いを伝えたかったのはね、彼女の言うとおり、絶対に想いが届かない相手だったんだよ、これが」
「……え? え?」
笹峯さんはおどけてみせた。
「もちろん、バカ正直に彼女にありのままの結果を伝えるほど、僕はお人好しじゃない。結局は上手く言いくるめたんだけどね」
私は眉を顰め、疑問を口にする。心に暗い影が差していた。
「……じゃあ、彼女の曲は、彼に聴かせることはしなかったんですか? それはちょっと……ひどいです」
笹峯さんは、「そうかなー」、と首をかしげた。
「遊馬ちゃん、少し考えてみてくれ。仮に僕が『君のためにある人が歌った曲です』、なんてわざわざ送り届けたら、不自然極まりないじゃないか。どう説明を付けるんだい?」
「それは……直接じゃなくて、差出人不明で送るとか……」
私は言葉に詰まった。
笹峯さんは続ける。
「差出人不明でも、ラブ・ソングなのは明白なんだから、彼が勘違いして、『誰かが自分のことを好きなんじゃないか?』って夢見ちゃうことは考えられる。男って単純だからね。まあ、その結果、彼のその後の人生が狂っちゃうこともあり得る。危険だよ」
「……まあ、それはそうですけど」
釈然としない気持ちを持ちながらも、私は肯定せざるを得なかった。
「……まあ、確かに、彼女の歌声は目を見張る……耳を見張るほど、響くものはあったけどね。それは、僕にとっても」
「そう、ですか……」
笹峯さんは、話すべきことは話しきったというように、両手を広げた。
「でもね、要するに僕には、どうだっていいんだよ。クライエントの魂を天上へ送る。それが効率的でありさえすればね」
まあ、そうなんだろうな、と私も思う。それが、『いわゆる普通のエージェント』というものだ。それに反論すべき論拠も哲学も、私は持ち合わせていないのだから、否定などできるわけがない。
でも、理屈では反駁できなくても、感情の反発は抑えきれない。
ひどい人だ、と思う。
でも同時に、ひどく合理的だ。
「…………」
言葉を発することもできないでいると、ふと、視界にロングヘアの背筋のピンとした美人が入り込んできた。
「……秋葉」
気づいた私は軽く手をげる。
笹峯さんは空気を読んだのか、腰掛けた椅子からさっと身を起こした。
「おっと、待ち人来たるか。それじゃ、遊馬ちゃん、また。僕もやることがあるんだ。たまには忙しくしなきゃね」
人好きのする笑みを浮かべてみせる。
「はい、またです」
先ほどの話で、少しぼうっとした頭を揺り動かし、立ち上がって私はお辞儀をする。
秋葉と入れ代わりに、笹峯さんは立ち去っていった。
「知り合い? 邪魔しちゃったかな?」
秋葉が小首をかしげてみせた。
「ううん、全然。少し話をしていただけだから……あ!」
ふと、テーブルの上に視線を落とした私は、笹峯さんが音楽プレイヤーを忘れて行ったことに気づいた。慌てて声を掛けようとしたが、もちろん、笹峯さんの姿は見えなくなっている。
「ああん、もう!」
私は、誰とはなく毒づいてみせた。
秋葉は何事かと、目を丸くした。
「何をカリカリしてるのよ?」
「別に! 何でもない!」
実際、何が自分を苛立たせているのか、よくわからない。
ただ、どうにもやるせない気持ちが押し寄せてきていた。
秋葉は、何とはなくむしゃくしゃ、憮然としている私を見ながら、やれやれといった体で持ってきたメロンソーダに口をつけた。
それから、テーブルの上に放り出されているイヤフォンを手に取って装着し、音楽プレイヤーのプレイボタンを白魚のような指で軽く押した。
「……ああ、これ、名曲よね」
「え? どれどれ?」
私も片方のイヤフォンを借りて、耳に装着する。
一昔前に、一世風靡した、切なく、限りもない透明感を持った、純粋なメロディー。
「この曲って……天城まどかの『ピュア』?」
秋葉は、うん、と頷く。
「いい曲よね」
「そうだね」
でも、なんで笹峯さんが天城まどかの曲を? 歌手じゃないって言ってなかった?