その魔女【研究と山】
タイトルを英語で書くの疲れた
あれから魔術は発動し続けた。
私はとある仮説を立てた。魔方陣で発動した魔術は半永久的に持続する。その仮説が正しければ常時魔術を発動できる、ということ。
瞬間的な火力は魔法に劣るが、持続力や常時発動時の魔術の発動速度は魔法の遥か上を行く。
簡単な図式に表すとだ、
瞬間火力 魔法>魔術
持続力 魔法<魔術
ということだ。要約すると、魔法は瞬間火力はあるが持続力に欠け、魔術は持続力はあるが瞬間火力に欠ける。
「かなり強くない?これ」
その時に呟いた言葉は、あながち間違えではなかった。
あれから私は研究に研究を重ねたが、なにも進歩がなかった。魔力量もある量を境に全く増えない。唯一進歩があるのは剣の腕のみ。私はあれか、騎士にでもなれと言っているのか。
嫌だ!あんな男だらけのむさ苦しい場所、居てたまるか!
「じっとしてください、シルバ様」
「あ、すみません」
ノンノさんの目が怖すぎる。今が着替え中ということを、何故私は失念していたのか。恐らくは二人の着せ替え人形にされたせいで、私は気を失ったのか。恐ろしい。
クローゼットの中にあった服を全て来たあと、母はどこからか私の背丈に合った服を何十着も持ってきた。男にも関わらずゴスロリとかワンピースとか可愛らしいものまで。
いやまぁ、私は元は女だよ。けど、もう五年男で過ごしたら自分を男として認識ぐらいするよ。そこに何で女物の服を持ってくるかな。私の正体バレてるの?私を辱しめたいの。黒歴史を作らせたいの。
私は部屋の隅っこにいる父に救いの眼差しを向けるが、父は頑張れよと言って逃げるように部屋を去った。
「絶対に許しませんから」
「シルバ様!」
「は、はぃぃい」
あの地獄から二日後、私は部屋で木箱と対峙していた。その中には、二重の魔方陣が描かれた白い宝石のネックレスが。私は恐る恐る手に取り確かめる。白い宝石はひんやりしている。
「五歳の誕生日プレゼントに金かけすぎじゃないか?」
この宝石の名前はオリハルコン。希少鉱石で小石の大きさで農民の一家を三年養える額だ。何よりも魔力効率がどの鉱石よりも良いのだ。あまりにも希少な物で頼むのが引けたが、幸い父の持ち物の中にオリハルコンがあって、それを業者に加工してもらった。
何故父が持っていたのか、この際聞かないことにしよう。何はともあれこれで本格的に魔術を行使できる。私はその事に、心がウキウキワクワクだ。
私は震える手を抑え、頭の中で言葉を復唱する。
『|Increase physical ability《身体能力上昇》|Increase physical ability《身体能力上昇》』
私はネックレスに身体強化魔法を書くことにした。日常的にも剣の鍛練のときも、異常事態の時でも使える使い勝手の良いこの魔法を宝石に書く。
宝石に書くと言っても物理的にではない。とある魔法に複写魔法というものがあって、頭の中に浮かんだ文字や絵を複写できるというものだ。私の魔力の半分以上を使う魔法だが、この作業は簡単だ。他のものでも練習したから失敗はないはずだ。
対象の物が発光すれば成功だ。目の前にある宝石は先述の通り発光する。
「何か変わったっていうことはないようだけど…身に付けてみますか」
私は魔法を書いたネックレスを首からかける。すると、体が軽くなったように感じた。試しに、部屋にあるベットを持ち上げてみる。子供の力では持ち上げれるはずのないものが軽々と持ち上げることが出来た。
どうやら成功したようだ。私は小さくガッツポーズをとる。どうやら私は成功や嬉しいときに、感情が表に出るようだ。要するに分かりやすいということだ。
分かりやすいというのも、分かりにくいというのも悩みものだな。分かりにくいと誤解されるし、分かりやすいと騙されやすいし、やっぱり普通が一番か。
私はふと、あることを思い出した。
「明日、父と山に狩りしに行くんだった」
マルカス家の領地は一方を海、二方を山、一方を街道に面している好立地。資源も豊富で港も栄えている。が、好立地になればなるほど犯罪というものが増える。
犯罪を未然に防ぐ為に作られたのが自衛騎士団。父が団長を勤めている、マルカス家領地内の騎士団。公式なものではなく、あくまで自衛のためで有志を募って運営しているらしい。
話を戻すが、その騎士団の副団長がどうやら優秀らしく、父のやることがないとのこと。父もある程度の領主としての仕事はしているが、殆どが副団長と父の友人に任せているらしい。
で、父は暇なのだ。家族の団欒が多いのは良いことだ。だが、父みたいになりたいと言うに値する父なのか。それが問題点だ。
とりま、明日は父が本格的に暇らしいので、剣の実践訓練を兼ねて魔物が出没する山に狩りに行くことになった。その為の動きやすい服装を今日見繕ってもらっていたのだ。
女物の服は母のちょっとした出来心らしい。それにしてはかなり本気だったようだけど。考えただけで悪寒が走る。
窓の外を見ると太陽が真上にあった。私はある野暮用を思いだし、家の外に出た。今日は明日のための剣を鍛冶師のドワーフに作ってもらっていたのだ。因みにこのネックレスの宝石を加工したのもこのドワーフだ。腕の良い鍛冶師で父が本気で口説き落としてここに居てもらっているらしい。名前はヤナセという。
無口で無愛想で性格は難がありだが、本当はかなり優しい、世話焼きのお爺さん。小さい頃から(今も小さいが)父を通して交流しているため、かなり仲が良い。
村に下りると男性の領民たちが畑を耕している。女性はというと、織物や家事にいそしみ、子供たちは原っぱを駆け回る。だが、三者三様に私に出会うと笑顔で挨拶をしてくる。私の評価は良いようだな。嬉しい限りだ。
私は領民たちに軽く会釈してから、黒い煙を煙突から放出している民家へ足を踏み入れる。
「じいちゃんいる?」
扉を開けた途端、室内に貯まっていた熱気が私めがけて放出された。私は瞬時に持ってきた団扇でその熱気を防ぐ。危うく小籠包にされるところだった。
流れる汗を拭いながら、私は熱気の原因の場所へ向かう。途中、壁に素人目にでも業物とわかる刀剣類が無造作に立て掛けられていたり地面にそのまま置かれていたり。
「また刃物を散らかして…」
私が刀剣類を触ろうとしたとき鋭い声が聞こえた。
「触るな!」
私は瞬時に手を引っ込める。声の方を見ると初老の男性が立っていた。
「じいちゃん居たんだ」
「そりゃ居るわい。儂の家なんじゃから」
ふてぶてしくそう呟くのは、物作りの種族ドワーフその人だった。
元々ドワーフは質の良い鉄鉱を求め、鉱山付近か火山付近、清らかな水が流れる川付近に暮らしている。ドワーフの居る場所には自然に物が集まり栄えるといわれている。
「シル坊の剣はできておる」
「ありがとうじいちゃん!」
「だが――」
私と同じぐらいの背丈のドワーフが人差し指を指す。忠告のようだ。
「シル坊はそれに見合うのか?」
「見合う?」
「剣を持つに相応しいかを訊いておる」
「剣の腕なら磨いてきた」
私はそう答えたがドワーフは不服そうだ。ドワーフは仕事場に一度戻り直ぐに帰ってきた。その手には短いながらも剣と呼べるものがあった。
「この剣を受けるとるということは血生臭い世界に入るということじゃ。命を奪い己の糧とする。そんな弱肉強食の世界に入るということじゃ。シル坊…いや、シルバ・マルカスはその覚悟をしているのか?」
ドワーフは剣を抜く。刃が窓から覗く日の光を反射させ煌めく。それは子供が持つに相応しくない業物だった。
「真剣を持てば鍛練でも遊びでもなくなる、生きるか死ぬかを賭けた死合。それをここに刻んどけ」
ドワーフはゴツゴツ角ばった拳で私の左胸を叩く。私はそれに静かに頷いた。
「これはこれで終了じゃ。それでの、シル坊に一つ頼みたいことがあるんじゃ」
鬱蒼と繁る草むら。自然の屋根を作り出す木々。その間をすり抜ける動物たち。私は山に来た。
ハイキングは何時ぶりだろうか。前世も前前世もハイキングに行く暇なんてなかったから、私自身楽しみだ。まぁ、ある一部分を除いては概ね良好だ。
「虫が…多すぎ…」
「男らしくないぞ」
「男でも女でも嫌なものは嫌です」
「そ、そうか」
父は虫をなんとも思っていないようだ。これが適応能力の差か。私は黒い侵略者Gを見てからと言うもの、虫全般がダメになった。
私は虫から逃れようと歩を早める。これまでは朝のことだった。
昼、木々をすり抜けた私達は山頂の拓けた場所で昼食をとった。サンドイッチだった。かなりの量があったにも関わらず、父がペロリと平らげた。父の胃袋を見てみたいぐらいだ。私は5つでお腹が一杯になった。食が細いのだ。
途中小川を見つけた。じいちゃんに頼まれたこと、それは小川の水の採集。この山の水は質が良いとのこと。私の背中にあるバックには採集用の魔法具が入っている。それほど大きくないが、五リットルは楽々入る代物だ。
鳥が私達の上空を過ぎようとしていた。距離は100。二羽。父はさっと立ち上がる。
「鳥を二、三羽仕留めて帰るか」
「わかった」
父はそう言って、木に立て掛けていた弓を取り、玄を絞る。弓のしなる音が山に鳴り響く。父はカッと目を開き、弓を射た。
矢は重力に逆らい、風を切り、鳥に吸い込まれる。矢は手前の鳥を貫通し、上下に平行して飛んでいた鳥を射貫く。頭を穿たれ、射られた鳥は地上に落下する。
父は弓を地面に置いて鳥を受け止める。鳥を片手で束ね、父は片手で腰の辺りをまさぐり出す。私は父にそっと近づいた。
「父さん、まさかとは思わないけどナイフ忘れてないよね」
「……」
「忘れたのか……」
案の定過ぎて頭を抱える。この父は何時もそうだ。良いところのあとには必ず何かしでかす。どこか抜けてるのだ、この父は。
「父さ――何その刃物?」
いつの間にか父は血抜きしていた。だが、ナイフは忘れている、父の剣にしても長さが足りない。そしたら――
「いやー、じいさん相変わらず良い仕事するなー」
私の剣だった。私は音の速さ、いや光の速さで剣を救出した。私は大事なものを抱えるように抱き締める。
「何でこれを使った?父さんはバカかアホか糞野郎か?ふざけんなよ。まだ自分で使ったこともないのに……初めて浴びた血が鳥の血なんて……剣が可哀想だろ!」
「怒るとこそこなのか……」
「そりゃそうだよ!どうせなら激闘の末とか、誰かを護った末とか
が理想だよ!けど、現実は違った。鳥だよ鳥!弓で簡単に仕留められる生き物だよ!別に命を軽視するわけではないけど、もっと、もっと手強いやつの血を浴びたかったはずだよ!この剣は!」
私は心のなかで剣に謝る。剣が物凄く不機嫌そうに見えたのは私だけだろうか。
剣を見つめていると変な臭いが鼻を刺した。鉄の臭い。血か!臭いの発生源は小川の辺り。私は駆け出す。
「お、おい、待て!」
「小川!」
私は短く言い放ち小川へ向かう。小川に近づくにつれ、どんどん血の臭いが強くなる。臭っていて好ましい臭いではない。寧ろ、腐った臭いがする。
木々を抜けた。そこは何の変化もない、ただの小川だった。おかしい、この辺りから血の臭いがしてきたはずだ。私は自分の鼻に自信がある。そんな私が間違うわけ――
突如、小川の上流からあってはならない色の液体が流れてきた。水を青で例えるなら、それは赤。真っ赤でどす黒くて、何より臭う。
私の鼻に間違えはなかった!
私が上流に向かうと一匹の白馬が倒れていた。子供のようだ。地面に夥しいほどの血が血だまりを作っていた。どうやら足を怪我している。私は白馬に警戒させぬように恐る恐る近づく。
突然白馬が頭を上げた。
気づかれたか!?
が、白馬は私を見ていない。全く違うところを見ていた。そこは鬱蒼とした森のなか。そこを睨み付けている。
突如、白馬が睨み付けていた森のなかの叢ががさがさと揺れ始めた。四方八方から叢が揺れる音がする。どうやら囲まれたようだ。
これは――――
「逃げるか」
私は白馬を抱き上げ走り出した。かなりの重量があったが魔術のお陰で何とかなった。今だ姿を見せない襲撃者達は、逃げると予想してなかったのか間抜けな声を出した。
追い掛けてくると思ったがどうやら姿を見せたくないらしい、襲撃者達は追ってこなかった。
その後私は父と合流した。私は白馬を抱いて森を走り回ったので疲れた。帰りは父に背負ってもらって帰った。
後から、じいちゃんに頼まれた水を忘れたことに気づいたが、明日また行けば良いやと思い、私達は家に着いた。大きな荷物を抱えて。