トゥーア領 悩みは沸いて出るもの
後半に、追加部分が入っております。
「そうなんだよね。外交も担う事も多くてね。密輸などの事件は、問答無用で関わるから頭が痛いよ」
完食して満たされたのか、ゆったりまったりとした空気をユーリウスは醸し出している。愚痴ってはいるが、仕事として割り切っているのが分かる。
「まぁ、何をしようとも責任は付いて回るんだろうけどね」
「だな、俺も騎士団に所属しているが、公爵家としての責務は回っては来ない分、騎士の責務はあるからなぁ」
「そう言えば、何故リュディガは自領の騎士団ないし、王立騎士団の方を選ぼうと思わなかったんだ?」
「あー、一応選択肢にはあったんだが、王都の騎士団関係は、第二王妃様が関わっている事を聞いて下手に入ると巻き込まれ兼ねないんでやめた」
ユーリウスの疑問に素直に答えるリュディガである。
「第二王妃様?」
私は一度も会ったことがないので、記憶の片隅にも該当者がいない。首をかしげてリュディガをみやる。
「そ。第二王妃様のマチルダ・フェリクス様だな。パラディンになり、騎士団のトップに登り詰め、その頃王太子だった現正妃の護衛も務めた人だよ。噂では影の騎士団長だそうな。女王の剣とも言われてるかな。家の父、祖父、曾祖父は女王様……正妃様の信奉者でね、あの方が王妃に就き、王にならないと言った時は、かなり揉めたんだけどねぇ……真意を聞き出して泣く泣く認めたらしい。でもって、王妃になったからって、女王の剣も彼女を護る為に第二王妃の席におさまったらしい。この国の真なる王は、影から暗躍するのが好きらしいってまことしやかな噂がある。騎士団に入って、女王のお役に立てと言われても、父達の様にそこまで人となりを知っている訳でもないし、お会いしたけど、父達のみたいにそこまでの情熱も持てなかった。だから、一族の力で横入りが出来ない場所を選んだらここだったって訳。それに、頭の弱い第一王子の護衛なんぞさせられる立場は御免だし、面倒事は少ないのに限るのが良い。折角身軽な立場に生まれたんだから、権力とは遠い場所で自由を謳歌するのも悪くないと、思わないか?」
ニヤリと笑って、バッサリと言ってのけるリュディガは、ある意味清々しい。権力闘争の面倒を理解した上での考えだろう。権力が欲しいのであれば家の力を使ってある程度の地位から、実力をつけて登り詰めればい良い訳だが、その場合自らも時には家の駒になる。
そう言う煩わしいのが嫌いなのだと、彼は言うのだ。
――――お父様が候補に選ぶ筈だわ。権力を与えたとしても、行使しない選択肢も選べる貴重な人だ。
私はじっとリュディガ達を見詰めながら、話に耳を傾ける。
「確か、リュディガの家は、賢王に忠誠を誓う筋金入りの珍しい一族だったね」
ユーリウスがひとつ頷き、リュディガに言う。
「反面、愚王には一切力を貸さない徹底振りだけどな」
苦笑いで言うユーリウスに、リュディガは眉根を寄せて言い返す。
「あ、目利きな一族でも知られているよね。認められたなら、繁栄するとか逸話があったね」
「げっ、国外でもそんな話になってんのか?」
リュディガが苦虫を潰した様な顔で、思い付いた様に言ったユーリウスに問う。
「近郊の国辺りまでだったかな? エーネストレームの名を持つ一人が、惚れ込んで移住してまで仕えたって話があったし。エーネストレームに惚れられたら、努力次第で素晴らしい為政者になれる、とかなんとか言われてる」
「うわぁぁ最悪~~」
ぐしゃぐしゃと柔らかなクリームイエローの髪を掻き乱して、リュディガが呻く。
ユーリウスはリュディガの嫌がる反応を見て、何となく理解して問い掛けた。
「リュディガは、エーネストレームの名前あんまり好きじゃないんだね?」
「……まぁな。一族の半数以上は目利きだとは思うけど、普通の感覚の奴もいるしそれ以下も。俺はどちらかと言えば、少数派の方に属していると思う。この人に仕えたいとか、その人の行く先を共に歩んでみたいとか考えたり思ったりしたことないんだよ」
「確かに……一族がそうだからと言って、自分も同じだと思われるのも不愉快だね。それぞれ生き方や考え方は違うと言うのにね」
うんうんと頷き、同意するユーリウス。
良くあるのは一番近しい兄弟間で、比較される。あの子は出来たのにとか、から始まって最終的にはどこそこの分家筋まで引き合いに出す。
貴族社会や一族間では、良く一般常識的な感じで、一纏めで同じ様にみられる。その考えの枠から外れたら、変な目で見られたりも多々ある。同じモノ扱いは、好まない人にとっては苦痛になる。
何かにつけて、比べられるのは精神を削られるものだ。
「そうそう! これがしたいって言っても、一族の皆は風習がどうのとか言って横槍に入れるし、本家筋の男子が逸脱するのはおかしいとか五月蝿くてさ。好き勝手にさせてくれる所を探しまくって良かったよ。本当に、一族と関係無い場所って気が楽だ」
「トゥーア公爵は、公正で実力ある者を好むと聞いた。ここの騎士団も実力主義なんだ?」
「そう。だから、俺はまだ下っ端だぜ? 今日の釈明はユーリウスがしっかりやってくれよな」
念を押す様にリュディガは、ユーリウスに告げる。名家の子息が下っ端なんて、恥ずかしいとかプライドが許さないと思うのだが、本人は至ってあっけらかんとしている。
「公爵家の子息も伝令に遣うなんてあんまり無いよね、確かに」
「それのお陰で、俺は至って普通の騎士扱いされてて有り難いね。どこそこのご子息様だとかの色眼鏡がなくて、騎士団のリュディガとして見てくれる」
リュディガの生き生きとした瞳には、活力が満ちている。
領主であるトゥーア公爵に対する敬意が、リュディガの言葉の端々や表情に見受けられる。
「……だから、晩餐会に来たの? お父様の顔を立てるために」
私は思わずぽろっと、口に出してしまっていた。
リュディガのオレンジ色の瞳が、私に向けられる。少しだけ困った顔で、小さく笑う。
「まぁ……ね。それに、お嬢様を見知っておけば、何かあった時には役に立つかなってさ。ここでは騎士としてしか恩を返せないけど、王都とかで公爵家の子息としての立場が使える時は、恩を返せるだろう? もし助けが必要な時には言ってくれ。俺に出来る事は少ないだろうけどさ。まぁ、俺の勝手な気持ちだけどな。領主様には要らないとか言われるだろうけど、俺自身は礼を返せるのならしたいからさ」
「あー、うん。本当はそう言う場面に、遭遇しない方が一番良いのよね。でも絶対に無いとも言い切れないものね。そうね、その時は、お願いしてもいい?」
厄介な出来事には、遭遇している私としてはもう勘弁して! と、思っててもそうならない時もあるのを理解してる。助けてくれると言うのなら、その時はお願いしても大丈夫だろう。そうそう何度もある訳でもないだろうから。孤立無援じゃないだけ、気持ちも楽だよね、うん。
「勿論だよ。有り難う!」
嬉しそうに破顔するリュディガに、私は一瞬ドキリとする。
身体付きに似合わない、リュディガのかわいい笑顔のギャップに惹き付けられた。
リュディガに対して見惚れた事を悟られたくなくて、私は慌てて思い出したように話を変える。
「あ、そうそう! 精霊の森の惨事の件だけど……」
「そうだったね、その件をしっかりと話さないといけなかったね」
後を繋ぐ様に、ユーリウスが言ってくれる。
「うん、精霊の森は薬草採集出来る場所だから、出来るだけ早く回復させておきたいのね。ただ、無理矢理すると精霊達が嫌がるかもしれないから、植物が芽吹くくらいの回復をさせてはどうかな? でね、錬金術ギルドと魔術師ギルドに、ユーリウスから依頼してくれないかな? 費用は報酬額から差し引いてくれて構わないから、お願い出来る? 私の名前では何かと差し障りがあるかもしれないし」
「分かった。依頼しておくね。でも良いのかな、報酬額減るよ?」
「うん、クエストとかの報酬で生活している訳じゃないからいいよ。薬草採集場所が減るのは、領民にとって下手したら死活問題になるもの」
「ティナは、偉いなぁ~。領民に心を配れるのは簡単に出来る事じゃないよ。さらっとやってしまえるのは少しだけ嫉妬しちゃうかな」
ユーリウスは私を見詰めて言った。
「え?」
私はユーリウスの台詞に、耳を疑って彼を凝視した。
「何で?」
「だって、そう簡単に選択出来ないよ。僕も大使兼、冒険者をしているから分かるけど、装備や備品にどれだけお金が掛かるか、レベルに合わせて揃えたら際限なんて無いようなものでしょう。でも、さらっと領民の生活に投資出来るのは凄いと思う」
そう言って、私を見返すユーリウスの瞳は、とても真剣である。
「そ、そうかな?」
褒められるのは正直照れるので、どう反応していいかいまいち分からず、私は小首を傾げて言う。
「そうだよ! 僕は使節団も束ねてるから、予算内でどうするかとか意外と頭を使うから、どれだけ面倒で貯蓄が必要か良く分かる。クエストで、僕達が向かう先に荷物運びとかも行く先々でしている。使節団の給金は一定の期間がないと手元には来ないから、クエストで稼ぐのは当たり前の事になってる。だから、ティナの考えは凄いと思う」
ユーリウスは、使節団の会計状況を思いっ切りぶっちゃけた。
それに、続ける様にリュディガが言葉を紡ぐ。
「使節団って華やかそうに見えるが、意外と楽じゃないんだなぁ。使節団は所謂パーティーだろ? ティナの場合はソロだろ? その差って大きいのかもなー。騎士団もソロと隊を組む事があるから、理解できるわ。それぞれ短所と長所があるもんなー。っても、どっちも上みたら切りがないから、ティナみたいに思い切りの良さがないと出来るとは言えないよな。下級騎士だと薄給だし」
「え? お給料安いの?」
リュディガの言葉に、私は問い掛ける。危険な仕事も任される騎士だから、安月給って言う酷い状況であれば、お父様に見直し提言をしなければと思い、前のめりになりつつリュディガの返答を待った。
「んー、それなりにはって感じかな。生活は普通に出来るが、自前の装備はそう簡単に揃えられないってだけだな。だから、自前装備に拘る奴は金欠病になってる。実際は、支給装備で賄えるもんだけどな」
笑って答えるリュディガにほっとしながら、私は言う。
「趣味に使うと即無くなってしまうけど、給金としては妥当ではあるってことよね?」
「まあな。あ、ティナ、もしかして領主様が不等に俺達をこき使ってるとか思ってた?」
「だって、薄給って言うから……」
「他の所はそんなに知らないが、ここの騎士団は意外と待遇は良いと思うぜ」
もごもごと告げる私を見て、苦笑しながらフォローを入れるリュディガ。
「うんうん。僕も他領地に比べると、ここはとても居心地が良いと思うよ。活気も美味しい料理も領民達の生活も良いと思う。あちこち見ている僕としては、かなりの上位レベルの統治だと感じるけど、ティナはそうじゃないの?」
ユーリウスは何度か頷き、不思議そうに私に問い掛けて来る。
首を横に振り、私は口を開く。
「お父様は頑張っていると思います。でも、人間ですから何事にもミスや取り零しだってあると思うの。それに……今回はたまたま私がフレイムウルフと遭遇したけど、精霊の森はレベルの低い冒険者や、探検と称して子供も入りやすい場所だった。後手に回れば被害者が出るとも限らない。私自身、幼い頃にラミアに襲われた事があります。護衛や侍女がいたのにも関わらず、ラミアのレベルが上回っていて私は食べられかけました。その時、冒険者に助けて頂きました。だからでしょうか、私は私が出来る事で、巡り巡って冒険者の方に恩を返せればと……不測の事態は、不意に起こるものですから。領民や訪れる冒険者の方に皺寄せをさせたくありませんもの。私が凄いのではなく、打算無く瞬時判断して、私を助けてくれた冒険者が凄いのです。彼は自分が出来る事をした……と、仰いました。私は、彼の様に私が出来る事をしようと思っているだけです。また、私の様に助かる人がいれば良いかなって。薬草だって必要としてる人もいるでしょうから」
持論を披露するのも恥ずかしいが、私は私なりのお礼の仕方があると思っているし、出来る事は限られた事になるだから、まぁ仕方がない。偽善とか、善意とか、エゴとか色々言われるだろうけど、結局の所は自己満足の世界でしかない。すべてを投資するなんて出来はしない。と、言うか人の身でそんな事をするのは愚か者であろう。ここは神様の介在する世界で、心からの祈りには神は応じるから、実際には私のやっている事は痒いところに手が届く的な感じである。
そして、公爵令嬢の身分故に、お金の苦労はあまりないからこその、投資である。また、装備は神様から頂いた、最高級の物があるお陰でもある。そこは、あえて伏せておくけども。
「そう言う考えも良いんじゃないかな。普通に考えたら、助けた本人だけに礼をするけど、打算無くする人は確かに希少だね。それにだ、誰かに良いことはきっと自分にも還って来るものだからティナのその気持ちは大事にすると良い」
ニッコリと微笑んで、ユーリウスが私に向けられる言う。
「だな。もしもティナが、領主になったらなったで、色々な制約がつくから、今の内に出来る事ややりたい事をすれば良い。今しか出来ない事は確かにあるしな」
リュディガは頷き、笑って告げてくれる。
「二人とも有り難う」
私は彼らに笑顔を向けて言った。
――――バカみたいとか、公爵令嬢がすることじゃないとか、否定的な言葉ではなく、肯定してくれた事が何よりも嬉しかった。