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祭ばやしは遠く

「という夢を見たのだった……」

「やめて、響子ちゃん! 夢オチじゃないからね!」


 八月中旬のある夜。

 俺は幼なじみの二人と近所の神社に来ていた。今日は夏祭りで、通りに屋台がたくさん出ている。この日を三人で過ごすのは毎年恒例のことだ。


「知らなかったぜ。まさか、茶竹と小熊さんが二人で会ってたなんてな。そういうの抜け駆けって言うんじゃねぇの。クラスの野郎どもにバレたらやべぇぞ」


 焼きそばを頬張りながら、忠弥がじとっとした視線を向けてきた。


「そ、そんな怒られるようなことは何もないよ。勉強して、ちょっとお茶してるだけ」

「何回会ったんだよ」

「……七回」

「はぁ!?」


 そうなのだ。

 夏休みに入ってから、小熊さんとは三日に一度のペースで会っている。バイトの合間の一時間だけ、みたいに無理矢理時間を作って会った日もある。

 一度でも間が空いたらもう会えなくなるのではないか、という恐怖が俺にはあって、帰り際に必ず次の約束を取り付けるようになった。小熊さんがいつも予定を聞いてくれるから助かる。


「それ……だいぶ宿題終わったんじゃね?」

「うん。実はもう習字以外終わってて、今は二学期の予習とかしてるんだ」

「さったん、今度写させて。お願い、この借りは孫子の代まで忘れないから……」

「あ、オレもオレも。じゃなくて! ……お前、それ、告ったらいけるんじゃね?」

 

 持っていた爪楊枝からタコ焼きが落ちた。俺の動揺は凄まじいものだった。


「だって、もう当初の目的っつーか、建前は終わってるんだろ? それなのにまだ会ってるってことは、絶対脈あると思う」

「そ、そう思う?」

「思う。なぁ、響子」


 響子ちゃんはカリカリとリンゴ飴をかじりながら、頷く。


「さったん、熊ちゃんと付き合ったら、来年は四人で夏祭りだね……」

「そこはもう二人にしてやれよ。あーあ、今年で最後か」

「ちょっぴり寂しい……夢に見るくらい楽しみにしてるのに……さったん、最後にぱぁっと甘栗おごって」

「そうだな。じゃあオレ、クレープ」


「ちょ、話が飛躍しすぎ!」

 

 確かに期待している面もある。

 小熊さんには好きな人がいるらしい。

 それ、もしかして俺なんじゃないかって。

 だったらいいなっていう願望も混じっているが。

 自惚れかな。恥ずかしい。


「とりあえず、夏休みのうちに告ってこい」

「うん。もしフラれちゃっても、骨と財布は拾ってあげる……」


 幼なじみ二人に背中を押されて、ふと気づく。


「告白すること決定なんだ」

「あったり前だろ。まさか小熊さんが告白してくれるまで待つのか?」


 親友からの軽蔑混じりの視線が痛い。


「いや、そうじゃなくて、もう少し仲良くなってから――」

「こういうの、はっきりしない男は嫌われる……私でも分かる……」


 響子ちゃんからまさかのお言葉。

 俺はがっくりと項垂れる。


「分かったよ。ちょっと考えてみる。でも財布拾ったら返してね」


 俺としては盤石の足場を築きたかった。

 今が良い感じなだけに、早まって台無しにはしたくない。

 が、二人の言うことももっともだ。

 俺は決意した。



 ちょっと願掛けしてくる、と俺は二人と別れて暗い境内に足を踏み入れる。

 ほんの数メートル先は賑わっているのに、人影が全くなかった。

 俺はあまり気にせず、賽銭箱に五百円玉を入れた。大奮発だ。

 

 神様、どうか小熊さんへの告白が上手くいって、恋人になれますように。


 願いを三回唱えて、間違いがないように住所と名前を念じ、願いが叶った暁には一日一善を徹底して行うという公約まで掲げた。

 神様、鬱陶しいことをしてすみません。

 最後に礼をして、俺は踵を返した。

 そして息を飲む。

 

 鳥居の下に不審者が立っていた。

 全身黒づくめで、頭に般若の面を被った男だ。

 

「よ、よろり先生……?」

「今宵は良い夜だな、パンダよ」


 よろりはお面をずらし、眼鏡をかけ直した。


「何してるんですか?」

「祭りを満喫しにきたに決まっているだろう」


 よろりの手にサメ釣りの景品らしき、カエルのおもちゃが握られていた。

 見回りじゃないのか。教師の風上にも置けない奴だ。

 身構えていた俺は警戒を解いた。


「はぁ……悪魔のくせに神社に近づいて平気なんですか?」

「そんなわけなかろう。立っているのも辛いわ」


 吐き捨てるようによろりは言う。

 じゃあ帰ればいいのに、と俺は小さく呟いた。

 本当によろりは鳥居の中には入れないらしい。


「それより、パンダ。お前、神頼みをしていたな。何を願った」

「そんなこと知ってどうするんですか」

「無論、願いが成就せぬよう妨害する」

「じゃあ教えません。何を言ってるんですか」


 よろりはにやりと口の端を持ち上げた。しかし、その顔色はどこか悪く、額には汗の粒が浮かんでいた。


「神様にえこひいきされているからって、調子に乗るなよ」

「は?」

 

 俺は首を傾げる。

 神様にえこひいきとはどういう意味だ。

 確かに俺は運に恵まれている。そのことを揶揄しているのだろうか。

 いや、相手は悪魔だ。

 本当に神様的な何かの影響を受けているのかもしれない。それなら夢魔の力が及ばないのも説明がつく。


「よろり先生、俺は――」

「せいぜい己の幸運にすがっていろ。取り返しがつかなくなるその日まで」


 とても意味深な言葉を残し、よろりは身を翻した。

 俺が声をかける間もなく、その姿は祭りの人ごみの中に消える。あれだけ異様な黒づくめなのに、すぐに見失ってしまった。


 なんなんだよ、一体。


 鉛を呑み込んだような嫌な気分になり、俺は釈然としないまま境内を出た。



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