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パーティの夜に 04

 グレンとユアンは、あっという間に人に囲まれてしまった。


 意外だったのは、グレンと同じようにユアンも、嫌な顔ひとつせず会話に応じていたことだ。決して愛想のいい笑顔をしていたわけではないが、不機嫌な顔、冷たい目をしなければそれだけで、十分に彼は魅力的だ。社交術もきっちり備わっているのは、さすがラングハート家の人間、というところだ。


 クラネスは隙を見て、二人から離れていた。飲み物を頂いてきます、とグレンに小さく声をかけて、そのまま室内を出て、テラスまで抜け出していた。

 これ以上人々の注目を浴びるのは、耐えられなかった。グレンやユアンは気づいていないかもしれないが、こちらに向いた視線の中には、好意的でないものもはっきりと含まれていた。


「……疲れた」


 ひとりになって、思わず呟いた。夜風が気持ち良い。秋の空は澄んでいて、星も綺麗だった。

 ガラス扉の向こう側は、明るく煌びやかだ。テラスの出入り口から、少し離れた場所まで歩くと、そこにあったベンチに、そっと腰掛けた。多分ここは、人目を忍んで恋人たちが愛を語らうために用意された場所だ。


「こんばんは」


 急に声を掛けられて、びくりとしてそちらを振り向いた。こちらに近づいてくる男性。その姿を確かめて、クラネスは再び心臓を上下させた。


「……失礼、驚かせてしまいましたか」


 男性の顔には、目元を隠す白い仮面がつけられていた。


 クラネスは思わず立ちあがり、後ろに後ずさる。


「どうか怯えないでください。僕は、お話があるだけなのです」

「近寄らないで。それ以上近づけば、大声を上げるわ」

「それは困ります。どうかお静かに」


 と、言いながら男は歩みを止めない。

 クラネスが恐怖で身を(すく)ませた。その時だった。


「止まれ。彼女に近づくな」


 声が聞こえ、男とクラネスは、反射的にそちらを見る。

 その姿を確かめた瞬間、男は安堵の笑みを口元に浮かべた。理由は多分、声の主が女性であったからだ。


 クラネスと、ちょうど年の頃が同じくらいの女性であった。深緑色のシンプルなドレスを身につけ、黒い髪を後ろでひとつにまとめられている。さっぱりとした印象ではあるが、凛とした美しい人だ。


「邪魔しないで欲しい。私は彼女と話をしているだけです」

「そんな姿でそう言われても、とても信用できない」


 と、つかつかと彼女はこちらに近づく。慌てて後ずさる男に向けて、彼女は自分の右腕を引いたかと思うと、そのまま男の体へとまっすぐに沈めていた。


「……っ!」


 クラネスが思わず声を失ったのと同時に、男はむせ返るように、げほげほと息を吐きながらその場に崩れ落ちた。

 彼女は無言で目の前で(ひざまず)いた男の頭を掴み、上を向かせると、顔を隠す仮面へ手を伸ばした。


 その時、ひゅ、と風を切る音がした。と思ったら、彼女が顔を歪めて小さく(うめ)いていた。

 それを見逃さず、仮面の男は彼女の手を振り払って、逃げ出していた。


「……待て!」


 彼女は声を上げて追いかけようとしたが、できなかった。そのままその場で片膝をつく。

 クラネスが慌てて彼女に駆け寄ると、ドレスを貫通して、その大腿に矢が深々と刺さっていた。

 悲鳴を上げそうになるのを口を押さえて慌てて抑え、クラネスは必死で彼女を覗きこんだ。


「大丈夫? 今、人を呼んでくるから」

「待って。大丈夫だから」


 と、彼女はその手で、矢をひと思いに引き抜いた。深緑のドレスが濃く変色する。血が、とクラネスが声を上げようとした時、彼女は引き抜いた矢じりを使って、ドレスを大きく切り裂いた。


「これで大丈夫」


 切り裂いたドレスを使って大腿部を縛ると、彼女はクラネスを見て言った。


「ごめんなさい。私のせいで怪我を」


 クラネスが泣きそうな声で言うと、彼女の鳶色の瞳がやさしく揺れる。


「あなたのせいじゃない。気にしないで。それよりあなたは、大丈夫?」


 クラネスは何度も首を縦に振る。


「助けてくれて、ありがとう」


 彼女は頷いて、男が消えた方を振り返ると、表情を厳しくする。


「でも、逃がしてしまった。すぐに報告しなくては」


 彼女は立ちあがった。歩きにくいのだろうか、パンプスを脱いで、手に持つ。

 彼女を支えようとクラネスも立ちあがったとき、ガラス扉の向こうから、グレンとユアンの二人が姿を現していた。


「クラネス?」


 グレンが怪訝な声を上げた。こちらは僅かに暗がりになっているから、直ぐには気づかないのだろう。


「グレン様」


 声を上げると、グレンとユアンが揃ってこちらの姿を確かめる。


 二人はこちらに駆け寄ろうとして、しかしすぐに足を止めていた。二人とも驚いた顔をしている。当然、怪我をした彼女を見たからだろう。クラネスがそう思って、事情を説明しようと思ったときだった。


 隣で立つ彼女が、二人を見てゆっくりと微笑んでいた。


「久しぶり。グレン。それからユアンも」

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