トゥーア領 領主街プラータ2
ルーカス親方は、テーブルに手つき、椅子を引いてどかっと適当に座る。
私はルーカス親方の向かい側の、席に座る。テーブルの上に懐から出したカラフルな記録石を並べた。
「……こりぁ、かなりいいもんだなあ」
出した10粒の記録石を見て、ルーカス親方は感心して声を漏らす。
「うん、奮発しちゃった。腕輪にしたら、たぶん貯金が半分になるんじゃないかなぁー」
私はてへへと、笑って開き直る。ルーカス親方は、ギョッとした顔で私を見る。直ぐに真顔になって問う。
「いいのか?」
「うん、ちょっとやそっとじゃ壊れない腕輪にしてくれる?」
「わかった。すんげー素敵だっ! って、言ってもらえるのを作ってやる」
「ありがとう、ルカ親方! あと、これ王都のお土産、奥様と一緒に食べてね」
素直に私の意を汲んでくれるルーカス親方に、気持ちを伝えた。簡易収納袋から、大きめの紙袋を取り出す。紙袋からふわっと香るバターの良い匂い。買ってきたのは王都の名店パン屋のパンである。
「パンか?」
「うん、夕食にでも使って? パンプティングにしても美味しいと思うよ」
「ありがとよ、ティナ嬢ちゃんの見立てなら外さねえだろうしな。かみさんも喜ぶ」
そう言って、紙袋を受け取る。
奥の部屋から、茶器とお茶うけの御菓子が載ったお盆を持った、さっきの青年が来た。
「親方~っ、お茶持って来ました!」
「おう!」
そう返事をすると紙袋を手にし、ルーカス親方は立ち上がり、カウンターへと移動する。
「そうだ、お前、これを俺んちに届けてくれ。ティナ嬢ちゃんからの土産だって、かみさんに伝えて戻ってこい」
「はい! 行ってきます」
青年はお盆をカウンターに置き、ルーカス親方から紙袋を受け取ると裏口から出るためか奥へ引っ込んだ。
ルーカス親方は、お盆を持ってこちらに戻って来る。
「あら、ルカ親方自ら接客してくれるの?」
「あたぼうよ! ティナ嬢ちゃんはお得意様だしな。それに、かみさんの御菓子食べて貰って、感想貰わないと怒られちまう」
笑って茶器と、焼き菓子の載った皿を私の前に置く。拳大の丸いキャラメル色のドーム型した、林檎半分使ったタルトだ。
「奥様は、お元気?」
「おー元気、元気。これ、ティナ嬢ちゃんが教えてくれた、えーと、たると……なんだっけ?」
「タルトタタンよ」
「あ、そうそう、それそれ!」
「今日のは、すんげー自信作だっってたな。本当にティナ嬢ちゃんの計量シリーズのおかげで、かみさんの料理の腕が上がってて、最近じゃあ、何作ってくれるかって、俺も楽しみになっているぜ。ありがとよ」
「それは、良かったわ」
嬉しそうなルーカス親方を見て、私も微笑みを浮かべて応える。
ルーカス親方と奥様は、幼馴染みで、結婚したのは二人が十九歳の時だと言う。トゥーア領では無いところで修行してて、頑張って独り立ちを出来るまで奥様には待っててもらったそうだ。現在、御歳45歳。一男一女のお父さんである。
執念で師匠からオーケーをもぎ取って、地元のトゥーア領に帰り、最短記録の独り立ちで、ゴールインと言う経歴である。
計量シリーズのちょっと値段が高め設定の物を作るにあたって、白羽の矢が当たったのが、このルーカス親方なのだ。
お洒落なカップやスプーンの、構図や細工を依頼したのが仲良くなる切っ掛けだった。当時、料理下手だった奥様のケイトに会ったのも良い思い出だ。料理下手な奥様達と、旦那さん達を巻き込んで計量シリーズを作成したっけ。あぁ、懐かしい……。
思いを馳せながら、フォークを手に取る。
「いただきます」
「おう、食え食え」
林檎にプスリとフォークを入れ、一口大の大きさにしてパクっと食べる。キャラメルのパリッとした触感と、しっとりした林檎の触感が口の中に広がる。素朴な甘さが美味しい。
「どうだ?」
前のめりになりながら、ルーカス親方が訊いてくる。
「うん、美味しいよ。甘さもくどくないし、甘さが苦手な人にも良いと思うよ」
サクサクしたタルト生地も一緒に咀嚼する。タルトタタンをパクパクと食べ、出されたお茶を飲んで一息つく。
「それでだ、壊れ難いのを作るんだったら、ミスリル金、ミスリル銀、アダマンタイン鋼、オリハルコン、白金、金、銀、鉄、銅どの鉱石を使う?」
私が食べ終わったので、ルーカス親方が依頼の件を切り出しながら、記録石を一粒一粒、手に取って確認している。
「んー、そうねぇ……」
私は告げられた鉱石名を吟味する。
前世の色々なゲームの世界や、小説の世界でもポピュラーな鉱物、前世の世界にも存在している鉱石の名前も出てくる。
それと、この世界の元となっているであろう【セラフィム・オンライン】のゲームには、ミスリルは二種類存在する仕様になっていた。金銀が存在してて、鉱石の強度は同じで単純に色が違うと言うだけである。ダイヤモンドの色が透明だけじゃなく、青いのやピンクなのがあるのと同じな感じである。
「うーん、最強硬度のオリハルコンは、ないわねぇ……流石に、記録石のグレードと釣り合いが取れないわ。そこまで良い記録石を買ってきた訳じゃないもの。うん、ミスリルがいいわ。金か銀どっちにしようかしら」
カラフルな記録石を見つつ、暫し黙考する。
ーーーーインスピレーションは大事よね! よし、決めた!
「銀にするわ」
カラフルな色彩だから、銀の方がくどい感じを受けないし、色が栄えるだろうしね。
「ミスリル銀か。鉱石の在庫があれば、今日から作成し始めておく」
「作成金は、幾らになるかしら?」
「使う鉱石の量にもよるが、大体四十万から六十万ってところか」
「それ以上にはならない?」
「あぁ。ならないつうか、しねえな」
ルーカス親方は意味深に、にやりと笑う。適正価格よりも安くしてやるぜ的な、感じである。
「そんなことして奥様に怒られない?」
「ないない。寧ろ良くやったって言われるぜ? ティナ嬢ちゃんに足向けて寝られないってのが、かみさんの口癖だしな」
ルーカス親方はウインクしながら、答えてくれる。
「うん、分かった。それでよろしくお願いします」
私はルーカス親方の提示した、値段でオーダーする。
「おう! 任せとけ! 納品日が決まったら連絡するが、それでいいか?」
「ええ。前金とか必要かしら?」
「いいや、いらねえよ。納品の時でいいぜ」
「じゃぁ、連絡待ってます」
立ち上がり帰る意志を見せると、ルーカス親方は笑顔で対応してくれる。
「気を付けて帰れよ」
「ありがとう。ルカ親方、奥様にタルトタタン美味しかったと伝えてね」
「おうよ」
バイバイと手を振って、エルフィン工房を私は後にした。