トゥーア領 ユーリウス・カールシュテイン
記録石を使ってギルドに戻って来て、採集した薬草を提出して報酬を受け取って帰ろうと受付横を通り過ぎた。何気なく、視線を流した先が何故か気になった。
足を止めて、もう一度そちらをみやる。
「あれ?」
ギルドの受付の所で、職員と問答をしている人に見覚えがあった。
ダークブルーの短髪と背丈、服装は冒険者らしい出で立ちだけど、いつぞやの晩餐会に居た人ではなかろうか。あの時はおとなしめな人が、今は妙に真剣な切迫した雰囲気を醸し出していた。
「ですから! ギルド長に取り次いで下さい。火急な案件なんです」
「火急かどうかはお聞きしてから決めるので、まずは内容を仰って下さい」
職員はマニュアル通りと言うか、冷静に対応を返していた。
眉間に皺を寄せて、彼……ユーリウス・カールシュテインは言う。
「……魔物の密輸だ」
「それは国際問題で国が対処するでしょうから、ギルドには降りて来ない案件ではありませんか」
「密輸の関係者は拿捕したが……奴らは、密輸した魔物に逃げられてたんだ。その魔物は火属性のフレイムウルフだと言う事が分かった。また、逃げた場所はここトゥーア領との事だ」
「では、そのフレイムウルフの討伐依頼を出したいとの事ですか?」
「依頼もしたいが、それ以上に危険な魔物でもあるんだ! 瀕死になると、自爆するから下手に手を出すと大変な事にもなる。フレイムウルフは、公国でも生息地は大体、火山地帯ばかりなので自爆しても、周辺に被害は殆どないが、ここには森や草原がある。自爆されたら大事になる」
「確かに、一理ありますね」
慌てず騒がずに頷き返す、ギルド職員としての姿勢全うする受付担当者。
二人の真剣な会話であるが、聞き捨てならない単語が幾つか聞こえた。チラリとアレクサンダーを見ると、首を縦に振って私に返事をした。
――――間違いないんだ。やっちまったぜ? フレイムウルフ。自爆もさせちまったぜ! (涙)
「あのぅーー」
二人の所へ近付くと、恐る恐る声を掛ける。
「え?」
「はい?」
二人は私を見詰める。
「あれ、君は……レスティーナ嬢?」
ユーリウスが、私だと気付き名を言った。
私はにこっと笑って応える。
「こんにちは、ユーリウス様。私の事はティナで構いませんよ」
本来であれば「ご機嫌よう」と言うべきではあるが、ここはギルドである。適材適所の言葉を使うのが無難である。
先程までの真剣な表情を崩して、ふわりと微笑するユーリウス。
「こんにちは、ティナ。では、僕の事はユーリで」
「はい。では、ユーリ、さっき話していた事なんですが。フレイムウルフって一匹だけですか?」
私は、ズバリと本題を聞く事にする。
「「は?」」
ギルド職員と、ユーリウスはぽかんと私を見た。
「見たんですか?」
ユーリウスが真っ先に立ち直り、私に問い掛けた。
「見たと言うか……精霊の森でエンカウントしまして」
「…………もしかして」
「ええ、ウルフ、自爆しました」
とりあえず、自己申告することにしたので、苦笑しながら言うしかないのであった。
ぎょっとしたのは、ユーリウスで慌てながら。
「怪我は?!」
がしっと、私の肩に手を置いて問い詰めてくる。
「してませんが、森の一画が焼失しました。まさか、自爆するとは思わなくて……」
「フレイムウルフは、ある程度ダメージを与えたら、首をはねないといけないんですよ。結構厄介なモンスターです」
「なるほど、次遭遇したら逃げておきます。面倒ですし、剣士系の人居ないなら手を出すべきじゃないですね」
「そうして下さい。見覚えのないモンスターや、情報のないモンスターは、下手に手を出すと危険です」
あちこち巡っているユーリウスが言うと、確かに説得力が増す。
「そうします」
流石に神具があるから、まっいっかなーんて軽く考えて手を出しましたなんて言えないので、真面目に頷き返す私である。
「ええと、それでですね、フレイムウルフは一匹だけですか?」
「あ、はい。密輸したくても数匹で固めると融合や共食いで強化してりするので、危険を回避するために一匹だけに留めたとの事です」
「なら、あれ以上の被害は出ないと言う事ですね。なら、良かった」
私はとりあえずホッとする。流石にあれをもう一度遭遇してやらかすのは御免こうむりたい。
「後で討伐報酬を出しますので、受け取ってください」
さらっと言うユーリウスに、私は吃驚する。
「え? でも、証明出来るものはないし、精霊の森は悲惨な状態ですよ?」
うろんげにユーリウスを見詰める。
全くもって事実であるからして、討伐クエストとしてなら下策または、ランクは下級クリアである。被害からして、あまりにもダメっぷりな討伐結果なので、報酬自体貰えない方が普通なのね。あり得ない。
「普通であれば減額報酬となりますが、ティナは嘘をつく理由もないですし身元もしっかりしてます。問題はないと思いますが?」
言外に領地の森の修復費に充てて下さいと、言わんばかりの押しの強さである。
まあ、そう言う意味での身元もしっかりしてます発言なんだろうけども。押し負けた私は、渋々頷き応える。
「……分かりました。後日お受け取りします」
「ええ、そうして下さい」
ニッコリと微笑して、ユーリウスが言った。