狙われたコデックス 05
「グレン様」
自室にいるようにと、父から厳しく言いつけられていたクラネスを、グレンが訪ねてきた。
事件のその後の様子を全く聞かされていなかったクラネスは、現れたグレンに慌てて駆け寄る。
「サラは?」
「……まだ、見つかっていない」
扉を閉めてこちらを向いて、グレンは言った。
クラネスは一歩、後方によろける。グレンはクラネスの二の腕を取り、体を支えてくれた。
クラネスは顔を上げ、グレンを見る。
「私――」
グレンの黒い瞳に、自分が映っていた。その姿を正視できなくて、クラネスはうつむき、唇を噛む。
「……私がユアンについていったせいで、ユアンは私を守らなくちゃいけなくなりました。私がいなかったら、ユアンはサラを助けられたかもしれません。私が余計なことをしたから――」
「クラネス」
二の腕を掴むグレンの力が強くなった。クラネスはよろよろと顔を上げる。
「間違えるな。悪いのは、きみじゃない。犯人だ」
グレンの声は力強く、クラネスの耳に届いた。
「サラは必ず助け出す」
クラネスは涙が出そうになった。だがそうすることを自分に許すことはできなかった。一番辛いのは、サラだ。自分が泣いていいはずがない。
クラネスはこみ上げるものをこらえようと、再びうつむく。グレンはクラネスからその手を離していた。
「ユアンは、きみを連れていったのは自分だと言ったが」
グレンの言葉に、クラネスは驚いて顔を上げる。慌てて首を横に振った。
「違います。無理についていったのは、私です」
「……そうか」
「ユアンは、私を庇ってくれたんですね」
「きみを庇ったというよりは、ユアンは言い訳をすることを良しとしない、そういう男だ」
クラネスは言葉に詰まった。ユアンの誇り高い心に、触れた気がした。それに比べて、自分はどうだ。
クラネスは両の指を胸の前で組み合わせて、グレンに請うた。
「グレン様、お願いです。私にも何かやらせてください。このままここでじっとしているなんて、できない」
「……クラネス」
グレンのまなざしが、クラネスを心配するものに変わる。クラネスは必死になった。
「私はユアンと違って、いつも言い訳して、逃げてばかり。でも駄目、今は絶対に。私にも責任があります。それから逃げたりできません」
グレンはただ静かに、クラネスを見ていた。やがて、こちらを心配していた眼差しは、小さな息とともに、ゆっくりと閉じられる。
再びその黒い瞳と目があったとき、クラネスはこくんと息を呑んだ。
「……私がきみに会いにきたのは、きみの力を借りたかったからだ」
クラネスは大きく目を見開いた。
「サラを助け出すために、きみの力を借りたい」
もう一度言われた言葉に、クラネスの胸は熱くなった。
自分にも、できることはある。クラネスは心に固く誓っていた。与えられた機会を、無駄にはしない。絶対に役に立ち、必ずサラを助け出す。




