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3/4

【3】


 話を聞き終えて、私は目を瞬いた。

 聞いた限りでは、私には笹峯さんが内心どう思っていたかはわからないのだが、岬さんの言ったとおり、どうにも突拍子もない解決案を考えつくものだ。

「そうして出来たのが、聴いていた曲ですか?」

「うん、まあ、そう。ラブ・ソング」

 笹峯さんはイヤフォンごと机の上に放り出された音楽プレイヤーを、トントンと指で叩いた。

 私は、内心救われた気持ちになった。少なくとも彼女は、想いを伝えることに踏み切ったということだから。

「その曲は、彼に届いたんですね? だから、彼女は天上に行ったんですね」

「うーん、それはどうだろうね」

「え?」

 笹峯さんは、人差し指で鼻の頭をポリポリと掻いた。

「というのも、彼女が想いを伝えたかったのはね、彼女の言うとおり、絶対に想いが届かない相手だったんだよ、これが」

「……え? え?」

 笹峯さんはおどけてみせた。

「もちろん、バカ正直に彼女にありのままの結果を伝えるほど、僕はお人好しじゃない。結局は上手く言いくるめたんだけどね」

 私は眉を顰め、疑問を口にする。心に暗い影が差していた。

「……じゃあ、彼女の曲は、彼に聴かせることはしなかったんですか? それはちょっと……ひどいです」

 笹峯さんは、「そうかなー」、と首をかしげた。

「遊馬ちゃん、少し考えてみてくれ。仮に僕が『君のためにある人が歌った曲です』、なんてわざわざ送り届けたら、不自然極まりないじゃないか。どう説明を付けるんだい?」

「それは……直接じゃなくて、差出人不明で送るとか……」

 私は言葉に詰まった。

 笹峯さんは続ける。

「差出人不明でも、ラブ・ソングなのは明白なんだから、彼が勘違いして、『誰かが自分のことを好きなんじゃないか?』って夢見ちゃうことは考えられる。男って単純だからね。まあ、その結果、彼のその後の人生が狂っちゃうこともあり得る。危険だよ」

「……まあ、それはそうですけど」

 釈然としない気持ちを持ちながらも、私は肯定せざるを得なかった。

「……まあ、確かに、彼女の歌声は目を見張る……耳を見張るほど、響くものはあったけどね。それは、僕にとっても」

「そう、ですか……」

 笹峯さんは、話すべきことは話しきったというように、両手を広げた。

「でもね、要するに僕には、どうだっていいんだよ。クライエントの魂を天上へ送る。それが効率的でありさえすればね」

 まあ、そうなんだろうな、と私も思う。それが、『いわゆる普通のエージェント』というものだ。それに反論すべき論拠も哲学も、私は持ち合わせていないのだから、否定などできるわけがない。

 でも、理屈では反駁できなくても、感情の反発は抑えきれない。

 ひどい人だ、と思う。

 でも同時に、ひどく合理的だ。

「…………」

 言葉を発することもできないでいると、ふと、視界にロングヘアの背筋のピンとした美人が入り込んできた。

「……秋葉」

 気づいた私は軽く手をげる。

 笹峯さんは空気を読んだのか、腰掛けた椅子からさっと身を起こした。

「おっと、待ち人来たるか。それじゃ、遊馬ちゃん、また。僕もやることがあるんだ。たまには忙しくしなきゃね」

 人好きのする笑みを浮かべてみせる。

「はい、またです」

 先ほどの話で、少しぼうっとした頭を揺り動かし、立ち上がって私はお辞儀をする。

 秋葉と入れ代わりに、笹峯さんは立ち去っていった。

「知り合い? 邪魔しちゃったかな?」

 秋葉が小首をかしげてみせた。

「ううん、全然。少し話をしていただけだから……あ!」

 ふと、テーブルの上に視線を落とした私は、笹峯さんが音楽プレイヤーを忘れて行ったことに気づいた。慌てて声を掛けようとしたが、もちろん、笹峯さんの姿は見えなくなっている。

「ああん、もう!」

 私は、誰とはなく毒づいてみせた。

 秋葉は何事かと、目を丸くした。

「何をカリカリしてるのよ?」

「別に! 何でもない!」

 実際、何が自分を苛立たせているのか、よくわからない。

 ただ、どうにもやるせない気持ちが押し寄せてきていた。

 秋葉は、何とはなくむしゃくしゃ、憮然としている私を見ながら、やれやれといった体で持ってきたメロンソーダに口をつけた。

 それから、テーブルの上に放り出されているイヤフォンを手に取って装着し、音楽プレイヤーのプレイボタンを白魚のような指で軽く押した。

「……ああ、これ、名曲よね」

「え? どれどれ?」

 私も片方のイヤフォンを借りて、耳に装着する。

 一昔前に、一世風靡した、切なく、限りもない透明感を持った、純粋なメロディー。

「この曲って……天城まどかの『ピュア』?」

 秋葉は、うん、と頷く。

「いい曲よね」

「そうだね」

 でも、なんで笹峯さんが天城まどかの曲を? 歌手じゃないって言ってなかった?


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