出会い 02
ニコラスと二人、歩いて王宮へ向かう。ニコラスはクラネスを送ってから、大聖堂へ戻るという。
王宮の蔵書館で、司書として働くのがクラネスの仕事だ。子供の頃から本が好きで、どうしてもと願って、父の口利きで働けるようになった。
「……結婚したら、仕事もやめなくてはいけないのかしら」
ひとりごとのように呟くと、隣で歩くニコラスがこちらを向いた。
「結婚をしても、仕事を続けるご婦人は多いよ。子供を授かれば、また別かもしれないけれど」
「子供……」
ちょうどイドリス広場に差し掛かった。
あたりを見渡せば、小さな子供たちが声を上げて遊んでいる。可愛い。いつかは欲しい。クラネスだって漠然とそう思っていた。それにしてもだ。
「……実感が湧かないにも程があるわ」
クラネスは思わず、ため息を漏らす。
「グレン師団長は、確か今年で二十五歳だ。そろそろ跡継ぎをと、思っていてもおかしくはないよ」
「……私より、六歳年上なのね。そのくらいの年齢になれば、私もあんな風に落ち着いた人間になれるものかしら」
「無理だろうね、姉さんじゃ」
間髪置かずに答えたニコラスを睨むと、ニコラスは可笑しそうに笑った。
「姉さんは、姉さんらしくいればいいと思うよ」
「他人事だと思って……」
「それより」
ニコラスはふと真顔になる。
「姉さんは、ユアンと面識が?」
突然話が変わって、クラネスは驚く。
しかし、ニコラスの口から出た名前に、クラネスは顔をしかめていた。
「面識なんて、あるわけないじゃない。年も違うし。ニコラスと同じ年でしょ」
「そうだけど。さっき父上と話をしているとき、姉さんが彼の名を出していたから。それにほら、さっきもだけれど、今もまたそんな顔をして」
「だって、あの人は」
思わず両の拳を体の前で強く握りしめ、仁王立ちになる。
「ニコラスだって知っているでしょう? 信じられない男よ。次々と付き合う女性を変えて。最低だわ」
クラネスの力の入った声に、ニコラスは目を瞬かせる。
「……彼と面識は、ないって言ったよね」
「当り前よ。あんな人、近づかないわよ」
「じゃあ、姉さんの友達の誰かが、彼と何かあった?」
「……そういうわけじゃ、ないけど」
多少きまりが悪くてクラネスが口をとがらせると、ニコラスは小さく息をついた。
「だったら、最低って言うのは、言い過ぎだよ」
「だって……」
「彼とは、僕は一度しか話をしたことがないけれど……」
その言葉に、驚いてクラネスはニコラスを見る。
「話したこと、あるの?」
ニコラスは何かを思い出すように遠い目をした。
「あるよ。一度、ほんの少しだけ。できることなら、もっと良く話し合いたかった。でもそれ以来、彼とは会っていないんだ。騎士団の仕事で、彼は今、アスファリアにはいないみたいだ」
もっと良く話し合いたかったと言ったニコラスは、何故かひどく悲しそうであった。
クラネスは内心で想像する。まさか、女性の件で、ユアンと何かトラブルでもあったのだろうか。ニコラスに限って、それはないと思うが。
クラネスが心中の疑問を口にする前に、ニコラスは真剣な眼差しをこちらに向ける。
「とにかく、姉さん。人をそんな風に決めつけてしまうのは良くない。僕たちは、どんな時でも人の善意を疑ってはいけない。確かに彼の振る舞いは誉められるところではないけれど、いつかは心を入れ替えるかもしれない」
ニコラスに射抜かれるように見つめられて、クラネスは一瞬ぎくりとする。まずい。クラネスの頭の中で、そんな言葉がちらついた。
「……ニコラス、私、もうここで大丈夫よ。一人で戻れるわ。ここで別れた方が、大聖堂まで近いでしょう? ね、それじゃ」
と言って、即座に立ち去ろうとしたのだが、後ろからがっちりと二の腕を掴まれた。
「いいから姉さん、ちゃんと聞いて。そうやってすぐに逃げようとするのも、良くない癖だ。だいたい姉さんは――」
クラネスは情けなく顔をしかめた。どうやらニコラスに解放してもらえるのは、まだまだ先のことになりそうだった。




