狙われたコデックス 06
しかしレニング・コデックスは、王宮の蔵書館には存在しなかった。
王宮の蔵書館で、グレン、ユアン、ルイスを含む騎士団員たちを前にして、王宮が所有する膨大な蔵書リストを前にしたクラネスの表情は、いつもの彼女とは全く違っていた。
クラネスは蔵書リストをくまなく探し、レニング・コデックスの行く末を探す。
「ありました! レニング・コデックスは、四十年前まではたしかにこの蔵書館に収められていたようです。けれど、国王陛下から臣下に下賜されて、今は――」
クラネスはそこにある文字にこくりと息を呑んだ。
「……ラングハート家、です」
こちらを見たクラネスに、グレンは僅かに目を見開いて、蔵書リストを確かめる。
確かにそこには書かれてあった。
『国王ラドルファス八世よりケネス・ラングハートへ』
グレンとユアンの祖父だ。現在も健在だが、今はアスファリアにはいない。
クラネスが気に入ったラングハート家の蔵書室も、ケネスが作ったものだった。祖父はクラネスと同じように、本を愛する人だった。レニング・コデックスも、あの部屋の中に存在しているはずだ。
「レニング・コデックスは、作曲家のゴッドフリート・レニングが、死の間際に彼自身で編纂させたもので、制作年は、今から約二〇〇年前の、大陸暦八〇〇年頃だといわれています。譜面とそれにあわせて造られた詩歌、それに挿絵から構成されていて、彼が生前作曲した五〇〇曲以上の中から、特に彼が気に入っていた二〇曲が収められています」
蔵書リストから概要を読み取ってクラネスが説明した。
「罪を犯してまで盗むほどの価値があるのか」
ユアンの問いに、クラネスは躊躇いながらも、頷く。
「蔵書として、または美術品としての価値は高いわ。レニング・コデックスは、ゴットフリート・レニングが自身の子孫へ伝えるために遺したもので、一点ものなの」
その説明に、グレンの隣に立っていた第四師団長のアルバートが、グレンに視線を向けた。
「ゴットフリート・レニングの子孫は、まだアスファリアで生活しているはずです」
グレンはそれに頷く。
「レニング家は、ゴットフリートが作曲家として蓄えた富を、たった数代で食いつぶした。生活資金を得るために、コデックスも市場に放出したんだ。それが回り回ってアスファリア王家のものとなり、そして我が祖父の手に渡ったというわけか」
「レニング家の子孫が、一度失ったコデックスを取り戻そうとしているとしても、不思議ではありませんね」
「ファントムが関わった、その他の盗品リストは」
「こちらです」
グレンは渡されたリストに目を通す。どれもこれも、言いかたは悪いが大した品ではなかった。人を攫ったり、人を傷つけたりということもない。
「……はっきりとした関係性は見えないか。とにかく、すぐにレニング家を調べろ」
「わかりました。第四師団は一緒に来い」
アルバートはユアンを含む第四師団員を伴い、すぐに部屋から出ていった。
グレンはクラネスに向き直った。
「時間まで、あと四時間だ。それまでに、コデックスを狙う理由が他にないか、きみにはそれを調べてほしい。すぐに来てくれるか」
「はい、もちろんです」
二人は共に、ラングハート家へと向かう。
屋敷に向かう馬車の中で、グレンはクラネスを見やった。クラネスは蔵書館から持ちだした、ゴットフリートに関する書物を真剣に眺めている。
犯人の狙いがコデックスで、それがラングハート家にあることを知っていての犯行だとしたら。そのために、か弱いクラネスが狙われたのだとしたら。しかも、一度ならず二度までも。
胸の中に湧き起こる怒りを抑えようと、グレンは膝の上の拳を握りしめていた。




