トゥーア領 薬草採集2
精霊の森に足を踏み入れた途端、周囲の空気が変化したのを感じた。森が放つ威圧感とでも言っていいだろう。精霊が多くいる森でもあるから、精霊達が出す緊張感と警戒感かもしれない。
森に入ってから少し歩いて、周囲の状況を確認する。誰も居ないのをしっかり確認してから、私はすぅっと深呼吸する。
「オープン」
私は展開呪文を唱える。指輪から展開される装備魔法が、私の全身を一瞬で塗り替えた。服装はアレクサンダーと揃いのものだ。手にはディバインロッドがある。思わずと言うか何となく、全部出てこい的に唱えてしまったが……。
「……そう言えば、これって個々で出せないのかな?」
銃のみでとりあえず戦闘を考えてたりしたので、実はロッドが邪魔っけである。
腰のアイテムボックスの中に放り込むってのもあるが、戦闘になった時に取り出す時間を考えると大変面倒ではある。
――――そう言えば、神様はイメージして唱えてみろって言ってたな……。
「杖収納」
とりあえずロッドだけ、収納するんだと思いながら、唱えてみた。すると、ディバインロッドだけが指輪に収納された。
と、なるとポーチもそれだけで出しておけると言うことだろう。そうなると、格段に使い勝手が変わるだろう。ただ、人目に付くのは避けておいた方が良いと思われるけどね。
身軽になったので、チャキチャキ探して、ついでに魔兎辺りでも仕留めみようと思う。
「さて、薬草探しましょうか!」
まずは何はなくともクエストの依頼品からです。
「ねえ、アレク、どっち方向に有ると思う?」
「んー、真っ直ぐかな?」
「じゃ、真っ直ぐいこ」
私がアレクサンダーに質問したのは、理由があるのだ。守護天使の特技とでも言うのか、探し物や負のエネルギーなどを見付けやすいのだ。
私達は周囲を気にしながら獣道に近い森の道を、草を踏みつけながら歩んでいく。天気も良いため森には日が差している。足を取られるような泥濘もないので、採集日和ではある。
アレクサンダーがピタリと止まる。手を繋いでいる私も、それにつられて停止する。
「……」
「アレク、この辺なの?」
「たぶん、そう」
「分かった、探すね」
私はアレクサンダーの手を離し、周囲をじっくりと見回す。森の木々の影、差し込む太陽の光、苔や草、枯れ葉は、石などがある。
アンディーブ草は草原でも生息するのだから、木の影と言うよりは影のない所の方が生えやすいのではないかな。花も咲くので、とりあえず花を咲かした草を探す。
「……うーん」
丸い黄色い花を付けた草と、薄紫色のギザギザの花弁を幾つもつけた草を見つけた。
ーーーーどっちだろう?
神具のアイテムボックスに自動的に収納されている、簡易収納袋を取り出して更に、そこから小さな園芸用スコップと、皮で出来た袋を二つ取り出した。まず、黄色の草から根も採取する様に少し離れたところから、円を描くようにざくざくスコップを入れていく。大体10センチ位の深さで草を根と一緒に堀り出す。そして、それを皮袋のなかに入れる。
薄紫の草も同様に掘り出して、別の皮袋に入れる。
私は、適当な座れる石の上に腰を下ろした。
薬草辞典を収納袋の中から取り出して、広げようとしたところではたと思い出す。
「あ、そう言えば、毒を解析できるんだっけ? 薬草は毒物でもあるんだっけ。忘れてた」
皮袋から薄紫の花の部分までをそろっと出して、おっかなびっくり私は言う。
「毒解析」
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アンディーブ草。
根を20グラム以上で下剤を精製。
致死に至らないため、ちょっとした嫌がらせにOKな毒。
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薬草の直ぐ横の所に、半透明な板のような表示(?)が出る。
「なにこの豆知識的な解説は」
薬草の名前が分かるのは便利ではあるが、薬草の効力は一切明記されない。毒解析だから、わからなくもないが……致死に至らないため、ちょっとした嫌がらせにOKっておちょくるような豆知識に脱力した。
アンディーブ草を皮袋に戻して、もう一つの草の判別に取り掛かる。
「毒解析」
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ラッパー草。
種を5グラム以上で、自白剤を精製可能。
本音を聞きたければ、食べ物に混ぜてみよう。
ただし、嫌われても当局は責任は一切とりません。
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「……おちょくってる。てか、この表示って、盗賊スキル持ってる人皆みるの?」
「ティーナ? どうかした?」
正面に立つアレクサンダーが、しゃがみ込み私に問い掛けてくる。
顔を上げて、私はアレクサンダーに返事を返す。
「あのね、毒解析のスキルのね、説明文がおちょくってるのよ」
表示されたふたつの解説文をアレクサンダーに言うと、なるほどと納得された。
「たぶんだけど、ティーナ仕様のスキルかもしれないね」
「えー」
「ネズミロキの使役資格も持っているしね。どう考えても色々な特典がついているからね」
「毎回おちょくる解説見なきゃいけないの?」
「だねー、まぁ、どこまでおちょくる事が出来るのかは、見物ではあるんじゃない?」
「あー、まぁそうだよねー。大体出たらその内、マンネリ化してくるだろうねぇ。あのネズミを見付けたら、改訂させれば良いか」
ふむと、私は納得のいく答えを出して言う。見付け次第、しばいて改訂させてくれると誓う。それまでに、マンネリ化してつまんない解説になってたら、心が折れるくらいに思いっきりダメ出しを用意してくれようと思った。
いそいそと薬草辞典を仕舞い込み、アンディーブ草ではない方をしっかりと口を縛って、収納袋へと放り込む。
腰のベルトに皮袋を引っかけて、私は立ち上がる。残り後19束は必要なのだから、ダラダラ時間を潰すのはあまり出来ない。
「よし、次探すわよ! アレク!」
スコップを握りしめて、私はアレクサンダーに告げる。
そんなこんなで、アンディーブ草を見付けたら掘って、皮袋に放り込む作業を19回繰り広げたのは、言うまでもない。
「終わったーーっ!」
万歳して私は叫ぶ。地味にしゃがんでの作業は、腰にくるものがある。なので、大きく伸びをして身体を解す。
「お疲れ様、レスティーナ」
「アレクもお疲れ様~っ」
私が黙々と作業中の間、アレクサンダーは周囲の警戒をしてくれていた。
採集クエストは、ソロ仕様には不向きと言われる点がそこにはある。没頭してしまうと、警戒が疎かになり魔物などの接近を許してしまうからである。守護天使持ちは、その辺がクリアされるので、本当に彼らは有り難い存在である。
今日の収穫を全てしまってから、私はバトルのリハビリへとシフトする。軽めの体操と言うかストレッチをした後に、最終チェックとばかりに装備品の点検をする。
銃弾の属性を確認して、火属性の銃弾を止めて、氷属性の銃弾に装填し直す。火属性の方が実際には良いのだが、森なのであまり使い過ぎたりすると、火を嫌悪する精霊達が、森に危害を加える者と勘違いして騒ぐので、氷結系のか、風刃系のがベストなのである。
「よし! 準備オッケー、いきますか!」
右手に銃を持ち、気持ちを切り替える。そして、私は索敵が得意な、アレクサンダーに問い掛けた。
「ねえ、アレク。魔物の居そうな方向って分かる?」
「ん……そうだねぇ」
キョロキョロと周囲を見回してから少し考え込み、一方向を指さしして言う。
「あっちの方角に居そうだし、一番近いと思うよ」
「じゃ、行こう!」
私達はあまり音をたてない様に、進んで行くのだった。