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遠足は始まらない

 俺は背もたれに沈み、ぐったりとした。隣の座席の忠弥が顔をしかめる。


「大丈夫か? お前、乗り物弱かったっけ?」

「はは、変だなぁ。何かバスの空気が淀んでるぅ……」

 

 うう、気持ち悪い。

 早く外の新鮮な空気を吸いたい。

 今まで俺はバスで酔ったことはなかった。体調も悪くなかったし、昨日も快眠だった。

 おかしいな。何か変なもの食べたかな?

 

「間違ってもここで吐くんじゃねぇぞ」


 冷たい奴だ。

 だけど顔は心配そうにしてくれている忠弥はまだいい。

 響子ちゃんなんか、バスに備え付きのカラオケでプロ並みの美声を披露して称賛を浴びると、満足して爆睡を始めた。通路を挟んだ反対側の席で健やかな寝息を立てている。また作曲に明け暮れて寝ていないのだろう。何しに来たの?


 もちろん俺たちは遠足に来た。

 五月上旬のうららかな今日、一年生はバスで森林公園に向かっていた。

 遠足というからには歩けよ、と思われるかもしれないが、森林公園に着いてから二時間ほどかかるハイキングコースを散策する。十分に遠足と言える。


 しかも歩くだけで終わらないのが日海学園の遠足である。ハイキングコースの途中には様々なゲームやクイズが行われ、早くゴールできた生徒には賞品が授与されるとのこと。毎年異様な盛り上がりを見せることでおなじみだと、クラスメイトの情報通が教えてくれた。


 ちなみに二年生は日帰り温泉、三年生は遊園地に行っている。さすが天下の日海学園。太っ腹である。これで公立校と学費が変わらないというから驚くしかない。


「パンダくん、物凄く顔色が悪いねー」


 前の座席から小熊さんが心配そうに顔を覗かせた。こんな格好悪い姿を見せたくなかったが、取り繕う気力もない。


「頑張って。もうすぐ着くみたいだから」

「うん。ありがとう……」


 せっかくバスの座席が近いのだから、他のクラスメイト同様お菓子を交換して親睦を深めたかったが、今は吐き気と戦うことを最優先させねばならない。彼女の座席を俺の胃の中身で汚すわけにはいかなかった。そんな醜態を晒すくらいなら、死んだ方がマシだ。


「ほう、パンダ。お前、乗り物酔いか」


 いつの間にか通路に黒い影が立っていた。先ほどまでご機嫌にポッキーをくわえていたので油断していた。

 面白いものを発見したとばかりに、よろりが俺を見下ろす。黒ぶち眼鏡越しに意地の悪い眼光に射抜かれ、ますます俺はグロッキーになる。

 ああ、今日も黒い。

 黒はよろりのシンボルカラーだった。今日もラフな格好ながら、全身真っ黒だ。もちろん一番暗黒色なのはその腹なのだろうが。


「ふはっ、吐いてしまえば楽になるぞ」

「……大丈夫です。バスから降りれば治ると思うので」


 だから放っておいてください。後生です。

 よろりは歯並びの良さを見せつける。


「油でギットギトのコンソメポテチ食べるか? ん?」

「くっ、パンチのあるにおいが……」


 お菓子の袋を押し付けてくるよろり。

 どうしても吐かせて俺の人生を終わらせたいのか。鬼畜としか思えない。


「おい、大丈夫って言ってるんだから放っとけよ。それでも担任か」

 

 忠弥が俺を庇って立ち上がった。ああ、なんやかんやでお前は心の友だよ。


「あん? やるのか、チビネズミ」

「チビって言うな、この陰険教師!」

「教育的指導!」

「痛って!」


 よろりの渾身のデコピンが忠弥の額を弾く。ついに手を出してきたぞ、この教師。


「よろり先生ー、もうやめてください。誰も傷つけないで。パンダくんは本当に気分が悪いんです。そっとしておいてあげて」


 見かねた小熊さんが拳を握りしめて味方をしてくれた。俺は感動のあまり一瞬酔いを忘れた。

 忠弥の反抗はともかく、小熊さんが俺の味方をしたことがよろりは気に食わなかったらしい。子どもっぽく頬を膨らませた。全くかわいくない。


「そうかそうか。よぉく分かったぞ」


 機嫌を著しく損ねたよろりは高々と宣言した。


「具合が悪いなら仕方がない。パンダにはハイキングさせないぞ。伝家の宝刀、ティーチャーストップを発動する」


 またくだらないこと言い出したぞ、こいつ。


 


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