トゥーア領 魔物との遭遇
「ねえ、アレク。吹いて来る風が、変じゃない?」
目的へと近付いているのは、なんとなく判るが吹いて来る風が妙に生暖かい。森なのにだ。冷たい風が吹くのなら分かるけど……。
「う~ん……何か不味いのが紛れ込んでるかも?」
正面を見据えたまま、アレクサンダーは言う。
「確かに、肌にピリピリした感覚が伝わってくるわね」
森の精霊達が警戒している波動とでも言うか、ひしひしと肌に感じる。
相当なレベルの魔物でなければ、何とかなるとは思う。追加補正ステータスと、神具の真価が発揮されればと言う前置きがあれば。
「ティーナ、あそこ」
アレクサンダーが立ち止まり、声を抑えて私に告げてくる。
指で示した方向に、森には居ない筈のモンスターがいた。
「あれって、フレイムウルフじゃ……」
火属性の魔物、炎狼と言われるそこそこのレベルのモンスターである。犬系の魔物の中で下から二番目。一番目……最弱と言われるのは火犬、フレイムドッグ。その次が炎狼、フレイムウルフ。更に上も居るが、とりあえず今は割愛しておく。
基本、火属性の魔物は属性の強い火山地帯などに生息していて、地と水の属性の強い森には居ない。
色々な事情で、紛れ込んで来ることがあるにはあるが。
じっと観察すると、動きが妙に思える。後ろ足を微妙に引き摺っている様に見えた。
「……手負いかな?」
「そうかもしれない」
私の言葉にアレクサンダーが答える。
手負いは手負いで実は厄介である。形振り構わず向かって来ることが多く、パターンが読めないからだ。とはいえ、森に放置などすれば、回復した時に森が燃えてるなどと言う事にもなりかねない。火属性の魔物の恐い所である。
「よし、やろう」
すぅっと、息を吸い込み魔法を詠唱する。
「速度上昇」
杖無しの状態なのに、瞬時に魔法が展開した。以前なら、5秒から10秒位のタイムラグがあった筈だ。
「物理防御上昇! 魔法防御上昇!」
立て続けに唱えても即展開って、ディバインロッドがあったらどんだけ速いのやら。反則気味じゃないかしら?
まあ、とりあえず、ヤバくなったら、魔法で応戦で行こう! 現状がどれだけいけるのかを知らないとね!
そろーりそろーりと、銃の射程距離までフレイムウルフに近付く。
ゆっくりと銃を構え、連続で引き金を引いた。
ガンガンガン!!!
「ギャウン!」
フレイムウルフが吠える。一発目は、後ろ足にの臀部辺りに当たり一部が氷結したように白くなるが、残りの弾は瞬時に反応したフレイムウルフが避けた。
「っ!」
思うよりも素早い反応速度に、私は目を見張る。
「ガウウッ!」
敵を目視したと言うよりは、感覚で認識したフレイムウルフは、その一連の動作に迷い無く、一気に私の方へと駆け出した。
「ティーナ来るよ!」
「解ってる!」
返す言葉と共に、ガンガン! と銃を撃つ。しかし、フレイムウルフは、紙一重でかわしていく。
生存本能のなせる技だと思うが、火事場の馬鹿力と同じでモンスターも生存が危うい時には、ステータスやスキルの特性など底上げされる場合がある。
「厄介ねっ!」
再度、弾を撃ち込む。今度は、フレイムウルフを目掛けるのではなく、移動先の足場になるであろう場所にだ。それが分かったのか、斜め後ろに跳んで避ける。
「格闘技は得意じゃないけど、そうは言ってらんないわね」
唸るフレイムウルフを見据えながら愚痴る。開いている距離は、数メートルで物理攻撃の範囲内に入りつつある。
「ガアウウ!!」
フレイムウルフがその距離を物ともせず、飛び掛かって来た。
「くっ!!」
空いている左手に喰らい付こうとしたが、衣が淡く発光してそれを食い止める。
「この~~っ!」
ガチリと、フレイムウルフの歯に銃口をこじ入れる。
ガン! ガン! ガン! と、数発撃ち込んだ。次いで左足で蹴り飛ばす。
勢いで腕と銃から、フレイムウルフが離れる。
「ギャウウウン!」
流石に直接的に体内に、撃ち込まれたら痛いのか、もがく様に反射的に跳ね上がり、のたうち回る。
「聖なる矢!」
唱えた瞬間に、レベル10の聖なる矢……白銀の矢が10本出現して、フレイムウルフに刺さる。因みに、レベルで矢の本数が決まる。1なら1本、7なら7本、と言う訳である。
シュウウウウと、ホーリーアローが刺さった風穴の部分から、水蒸気の様な煙が上がっている。
――――う~ん、何かヤバイ感じ?
ヨロヨロと立ち上がる、フレイムウルフ。
「ウオオオン!!」
最期まで生に執着するかの様な、ぎらぎらとした目で、フレイムウルフが吠えた。
シュウウウウウウウ!! と、フレイムウルフの身体に空いた穴から、更なる水蒸気が吹き上がる。
「げっ」
思わず声が漏れるが、はっとなって、追撃の魔法を唱える。
「ホーリーアロー!」
フレイムウルフに聖なる矢が刺さったが、ぶわりとその肉体が膨張するのが見えた。
「ティーナっ!!」
焦ったアレクサンダーが間に割って入り、私を抱き込んだ。私の視界はアレクサンダーの胸元のみになった。
ドオオオン! と、花火の様な破裂音と震動と、焼かれる様な熱気が正面から一瞬だけ感じた。瞬時に足下からフワリと、心地良い風が上昇してふわふわと衣を揺らすのが分かる。
「アレク?」
アレクサンダーは私の声に従って、密着していた身体をそっと離してくれる。ただし、肩に手は置かれたままだが。
ちらっと服を見ると、淡い光を放ってふわふわと袖口とかが揺れていた。アレクサンダーの服も同じ様な状態だった。
「ええっと……これは?」
「なるほどね」
「何がなるほどなのよ? アレク!」
「ティーナの服とお揃いみたいだってこと。緊急事態であれば発動する防御らしいね。要求していなかったから、勝手に押し付け祝福してあったみたいだね」
「アレクが介入しなければ、そっちは発動しなかったって事?」
「だね。ティーナの自動防御も発動してるからね」
「さっきの熱気を遮断したのかな」
「うん、そうだね。結構派手にいってるからねぇ」
ちらっとアレクサンダーは、周囲を見回して言う。
「……」
何も言わずアレクサンダーは、肩から手を離して視界をあけてくれる。
辺りは一言で言うなら、丸焦げである。あちらこちらでプスプス、パチパチ、シュウシュウ音をたてている。足下の草木は焼失してるし、爆発の中心に近い樹木は炭化してるし、煙もそこそこ出ている。
「これマズイじゃないの!」
放置したら森林火災に発展するやつじゃないの! と、アワアワしながら、私は火元付近の木に装填しているアイスバレットを手当たり次第に撃ち込んだ。
その後、アクアバレットに装填し直して、片っ端から消火活動をしたのだった。