パーティの夜に 02
蔵書室を見せて貰ったり、グレンと夕食を共にしたり、クラネスがラングハート家に出入りするようになって、一週間が経っていた。
グレンには姉が二人いたが、既に結婚してラングハート家を出ているということだった。彼の母親は、姉二人が家を出たことをきっかけに、郊外にある別荘で悠々自適の毎日を送っているという。
グレンの父親である宰相は忙しく、殆ど家に帰らないため、気兼ねすることなく来てほしいとグレンに言われ、クラネスはその言葉に甘えた。宰相と顔を合わせなくてよいのなら、気は楽だった。
「おかえりなさい、ユアン」
ラングハート家の回廊で出くわして、クラネスは声を掛けた。それなのに、案の定ユアンときたら、にこりともしなかった。
「……今日、グレンは本部だろ」
何でお前がここにいる。とばかりのユアンの視線。思えばユアンの態度の悪さにも、随分慣れてきたものだ。
「貸していただいたの」
と、持っている何冊かの蔵書を見せると、ユアンはちらりとだけそれを見て、クラネスの脇を通り抜けようとする。が、クラネスがそれをさせなかった。
とっさにユアンの服の袖を掴んで、強引にこちらに振り向かせることに成功した。クラネスはにっこりと笑う。
「さっき連絡が入ったの。グレン様、予定を変更して今からお戻りになるんですって」
「……それが、どうした」
「夕食、まだでしょ。一緒に食べましょうよ」
ユアンはわざとらしくため息をついた。
「いつ、誰が、仲間に入れてほしいと言った。グレンと二人で勝手に食べろ」
「いいじゃない。大勢の方が楽しいわ」
クラネスが食い下がると、ユアンは何か考えるように、じっとクラネスを見下ろした。
「何?」
「……グレンと二人が、気まずいのか」
「ち、違うわ!」
クラネスは慌てて首を横に振る。
しかし、ユアンに無言の視線を向けられてしまい、それから逃げるように顔を逸らすと小さく呟いた。
「ただ、緊張するだけよ……」
「馬鹿馬鹿しい」
付き合っていられないとばかりに、ユアンはあっさりと切り捨て、踵を返す。が、再びクラネスがユアンの服を掴んだ。
「待って。お願い。ユアンなら、緊張しないし」
「……お前な」
ユアンが呆れ顔でクラネスの方を振り返った、その時だった。
「クラネス」
背後から呼ばれ、クラネスはユアンの服からぱっと手を離して振り返る。グレンの声だとすぐにわかり、クラネスは思わず顔を明るくした。
「グレン様、おかえりなさい」
「ただいま」
微笑んでグレンは、ユアンを見やる。
「丁度良かった。ユアン、お前にも話がある」
「……何」
「ラヴィニア様主催の、夜会に招かれた。三日後だ」
クラネスは思い出す。ラヴィニア・デュ・エノーは、先代国王の妹である。つまり、王族だ。
「クラネス、きみも一緒に」
「えっ」
急に自分の名前が出て、クラネスは固まった。
「ユアン、お前もだ」
「…………」
ユアンは思いきり嫌な顔をしていた。
「クラネス、きみは社交界に殆ど顔を出していないようだな。ラヴィニア様が、是非きみと会いたいとのことだ」
「私に? そんな……」
成人してから数回だけ、父に伴われて華やかな夜会に行ったことがある。華やかだというだけではない。振舞は洗練されていなればならず、国政状況について高度な会話が繰り広げられる場だ。すべてに気を張り詰めておかなければならず、クラネスにとっては緊張するばかりで全く楽しい場所ではなかった。当然足は遠のき、最近はまったく顔を出さなくなった。
「二人で呼び出されるのは、お前に婚約者を披露しろってことだろ? 俺は関係ない」
ユアンの言葉に、クラネスの心は一層沈んだ。
それはつまり、自分がグレンの婚約者として皆の視線を集めるということだ。いったいどういう状況になるのか、すぐに想像できる。貴公子の婚約者が一体どれほどのものなのか、上から下まで好奇の視線に晒される。そしてきっと、結論されるのだ。大した女じゃないじゃないか、と。
「ラヴィニア様がお前をご指名だ」
「……拒否権は?」
「あると思うか」
「…………」
王族に呼び出され、拒否などできるはずもない。クラネスもそれくらいは理解していた。
ひどく憂鬱な気持ちになって、クラネスはもう食欲など全く無くなっていた。
「ごめんなさい。私、これで失礼します」
「……夕食は?」
グレンが少し驚いた顔をする。
「すぐに準備したいんです。ドレスとか、いろいろ」
せめて準備は万端にしなくてはいけなかった。そうでなければ、心が持たない。それに、グレンに恥ずかしい思いはさせたくない。
ドレスを着るのは随分久しぶりだ。デザインは当然、肌の露出が多い。僅かでも美しくなれる可能性にかけて、二日間くらいは食事を我慢する必要がありそうだった。




