トゥーア領 リュディガ・エーネストレーム
「待って下さい、ティナ!」
「え?」
サクサク用件を終わらせて、逃げる様にギルドの出入口まで来たところで、後ろからユーリウスの声が待ったを掛けてきた。
思わず足を止めて振り返ったら、正面から誰かが勢い良くぶつかって来て、私は後ろへと倒れる。
「っ!」
「うわっ!」
「ティナ!」
がしっと、私の身体を後ろから支えてホッと息を吐くのは、ユーリウスだった。
倒れ掛かった時には、ユーリウスの方を向きかけてて、焦った表情で駆け寄る姿をばっちりと見てしまい、ドキリと胸が高鳴った。真剣な眼差しは見惚れるに値するものであった。
「……」
そして、現在は抱かれるかのように抱き止められてて、ムダにドキドキしてしまう。
――――アレクで慣れてる筈なのに、どうして動悸が激しいのよ!?
「す、すまん! 大丈夫か!?」
慌てた声が掛かる。声を掛けて来たのは、たぶんぶつかった人であろう。
「ティナ、怪我はない?」
「あ、はい」
コクコクと頭を上下動かして、私は返事を返す。そーっと、身体をユーリウスから離していく。サッとユーリウスが手を差し出し、スマートに私の手を取ってサポートしてくれる。
一つ一つの動作に無駄はないし、嫌味もない、THE紳士とも言えるでしょう。
「……あ、れ? え?」
頭上から落ちて来る声は、呆けている様にも聞こえた。
「おや? 君は?」
ユーリウスも驚きの声を上げた。
「確か……リュディガ――」
「ゎあぁっ! そうです! 覚えていたんですね!」
焦った様に、ユーリウスの会話にリュディガは被せて話し掛けて来る。
「そうです、騎士団のリュディガです。お二人もご一緒とは、奇遇ですね。ギルドにご用事ですか?」
ここでは、リュディガ・エーネストレームの名前は禁句らしい雰囲気をそこはかとなく出しながら、会話を進めていくリュディガである。
「ええ、依頼をしようと来たのですけど……」
もう終わったとは、明言を避けてユーリウスが言うと、乗っかるかの様に、リュディガも口を開いて言う。
「あ、自分も依頼関係で来たんですよ。精霊の森が大変な惨事に見舞われてて……」
「…………ユーリ」
ユーリウスを見ると、彼もまた心得たと言わんばかりに頷き、リュディガの肩をぽんと叩く。
「その件を含めて話すから、少し時間あるかな?」
「え? あー、まぁ時間はあるが」
「それじゃ、行こうか」
ユーリウスは、私とリュディガをギルドの外へと連れ出したのだった。
ユーリウスが私達を連れて来た場所は、商談でも使われるこの街では一番大きいレストランだった。
数部屋ある個室の中では、小さな室内に通され円卓に着く。
ユーリウスが口を開いて言う。
「一応、紅茶と、軽食とデザートセットを頼んだので気兼ねしないで食べて欲しい」
「え? 自分は職務中ですので……」
困惑気味に返事をするリュディガに、ユーリウスは微笑みながら言い返す。
「カール公国の名代と会談したと言えば問題はないよ? それに、今日その件での事後処理の為、僕は食事をして無かったので悪いけど付き合ってくれると助かります」
「あー、うーん」
渋々と悩むリュディガに、選択肢を排除するかの様に。
ドアが叩かれ、食事が運ばれて来て、円卓の上に並ぶ。ギャルソンが、丁寧に頭を下げて「ごゆっくりどうぞ」と言い添えて出て行った。
三段重ねの軽食セットに、ユーリウスは添えてあるトングの様な物を使って、皿に上段にあるサンドイッチを数個載せ、ユーリウス自身とリュディガの前に置く。もう一枚の皿を取ると、中段に置かれたスコーンと、下段に置かれた小さなケーキを皿に盛り私の前にコトリと置いてくれる。
「では、頂きましょう」
ユーリウスはマイペースにそう言い、食べ始める。本当に何も食べて無かったのだろう、意外と食べる速度が速かった。
紅茶を飲み干して、ユーリウスが一息着くまで、私達はチマチマとそれらを口に運んだ。
「……二人共付き合ってくれて有り難う。さて、本題だけど、精霊の森の惨事はフレイムウルフの仕業だと騎士団には伝えて欲しい」
「なっ!?」
目を剥くリュディガに淡々と、説明するユーリウス。
「でも、フレイムウルフはティナによって討伐されてるからそれ以上の被害はないから安心して。ね、ティナ」
「あ、はい。手負いだったのと、エンカウントしてしまい仕方なく倒しました」
頷いて、あえて自ら突っ込んだとは絶対に言わず、適当な返答で誤魔化す私。
リュディガが眉根を寄せて、ユーリウスに問い掛ける。
「どうしている筈のないモンスターが森に?」
「密輸だよ。公国から密輸されたんだが、輸送中に逃げられたんだ。あと、密輸団と、禁制の魔物を取り扱いした連中は、この国で拿捕されている。朝からそんな訳であちこちへ行っていたんだ。まあ、この後はここの騎士団へ行って協力を仰ぐ事になるとは思う。密輸団の一部ないし、協力者がいるなら野放しには出来ないからね」
ユーリウスは小さく溜め息をつき、円卓に置かれたティーポットから紅茶を注ぎ、カップに口を付ける。
「名代も意外と楽じゃないんだな」
しみじみとリュディガは、そう言い紅茶をそっと飲んだ。