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パーティの夜に 01

「あの貴公子(プリンス)様と婚約だなんて、本当に(うらや)ましいわ」


 クラネスの横で蔵書を書架に戻しながら、同僚のエイプリル・ギデンズがため息をついた。


「さっすが、大法官の娘ってところね」


 エイプリルはクラネスの一歳年上の女性で、一緒に働き出して、もう二年になる。王宮の蔵書館には、クラネスとエイプリル、そして初老の男性館長がひとり勤めていた。


「あなたはとっても幸せそうに見えるけど、エイプリル。独り者の私に、ローランドの自慢を散々してくれたのは、誰?」


 クラネスが呆れたようにそう言うと、エイプリルはにんまりと微笑んだ。


「ローランドから昨日、手紙が届いたの。レガリスでの演奏会は大成功ですって。大公も聞きにいらっしゃったそうよ」

「大公が? すごいわ」


 エイプリルの恋人、ローランド・ベルは、新進気鋭の音楽家である。アスファリア出身だが、最近は隣国レガリス公国やハルウォル王国でも知名度を上げている。ハルウォルはともかく、レガリスとアスファリアの関係は、それほど友好的ではない。にもかかわらず、いわばレガリスの主ともいえる大公までが足を運ぶとは、たいしたものだ。


「素晴らしい音楽に、国境はないってことね」


 まるで自分のことのように、エイプリルは鼻高々だ。


「ついていけば良かったのに。私なら、絶対に行くわ。レガリスに行くなんて、めったにない機会だもの」

「さすがに、危ないでしょ。迷惑はかけられないわ。クラネスも、行きたいからって、めったやたらにグレン様について行きたいなんて言っちゃ、駄目よ」


 つん、とエイプリルは人差し指でクラネスの鼻をつついた。

 クラネスは何を馬鹿なと、眉を寄せる。


「言わないわよ。グレン様が国を出るとしたら、国防の為だもの。それくらいの分別は、あるわ」

「そう? クラネスったら、一見大人しいように見えるけど、思い立ったら行動しなくちゃ気が済まない性格なんだもの。そういうときのクラネスって、これくらいしか周りが見えてないのよね」


 エイプリルは笑いながら、両の(てのひら)を、顔の前でぐっと近づける。


「エイプリルったら、ひど――」


 言いかけて、思わずクラネスは言葉を飲み込んだ。嫌なことを思い出す。


「……どうしたの?」

「昨日、ユアンに言われたの」

「ユアンって、ユアン・ラングハート? そっか、グレン様と一緒に暮らしていたのよね。それで、何て言われたの?」


 クラネスは不機嫌にため息をついた。


「……思い込みが激しいって」


 途端にエイプリルは吹き出した。


「やだ、あたってるじゃない」

「失礼ね!」


 片頬を膨らませて、クラネスは書庫に視線を戻した。手にしていた蔵書を、分類ごとに並べ直す。


「ごめんごめん、怒らないで。私はクラネスのそういうところ、好きよ。いつも一生懸命で、ほんと可愛い」


 エイプリルは笑いながら、クラネスの持っていた蔵書を何冊か受け取り、一緒に書架に戻していく。


「でも大変ね。クラネス」

「……何が?」

「だって、あの宰相と家族になるんでしょう?」

「…………」


 クラネスは、その人の姿を思い出す。


「視線だけで、人を殺せるって噂よ」


 面白おかしく言うエイプリルに、クラネスは笑えなかった。


「何? クラネス」

「……昨日、宰相にお会いしたの。一瞬だけだけど。本当に怖かったんだから。心臓まで凍りつくかと思ったわ」


 クラネスの情けない声に、エイプリルはけらけらと明るく笑った。

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