出会い 04
ロヴェル家とラングハート家で、婚約の話はうまく纏まった。
婚約期間は約半年間。春には正式に夫婦となる予定だ。もしもその間、何か問題が発生すれば、一方の意思表示をもって婚約解消できる。そういう話となった。
つまり試用期間を与えて貰ったようなものだ。いきなり結婚と言われるよりは、クラネスは安堵することができた。
同時に、自分が断るよりも先に、あちらから断られる可能性の方が高いだろうと、クラネスは覚悟を決めた。それを忘れずにいれば、もしそうなったときにも、ショックは少なくてすむ。
正午を過ぎた後に、ミハエルと共に、クラネスは王宮にある一室へと向かった。
宰相の執務室に辿りついたとき、クラネスは緊張で心臓が痛いくらいだった。
促されるままに部屋に入り、眼光するどい宰相に視線を向けられて、いよいよクラネスは頭が真っ白になった。その後はもう、隣の父が何を話したのかも覚えていない。
そして気づいたら、部屋の外だった。
「クラネス、どうした?」
「…………」
「クラネス?」
「……緊張して、気分が」
ようやくそう口にすると、ミハエルはやれやれと笑った。
「いずれ、お前の家族になる人だぞ」
そう言われ、クラネスはさきほど自分に向けられた眼差しを思い出す。すべてを凍てつかせるような眼差し。感情など、存在しないかのような。
クラネスはゆるゆると首を振り、父には聞こえない声を漏らしていた。
「……やっぱり、無理」
「ほら、行くぞ。グレンは、ラングハート家に戻っているようだ」
重い足取りのまま、クラネスはラングハート家の門をくぐることになった。
グレンのことは、遠目でしか見たことがない。宰相ほど、冷たく恐ろしい人間には見えなかったが、近寄りがたい存在であったのは間違いない。どうしよう。やっぱり帰りたい。そんな思いがぐるぐるとクラネスの頭の中を回っていた。
「グレン様は、すぐにいらっしゃいます。少々お待ちください」
広い応接室に通されて、クラネスは身を固くしていた。
すぐに、大扉が開かれた。クラネスは思わずうつむく。
「ご足労いただき、感謝します。大法官」
「今しがた、宰相には会ってきた。グレン、改めて私の娘を紹介する」
ミハエルの手が、クラネスの背中に触れる。
そっと押しだされると、クラネスは心を決めて顔を上げた。
「クラネスです。はじめまして」
「グレンだ」
クラネスより頭一つぶん背の高いグレンを見上げて、クラネスは思わず息を呑んでいた。
黒い艶やかな前髪は上げられていて、整った鼻筋をした彫刻のような顔立ちがはっきりと見える。涼しげな切れ長の目は黒曜石のようだ。
クラネスは初めて間近でグレンを見て、心から思い知る。まさに黒い貴公子だ。容貌だけではない。落ち着いていながらも、凛とした佇まいには、見るものの視線をとらえて離さないだけの魅力がある。
「急な話で、驚かせてすまなかった」
「……い、いえ」
グレンに見とれていたクラネスは、はっとしたように慌てて首を横に振った。
再びうつむいたクラネスの横で、ミハエルは言う。
「では私はこれで失礼するよ。グレン、夕刻には家まで送り届けてくれ」
「わかりました」
慌てたのはクラネスだ。
「待って、お父――」
呼び止めようとするクラネスに、にこりと笑って、無情にも父は去ってしまった。
扉の閉まる音を聞きながら、クラネスは真っ青になっていた。




