パーティの夜に 07
翌朝、クラネスはすぐにラングハート家に向かった。ルチカを見つけ、クラネスは顔を明るくして駆け寄った。
「ルチカ。怪我の具合はどう?」
「クラネス」
ルチカはふわりと微笑んだ。
「一晩休んだら、もう痛みもなくなった。これからトゥーレに戻るところなんだ」
「もう帰ってしまうの?」
思わず、がっかりとした顔をしてしまう。ルチカはくすりと笑った。
「次に来るときには、ゆっくりできるといいのだけれど」
「残念だわ。もっといろんな話を聞きたかった」
クラネスは、アスファリアの外に出たことがない。トゥーレの村で暮らすというルチカの話は新鮮で、クラネスの心を弾ませた。特に希少生物のドライグについては、文献だけでは知ることのできなかった情報ばかりで、昨晩はついつい別れる直前まで、彼女を質問攻めにしてしまった。
彼女はそれに嫌な顔ひとつせず、答えてくれた。だけでなく、時にはクラネスに、王宮の蔵書について質問してくれた。喜んでクラネスが答えると、彼女も楽しそうに微笑む。
そういう時間を過ごしてクラネスは、出会ったばかりだというのに、もう旧知の友のような好意を、ルチカに抱いていた。
「いつかクラネスも、トゥーレにくるといいよ。ドライグを見に」
ルチカの言葉に、クラネスはぱっと顔を輝かせた。
「本当? 行きたいわ、是非」
しかし次の瞬間、クラネスは現実に戻って落胆する。
「でも駄目だわ。トゥーレは遠いもの」
肩を落とすクラネスに、ルチカは笑った。
「グレンに頼めば、きっと連れてきてくれる」
「グレン様に? でも、お忙しいし……」
「丁度良いと思うけど。グレンも少しは休んだ方がいい」
その言葉に、クラネスは少し沈黙して、それからおずおずと口にする。
「……その、ルチカは親しいの? グレン様と」
するとルチカは面食らったように、沈黙した。
ややして、困ったように苦笑する。
「私が小さな頃から、グレンはラグーンに何度も来ているから。本当は、こんな風に気安い口を利いてはいけない相手なのかもしれないけれど。昔から知っている相手には、つい。ごめん、気を悪くしたかな。あなたの婚約者に対して」
「そんなこと、全然ないわ。第一あなたは騎士団員ではないもの。立場に上下はないでしょう?」
慌てて弁解して、クラネスは照れ隠しをするように曖昧な笑顔をつくる。
「気を悪くしたとか、そういうのじゃないの。ただ少し、羨ましくて」
「羨ましい?」
きょとんとしたルチカに、クラネスは頷く。
「だってあなたは、グレン様と対等だもの。国を守り、ラグーンを守る。格好良くて、素敵だわ。私より年下だっていうのが、まだ信じられない。私は駄目ね、自信がなくて。私みたいな普通の人間が、グレン様の隣に並んでいいのかっていつも思ってしまう」
「クラネス……」
心配そうなルチカの声。クラネスは、はっとして口元に手を当てる。思わず愚痴を零してしまった。恥ずかしさと情けなさに、途端に自己嫌悪に陥る。
「何を言ってるのかしら、私。ごめんなさい、ルチカ。気にしないで」
慌てて取り繕ったクラネスに、ルチカはゆっくりと微笑んでくれた。
「クラネス、あなたはとても素直だと思う。それに、真面目なんだね。グレンに自分が相応しくないって、悩んでしまうくらいに」
「そんなこと……」
「素直で真面目。それは素晴らしい美徳だと思うよ」
ルチカの言葉に、クラネスは胸がじんと熱くなった。
「優しいのね、ルチカ。でも、そんなことないのよ、本当に。良く、思い込みが激しいって言われるし。そういえばついこの間、ユアンにも言われたばかり」
最後はおどけるように笑ったら、ルチカも笑う。
「ユアンは口が悪いから」
「そうなの。黙っていれば素敵なのに、勿体ないわ」
ため息をつき、クラネスは思いなおす。
「でも駄目ね、あれ以上女泣かせになっても困るわ。被害者が増えるだけだし」
独り言のつもりで、クラネスはぶつぶつと呟いた。しかしクラネスの言葉は、ルチカの耳にはしっかり届いてしまっていた。
「女泣かせ?」
僅かに首を傾げるルチカに、クラネスは慌てて言葉を選んだ。
「その、ユアンは女性にもてるの」
それを聞くと、ルチカは何かを思い出すようして、ああ、とため息をついた。
「確かに、慣れているんだろうね」
ルチカの得心のいったような表情に、クラネスは血相を変えた。
「何かされたの? ルチカ、大丈夫?」
そうするとルチカはきょとんと驚いて、それから苦笑する。
「されてないよ、大丈夫。ただそうかなと、思っただけ」
ルチカの言葉に三度はっとして、クラネスはしょんぼりと肩を落とす。
「ごめんなさい。こういうところが、思い込みが激しいって言われる所以なの……」
「クラネスはきっと、正義感が強いんだと思うよ」
そう慰めてくれながら、ルチカはくすくすと笑った。




