トゥーア領 薬草採集1
私とアレクサンダーは、テクテク街道を徒歩で進んでいく。目的の場所は草原ではなく、森である。草原だと、戦闘には向いているかもしれないが、遮るものがない分、色々と丸見えになる。神具を試したら目立ってしまって……と言うのも、また、色々詮索されて付き纏われるのも、正直面倒だから勘弁して欲しい。なので、森と言う選択になった。
近場の森は幾つかある、危険度が低い森は西のエルフの森と、南の精霊の森の二つ。
危険度が上がる森は、北のマナの森で通称魔の森と呼ばれている。その森は、マナ【魔力】が無駄に溢れる為に、生物や魔物がマナに曝されて狂暴化する。パワースポットみたいな所だけども、なんでもかんでもパワーアップしてしまうので、用がある人しか訪れない。まあ、言ってしまえば冒険者御用達の森である。腕試しや、採集、経験値稼ぎなどがまるっと出来るのだから。
とは言え魔の森は、冒険者達が必ずいるはずだから、敬遠したいかな。エルフの森も気難しいエルフ達がいるので、却下だな。
と言うことは、精霊の森が無難だな。精霊は人やエルフとは違い、神様に属するアイテムに付いてなどは話さない。不文律の様なものがあるらしい。
その昔、神に祝福された指輪を盗み、精霊の住まう森に隠した者がいた。それを探していたのは、本当の持ち主だったが、精霊達はその在処を一切言わなかったと言う逸話がある。その話の続きでは、隠した盗人は精霊によって迷わされてその指輪を見付けることが出来なかったそうだ。最終的には、持ち主が頑張って探し出した結末になっていたけどね。
精霊が住まう場所には、己の物でない、神様に賜りし物を持っていくな。と言う格言が出来たほどである。
隣にいるアレクサンダーに、私は声を掛ける。
「あのさー、アレク」
「何? ティーナ?」
「あのね、朝のアレさ、やめない?」
前を向き歩を進める。アレクサンダーの顔は見ない。見たらきっと言えないからだ。
「アレ?」
「うん、あの起こし方をね……やめて欲しいな~~って……」
「えー」
アレクサンダーの声音は、とーっても不満そうだ。
でも、心を鬼にしないとヤバイ。主に私がである。
「久し振りのアレは衝撃がね……」
「ぇえー」
「次あったら、私……叫んでそうだもの」
「それならティーナが、ちゃんと起きてくれれば問題無いよ?」
「うぐぅ……」
反論が続かない私である。寝起きが悪いのは理解してる、しているけれども、次も声を出さない咄嗟の行動力があるかなんて、自信はさっぱり無い。(涙)
――――あの時、声を出さなかった私、偉い! ホント、マジ偉い! 頑張った。反射的に口を手で抑えましたとも!
何て言うかさ、子供の感覚の時は気にしなかったけど、大人になると物凄く恥ずかしい感覚と同じで、前の時はミーハー全開で行けたけど、今はそれ無理いいいって感じなのね。
あの口説いてるかの様な低めのボイスが、あかんやつなんやー!(汗)
エロ過ぎます、爽やか成分吹っ飛びます。
天使アレク×私ルートなんてないから! てか、アレクに息子ちゃん付いてないし! 18禁とかもないから!
どっちかと言うと、大型な、犬や猫(虎とかライオンに相当する)が、これでもかってじゃれ付き舐め捲られていると言うヤツで御座います。はい。
厳密に言うと、守護天使は本人の魂から形成するものであり、女性なら天使は男性、男性なら天使は女性と言う風に無い要素を補う様になっている。ただし、人の形をしているが人ではないから、生殖機能は持ち合わせていない。
それ故、神様の眷属に属する訳である。精霊も同じでそういった肉体的機能は持っていないので、神様の眷属である。
でもって、自分の守護天使に惚れる人は、究極のナルシストでもある。一部の度が過ぎる人は、司祭や神官やシスターにもなる。天使を遣わせてくれた神に従うと言う感じだ。
――――アレクは好き、大好きです、愛してます! 声を大にしても言える。 でもね、愛の部類が違うのよ。表現するなら、無条件の愛か究極の自己愛なのよねー。目に見える自分の何処かや性格が、コンプレックスを持ってて嫌いでも、魂は誰も嫌わないと、言うか未知のものだから嫌いもへったくれもないと言うのが、事実だろう。その魂で出来たのが守護天使なんだからね。問答無用で惹かれ合い、嫌うよりもまず満たされるのだから、実にタチが悪い。人によっては、快楽以上の衝撃があっただろう。契約するタイミングってのもあるかもしれない。誰かに恋してないとか、身体が大人に変化してないとか、そういった状態からだと、恋愛やエロ的な感覚にはなりにくいのだと思う。
あの起こし方だって本来であれば、キャーキャー言うミーハー程度で済んでいた筈だった。ゴチ! ですっ的なネタだったのに、封印の反動でどうにもこうにも、以前と違う自分の感覚に、戸惑ってしまう。変な扉が開いちゃいそうでコワイわ。
「…………がんばる、頑張るからとりあえず、当分の間はあの起こし方は禁止ね!」
「……まぁ、ティーナがどれだけ頑張るかは、解らないけど見届けるよ」
アレクサンダーに決意表明をしたのだけども、当のアレクサンダーはさらっとしたものだった。
「…………」
温度差に思わず、私はむすーっとなる。見据えたままの方向には、森が小さな影になって見える。
「ティーナ、レスティーナ」
くすくす小さく笑いを溢しながら、アレクサンダーが私に顔を覗き込む様に向ける。
「……ん?」
ちろっと私は、アレクサンダーを見やる。するとアレクサンダーは、微笑みを浮かべている。
「ティーナが戸惑う様に、僕もちゃんと戸惑っているよ?」
「へ?」
クスクス笑いながら、アレクサンダーがそう告げる。
「本来なら、こんな変な距離感とか、感情とかはゆっくり変わっていく筈なんだ。レスティーナが女の子から、女性へ変わる時に邪魔が入ったから、お互いどうして良いか微妙に解らなくなってるのは分かる?」
「うん……」
首を縦に振って、私は同意した。
儚そうな笑みで、アレクサンダーは続きを語る。
「感覚が掴めない所が多いし、何よりもティーナが困惑している。それは、僕も理解してるよ。ティーナの感情や変化を離されている間、全部受け取ってたよ。でも、一方的に受け取ってただけ。互いにゆっくり浸透させていくものなのにね」
「え、じゃあ、解ってて、知っててやってたの!? アレ!」
ギョッとして、私はアレクサンダーの方を見る。
アレクサンダーは、複雑な笑みを口元にのせている。
「うん。意地悪してごめんね」
「っ!!」
アレクサンダーの表情を目の当たりにして、私の中で弾ける。
――――ああ、そういうことか。淋しい、切ない、触れない、話せない、見てるだけ、感じるだけ、共有出来ない、反応すらない、一年以上に渡ってそれを受け入れなければいけない日々は、アレクには辛かったのに……私はちゃんと理解してなかったのか。私のどんな反応だって、アレクサンダーにとっては、とても大切な事。例えそれが、アレク以外の人に恋しても、きっと彼は応援してくれるし、失恋しても慰めてくれるだろう。そうやって、分かち合い、共有する感情を出来なかったのだから……。きっと、私が肉体的に女性になった時には、おめでとうと言いたかっただろう。苦しんでたら、頭を撫でて大丈夫だよって励ましたかっただろう。一方的に与えられてた間の気持ちを私は軽くみていた。自分の感覚だけで、判断していたのだ。
足を止めて、アレクサンダーに向き直る。そして、彼の瞳を正面から見詰める。
「アレク、アレクサンダー! 私こそごめん!」
「いいよ、ティーナの気持ちは、ちゃんと伝わって来てるよ?」
「でも!」
言い返す私の額に、アレクサンダーの額がこつんと当たる。
「ティーナがそう感じてくれるのは嬉しい。でも、罪悪感は持たないでね」
「……」
「ティーナの嬉しい、楽しいと思う感情と、ちゃんと側に居られて共有出来る事が、今の僕には必要だから。悲しい感情は後回しにしてくれる?」
「……分かった」
「じゃあ、行こうか。はい、ティーナ」
にこーっと眩しい笑顔で、アレクサンダーは寄せていた顔を放し、私に右手を差し出す。私は、左手をその手に乗せて手を繋ぐ。
「うん、行こう」
以前には良くしていた行為、手を繋いであちらこちらに冒険に行っていた。色々相談したり、笑ったり、悩んだり、バトルを潜り抜けたり、綺麗なものを見たり、そうやって、一緒になって過ごす時間は、かけがえのないものだ。
そう、それは、とてもとても懐かしい感覚。
――――そうだね、戸惑いながらも私とアレクは、離されて空いてしまった溝をこうやって埋めていくのだろうね。